ソフィのゴミ屋敷
「それでは掃除を始める。準備はいいか」
「お~!」
まだ酔いが醒めていないソフィと、新人管理人による掃除が始まった。
まず初めに目に見えるサイズのゴミを、片っ端からゴミ袋に詰めていく。
「これもゴミ……これもゴミ……これもゴミ!
あ~もうなんでこうなっちゃうかな」
早速だが、こんなゴミの山を見たらやる気が失せてきた。
本当にどうしたらこんなふうになるのか。
嫌な顔を浮かべる俺にソフィはこう言った。
「あらあら、もう疲れちゃったの?
管理人さんってか弱いのね」
完全に彼女のペースに乗せられているが、煽り口調のおかげでやる気が戻ってきた。
「誰のゴミだと思ってんだ~!」
俺は怒りながらも掃除をし続けた。
掃除を始めて三十分ほどで、パンパンに詰まったゴミ袋が十七階の共用通路を埋めつくした。
「そろそろキツそうだ。
一回ゴミ捨てに行こうか」
「あらあら、そこにある生ゴミは捨てなくてもいいのかしら」
この言い方は確実に嫌味だ。
「俺のことか?」
「そんなこと言ってないわ。
まあ自覚しているなら話は別だけど」
本当に腹が立つエルフだ。
ただ今は、我慢するしかない。
俺は管理人なのだから。
俺とソフィは、二人でゴミ袋を四つずつ持ち合計で五往復もゴミ捨てに行った。
かなりキツい運動だ。
「これで一部屋分とか、俺本当に死んじゃうよ」
これはただゴミ捨てがキツかったからでは無い。
みんなは気づいているだろうか。
息を整える時間がまったくないことに。
普通女の子の部屋というのはいい匂いがして、癒される場所というイメージがある。
しかし、現実は違った。
部屋中に漂う異臭、元気に走るゴキブリ。
こんな所で深呼吸でもしようものなら意識を失うか、危ない病原菌をもらう可能性がある。
ただ、女の子の部屋で臭いと言うのは男としてどうなのだろうか。
だから俺は我慢していたのだ。
これでも紳士なのである。
「じゃあ残りも一気にやっちゃおうか」
「そうね。
あまり時間が無いわ」
ソフィは壁の掛け時計を見て言った。
何度も言うが、本当に腹が立つ女だ。
色々あったが、この部屋で掃除を始めてから七時間が経過していた。
もう外は朝日が登り、朝の訪れを伝えてくれている。
ちなみに、部屋掃除の定番イベントである下着系のくだりは一切無かった。
なぜなら……。
「これはゴミか?」
「どっからどう見ても下着じゃないかしら」
「あ! 下着だ!」
「ゴミじゃないかしら」
「嘘……だろ……」
「ごめんなさいね。いつ洗ったのかも覚えてないわ」
これが現実だからだ。
「一通り片付いたし、最後のゴミ袋運んでくるわ」
「助かったわ。
本当にありがとう」
ソフィの部屋は見違えるほど綺麗になった。
ようやく部屋の掃除が終わり、地獄から開放された俺はルンルンでゴミ袋を運んだ。
帰りのエレベーターは、俺の幸せオーラで埋め尽くされてしまった。
そういえば、俺の部屋から溢れ出ていたお湯は綺麗さっぱり無くなっていた。
なぜかは分からない。
「戻ったぞ~」
シーン。
「あれ……ソフィさ~ん?」
とにかく静かだ。
人の気配が全くない。
「入るぞ」
俺はいくつかある部屋を片っ端から探すことにした。
このマンションの部屋はかなり広い。
ゴミが無くなるとよりそう見える。
「ここもいない……ここもいない」
探しても探してもソフィの姿は見当たらない。
そんな時、ポトッと何かが落ちた。
「なんだこれ」
おそらく棚の上から落ちたであろう物を俺はすぐに拾い上げ、念入りに見た。
決して溜まっていたゴミである可能性を捨てきれなかったからでは無い。
大切なものかもしれないと思ったからだ……多分。
よく見てみると真ん中が開く仕組みになっていることがわかった。
パカッ。
「写真だ。家族かな?」
そこには飛び切りの笑顔をしたソフィが写っていた。
そして隣には小さなエルフの女の子が一人。
友達なのか、妹なのか、全く分からない。
「ソフィもこんな風に笑うんだな……」
俺は勝手に一人で感動していた。
残されたのは物置のような部屋だった。
「最後はこの部屋か。
一番小さい部屋だし、こんな所にいるわけ……」
カチッ。
「そこから動かないでもらえるかしら。
動いたら引き金を引くわよ」
「なにぃいいいいい」
感覚からして後頭部に銃が突きつけられているようだ。
そしてこの声は間違いなくソフィだ。
「どういうつもり?」
「あなたは一体何者なの?」
「無視かよ」
「答えなないと撃つわ」
なにやら真剣な話をしているようだったので、しょうがなく答えてあげた。
「俺は異世界から突然来た、十七歳の普通の高校生だ」
「異世界から来たですって?
