能力が欲しいの?
大変だった夜が去り、朝がやってきた。
俺は体をゆっくりと起こす。
「はぁ」
朝一発目、飛び出したのはため息だった。
カーテンを開け、窓の外を見ると、まるで俺を真似したかのような曇り空。
またため息をつき、ベッドの上に寝転がる。
こんな時、よくわからないことを考え、現実逃避するのが人間だ。
ちなみにソースはない。
俺が適当に言っているだけだ。
俺は赤ちゃんのように駄々をこねた。
「あ〜もう!
せっかく異世界に来たのに、1つも能力が使えないなんてありえなくない?
何かを犠牲にしてもいいから、最強の能力が欲しい」
この時、夢は忘れていた。
自分が異世界に来た原因が、呟きだったということに。
言霊の力を舐めてはいけない。
そして案の定、何者かがこの呟きに反応した。
「キミ、能力が欲しいの?」
突然聞こえてきたその声は、どこか聞き覚えのある声だった。
でも今はどうでもいい。
これは俺に与えられたチャンスなのだ。
「うん、欲しい!」
「わかった! じゃあ……これあげる!」
その声に合わせ、天井から1粒の飴が落ちてきた。
「それを舐めれば、君も能力が使えるようになる」
「本当か!」
「うん、もちろんだよ。嘘をつくのは嫌いなんだ」
「じゃあ、遠慮なく」
俺はパクッと飴を口に入れた。
飴をゴロゴロとしたで転がし、出来るだけ早く舐め終えようと努力した。
そして1分後、飴は綺麗さっぱり無くなった。
「舐め終わったぜ!
それで、俺が使える能力って一体なんなんだ?」
「キミが使える能力は、光線を放つ能力だよ。
人差し指を立てて、妹の名前を呼べば光線が出るよ」
「光線……だと……。
男のロマン来たぁぁぁぁあ!」
俺は早速外に行き、天に向かって人差し指を立てた。
そして大きな声でこう叫んだ。
「彩!」
すると、指先から真っ黒な光線が天に向かって飛んでいった。
「す、すげぇ……」
「そうだろ、そうだろ〜。
ボクが選んだんだから、間違いないよ」
どこから聞こえてきているのか全くわからない不思議な声は、随分と偉そうに話している。
実際かっこいいし、嬉しいし、声の主には感謝しかない。
「この能力が使えてすっごく嬉しいんだけどさ、まさかタダって訳じゃないんだよね?」
「うん、ご名答。
もちろん代償は支払ってもらわなきゃね」
「代償……か。ちなみに内容は?」
「そうだなぁ……明日以降、キミが目覚めることはもうないとかかな」
「それって……」
「そのままの意味だよ」
そのたった一言で、全身に鳥肌がたった。
強さには代償がいる。
水月は厳しい筋トレを続けることで、あの強靭な肉体をキープしている。
それが能力という計り知れない力ともなれば、命と同じくらいの価値になるってわけか。
「それなら……能力はいらないよ」
「へぇ〜、それでいいの?」
「ああ、もう死にたくないからな」
俺は立てたままの人差し指を静かに下ろした。
するとその時、拍手する音が聞こえてきた。
「その選択は大正解!
ご褒美に1つ、いい話をしてあげよう」
「おお! ぜひ話してくれ!」
俺は木陰に移動し、その場に寝転がった。
「それじゃあキミに質問。能力は欲しい?」
「あんなこと言われたあとだからな……でも、もらえるならもらっておきたいかな」
「うんうん、キミは素直でいいね。
それじゃあ要素を追加するよ。
さっき言ったみたいに、能力をもらったら明日以降2度と目覚めないとしたら?」
「もらわない」
「つまり明日を生きることの方が、能力を得るよりよっぽど価値があるってことになるね」
「うん。でもさ、それって当たり前なんじゃないのか?」
「うん、当たり前だよ。
生きていなければ、そもそも成立しないからね。
ボクが伝えたいのはね、キミは能力なんて無くても、毎日とても幸せなんじゃないかな? ってこと」
その言葉は、俺の心にとても響いた。
完全に理解できた訳では無いが、言いたいことは伝わった。
「誰だかわからないけど、ありがとう」
「うん、またね」
その直後、強い睡魔に襲われその場で眠りについた。
しばらくして、目が覚めた。
見えている景色からして、自分の部屋のベッドの上だろう。
「おい、お〜い。
ずっと1人で寝言を喋っていたが大丈夫か?」
声のする方を見ると、キュレルが心配そうな顔でこちらを見ていた。
耳には俺があげたイヤリングがついている。
「ああ、悪ぃ。
ちょっと変な夢を見ててな」
「そうなのか。問題ないならいいんだ。
そんなことより、今日はお互いに荷物確認をし合わないか?」
「すまん、俺まだ準備出来てないから無理だ」
「なんだと、それなら今すぐやれ」
「はいはい」
キュレルの目の下に、大きなクマが出来ていた。
どうせ、お泊まりが楽しみすぎて寝ずに準備をしていたのだろう。
その後すぐ、旅行カバンの準備をする俺。
それに対し、人のベッドで気持ちよさそうに眠る天使。
声の主が言う通り、生きているだけで毎日が楽しい。
その頃、マンションの屋上では……。
フェンスに手をかける1人の少年。
「本当にキミに出会えて良かったよ。
近いうちに、また遊びに行くからね」
そこには静かに佇むクルルの姿があった。