住人を知るのも管理人の仕事①
俺、鹿島夢は思った。
実は住人についてあまり知らないのではないか……と。
これは管理人として非常に良くない。
急いでみんなを集め、緊急マンション集会を開くべきだ。
こんな時、このマンションには異世界唯一の電話がある。
その名を通信用スライム。
この便利なスライムは、ヴェントスを狙うガルフと戦う際にスラが作ったものだ。
いつ見ても素晴らしい。
通信先をみんなに設定し、スライムに話しかける。
「みんな〜、十六階に集合!」
このたった一声で、五分後にはもうみんなが十六階に……十六階に……。
「誰も来ない!」
こうなったら、一人一人に聞いてまわるしかなくなった。
まず手始めに、最近隣に引越しさせた水月の部屋に行くとしよう。
俺はすぐに隣の部屋へ向かった。
そしてドアをコンコンッとノック。
もし一分待っても反応がなかった場合……。
水月の部屋なら管理人権限で勝手に入っても良しとする。
これが男同士の友情ってやつだ……本当は時短だけど。
無断でドアを開け中へ入ると、奥の部屋から玄関までムワッとした空気が漂っていた。
「この感じ……間違いない……」
俺はズカズカと土足のまま上がり込み、原因であろう部屋を覗き込んだ。
すると予想通りこんな声が聞こえてきた。
「一万一、一万二、一万三、一万四……」
そう、筋トレだ。
水月は入ってきた俺に気づかず、ひたすら腹筋をしている。
それにしてもこの桁数……流石は海の王と言ったところか。
こんなに筋トレが好きなら、あの部屋をそのまま使わせてあげても……。
いやいや落ち着け、あの部屋は俺にとって聖域だ。
勝手に筋トレ部屋に変えられるなんて言語道断である。
そんなことより、管理人として情報を得なければ。
俺は水月に声をかけた。
「邪魔するぞ」
「お、夢じゃないか。まさか……お前……筋トレしに来たのか?」
「じゃあ俺帰るから、またな」
「待て待て、冗談じゃん冗談。
これは……あれだ……そう筋肉ジョークってやつだよ」
そんな言葉は初めて聞いた。
大体筋肉ジョークってなんだ。
調べたら本当にありそうじゃん。
「まあいい。
とりあえず質問に答えて欲しいんだけどいいか?」
「ああ、もちろんいいぜ。俺たち親友だろ?」
何だこの色男……ちょっと惚れそうになっちまったじゃねえか。
親友って改めて言われると、照れるな……。
「水月が海の王ってことは知ってるんだけど、何か種族とかってあったりするの?」
「あれ、俺まだ言ってなかったっけ。
俺は鯨人と海豚人の混合種だぜ」
これは新情報だ。
忘れないうちにメモしておこう。
「最後に一つ聞かせて。
この前の筋トレ器具問題の時、筋肉のせいとか言ってたよね?」
「おう」
「あれってどういう意味?」
「ああ、あれはなそのままの意味だ。
筋肉が鍛えてくれってうるさいんだよ」
こいつは何を言っているんだろうか。
俺は足早に水月の部屋をあとにした。
次に向かうのは一七三号室のソフィの部屋だ。
一人暮らしになったヴェントスはいなくなったが、キースはまだソフィの部屋にお世話になっている。
まあ、最近は俺の部屋に来てたらしいけど……。
俺はドアをコンコンッとノックした。
それからすぐ、足音が近づいてきた。
「この匂い……夢だ!」
この言葉が聞こえた時、すでにキースは俺に飛びついていた。
吸血鬼の運動神経はとてもいい。
「キース近いよ」
「え? 普通だよ」
これが普通なわけが無い。
だって今キースは、俺のお腹にしがみついているのだから。
ところで、ソフィは部屋にいるか?」
「いるけど……どうして? 私に用はないってこと?
ねえ、そういうことなの?」
これはまずい。
俺の部屋にキースとイムが来ていた時、その答え方だとキースがメンヘラみたいに聞こえるなと思った時があった。
今その考えを改める。
キースは間違いなくメンヘラだ。
だが俺は、メンヘラも悪くないと思っている。
「もちろんキースにも話を聞きに来た。
でも管理人の仕事だから、ソフィとも話をしなきゃいけないんだよ。
俺もあんな性格の悪いエルフとは話したくもないよ」
俺はキースを安心させるため、少し厳しい言い方をした。
すると奥から誰か歩いてくる。
「あらあら、人の家で人の悪口とはどういうつもりかしら」
もっとまずい展開きた〜!
じゃなくて、これはまずい。
俺は身振り手振りでキースのために言ったのだと、アピールをした。
でもこんなので伝わるわけが……。
「まあいいわ。
とりあえず上がってちょうだい」
いや、行けるんかい!
とりあえず部屋に上がらせてもらった。
「それで要件は何かしら」
「ソフィには妹がいるのか?」
「ええ、そうよ。妹がいたわ」
「いたって……そうか……。
なんか悪いこと聞いちまったな、悪かった」
こんなソフィも辛い過去を乗り越えて、生きているんだなと少し彼女を見直した。
「何を謝っているのかしら。妹は生きているわよ」
「でも今過去形だったし……」
「今のは、私の部屋にいたって意味よ。
勝手に殺さないでもらえるかしら」
このくそエルフ絶対わざと変な言い方しやがっただろ。
やっぱり腹が立つエルフだ。
とりあえずメモるか、ソフィには妹がいる。
「じゃあキースに質問ね」
「うん、いいよ」
「キースはゴミ捨ての仕方がわからないの?」
この質問はソフィのゴミを自身の部屋に詰め込むという、謎の行動を取ったことに対しての質問だ。
注目のキースの答えは。
「う〜ん、夢が好き」
「なっ!」
「あらあら」
この後一分ほど、無言の状態が続いた。
「はいはい、ふざけないで答えてよ」
「ぶ〜」
キースはムッとした顔をしている。
「で、わかるの? わからないの?」
「わからない」
なんかここでこの行動を取るのは、自分がモテているアピールをしているようで嫌ではあるが仕方がない。
「俺が教えてやるっていったら、ちゃんと真面目にやり方覚えてくれる?」
「うん!」
「じゃあ行くか。
ソフィ、時間を取ってくれてありがとう」
そう言って俺とキースは部屋の外へ出ていった。
残されたソフィは懐かしむようにこう言った。
「ご飯を作ってくれた時は、男っぽい命令口調でかっこよかったのに。
今はすっかり普通の管理人さんね」
外に出た俺は、まずどこにゴミ捨て場があるのかをキースに教えた。
それからゴミの分別の仕方、ゴミ袋の付け方、外し方まで事細かに説明した。
「これでもう大丈夫だよな?」
「うん、任せて!」
真剣なキースはとても美しい。
「じゃあ俺はそろそろ二十階に行ってくるから」
「え、なんで? どうして?」
「だから管理人の仕事だって」
「なら私も行く」
ここで無理と断れば、キースとの関係にヒビが入る。
仕方ないか。
「わかったよ。一緒に行こう」
「うん!」
俺はキースと手を繋ぎながら、エレベーターに乗り込んだ。