久しぶりのマンション
バサッという音……はならず、突如現れたトランポリン型のスライムによって弾かれた。
さらに、弾かれた先にあった滑り台にマンションのエントランスへと運ばれた。
そしてそこには、みんなの姿があった。
「なんで……みんながここに?」
必死に涙をこらえ、俺は声をかけた。
「お〜い!……みんな、帰ってきたよ!」
しかし、俺の声は届いていないようだ。
みんな何事もなかったかのように平然と会話をしている。
もうみんなと一緒に笑いあったり、ご飯を食べたりができないのだと思うと悲しくなった。
感動の涙が悲しみの涙へと切り替わりそうになった。
その時、キースと一瞬目が合った気がした。
キースだけではない。
イムとも一瞬目が合った気がする。
もしかしたら、この状況を打破する一手がわかってしまったかもしれない。
両手を上げ、おでこを床にゆっくりと近づける。
「勝手に死んでしまい、大変申し訳ございませんでした!」
俺はみんなへ向け土下座をした。
いくらみんなを守るためとはいえ、管理人として勝手すぎる行動だった。
今ではそう思う。
しっかりとおでこを床につけ、土下座をしているとクスクスと笑い声が聞こえてきた。
俺は顔を上げみんなの方を見た。
「……え?」
するとみんなもまた俺の方を見つめていた。
こちらを見つめるイムの目は、涙できらきらと輝いている。
ここで突然水月が、
「せ~の!」
と合図をかけた。
その合図に合わせ、みんなは続けて
「おかえりなさい!」
と言ってくれた。
俺の目から涙が溢れだした。
「ただいま!」
それから俺はとにかく泣いた。
堪えようにも次から次に溢れ出してくる。
泣いている俺のそばにイムが寄ってきた。
「驚かしてしまい、すみませんでした。
でもまさか本当に戻ってくるとは思っていませんでしたよ」
そういってイムはハンカチを渡してくれた。
「今のどういう意味?」
「はい! 今日見た夢の中で、ゴミ捨て場に落ちていく夢さんを見たので」
それで実際に仕掛けを作ってみたら、正夢だったってわけか。
これもあの謎の声の野郎の仕業か。
ありがとう。
涙を拭い落ち着きを取り戻した俺は、何があったのかを話した。
「ほう。日本とは聞いたことがない国であるな」
「スラお姉様、いつか行ってみたいですね」
「うむ」
「おいおい待て待て。
お前たちがスライムだってばれた時点で、とんでもないことになるから絶対にだめだ」
「我にたてつくとはいい度胸である」
これは長くなりそうな気がする。
一旦無視しよう。
「そんなことより俺からもみんなに質問がある。どうやって俺に手紙を送ったんだ?」
俺の質問にソフィが答えてくれた。
「私が答えるわ。
あの一件から一週間後、マンションに突然一通の手紙が届いたの。
そこにはこう書かれていたわ。
『遺書を読み、思ったことを書け。書き終わったら速やかに枕の下に入れろ』と。
私はすぐにみんなを集めて、この話をしたわ。
そうしたら水月が遺書を持ってきたの。
そのあとについてはよくわからないわ」
今聞いた話の中で、一つ気になった点がある。
俺はじ~っと水月を見つめた。
すると水月はこういった。
「確かに忘れていたことは認める。
でもな、親友が死んだんだ。さすがの俺も頭が回らなかったんだよ」
確かにそうだ。
俺も水月の立場ならそうなっていた気がする。
「まあとりあえず……これからもよろしくな、みんな!」
「うむ、よろしく頼む」
「はい! またお出かけしましょうね」
「あらあら、早速部屋掃除をお願いしようかしら」
「私はずっとお待ちしておりました」
「私の生きる意味なんだから、しっかりしてよ」
「おう。改めてよろしくな。親友!」
こうして無事にマンションへ帰って来ることができた。
まずは部屋の状況確認のため、イムと水月の二人と一緒に俺の部屋へと向かった。
その道中、気になったことがあったので質問をした。
「結局のとこ、俺はどれくらいの間いなかったんだ?」
「二週間くらいだ」
「なんだ、それなら大丈夫そうだな」
安心した俺は自分の部屋へ入った。
とても懐かしい。
とここで、俺がいつも寝転がるために使っていた部屋のドアが、少し開いていることに気が付いた。
「あれこの部屋のドアが開いてるんて珍しいな」
「あ、その部屋は……」
何かを言いかけた水月をよそに俺は部屋の中へ入った。
するとその部屋にはとあるものがたくさん置いてあった。
「おい水月。 どうして俺の憩いの間が筋トレ器具で溢れている?」
「これは漢って感じですね……」
紹介しよう。
彼らはダンベル君に腹筋ローラー君、ハイプーリー君にトレッドミル君といった大小さまざまな筋トレ器具たちである。
「悪かった。どうしてもここにしか置けなかったんだ」
憩いの間が……消えた……。
ものすごく残念だ。
俺がたった二週間いなかっただけで、勝手なことをしているとは……。
これは何か嫌な予感がする。
俺はイムの手を掴みエレベーターに乗り込んだ。
「ちょ、ちょっとどこ行くんですか?」
「ソフィの部屋だ!
何か嫌な予感がするんだよ……」
一つ上の階に上がった俺とイムは、部屋の外にゴミが出ていないことにまず一安心した。
部屋の前に行き、インターホンを押した。
ピンポーンという音の後、
「は~い」
という返事とバタバタ走ってくる足音が聞こえてきた。
ここで足音が聞こえることにもう一安心した。
ガチャッと扉が開き、ソフィが出てきた。
「あらあら、イムちゃんも一緒に何の用かしら」
「管理人として確認に来た」
「確認……ねえ。
特に前と何も変わりないわ」
この様子なら大丈夫そうだ。
俺の心配しすぎか。
「だって掃除はキースに任せているもの」
なんだ、この嫌な予感は。
「キースの部屋を見せてもらいたいんだけど」
「いいとは思うのだけど、男の子が見るのはどうなのかしら」
「確かに……」
ここで堂々と見に行くのはマナー違反な気がする。
それなら……。
「よし、イム行ってこい!」
「了解しました!」
イムはソフィに連れられ、キースの部屋に向かった。
しばらくして、二人が戻ってきた。
「お、おかえり。どうだった?」
「ゆ……夢さん……」
なぜか帰ってきたイムがぱたりとその場に倒れこんでしまった。
ソフィの顔色もよくないように見える。
「あ~もう。お邪魔します!」
俺は二人が戻ってきた道をたどり、それらしき部屋を見つけた。
そしてドアを開けた。
その時だった。
とんでもない異臭と、数段にも積み重なったゴミの山がお出迎えしてくれた。
「なんだこれ……」
俺はその空気に圧倒され、ドアを閉め玄関へ戻った。
「なあソフィ。最近キースはちゃんと帰ってきてるのか?」
「そういえば最近、夢さんの部屋に行ってくると毎日のように言っていたわ」
つまりキースはゴミ捨てではなく、ゴミ回収をしていたわけだ。
「なんでこうなっちゃうかな……」
管理人としてしっかり頑張らなくてはと、改めて強く思った。




