絢爛の殺し屋⑦
「卸屋って、あの中継的なあれだよね?」
「はい、その卸屋です。
でもこの子たち、何回言っても聞いてくれなくて……」
この発言を聞き、ラプスがエミーの傍を離れた。
それから腰に忍ばせたナイフを取りだし、クナイのような持ち方をして見せた。
「バカを言うな! 私にはこのナイフがある」
その様子を見て、エミーはため息をついたあと冷静に言った。
「そのナイフ……果物ナイフでしょ。
果物を保管している倉庫から、果物ナイフが一本無くなったという報告が入っています」
これが決定打になったのだろう。
ラプスはナイフを腰に戻し、椅子に腰掛けた。
「くっ……ここまでか……」
とても悔しそうなラプスと、何一つとして状況を理解できていないカプラ。
この様子から察するに、カプラはラプスの言う通り行動していたということなのだろう。
「おいラプス、なんでこんなことをしたんだ?」
俺はラプスに尋ねた。
わざと聞き間違えたフリをした上、カプラを巻き込んでいるということを考えると、何か特別な理由があるはずだ。
視線がラプスに集まる。
「実は……私……くノ一になりたかったの!
あ〜もう恥ずかしい……」
「……は?」
顔を真っ赤にして恥ずかしがるラプス。
俺はもっとすごい理由を期待していたため、少し萎えた。
「じゃあ、俺を殺そうとしたのは演技だったってことか?」
「そうだ……だが、何も知らないカプラは本当に夢を殺していたかもな」
「そうなのです! 私はやればできる子なのです!」
「うん。怖いからそういうことを言うのはやめようね」
二人が殺し屋でないとわかった以上、俺が死ぬ可能性は無くなった。
平和な日常が帰ってくるというわけだ。
「じゃあ二人とも帰りましょうか。
もう二度とこんなことするんじゃありませんよ」
「うん……」
「了解なのです!」
俺は本当に二人を、このまま返してしまってよいのだろうか。
俺の視界に悲しい顔をしたラプスが映る。
このまま返したら、ラプスの夢はおそらく叶わない。
俺が動かなきゃ……なぜなら俺の名前は!……
時を遡ること十三年。
鹿島夢、四歳。
リビングでの一コマである。
「夢。自分の名前の由来、知りたくない?」
ソファに座っているお母さんが、おもちゃで遊ぶ僕に話しかけてきた。
「知りたい! 教えて教えて!」
「はいはい、わかったわ。お母さんの膝の上においで」
僕はすぐにおもちゃを片付けて、お母さんの膝の上に座った。
そしてお母さんは話し始めた。
「人は夢を持つとね、同時に生きる意味を持つのよ。
自分へのご褒美を買うためにお仕事を頑張るとか、病気の誰かを救うためにお医者さんになるとか。
夢のためにって思うと、人は苦しいことにも耐えられる。
お母さんの夢は、夢と彩を立派な大人にすること。
夢という名前はね、私たち親の夢が込もった名前なのよ」
「じゃあ僕、お父さんに負けないくらい立派な大人になるよ!」
「あらあら、じゃあお母さんも長生きしないとね」
俺は夢だ!
「エミーさん! 俺から一つ、お願いがあります」
俺は二人を連れ、家に帰ろうとするエミーさんを呼び止めた。
「ええ、何かしら」
「二人を……マンションの護衛として迎え入れさせてください!」
俺の言葉に思わず振り返るラプス。
カプラも目をキラキラと輝かせている。
初めての料理を褒められた場所、自分のやりたいことができる場所、それがこのマンション。
エミーは俺がお願いを言ったあと、少し笑ったように見えた。
「この子たちに判断を任せます」
エミーの言葉に二人は驚いている。
おそらく否定されると思ったのだろう。
「この子たちには正直窮屈な思いをさせてきたのだと思います。
夢さんには言っていませんでしたが、私はこの子たちの本当の母親ではありません」
「そうだったんですか!」
「それでも、ずっと本当の母親のように接してきました。
だからこそ、この子たちが選んだ道は全力で応援するつもりです」
エミーがそう言うと、ラプスとカプラは彼女に抱きついた。
そしてラプスがこういった。
「ずっと心配してくれたし、ずっとそばに居てくれたし本当に感謝してもしきれないくらいだ! でも私は、このマンションでみんなと暮らしてみたい!」
「私も自分がやりたいことをしていきたいのです!」
「そう、二人は自分の道を決めたのね。
嬉しいけど、ちょっぴり寂しいわ」
エミーの目から涙が落ちる。
二人を大切に育ててきた彼女にしかわからない、複雑な気持ちがあるのだろう。
当然、俺にその気持ちはわからない。
でもだからって何も出来ないわけじゃない。
ただ一言、こう言えればそれでいい。
「はい、俺に任せてください!
二人の面倒は俺がみます!
だからたまにでいいんで、会いに来てやってください」
「はい!」
こうしてラプスとカプラはマンションに住むことになった。
部屋は一四三号室。
二人は早速荷物をまとめるため、エミーと一緒に帰っていった。
これで住人の数は俺を含め十二人となった。