運命の日
その日は目覚めの悪い朝だった。
カーテンを開けると、空は黒い雲に覆われていた。
激しく雨が降り、雷が鳴り止まない。
そんな陽気だ。
「おはよう」
「ふぁ〜……おはよう……」
水月もようやく起きたようだ。
時計の針は八時を指している。
「なんか起こりそうな天候だな」
「そうなんだけどさ……朝ごはん作らなくて良かったのか?」
「やべっ、忘れてた!
俺は先行くからお前も早く来いよ」
「おう、すぐ行く」
俺は部屋を飛び出し、エレベーターに飛び乗った。
そして階数を選択しようとすると、いつもそこにあるはずのボタンがなかった。
「なんだこれ……」
そこにあったのは1階のボタンだけだった。
すぐに降りて、階段で向かおうと思ったがエレベーターは開かない。
「わかったよ!
押せばいいんだろ、押せば!」
俺は渋々1階を押した。
するとエレベーターは動き出し、エントランスへと俺を運んでくれた。
エレベーターが開くと黒と紫が混じったような霧が入り込んできた。
「まじで何が起こってんだ……」
間違いなく今日何かが起こる。
それだけは確信した。
その時、霧の中から声が聞こえてきた。
「コチラヘコイ」
「誰だ!」
「ワレハ、メイカイヨリマイッタシニガミデアル」
「死……神……」
「コチラヘコイ」
「……わかった」
従わなければマンションが消されるかもしれない。
死神に会うのはもちろん初めてだが、現実世界の知識で考えるとヤバいやつということだけはわかる。
死神について行くと、そこには十字架にぶら下げられたみんなの姿があった。
「おい、これはどういうつもりだ」
「ワレニトッテイノチノカイシュウハシメイデアル。
イケニエトナルモノヲ、オマエガエラベ」
「は?」
「ダレヲエラブ。
ソイツノイノチヲ、ワレガカイシュウスル」
みんなは今意識を失っているようだ。
つまりここにいるのは……俺一人か……。
いや、違う。
一人まだ残っている。
住人の中で最も熱い男が!
「夢! 伏せろっ!」
俺が声に従い伏せると、水の塊が死神めがけ飛んで行った。
しかしそれは当たらず、ただ霧に穴が空いただけだった。
「てめえは誰だ! みんなを離せ!」
「ブッソウナヤロウダ。
カイシュウスルヒツヨウガアリソウダ」
死神が霧をクルクルと手のひらで丸めると、水月に向けて放った。
するとその霧は時間経過ともに大きくなり、水月に直撃した。
「ぐはっ」
水月は壁に叩きつけられた。
「おい水月! 大丈夫か!」
水月は意識を失い、倒れている。
胸元に耳を当ててみると、まだ心臓は動いているようだ。
こちらの攻撃は当たらないくせに、相手の攻撃は当たるとかどうすればいいんだ。
俺が必死に考えていると、みんなの意識が戻ったようだ。
「むむむ。なんだこれは!」
「あらあら、捕まっていますわね」
「これ取れないですよ!」
「私の黒い羽根でも抜け出せない」
四人は必死に抜け出そうともがいているが、一向に外れる気配はない。
「アタリマエダロウ。
ワレハシニガミナノダカラ」
ぐははっといかにも悪役の笑い方をしやがる。
余裕を見せる死神の前に小さなスライムが転がってきた。
「ナンダコレハ」
死神が拾いあげようとすると、スライムは大きくなり人の形へと変形した。
「スラお姉様に手を出すな!」
そこには水月を襲ったスラランチャーを持ったイムが立っていた。
「イム、発車である!」
スラの声を受け、イムはランチャーを発射した。
今回の弹もスライムのようだ。
「待て! こいつは死神で攻撃は当たらないんだ!」
俺の声も虚しく、弾は死神の方へと飛んでいく。
ところが弾は確かに死神に命中した。
大きな爆発のあと、十字架は消えみんなが開放された。
「我が妹よ、ナイスであった」
「スラお姉様に手を出す輩はイムが許しません」
