悪役令嬢だから婚約破棄? よろしくて? そんなコトでワタクシを追放するならあなた、破滅しますわよ?
「メアリーヌ、君との婚約は今日を以て破棄させてもらう!」
ワタクシへ向けてこう言い放った婚約者。彼は此処イズライーナ国の第一王子ロバーツ・ウィル・アレキサンドリアン。
それにしても、こんな王家主催の晩餐会という公の場で声高らかに宣言しなくても。貴族の皆様がざわついていらっしゃいますわよ。
「あら、あらあら王子。こんな晩餐会というおめでたい席で宣言しなくても。何があったのか、聴かせていただけますか?」
周囲には王子は酔った席でふざけているだけですのでご心配なくと声をかけつつ、王子へ笑顔のまま向き直る。
「勿論言わせて貰おう。君は私の婚約者であるという立場を最大限利用し、ロイズ侯爵家へ揺さぶりをかけたそうじゃないか? そして、君のグレイス侯爵家と隣国カカオーナとの商談が決まったそうだな。カカオーナのヨシヒーコ侯爵が君の美貌に鼻の下を伸ばしていたと聞いたぞ?」
嗚呼、あれはうちの領にある鉱山の話ね。ロイズ侯爵が用意していた宝飾品があまりにも紛い物だらけだったから、カカオーナへ出向いて本物を用意しただけの話。
まぁ、ヨシヒーコ君はあまりにも女の扱いに慣れてなさそうだったから、『宝飾品で釣るよりも、まっすぐ自身の心で相手の内面と真摯に向き合いなさい』ってアドバイスはしてあげたような気がしますわね。
「あら、カカオーナの王家に一番近いと言われるヨシヒーコ家へ偽物の宝石を渡そうとしていたロイズ侯爵には、詐欺で訴えられなかっただけでもよかったですわね、とつい先日お伝えしたばかりですわよ?」
これが本物ですわよとワタクシの胸に光るアレキサンドライトのネックレスを見せつつ、王子へそう告げると、晩餐会の末席に座っていたロイズ侯爵がそっと席を立とうとしていた。あ、騎士団に連行されていきましたわね。
もう、王子。公の場でロイズ侯爵の闇を言わなかったワタクシの優しさですのに。これじゃあ闇商人と侯爵の取引が明らかになるのも時間の問題ですわね。
「話はそれだけですの?」
「それだけじゃない! 見ろ、そこのクリーム伯爵家のミルキーも、私の後ろで震えているモンブーラ伯爵家のマロリーヌも、君に虐められたと聴いたぞ? 知っているか、君が貴族の間で隠れて何と呼ばれているか?」
「嗚呼、アレキサンドライトの魔女――悪役令嬢メアリーヌ、だったかしら?」
ワタクシは悪役令嬢として名を馳せているらしいのですが、その悪役令嬢という言葉、どうやら異国で流行っているらしいのです。よくわかりませんわね。
それにしてもミルキーには貴族としての身だしなみや躾を教えただけですし、マロリーヌは彼女の作る料理があまりにも闇魔術を覚醒させたような禍々しい塊ばかりだったから、料理教室を何度か開いただけですのに。どうしてそうワタクシを魔女扱いするのか、不思議でなりませんわね。
「マロリーヌ? 王子に助けを求めている場合? 王子じゃなくて、ケロリーヌ伯爵に来週の誕生日にシチューを作ってあげるんじゃなかったの? 今のペースじゃあ間に合わないわよ?」
「嫌ですぅうう。メアリーヌお姉様。もう無理ですぅううう」
あなたの綺麗な桃色髪と可愛らしい瞳が涙で濡れちゃっているじゃない。そっと髪を撫でてハンカチで雫を拭ってあげると、落ち着きを取り戻すマロリーヌ。
「なんだと!? マロリーヌ、お前はメアリーヌに虐められていたのではないのか?」
「メアリーヌお姉様が虐めるんですぅうとは言いましたが、お料理を教えて貰っていただけですよ?」
すっかり頭を撫でられてワタクシの横で可愛いうさぎちゃんのように頬をスリスリしているマロリーヌ。王子は慌てて、隣のテーブルでお肉を黙々と食べていたミルキーの下へ向かう。ミルキーは鹿さんのお肉とカモさんのお肉と七面鳥のお肉を並べて食べている。
「ミルキー、お前はどうなん……なっ!?」
お腹も七面鳥のようにふっくら。お身体もふっくら。
二の腕もお顔もふっくらふっくらチャーミング。でもたぶん素材は絶対ピカ一なんですわよね、この子。幼い頃から父に宝石が本物かどうか見分ける方法を教えてもらっていたせいかしら。人を見る眼や慧眼には自信がありますのよね。
だからミルキーにも、普段の食生活や身だしなみのアドバイスをしたあと、身体の脂肪を燃焼させるメアリーダンスを教えてあげたんだけど……残念ながら三日で飽きられてしまいましたのよね。
「これはこれはロバーツ王子。ご機嫌麗しゅうございます。この七面鳥美味ですよ、食べますか?」
「いや、俺は遠慮しておこう」
「そうですか、残念です。では責任持って私が食べておきます」
ロバーツ王子の顔が青褪めていますわね。まぁ、ミルキーの前には既に百皿ほどお皿が山になってますものね。仕方ありませんわ。ミルキーを引き合いに出した王子が悪いんですわよ?
