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第6話 ロードの決意

 ホイールたち荒野の放浪者たちは、朝になるとテントを畳み、再び北を目指して旅立った。ロードとローラは、彼らに水と食料を提供して、それを見送った。

 百人を数える一団は、次第に小さくなってゆく。黄色い地平線に揺れる陽炎の中に彼らの姿が消えるまで、二人はじっと放浪者たちを見つめていた。

 そして、この都市にまた虚しい静寂が訪れた。

「さて、行くか」

 ロードがローラの肩を軽く叩く。

「ええ…」

 ローラは曖昧に返事をして、ロードについて歩き出した。

 二人の宇宙艇、シュルクルーズは、都市の南方およそ三キロの場所に停めてある。二人はそれに乗って、この惑星を離れるのである。黄金の聖典を手に入れた今、もうこの星に留まる理由はない。

 ローラはふと、振り返った。視界の隅に、一本の木の棒が立っているのが見える。その根元は、盛り上がった土の中に埋もれていた。

 ピールの墓である。ローラは心の中で、祈りの言葉を呟いた。自然と、目頭が熱くなる。ローラは墓のほうを向いて、目を閉じた。零れ落ちた涙が、地面を一瞬だけ湿らせた。

「ローラ」

 ローラの隣に、ロードが立った。ローラは身体を預け、ロードはそれを片手で抱きとめた。

「もし、神ってやつが本当にいるのなら、ピールは天国にいるさ。でなきゃ、神ってのは、善人面した極悪人ってことになる」

「うん…」

 ローラは頷いた。

「行こうぜ。俺たちには、まだやることがある」

 これから小惑星都市ウォーレルに行き、聖典を仕事の仲介人であるドイル・シェフィールドに届けなければならない。そこで初めて、依頼された仕事を終えたことになるのだ。

 だがロードは、もう一つ仕事ができたと心の中で呟いていた。

「…そうね」

 ローラは寂しげに微笑んだ。そしてピールのためにもう一度黙祷を捧げると、ローラは歩き出した。

 二人は並んで、荒廃した都市を去る。

 数十分後、白く滑らかなラインの宇宙艇が、砂塵を巻き上げ、飛び立った。



 オレンジ色の火花が、両者の顔を一瞬だけ照らす。

 激突した長剣と短剣は、素早く離れたかと思うと、再びぶつかる。攻めているのは、短剣のほうだ。それは、少女の細い右手に握られている。左手にも、同じ形の短剣がきらめいていた。

 長剣を握る少年は、巧みな剣捌きで少女の攻撃を受け流した。そして、身を翻すと走り出す。

「待て! 逃げるな!」

 少女は叫んで少年の後を追った。赤褐色の髪を後ろで束ねた、気の強そうな少女だ。美少女だが、清楚な美しさではなく、野性的な美しさだ。

 少年のほうは、金色の髪を左右に流している。端整な顔立ちだが、左頬に切り傷のようなものがあった。

 彼の名は、ロムド・ウォン。銀河を駆けるトレジャー・ハンターである。

 二人は、街の裏通りを駆けていた。暗く、人気のない場所。周囲に建つ建物は、皆、かなり年季の入ったものだ。

「逃げるな、卑怯者!」

 少女は声を上げ、右腕を横に払った。同時に、何かが空を切ってロムドに迫る。

「!」

 ロムドは反射的に振り向き、剣を左斜め上に振り上げた。キキンッ、という音がして、ロムドの足下に二本の短剣が落ちた。投げ専用のナイフである。

「チッ」

 ロムドは舌打ちすると、再び駆け出した。無論、少女も追う。

 少女の顔は、殺気に満ちていた。カッと見開かれた瞳は、獲物を狙う雌豹のようだ。

「逃がすもんか…!」

 少女が呟く。逃げ続けるロムドの背中を睨みつけながら。

 二人分の足音が、薄暗い裏通りに響いた。



 漆黒の宇宙。

 黒い絨毯の上で無数の宝石を散りばめたように、星々が輝く。その中を、一つの光点が移動していた。

 白鳥のように白い機体。長く突き出た船首に、大きな四枚の翼。ロードとローラの乗る宇宙艇、シュルクルーズである。

 シュルクルーズは今、小惑星都市ウォーレルの手前八万キロの地点にいた。ワープを終えたところで、機体を安定させるための慣性飛行に入っている。

 ワープとは、高次空間に突入することによって、通常の空間を飛び越え、一瞬にして数光年離れた場所に移動することである。

 高次空間に入ると、機体を構成する原子の結びつきが次元の違いから不安定になる。そのため、ワープが終了した後は、それらを安定させるために機能のほとんどを停止させなければならない。慣性飛行に入るのは、そのためだ。

