バイク知識皆無及び無関心な皆様に伝われ!!エモさ溢れる【マン島レース】の魅力!
モナコGPを代表とする【公道レース】は世界に多々有りますが、今回ご紹介するレースは筆者が知る限り、挑戦自体が最もクレージーでありながら、最もクレバーな者だけが勝利出来る究極のレースだと思います。
えー、初めましての皆様には初めまして。
お馴染みの皆様には毎度お馴染みの……
稲村皮革道具店本館。略して稲村某と申します。ま、お好きなように呼んじゃってくださいませ。
さて、今回はタイトル通りの【マン島レース】について語らせていただきます。そこんところ宜しくです。
……唐突ですが、そこのあなた。【マン島レース】ってご存知ですか?
まあ、このエッセイをご覧の皆様の大半は、当然ながら【マン島レース】なんてご存知無いと思います。因みに【マン島レース】と再三書いてますが、正式名称は……あ、とりあえずコチラをどーぞ。
【マン島TTレース(マンとうティーティーレース、英:The Isle of Man TT )は、1907年からイギリス王室属国のマン島 (Isle of Man) で開催されているオートバイ競技である。TTはTourist Trophyの略称。】
(Wikipediaから一部抜粋)
……まあ、ココだけ読んでも全然判らんでしょうから、コチラも一応、ご参考に。
【競技は世界最古の議会で『青空議会』としても知られるマン島議会ティンワルドが制定した公道閉鎖令に基づき公道を閉鎖して行なわれる。2020年現在で240人以上の参加者が死亡しており、世界で最も危険な競技とも言われている。】
(同じくWikipediaから一部抜粋)
(更に筆者注・つまり、概算でも開始以降、毎年二人以上の死者が出ている!!)
……うむむ、やっぱりイマイチ判らんですなぁ。
で、そんなよー判らん【マン島レース】って、一体何かと言うと……
【ヨーロッパ各地を転戦する様々なレースカテゴリーの中、マン島っていう孤島のド田舎道(民家の間とか)をキチガ○な速度を出しながら競う大会】
って感じですな。故本田宗一郎もメイドインジャパンの実力を世界に示す為(かは今は判らんが)、1959年から61年までの三年間で小排気量クラス三部門を制覇したり……決して、遠く離れた日本と全く無縁ではないレースなんです。しかし、そんな昔の話はさておき。
まずは判りやすい具体的な数字で、その一端をご紹介いたします。
【平均速度・217.898キロ】
参考までに、この速度域の類似体験と言えば……(合法的な体験に限る)
新幹線→平均200キロ。まあ、至極当然。
旅客機→離陸時200キロ。フワッとします。
ジェットコースター(富士急ハイランド ドドン・パ)→発車後1.5秒弱で180キロ。今は整備中。
スキー→スピードスキー記録・最高250キロ。但し国際競技は中止。
バンジージャンプ→マカオタワー・最高200キロ。但し六秒間でおしまい。
うーん、これでも正直、良く判りませんね。新幹線は折角の景色も大半を遮音壁で塞がれてますし、飛行機も窓が小さいし窓側寄りの狭っ苦しさは、閉所恐怖症持ちの稲村某には耐えられない……。
蛇足ですが、【 】で記された平均速度は2018年にBMW社のオートバイ、S1000Rに乗車したライダーが記録しました。車ではスバル社のインプレッサの207キロ(自動車出場クラスは無い)。あれ? 車の方が速いんじゃないの? って思いましたが……ちょっと意外ですよね。
と、盛り上がりに欠ける話はこの辺にして、稲村某が本当に書きたい事はね……そんな地味な数字や記録の羅列じゃないのよ。
……その町は、ヨーロッパの何処にでもある田舎の風景を、端的に切り取って散りばめた平凡な町だった。
瓦のように平坦な石を気長に積み重ねて造り上げた塀や、通行人の視線を遮る意味よりも動線さえ遮られれば善し、と言わんばかりの低い生け垣。メインストリートさえ歩道と車道の区分も無く、後ろから通り過ぎるクルマも歩行者に気配を察して貰えれば問題無いさ……とばかりの安全速度で避けていく。
塀の上でアクビする猫も、生け垣の向こうで吠え飽きて居眠りする犬も、全てが平和な風景の一部と化している……そんな、現代的な忙しなさから掛け離れた町。
ふと人の気配を察して視線を移す。すると白い化粧壁と真っ青な屋根の質素な家屋から、人々が和気藹々と話しながら、手にしたバスケットを提げてピクニックにでも行くのだろうか。ゆっくり歩きながら表通りを進んでいく。
興味を持って付いて行ってみる。すると老若男女問わず、何処からともなく町と郊外の境目へと集まって来た。各々は何とも楽しげに町から少しだけ外れた道の脇に陣取ると、道路に沿って並ぶ木の柵にもたれ掛かりながら手にしたバスケットを開け始めた。そして中から取り出したビールや瓶を飲みつつ【何か】を待っている。