「で、ロバーツ。ワタクシが婚約者に相応しくないとでも?」
「え。嗚呼、そうだ。君が過去行って来た悪逆非道の数々はあまりにも酷い。そこのレンレンから聴いた話だと、君は夜な夜なその金髪ドリル型ツインテールを振り乱し、男の前で腰を振っているそうじゃないか! 俺という存在が居ながらなんて女だ。君とは婚約破棄だ、破棄。明日には国を出ていってもらうからな!」
婚約破棄破棄言うけれど、書面を取り交わしている訳でもないのに明日から追放って、嗚呼、まぁ、メガン帝国なんかは王が死刑と言えば首が飛ぶ事もありますわね。余所の国は余所の国の事情がありますけど、アレキサンドリアンの法を考えると、ちゃんと手続きを踏まないと追放も出来ない気がするのだけれど。
まぁ良いわ。それよりも問題は、ちらっと王子が視線を寄越したそこの黒髪三編み女ね。レンレン・リファ・クオーツ。クオーツ侯爵家は表向きには王家とも親交が厚く、あの黒髪三編み女が王子を狙っていた事は初めから分かっていたわ。否、どちらかというとあのお腹に脂肪を溜めたアルバート・リファ・クオーツ侯爵。あの男は危険。
隣国の森から兎耳族や猫耳族の女の子達を攫っては、闇オークションで売り捌いている。きっと、レンレンはワタクシを追放したあと王子に取り入って、最後は国を乗っ取ろうという算段でしょうね。
さてと、まずは王子の誤解を解かなければなりませんわね。
「証拠はあるのかしら?」
「勿論、ありますわよ!」
待ってましたと立ち上がるレンレン。あらあら、王子へ腕を絡ませ、自慢の胸を押しつけてますわね。お下品だこと。公の場でやる行為ではないですわね。夜な夜な貴族の男共と腰を振っているのはどっちなのかしらね?
「お前たち、メアリーヌはあなた達と腰を振っていたのよね?」
「はい、間違いありません!」
「ふ、振っていました」
「レンレン様が仰ることが正しいです」
優男三名登場……と。もう、名前を出すだけ無駄な気もするから省略するわ。モブにされた可愛そうな男の子達。女の子にモテたいって言うから身体の脂肪を燃焼させるメアリーダンスを教えて上げていただけじゃない。
と、そこまで考えてワタクシは気づく。三名のうちの一人。あの男の子は確か、彼女が出来ましたって言ってた子。待てよ……ということは。いけないわ。ここで不敵な笑みを浮かべてはワタクシが本当に悪役令嬢となってしまうわ。
「腰を振り振り、あのドリル型ツインテールも回転させていたのよね?」
「ドリル型ツインテールも揺らしていました!」
「激しい上下運動でした」
「レンレン様が仰ることが正しいです」
ここまで来ると笑いを堪えるのに必死なんですけど。ゆっくりと優男三人衆へ近づく。当然レンレンが男達の前に立ちはだかる。尋問を回避するためね。
「ねぇ、そこの君。レンレンの三編みも揺れていた? それとも揺れていたのはたわわに実った果実かしら?」
「なっ、こんなの侮辱罪だわ! 訴えますわよ!」
「訴えるのはこっちですわよ! ねぇ、君も。彼女出来たんでしょう、おめでとう。でもその彼女が自分の前だけでなく、王子と隣に居る男の前で腰を振っていたのなら、どう思うかしらね?」
ワタクシはレンレンを一蹴し、あくまで奥の優男へ声をかける。両手を震わせたまま、下を向いていた男だったが、やがて顔をあげ……。
「レンレン様の仰ることが……レンレン様、そうなのですか?」
「あんたは黙ってなさい!」
レンレンが引き留めようとするも、それまでレンレンに従っていた男達も声をあげ始め……。
「おい、アポーロ! 今の話本当か!」
「タケノーコ、レンレン様の果実は俺だけのものだぞ」
「なんだとキノーコ! くそ、こうなったらレンレン様の果実をかけて戦争だ」
「よし、いいだろう。積年の恨み、晴らすときが来た」
「キノーコタケノーコアポーロ戦争だ」
「あっちで話をつけるぞ」
レンレンを一人残し、キノーコタケノーコアポーロの三名は、お城のバルコニーへ向かいましたとさ、めでたしめでたしですわね。一人残ったレンレンの背後にそっと立つ王子。あら、王子。怒っているわね。
「おい、レンレン。今のはどういう事だ?」
「え? あいつらが勝手に嘘を言っていただけですわ。腰を振っていたのはそこのメアリーヌで間違いありませんわ」
「あの、腰を振ってと仰いますけれど、メアリーダンスは騎士団の皆様もインナーマッスルを鍛えるのに有効だとみんなやってますわよ? レンレンあなたはワタクシを避けているようでしたので、教えて差し上げませんでしたけど。身体の脂肪を燃焼させて、引き締めるには有効なダンスですの」