『機体が安定するまで、約一時間が必要です』

 シュルクルーズに搭載されているコンピュータ、愛称ティンクの声が、操縦室に響く。

「ふうっ…」

 ロードは解放感に浸りながら、大きく伸びをした。ワープの際には、強烈なG(荷重)がかかるのである。

「もうすぐ、ウォーレルだな。ドイルの爺さんに聖典を渡したら、この仕事も終わりだ。俺の貯金も、やっと復活だ」

 ロードは上機嫌で、天井を仰いだ。報酬が入ったら何に使おうか、考えを巡らせているのだろう。

「ねえ、ロード」

 隣の席に座っているローラが、ロードに顔を向けた。

「この仕事が終わったら、どうするの?」

「ん…そうだな」

 ロードは人差し指で頬をかいた。

「とりあえず、親父の墓参りにでも行こうかと思ってたんだけど…」

 ロードの義父であるバイ・ザーンの墓は、楽園の惑星と呼ばれるメルリス星にある。しばらく放っておいたから、墓は荒れ放題だろう。ロードは惑星ファーサに行く前から、聖典を届けたら、義父の墓を掃除してやろうと考えていたのである。

 しかし、今のロードには、一つの決意があった。

「…だけど?」

「ん、ああ…また、俺の気まぐれが始まったみたいなんだ」

「気まぐれ…?」

 ローラが、目を瞬かせた。

「そ。伝説を追いかけてみたくなったのさ。あの爺さんたちのためにな」

「爺さんたち、って…ホイールさんたちのこと?」

「ああ。あの爺さんたちは、ありもしない楽園を求めて苦しい旅をしてやがる。それが、何となく哀れに思えてな…」

「ありもしない、楽園…」

 ローラは、惑星ファーサの衛星軌道上で、ホイールたちが目指している場所を観測したことを思い出した。

 大陸の北端には、緑豊かな楽園は存在しなかった。かろうじて大地は生きているのだが、その地域に雨が降る見込みはなかった。土があったところで、水がなければ作物は育たない。ホイールたちの目指す地は、未完の楽園なのである。

 ロードの表情が、曇っていた。ローラはそれを見て、ロードの心境を悟った。

 ロードの脳裏には、ピールの死に顔がよぎっているのだろう。ロードはピールの死に遭遇して、何かをする気になったのだ。ホイールたちのため、そして死んでいったピールのために。

「創ってやろうと思うんだ。楽園をな」

 ロードの言葉に、ローラは小首を傾げた。

「楽園を…創る?」

 ロードが頷く。ローラには、意味がわからなかった。

「どういうことなの、ロード?」

「なに、爺さんたちが行き着く場所に、雨を降らせてやろうって考えてるのさ。そうすりゃ、作物だって育つだろ。土は生きてるんだから」

「雨を…?」

 そんなことが可能なのだろうか、とローラは思った。

 惑星ファーサの大気層は、核戦争の影響でかなり薄くなっている。そのために太陽の熱が容赦なく大地を熱し、ファーサを乾燥させてしまった。雨とは、蒸発した水分が空中で冷やされて降ってくるものである。その元となる水分が、ファーサにはほとんど残っていないのだ。雨を降らせるなど、可能なはずがない。

 しかし、ロードはすでに決意しているようだ。ローラは疑問を拭い切れなかったが、ロードを信じてついていこうと思った。

 もし本当に雨を降らせることができれば、それは素晴らしいことである。やってみる価値はあるだろう。

「妖精の住まいし大陸に、魔法の鏡あり。鏡より黄金の柱立ちて、雨降らん。果たしてその鏡、虹の鏡と呼ばれん…」

 ロードは、何か詩の一節のようなものを暗唱した。ローラが怪訝な顔を向けていると、ロードは軽く笑った。

「ずっと昔、狂った冒険者が言った言葉さ。伝説ってのは、これさ」

「雨、降らん…?」

「そう。この宇宙のどこかに、雨を降らすことのできる鏡があるってのさ。ま、信じ難い話だけどな」

 ローラは、ハッと目を見開く。

「ロード、もしかして、それを探そうと…?」

「ま、そういうことだな。詳しいことを知ってる情報屋が、ウォーレルにいるんだ」

「そう…」

「ばかばかしい話で、今まで誰もその冒険者の言うことを信じた奴はいない。だけど、もし本当にそんなものがあるのなら、探す価値はあるんじゃないかな。ピールのためにもな…」

「そうね…」

 ローラは微笑した。ロードの優しさに触れたことが、嬉しかったのである。

 ピールは、北に楽園があると信じて死んでいった。ホイールたちも、それを信じて苦しい旅を続けている。飢えと渇きに耐えながら。

 だから、楽園を創る。伝説が真実かどうかはわからないが、ローラも追いかけたくなった。天国にいるピールを、失望させないために。

「そうよね」

 ローラはもう一度、噛み締めるように言った。

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