森のお姫様②
あれからものの数分で、ヴェントスは全てを話したらしい。
というか話さざるを得なかったのだろう。
その証拠に、話を終えた彼女の表情はまるで別人のように変わり果てている。
別の見方をすれば、生気を吸い取られたようにも見えるほどだ。
この症状は間違いなく、短時間質問攻め症候群だと思う。
俺が今適当に作ったため実在はしない。
そんな変わり果てた彼女に俺は
「ご苦労様でした」
と心の中で声をかけた。
気の済むまでゆっくり休んでほしい。
そんな中恋バナでエネルギーを補給し、元気になったソフィは俺たちに笑顔で話してくれた。
「全部が全部、相手の男が悪いわ。
多額のお金で兵を雇い、力ずくでお姫様を自分のものにしようとした。
なんて強引な方なのかしら。
本当に有り得ないわ」
こんな形ではあったが、ソフィの新たな一面を知ることが出来た。
これでバカを踏まずに済む。
疲れ果て、ソファでぐったりしているヴェントスにキースが声をかけた。
「チョコ……食べる?」
「いただきます!」
ヴェントスは一つ返事でチョコを口に放り込んだ。
パクッ。
「苦いけど美味しいです!」
イムは不安そうな顔でキースに尋ねた。
「あの〜キースさん、そのチョコどこから取りました?」
「えーっとね、そこの棚の一番上にあったやつだよ」
イムははぁっとため息をつくと、ぷいっとそっぽを向いてすぐ横の椅子に座った。
キースはよく分からずぽかんとしている。
「それで……これからお姫様はどうするんだ?」
真剣な話し合いを始めようとしたその時だった。
「ねえねえ、お姫様だなんて悲しい〜。
私のことはヴェントスって呼んで欲しいな」
とても顔が近い。
さらに口調も変わっいる。
明らかにおかしい。
「おいお前ら、何をした!」
ビシッ。
イムが手を挙げた。
「はいイムさん、証言をどうぞ」
「私はキースさんがお酒入りのチョコを、お姫様に食べさせているのを見ました」
「えっ私のせい……なの?」
「これは決まりですわね」
「決まりで良い!」
「ええっと……みんな?」
みんなの視線はキースに集まった。
「キース、お前は今からお姫様の子守りだ!」
「は、はい!」
こうしてヴェントスの面倒はキースが見た。
なかなか酔いが醒めず、わがままなヴェントスは赤ちゃんそのものだった。
部屋に残っているメンバーは、作戦会議を始めた。
「ヴェントスに結婚の意思は無い。
相手は怒り、襲ってくると考えられる。
そこで今の俺たちに残された選択肢は二つ。
迎え撃つか逃げるか、だ」
「話し合いで解決は厳しそうね」
「我が本気を出せば、敵などおらぬ。
夢よ、我に出撃許可を!」
いつから俺はスラより上の立場になったのだろうか。
俺が仕切っているのは、こいつらに従いたくないからだ。
ろくな事にならない確証がある。
「絶対にだめだ」
「むむむ、なぜだめなのか理由を言うてみよ。
我が納得するまで話すがよい」
「なら言わせてもらう。
それってマンションは大丈夫なのか?
俺たちを絶対に巻き込まない自信はあるのか?
そして何より、本当に勝てるのか?
まずはこれらについて簡単に話してもらいたい」
「ちょ、ちょっとお手洗いに行ってくる。
話し合いは進めておいてよいぞ」
そう言ってスラは逃げるように部屋を飛び出していった。
「これで話しやすくなったな」
「あらあら、手荒いやりかただこと」
「スラお姉様申し訳ありません。
今はこれが最善なのです」
「改めてもう一度言う。
ヴェントスに結婚する意思がない以上、相手は襲ってくると考えるべきだ。
そこで俺たちはどう立ち回るかって話だ」
「私は迎え撃つ方がいいと思います。
逃げるなら、どこに逃げれば安全なのかをちゃんと考えないといけない。
しかも逃げたあとどうするのかについても考える必要があります。
でも迎え撃つだけなら簡単です。
力の差を見せつけて、二度と寄り付かせないようにすれば万事解決です!」
「私もイムちゃんの案に乗ろうかしら。
現実から逃げていても何も変わらないもの」
確かにそうだ。
逃げたあとどうするか考えていなかった。
そして何より、追い払った方が気持ちよさそうだ。
「俺も乗るよ」
「我も協力してやろう」
お手洗いから戻ってきたスラもノリノリだ。
「私からもお願いします」
「よくわかんないけど私も!」
キースとようやく酔いが醒めたヴェントスも加わり、方向性が決まった。
その時だった。
「ワレモキョウリョクシヨウ」
どこからともなく不思議な声が聞こえてきた。
その直後、ガガガガガッと大きな音を立てながらマンションが動き始めた。
さらにマンションが動いた反動なのか、地震のような大きな揺れにも襲われた。
「マンションが……しゃべった!?」
てんやわんやとはこういうことである。
みんながみんなを掴み、みんながみんな壁にぶつかっている。
「スラお姉様〜!」
「これは我が回っているのか?」
「あらあら、不思議ね」
「私はヴェントス抱えて飛んでるから大丈夫!
みんな頑張って耐えて!」
「お前ら呑気すぎだろ!」
スラとイムはコロコロと転がっている。
二人は壁にぶつかったところで少し体が凹む程度。
この時俺はスライムという存在を、本当に羨ましく思った。
それからしばらくして、揺れがおさまった。
「なんだったんだ……」
さっきまでの騒がしさから一転。
マンションは静寂に包まれている。
俺は一度状況を確認するため、外に向かうことにした。
エレベーターに乗り込む時、みんなの姿が見えた。
「夢よ、我らも乗せて行け!」
「ああ、もちろん!」
俺たちは全員で外に出た。
「ねえみんな、目瞑っていかない?」
「キースさん……ナイスアイデアです!」
「面白そうです!」
キースのアイデアで俺たちは目を瞑った。
イムとヴェントスもわくわくしている。
俺たちは物運びスライムの誘導に従い、マンションの前で横並びになった。
「それじゃあ、せーのでいくよ」
「ねえ……これすごくドキドキしない?」
「そうね」
キースとソフィの会話がより青春の匂いを漂わせる。
そして俺もまた青春を全身感じている。
「せーの!」
俺たちは同時に目を開けた。
俺が管理人を務めるマンションは、複数の大砲に強化ガラスを装備した第二の姿へと進化を遂げていた。