だからあんなに特殊な匂いがするのね。
初めはゴミの匂いだと思ったのだけど」
あの匂いをかぐ行為にそんな意味があったとは。
全く気づかなかった。
異世界ってすごい。
ただここでまた新たな疑問が生まれた。
「それって遠回しに俺が臭いって言ってる?」
俺は自分の体を匂った。
そういえば、なぜか銃を突きつけられていても冷静な自分がいる。
こればかりは自分が怖くなった。
「だから言っているでしょ、自覚しているのなら別だけどそんなこと思ってないわ」
なにか懐かしさを感じるやりとりだ。
「それで?」
ソフィがはぁっとため息をついたので俺はてっきり銃を下ろしてくれるのだと思い、少し嬉しくなった。
だが違ったらしい。
一瞬でも喜んだ俺の気持ちを返して欲しい。
「私は鼻が利くの。
だからあなたの匂いを嗅いだ時気づいた。
この世には存在しない者だって」
「それはもう聞いた」
この感じ、おそらくソフィは緊張している。
一か八か攻めてみる価値はある。
「ふ~ん、掃除させるだけさせといて殺すのか。
そうだな……撃ちたきゃ撃てばいい」
「え?」
「実はもうすでうんざりしていたところだ。
それともなんだ、弾が入ってないから撃てないのか?」
俺はなんとなくマンガやアニメでありそうなセリフを言ってみた。
すると、どうしたことか彼女の手が震え出したではないか。
「いつ弾が入っていないことに気づいたのかしら」
嘘だろ……。
俺に人生で一回あるかないかの奇跡が起きてしまった。
「あ……あは……あはははは。
俺が気づかないとでも思ったのか?
何を隠そう、俺は異世界から来たんだぜ」
「はあ……もういいわ」
ソフィは銃を下ろした。
「部屋の片付け助かったわ。
確かに悪い人ではなさそうね」
品定めで殺そうとしなくても……まあとりあえず死ぬことは無いようだし、一件落着っということで。
「でも勘違いしないで。
まだ信用したわけじゃないわ」
その時、ぐうぐうとソフィのお腹がなった。
同時に彼女の顔が真っ赤に染まる。
「よし、それなら信用させてやる。
もう朝だし朝ごはんにしよう。
ここに食材はあるか?」
「掃除だけじゃなく、料理まで出来るのかしら。
でも残念ね、ここに食材はないわ」
「それなら、街案内も兼ねて一緒に買い物に行こう」
「い、一緒にですって……
いいけど、私なんかでいいのかしら」
「ああ、すぐに行こう!」
なぜかテンションが高かった俺は、ソフィの手を掴み部屋を飛び出した。
そしてマンションの外に出てから気づいたのである。
これってデートなんじゃね……と。
それから二人で近くにある商店街を一通り周り、欲しかった食材を急いで買った。
理由はこれだ。
「あら、あの二人カップルかしら」
「お似合いね、ふふふ」
こんな会話が至る所で聞こえてくるから。
一旦落ち着いて街について話そう。
街には様々な種族がいた。
猫人、虎人、ドワーフ、エルフ、リザードマンなどが例に挙げられる。
こんな簡単な説明で勘弁して欲しい。
今はそれどころでは無いのだ。
テンパっていた俺は、買い物を終えた後自分の部屋にソフィを呼んでしまった。
これも後から気づいた。
決して女の子を部屋に連れ込んだ訳では無い。
調理器具が揃っていたから、連れてきたのだ。
勘違いするな、めんどくさい人はモテないぞ。
「それじゃあソフィ、そこで座って待ってろ」
「呼び捨て……命令口調……好き……」
「ん?
なんか言ったか?」
「げほげほ……特になにも」
この時二人の距離がぐっと縮まった。