夜凪の色男③
俺はBBQの準備が終わったことをみんなに報告した。
「お〜いお前ら、準備終わったぞ〜!」
「本当ですか!」
「あらあら、いい匂いがするわね」
「我は先を急ぐ」
「あっ、スラさんずるいです。
私も行きますから少し待ってくださいよ〜」
「私は飛べるから一番確定なんだけどね」
ついさっきまでビーチバレーをしていたとは思えない元気の良さだ。
そしてBBQが始まった。
「肉焼けたぞ〜!」
「この時を待っておった。
これは全て我の物じゃ!」
すごい箸捌きだ。
俺がトングで掴んでいる肉を華麗にスルーし、網の上にあった肉を次々と回収していく。
「あ、ずるい!
夢さん私も食べたいです!」
「ヴェントス落ちついて。
まだまだ沢山あるから大丈夫」
「そうですか。
ならよかったです」
森のお姫様も随分と馴染んだものだ。
「あらあら、お元気だこと。
こちらは野菜が焼けたわよ」
俺の隣ではソフィが野菜を焼いてくれている。
「私、とうもろこしが食べたい」
「へえ。
キースってとうもろこしが好きなのか」
正直意外だ。
吸血鬼って血を吸う種族だから、肉を好んで食べるんだと思っていた。
確かに今までも野菜は食べていたが、まさか好きだったとは思わなかった。
「あ、バレちゃった?
じゃあ……二人だけの秘密だね」
「お、おう」
なんだか俺がヒロインみたいだ。
「私たちみんな聞いてましたけどね」
イムのツッコミにみんな笑顔になった。
その時だった。
「俺に……飯を……くれ……」
地面を這いつくばり、こちらへと向かってくる青髪の男の姿が見えた。
「ぎゃぁああああ!」
「ゾンビだぁああああ!」
イムとキースが抱き合って叫んでいる。
なんだか見た事のある光景だ。
こういうのってデジャブって言うんだっけ。
「あら?
この方って……水月さんじゃないですか?」
「……え?」
ヴェントスの言葉を受け、イムとキースはその男の顔をじーっと見た。
「あ、本当だ!」
「何か俺に……食べられる物を……恵んでくれ……」
「あらあら、可哀想だこと」
ソフィは少し嬉しそうに見える。
俺はすぐに肉を焼いた。
「肉でいいよな。
すぐに食べさせてやる」
焼けた肉を水月の口の中に放り込んだ。
水月は口の中に入ったものをものの数秒で飲み込んだ。
「もっとだ……まだ足りない」
「ソフィ!
野菜を詰め込むんだ!」
「あらあら、覚悟は出来ているのかしら? 」
ソフィはとんでもない量の野菜を持ちあげ、全て水月の口の中へ放り込んだ。
水月の口は張り裂けてしまいそうなほど、パンパンに詰まっている。
しかし水月はものの数秒で飲み込んだ。
そしてふぅと息を吐くとこう言った。
「悪ぃな。
最近飲まず食わずだったから、いい匂いに誘われてきちまった」
「お前……本当に水月か?」
「はあ? 何言ってんだ?
俺が水月以外の何に見えるってんだ」
空腹を満たし、元気を取り戻した水月の髪は白く光り輝いている。
それはまるで月の光のような、暗闇を照らす優しく綺麗な光である。
「まあその話は一旦置いといて……。
そんなことより……今ので野菜が全部無くなったんだけど」
「え……」
キースはとうもろこしをかじりながら、とても寂しそうな顔をしている。
その顔を見てしまった水月は、すぐにこういった。
「嬢ちゃん……本当に申し訳ねえ。
罪滅ぼしといってはなんだが、魚は好きか?」
「魚は……好きだよ」
「よし、ならちょっと待ってろ!」
水月は海の前に行き、こう唱えた。
「海の幸よ!
我は海の王、水月である!
君たちの命に感謝を捧げ、美味しくいただくことをここに約束する!
我に、海の恵みを!」
水月が言い終わると同時に、夜凪の白い波が大きくうねり始めた。
まるで海が水月に答えているようだ。
「一体これは……何が起こっているんだ……」
「あらあら、すごい迫力ですわね」
「我も初めて見る光景である」
「スラお姉様、手を繋いで頂けますか?」
「よいぞ」
「キースさん、私も繋いでいいですか?」
「いいよ」
俺以外のみんなは手を繋ぎ、荒れ狂う海を見つめている。
しばらく見つめていると、激しい波に乗り、多くの魚が陸に打ち上げられてきた。
「これはすげえな」
魚の鱗に月明かりが反射し、まるで星のように輝いている。
「お前らに一つ教えてやろう。
俺に付けられた二つ名は、『夜凪の色男』だ!」
水月の力で打ち上げられた魚をみんなで拾い集め、お腹いっぱいになるまで焼き魚や刺身して食べた。
「嬢ちゃん、これで手打ちでいいか?」
「うん。
美味しかったよ」
キースの笑顔に水月はズキューンと撃ち抜かれるような感覚に襲われた。
それは水月が初めて感じた恋という感情だった。
「嬢ちゃん名前は?」
「キース」
「俺は水月!
俺の嫁にならないか?」
「いえ、結構です」
それは水月が初めて味わう失恋という経験だった。
これは笑っても許される気がする。
まあ、もうすでに笑ってるんだけど。
楽しい空気の中にいると、思うことがある。
この海の問題を解決しマンションが戻った時、次の問題はおそらく俺だ。
クルルの手紙通りになり、一ヶ月後に俺が死んだらマンションはどうなってしまうのだろう。
問題を解決できずに俺が死んだら、一体何が起こるのだろう。
考えるだけで少し頭が痛くなる。
「今日は本当に疲れたな。
少し海風にでも当たってくるわ」
「うむ、ご苦労であった。
少し休むと良い」
スラは俺を送り出したあと、イムに耳打ちをした。
イムは静かに頷いた。
送り出された俺は、一人防波堤の先に座っていた。
海風、月の明かり、満点の星空。
全てが最高の環境である。
俺がため息を吐きながら後ろへ寝転がると、視線の先にイムがいた。
「こんなところで何してるんですか?」
どうやら俺が一人で出てきたことを心配してくれているようだ。
変に気を使わせるのも悪いし、ここは上手く乗り切らなければ。
「イムか。
イムこそ、なんでここに来たんだ?」
「そうですね。
少し夢さんの顔が悩んでいるように見えたからですかね。
今悩んでいるのは水月さんについてですか?」
「ああ、そうだ。
あいつは過去に傷を負ってる。
未来も過去も変えられないのにな」
俺は思わず『未来』という単語を出してしまった。
「あの、今の話に未来は関係無くないですか?」
鋭いイムなら当然こうなる。
俺はなんて単純なミスをしてしまったのだろう。
とりあえず今は誤魔化すしかない。
「そうだな。
かっこいいことを言おうとして、間違えちゃったわ。
本当俺ってだっさいな、あはははは」
自分で言うのもなんだが、嘘をつくのが下手くそだ。
「夢さんが何かに悩んでいるのはわかってます。
それはイムに話せないようなことなんですか?
もし話せることなら話してください。
イムも力になりたいです」
そういえば、イムの一人称はたまに変わる。
イムと私の二つだ。
これもイムと知り合い、親しくならなければ気づけなかったことである。
ただ、イムに話してしまっていいものなのだろうか。
これは手紙に書かれていた戯言かもしれない。
「嘘かもしれない話だ。
それでも聞きたいか?」
「はい。イムは喜んで聞きますよ」
そう答えたイムは、とても優しい笑顔をしていた。