……と、町の遥か先の丘の向こうから、背中を粟立たせるような高周波に近い音を伴わせながら、【何か】が近付いてきた。
一番最初に認められたそれは、白いヘルメットだった。真下から突然浮かび上がるように現れたヘルメットは、丘の中腹まで一切減速する事無く疾走してきた、バイクに跨がるライダーが被っていたモノだった。
しかし、小さな丘である。直ぐにライダーの全身も丘を越え、バイクの全容も露になるのだが……
そのバイクは、何の前触れも無く、宙に舞った。いや、そうではない。常軌を逸した速度を落とさず通過した瞬間、前輪はおろか後輪すら路面を離れ、車体を揺らしながら僅かの間だが、路上を飛んだのだ。
そして、着地。それでゴールならば、常識的だったのだが……
そのバイクは、着地と同時に今まで歩いて来た田舎町そのままの道路を、更に加速しながら疾走し続けていく。
粗雑に積み重ねた塀の間際を、ヘルメットで触れるか否かの僅かな距離。全身を使って寝かし込むバイクは更に加速し悲鳴のような排気音を奏で続け、塀の下に生えた雑草を肘の先で刈り取る勢いで果敢に攻めながら、更に更に速さを求め続ける。
だが、狂気に浸るのはライダー達だけではない。先程まで暢気な会話を続けていた町の住人だったが、ライダーが駆るバイクが筆舌に尽くし難い速度を維持しながら町に到達し、目の前を前輪を跳ね上げたまま駆け抜けて行くと、
「 ーーーッ!!?」
声にならない叫びと共に、両手を振り上げて満面の笑顔になりながらハイタッチし合うと、ランチバスケットからビールを出し、記念撮影やら乾杯やらに興じているのだ。
しかし、狂気の疾走は人気の無い郊外から町中に到達しても更に、更に続く。
……例えば通常のレースに於いて、一般区域から隔離されたサーキット場を走行する際は、転倒したライダーの身を守る為に様々な防護策が設置されている。
コースから逸脱したバイクがコース外に敷設された砂利の空間に入れば、横転したバイクの速度は物理的な抵抗によって低減化され、転倒したライダーも同様に停められる。
そしてコースの周囲は出来るだけ遮蔽物等は設置されぬよう設計され、衝突してライダーが損傷しないように気を配られているのだが……
……町の中は、何も無い。いや、逆に様々な障害物が道路の両脇に、そのまま有るのだ。信号機のポール、街路灯、家の壁、武骨な石積みの塀……それらは一切の安全性とは無縁の、危険な障害物である。
その、普通の町の塀の真横を、家の壁の瀬戸際を、軒先の下のポストを、全く意に介さず……いや、それどころか町外れの郊外では、放牧地と道路を仕切る牛用の武骨で粗い有刺鉄線すら、剥き出しになったままで大気を切り裂きながら走るライダーとバイクを、待ち受けているのだ。
しかし、彼等は躊躇しない。
そのバイクが出し得る最高速度を、そのバイクが曲がる事の出来る限界曲線を、そのバイクを操って得られる最高順位を、ただひたすら目指して、駆け抜けて行く。
丘を抜ける。ブレーキを掛けない。
丘を跳ぶ。アクセルは緩めない。
道を駆ける。恐怖に眼を背けない。
道を飛ぶ。挑戦を止めない。
町を抜ける。前を駆けるライバルを、逃さない。
町を駆ける。前に出るライバルを、追い越す。
丘を、道を、町を、そして、ゴール目指して……
……最後の、そして最高のフィニッシュを、迎える為に、ただ、それだけの為に。
【マン島ツーリスト・トロフィー】
百年以上の歴史有るレース。毎年開催され、そのレース中の事故は後を絶たず、毎年死者を出している。日本から出場した挑戦者からも、何人かの犠牲者が出ている。
その危険性は毎年議論され、今年は開催されないかもしれない、と噂が流れもする。
しかし、そんなレースにも関わらず、やはり毎年開催されて、年々コースレコードが更新されているのも、また事実なのだ。
残念ながら、最近の二年程はコロナ禍によってレースは中止された。しかし、コロナ禍が収束を迎える時が来れば、きっと……
また、町の人々が郊外の沿道に集いながら、待ちわびるだろう。
小さな島に溢れんばかりの旅行者達が、世界中から集まったバイク乗り達が、老若男女が、子供達が、
……一位を目指す命知らずのライダー達の挑戦を、その勇姿を目に焼き付ける為に、また、集まるのだ。
最後まで御精読頂き、誠に有り難う御座います。
しかし、このエッセイは【公道を舞台としたレース】を紹介する意図で書かれたものであり、公道を速度超過で日常的に走行する事を推奨する目的では有りません。
スピードよりも協調性を保った速度維持を。
それのみが、公道で安全に走る為に必要なスキルだと思います。しかしあんまりチンタラ走られても邪魔ですが(おいこら)。