「助かったわ、よしよししてあげるわね」
ソフィはイムを抱きしめ、頭をよしよししている。
イムは胸に口を塞がれ、気絶しそうになっている。
それだけソフィも怖かったということだろう。
「早くここから逃げ出さないと、またあの方が来てしまいます」
「私もそう思う」
ヴェントスとキースの言う通りだ。
早く逃げないとまずいことになる。
この時イムと目が合ったが、お互いすぐに目を逸らした。
俺は倒れている水月を担ぎあげ、その場を離れようとした
。
濃い霧の中を走り抜けると、こちらへ向かってくるキースとぶつかった。
「いてて……なんでキースがここに」
「私は確かに夢の反対方向へ走ったはず」
その時笑い声が聞こえた。
「トウゼンダロウ。
ココハワレノリョウイキナノダカラ」
つまり詰んでいるというわけか。
「わかった。
話し合いをしよう」
「待って、夢本気?」
「こうなったら仕方ないだろう」
「……わかった」
「それで、そちらの要件は一人生贄を出せってことでよかったか?」
「ソウダ。
コノウンメイニハ、ワレモサカラエヌ」
「そうか……なら俺g」
その時、俺の言葉を遮るようにスラが被せてきた。
「ならば我を贄とするがよい。
我は世界一のスライムであるぞ」
「グハハ。オモシロイデハナイカ。
デハ、オマエヲイタダコウ」
「待ってください!」
「ナンダ」
「私はヴェントス、森のお姫様です。
お姫様なら生贄に相応しいのではないでしょうか?」
足がプルプルと震えているのがわかる。
明らかに無理をしている。
「コチラモオモシロイ」
「待って。
それなら吸血鬼最後の生き残りである私が最適」
「ホウホウ。
マダイキノコリガオッタトハ……、オモシロイ」
「待ってください!」
「ツギハナニモノダ」
「私は世界一のスライムであるスラお姉様の妹です!
特に何もないですが、選ぶなら私を選んでください!」
みんな覚悟を決め、それぞれがそれぞれを守ろうと必死に前へと出ていく。
こんな素晴らしい友情を見せられては答えは一つしかない。
「おい死神、俺を生贄として捧げる」
「タシカニ、ワレハセンタクケンヲオマエニアタエタ。
ソレデイイノダナ」
「だめだ……夢……」
この声は……水月の声だ。
「お前意識が戻ったのか」
「そんなことはどうでもいい。
俺を選べ死神野郎。
俺こそが海の王、水月だ」
「ザンネンダガ、センタクケンハコイツニシカナイ」
「その通りだ。
諦めてくれ……親友」
これこそクルルの手紙にあった、俺の終わり。
マンションのみんなと自分を天秤にかけた時、俺は迷いなくみんなを選ぶ。
クルルにはお見通しだったわけだ。
「ソレデハ、コレニテオシマイニシヨウ」
死神は大きな鎌を取りだし、俺に襲いかかろうとした。
だがまだだ。
そんな簡単には終わらせない。
「待て!」
「ナンダ、オソレオノノイタカ」
「違ぇよ。今俺と誓約を結べ」
さすがにこの言葉は、死神にも想定外だったようだ。
「グハハ。
ワレニメイレイスルトハ……イイダロウ」
「ここに誓約を結ぶ。
俺の命を回収した時この誓約は結ばれる」
『今後一切、このマンションに関わることを禁ずる』
「ヨカロウ。
ワレハセイヤクヲウケイレル」
これで良かったんだ。
全てが丸く収まる。
「みんな~、よ〜く聞いてくれ!
俺は今日、マンションの管理人を卒業する!
今日まで本当に楽しかった!
ありがとう……そしてさようなら……」
死神の鎌が俺の腹を切り裂くと、まぶしい光に覆われ誓約が結ばれた。
俺の心臓を手に入れた死神は霧の中へと消えていった。
腹を切り裂かれ力なく倒れた俺の目に、泣き叫ぶみんなの姿が映る。
「そんなに泣くなよ……俺だってこんな終わり方は嫌なんだから……
またいつか……逢えたらいいな」
こうして俺の異世界生活は幕を閉じた。