ワタクシはドレス姿のまま腰をゆっくり落とし、真っ直ぐ拳を突きだす。そのまま腰を右、左と動かし始めると、メアリーダンスを教えていた貴族の女の子や騎士団の男の子が一緒になってメアリーダンスを始める。
「メアリー、メアリー、派っ! メアリー、メアリー、派っ! 腰に腕をあててー左っ、右っ、左っ、右っ、回転〜〜。そのままお辞儀を九十度固定。ゆっくり首を回転、回転〜右回り〜~左っ回り〜。はい、顔をゆっくり起こして、そのまま腰を落として膝を曲げて〜」
「もういいわ、結構よ! やめなさい!」
気づけば王妃様まで『あら、私もやってみようかしら?』と笑ってワタクシの様子を眺めてくれていた。今度こっそり王妃様にも教えて差し上げましょう。あ、ちなみに『メアリー、派っ』の最初の掛け声だけは、騎士団の人たちが気合入れるために正拳突きというの? あれをワタクシの名前でやっているだけで、ワタクシが決めた掛け声ではありませんのであしからず。
「つまり、メアリーヌ。君は夜な夜な……その腰を振っていたというのは……」
「ええ。メアリーダンスを教えていただけですわよ。ねぇ、騎士団員の皆様」
晩餐会の警護で控えていた騎士団員の皆様が間違いありませんと敬礼する。レンレンがその場しのぎで集めた三名に対してこちらは百名近く。勝負ありましたわね。
「さてと、王子。ワタクシも聞きたいことがありますわよ? そこのレンレン。先程から夜な夜な腰を振っていた疑惑がありますけど、王子はご一緒してませんわよね?」
「なっ、そんな訳ないだろう。決してそんなことは……」
若干視線を逸らした王子は黒か白か。あとで問い質すとして。
「さて、レンレン。この場はひいていただかないと、せっかくの晩餐会が台無しですわよ。それにほら、時間が長引くとミルキーが食べるお肉が無くなってしまいます。お肉が足りなくなってしまうとあなたのお父様に、いつも独自の流通ルートで調達していらっしゃる兎さんのお肉を持って来ていただかないといけなくなってしまいますわ?」
「なっ、なんですって!」
「戻れ、レンレン!」
様子を見ていた侯爵が慌てて立ち上がり、自席へレンレンを引き戻す。まぁ、メアリーダンス教室に通っている騎士団の方々が既に闇オークションの証拠は見つけて来ているし、摘発されるのも時間の問題でしょうけど。
「お、覚えておきなさい!」
レンレンは捨て台詞を言い残し、自席へと戻っていく。あら駄目よ。これじゃあどっちが悪役令嬢かわからなくなってしまうわ。どうしましょう、ここで高嗤いでも披露しておけばよろしいのかしら?
さて、ようやく静かになったところで、王子の耳元で囁くワタクシ。
「で、王子。今回の件。どうせあの三編み女の口車に乗ってしまったんでしょう? 別に婚約破棄して国を追放していただいても構いませんが、あの女と王子が結婚したが最後、あの侯爵が国を乗っ取ってイズライーナ国は破滅するわよ?」
「なっ、そうなのか。道理で俺をいつも誘惑して来た訳だ……」
「で、その誘惑に王子は乗ったの?」
「なっ、それはない。決してない。アレキサンドライトに賭けてもいい」
まぁ、分かっていますわよ。ワタクシと他の男の噂が流れた事で王子は嫉妬しただけだってこと。いつも理由つけて婚約破棄、婚約破棄って言うけれど、最後は元の鞘に収まるもの。
「で、婚約。破棄するの? しないの?」
「いや、メアリーヌすまなかった! 皆様お騒がせした。第一王子ロバーツ・ウィル・アレキサンドリアンは、メアリーヌ・ローズ・グレイスとの婚約を破棄することを破棄させてもらう! 晩餐会の続きを楽しんでくれたまえ!」
何故だか周囲から拍手が沸き起ったあと、晩餐会は落ち着きを取り戻した。自席に座る王子は大きく溜息をつき、頭を抱える。自分から婚約破棄を申し出ておいて反省するなんて、本当莫迦な王子ね。そのままだと可哀想だから、隣の席に座ったワタクシは、王子へ手を差し伸べてあげる。
「で、王子。いつもの仲直りの。するの? しないの?」
「……今の俺にはそんな資格は……」
「ふふ、莫迦な王子」
ワタクシは王子へそっと口吻をかわす。ふふ、心配しなくてもワタクシの心は王子だけのものよ。そこは安心していいわ。
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