住人を知るのも管理人の仕事②
エレベーターが二十階に着き扉が開くと、小さなスライムがお出迎えしてくれた。
その小さなスライムは俺とキースの顔をじっと見つめた後、
突然鍵の隙間に入り込み、鍵を開けてくれた。
「なんかよくわかんないけど、凄いな!」
「可愛かった……」
俺とキースは部屋の中に入っていった。
すると、何やら中が騒がしい。
「我に逆らうなど命知らずなやつめ。
今すぐに捕まえてやる」
「待って下さ〜い、そんな遠くに逃げないで〜!」
「なあキース、あいつら鬼ごっこでもしてるのかな?」
「そんな感じがする」
まあ気にせず入っても問題ないだろう。
ここは敢えて堂々と入ろう。
「おいお前ら、邪魔するぞ」
「私もお邪魔します」
俺とキースは騒がしい二人のいる部屋に入った。
「あっ……」
「えっ……」
中へ入ると、俺とソフィを襲った服を溶かすトカゲ型スライムがスラとイムの服を溶かしながら逃げ回っていた。
その数、なんと十匹。
俺はキースを部屋に残し、急いで外に出た。
急なラブコメ展開に、思わず鼻血が出そうになった。
「悪い! こんなことになってるとは思わなくて」
「それはよい、我らにも非がある。
しかしどうやって入ってきたのだ?」
まだ部屋の中から、バタバタと追いかけている足音が聞こえてくる。
「鍵は小さなスライムが開けてくれたんだよ。
やっぱりスラの研究成果は凄いな」
「小さなスライムが鍵を……。
そんなもの我は作っておらぬぞ」
「……え?」
確かに俺とキースは小さなスライムに鍵を開けてもらい、部屋の中へ入った。
しかし、あのスライムはスラの研究成果ではない?
これは一体どういうことだ……。
場所は変わり、マンションの屋上。
「ボクからのプレゼント、夢くんは喜んでくれたかな?
夢くんなんて呼んじゃった、恥ずかしい」
自由神クルルだ。
そしてもう一人誰かいる。
「クルルよ。
楽しむのもよいが、少しは女の子の気持ちも考えてあげたらどうだい?」
女神ユキノだ。
その圧倒的な力と美しさから女神に選ばれた彼女は、自由すぎるクルルの監視役を任されている。
言うなれば、母と子の関係性だ。
「確かにそうだ。
ボク、女の子の気持ちを考えてなかったよ。
ユキノは本当に視野が広いね」
「いいえ、そんなことはありませんよ。
ただ生きている時間があなたより少し長いだけです」
自由でありながら、素直な一面を持つクルルをユキノは我が子のように思っている。
「そろそろご飯のお時間です。天界に戻りましょうか」
「そうだね。また遊びに来よう」
光が二人を包みこむと、一瞬にして姿を消した。
場所はスラとイムの部屋へと戻る。
「ふっふっふ。
我の強さに参ったか!」
「お、ついにやったのか!」
俺はドアノブに手をかけた。
「スラお姉様……それで三匹目ですね!」
「うむ。これからが本番である」
俺は、はぁっとため息を付きドアの前に座り込んだ。
まだまだ暇な時間が続くと思うとだんだん眠くなってきた。
そして徐々にウトウトとしてきた時、キースにお願いをされた。
「ねえ夢、ヴェントスを連れてきて欲しい」
「ん……どうして……?」
「ヴェントスは掃除ができるから」
「そうなのか……すぐに呼んでくる!」
確かにヴェントスなら頼りになるかもしれない。
料理は出来ないけど。
掃除ができるのはこのマンションにおいて、貴重な逸材だ。
料理は出来ないけど。
俺は急いで一九四号室に向かった。
コンコンッとノックし、呼びかける。
「ヴェントス、頼みがあるんだ!」
「は〜い、そんなに大きな声を出してどうされたのですか?」
俺は今の状況を簡単に話した。
「なるほど……。
つまり、みなさんが無能だということですね!」
「確かに間違ってはいないんだけどさ……お姫様だったら言い方気をつけようね」
「あっそうですね。申し訳ございません」
「それより、早く行こうか」
「はい!」
俺はヴェントスを連れ、二十階へ向かった。
「みんな、ヴェントス連れてきたぞ!」
「待っておったぞ!」
「ヴェントスさん、助かります!」
「来てくれてありがとう」
俺はここで気づいた。
もしかしたらお姫様の服も溶かされ、素肌を晒してしまうのではないかと。
これは保険をかけておくべきだ。
「ヴェントス。
確認だけど、自分の意思で来たんだよね?」
「はい!」
「決して俺に言われたから無理やり来た訳じゃないよね?」
「はい!」
「よし、なら頑張ってこい!」
「はい、私にお任せ下さい!」
ヴェントスはやる気に満ち溢れた様子で中へ入っていった。
そして十秒後……。
「私の服が溶かされてしまいました!」
ほら、言わんこっちゃない。
しっかりと事実確認をしておいて良かった。
第一、みんなは呼んでくる人を間違えているのだ。
俺はとある助っ人を呼びに行くため、十七階へと向かった。
コンコンッとノックした部屋は、一七三号室。
そう、ソフィの部屋だ。
「ソフィ、頼みがあるんだ!」
俺が声をかけると、缶ビールを持ったソフィが出てきた。
まだ十時半のはずなのに。
「あらあら、今日は随分と忙しそうね」
「急に押しかけて悪いんだけど、今すぐ二十階へ向かってくれないか?」
「それって、私にメリットはあるのかしら」
「確かに。
それなら……部屋掃除を全力でさせていただきます!」
「交渉成立ね」
俺はソフィを連れ、二十階へ向かった。
さっきの交渉が無駄にならないようにと祈りながら。
「それで私は何をすればいいのかしら」
「まだ言ってなかったな。
ソフィには、スラとイムの部屋に出た七匹のトカゲを捕まえて欲しいんだ」
「あら、そんなことでいいのね」
俺が注意事項を話そうとすると、ソフィは部屋の中に入っていってしまった。
「あらあら、今日はみんな随分とセクシーな服を着ているのね」
お酒の入ったソフィがみんなのことを見ていると、ソフィの後ろ側にトカゲ型スライムが集まってきた。
そして不敵な笑みを浮かべている。
「ソフィさん後ろ!」
イムが叫んだ。
なぜなら、トカゲ型スライムがソフィに向け粘液を飛ばしたからだ。
これはまずい。
流石のソフィにも厳しかったのか……。
そう思った時、ひらりと華麗に粘液をかわすソフィ。
サラサラとした長い黒髪は、かわした後でも綺麗にまとまっている。
そしてソフィは、流れるようにこう質問した。
「誰かしら? 私の大切な服を溶かそうとした悪い子は」
ソフィの言葉にトカゲ型スライムの動きが止まった。
まるで魔王と敵対し、オーラに押しつぶされそうになっているかのようだ。
ソフィはトカゲ型スライム一匹一匹にこう尋ねていく。
「あなたは悪い子かしら?」
すると、あんなに暴れ回っていたトカゲ型スライムが続々とケージの中へと戻っていくではないか。
「いい子たちね」
恐ろしいエルフだ。
目の前で起きた出来事に圧倒され、俺はここへ来た目的を忘れていた。
「ソフィよ、大儀であった」
「ソフィさんありがとうございます!」
「ソフィすごいよ」
「ソフィさん凄すぎます!」
「じゃあ私は帰るわ。
あなた達はちゃんと服を着てから帰りなさいね」
結局、俺はスラとイム、ヴェントスから情報を得ることなく自分の部屋に帰ってきていた。