森のお姫様③
マンションの変わり果てた姿に俺たちは言葉を失った。
二十階まであったマンションは、二階建てへと変わっている。
そんな中ただ一人、テンションの高い者がいた。
「我に……我に……その大砲の弾を作らせてくれ!」
「ワレニハナシカケルナ」
「なぜ……だ。
我はスラ、世界一のスライムである!
我を愚弄するか」
「ワレハヒトゴロシヲノゾマヌ。
オマエニソレガデキルカ」
「ふっふっふ。
我を舐めるでないぞ」
「オモシロイ。
アシタマデニタマヲツメテオケ」
「望むところ」
マンションとスライムが会話をしているカオスな空間だ。
それも二人ともバチバチと火花を散らしている。
なんとも異世界っぽい。
「それでスラ、策はあるのか?」
「我を誰だと思っておる」
「ああ、そうだったな。
スラは……世界一のスライムだ!」
ニコッと笑うスラに俺はドキッとした。
なんというか、惚れてしまいそうだった。
「スラお姉様が世界一なら、私は世界で二番目のスライムです!」
「あらあら、張り合うなんて可愛らしいこと」
「なら私は世界一の吸血鬼!」
「私は一体……何になるのでしょうか?」
ヴェントスの発言に、その場にいた全員が笑いに包まれた。
彼女はもうすでにお姫様。
つまり一番上の存在ということだ。
そしてこれらの要素が、空気の読めないお姫様という一つの笑いを作り出す。
「よし、今日はカレーにしよう。
俺が最っ高のカレーを食わしてやる」
「カレーとはなんぞや?
初めて聞く名前であるぞ」
「そうかそうか、教えてやろう。
カレーってのは……とにかく美味しい食べ物だ!」
「なんとっ!」
ヨダレを垂らしながら顔を近づけてくるスラをイムが担ぎあげた。
「イムよ、何をするのだ」
「スラお姉様早くしないと明日が来ちゃいます」
「確かに。
盲点であった」
俺たちはマンションへ戻った。
戻る際、一番後方を歩いていた俺にマンションが言った。
「タタカイハフツカゴダ。
カクゴシテオケ」
「ああ……忠告感謝する」
俺たちは必ず勝つ。
そしてヴェントスを自由にする。
部屋に戻った俺は、母のカレーを作った。
これはあくまで俺の意見だが、カレーは自分の家の味が一番美味しいと感じる。
外食で食べるカレーも、到底家のカレーには及ばない。
俺の家のカレーにはエビが入っている。
これはそれぞれの家庭によって特に異なる具材だと思う。
でも俺は大好きだ。
「さあみんな、召し上がれ」
「美味しそうですわ」
「むむむ。
野菜が沢山入っているように見えるのだが……」
「スラお姉様……?
まさか食べられないのですか?」
これはすごい。
イムのスラを思う気持ちから生まれる心配の一言。
しかしスラにとってみれば、思わぬ角度から飛んできた強めなパンチだ。
「よ……よ……余裕であるぞ」
スラは、チラッ、チラッとこちらを見てくる。
これは小学生、中学生の間で行われるあれだ。
「私これ苦手なんだよね。
代わりに食べてくれない?」
「ああ、いいぜ。内緒だからな」
っていうやつだ。
つまりここから考えられる最適解は……。
ニコッとスラを見つめることだ。
「な……ぐぬぬ……」
スラは困っている。
助けてくれそうで、喋りやすい人という条件に当てはまるのは俺くらいだ。
そんな俺に断られたらもう頼る宛は無い。
こうなるとスラは、苦手な野菜を食べる以外の選択肢がなくなる。
「さあスラ、天才な君ならどうする?」
「あの〜……スラさん?」
「ヴェントスよ、どうした?」
「私……実は……野菜が大好きなんです。
食べないのなら私にくださいませんか?」
これはまずいことになった。
確かに森のお姫様と聞くと、野菜好きな感じがする。
今の状況ならスラは一つ返事で回避が可能だ。
こうなってしまっては仕方がない。
料理を作る側の利点を生かす。
「ヴェントス、良かったらおかわりがあるんだけどいらない?」
どうだ見たか。
これならスラのカレーに手をつける必要は無くなる。
この勝負……俺の勝ちだ。
「なら私が食べちゃおっと」
パクッ。
「……え?」
キースはスラのカレーを、たった一口でペロッとたいらげた。
「なんかカレーって飲み物みたいだね」
おいキースよ。
それは体の大きな人が言う言葉だ。
キースが言うのはやめてくれ。
そしてこの時を待っていたと言わんばかりに、スラが早口で言った。
「わ、我のカレーが食べられてしまったようだな。
うんうん。
それでは自分で注ぐとしよう」
「さすがスラお姉様です!
野菜が食べられないのかと思ってしまいました。
スラお姉様に限ってそんなわけないのに……自分が情けないです」
「イムよ、失敗は誰にでもあるものだ。
失敗から学ぶが良いぞ」
「はい!」
席を立ちキッチンへ向かうスラは、こちらを見てベロを出し、べーっといった。
本当に腹が立つスライムだ。
「あらあら、仲がよろしいこと」
ソフィはこんな時いつも傍観者だ。
まあお似合いだとは思うがな。
楽しい雰囲気のまま夜のお食事会は終わった。
俺はみんなに言った。
「戦いは明日だ」
「夢さん、どうしてわかるんですか?」
イムの疑問に俺は答えた。
「マンションがそう言ったからだ」
この意味のわからない発言も今となっては信憑性の塊だ。
「スラは言ったよな。
世界一のスライムだと」
「ああ、それが何か?」
「いやなんでもない。
その様子なら心配なさそうだ」
「そうか」
自信満々なスラは強い。
味わったことは無いが、今までの経験からそう判断した。
「それじゃあ俺はもう寝るから。
明日、必ず勝つぞ」
「お〜!」
「当然だ!」
「負けるのは死ぬよりごめんよ」
「私だって空から援護してやるぞ〜」
「わ、私も微力ながら頑張ります!」
みんなやる気に満ち溢れた表情をしている。
ただ、ヴェントスを前線に出す訳にはいかない。
「スラ、頼んだぞ」
「任せておきたまえ。
みなは大砲を撃つだけで良い」
こうして俺たちは解散した。
解散してすぐにスラとイムの姉妹は作業に取り掛かっていた。
「ふっふっふ。
これなら負けることもなかろう」
「お姉様この弾はどうしましょうか」
「我が持っておく」
「了解しました!
あとは弾詰めだけですね」
「そうだな。
よしお前ら、行ってこい!」
みんなが寝静まった夜、たくさんの物運びスライムによって全ての大砲に弾が詰められた。
これで準備は整った。
そんな中まだ起きている男がいた。
ついに明日始まる。
「この戦いはそうだな〜。
よし、決めた。
名付けて
『マンション防衛戦』だ!」
我ながらネーミングセンスの無さに悲しくなった。