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第5話 少年の見た夢

 夜は更け、人々がテントの中で眠りにつこうとする時刻になった。

 ロードとローラも例外ではなく、ホイールの用意した毛布にくるまって、テントの中で横たわっていた。だが、二人は今まで同じ部屋で寝たことなど数えるほどしかなかったから、気恥かしい思いを抱え、テントの端と端とに離れて、眠れない夜を過ごしていた。

 ロードとて、何もしたくないというわけではない。男である以上、当然の欲求がある。だが、ローラの姿を見ると、その身体を汚してはいけないという思いにかられるのだ。だからこれまで二人の間には、キス以上の進展はなかった。

 しばらくして、外が騒がしくなってきた。ようやく眠りにつきかけたロードは、訝しげに目を開けた。もう朝かと思ったが、テントには陽の光が差し込んでいない。チラチラと見える光は、ランプか何かのようだ。

「…ロード、起きてる?」

 ロードに背を向けたままのローラが、問いかけてくる。ローラも目を覚ましたようだ。それとも、ずっと眠れなかったのか。

「ああ」

とロードは答えた。

「何かしら…この騒ぎ」

「さあな…」

 ロードがそう言うと、テントの外で声が聞こえた。

「ピールが、ピールが!」

 それを聞いて、ローラは跳ね起きた。ロードも太腿の痛みに顔をしかめながら、上体を起こす。

「ピールって、あの爺さんの孫だろ?」

「ええ…ピール君に、何かあったんだわ!」

 ローラは言いながら、テントを飛び出していった。

「おい、ローラ!」

 ロードがそれを追って外に出る。

 外はまだ真夜中であり、焚き火はすでに消えていたが、星明かりと、人々が持つランプで、辺りの様子は見て取れた。

 あちこちのテントから、ロードと同じように人が出てくる。彼らは皆、同じ方向に向かって駆けていた。血相を変えた顔つき。何か尋常ならざる事態が起こっているらしい。

 ロードは、皆と同じ方向に走った。痛み止めが切れかけているのか、太腿が痛んだが、この際構っていられない。出血がないのを確認すると、痛みを気合いで消し飛ばし、走り続けた。

 ロードが行き着いた先は、他のものより一回り大きなテントだった。ホイールと、その息子の家族が使っているテントである。入口に人々がひしめきあい、ざわめいていた。ロードはそれをかき分け、テントの中に入った。

 中には、ホイールとその息子夫婦がいる。ローラもいた。彼らは膝をつき、心配そうな顔で、一人の少年を見つめている。ピールだ。

 ピールは、毛布の上に横たわっている。苦しそうに、激しく胸を上下させていた。全身に汗をかいている。そして何よりロードの目を引いたのは、衣服や毛布に付着したおびただしい量の血だった。少年が吐き出したのだろう。口許にも血痕があった。しかも、普通の血液の色ではない。限りなく黒に近かった。

「おい、どういうことだ、爺さん!」

 ロードが声を上げる。ホイールはゆっくりと顔を上げた。

「あんたか…ご覧の通りじゃよ」

 ホイールは、力なく言った。ローラが涙の溜まった目をロードに向ける。

「中毒じゃよ…」

「中毒?」

「そうじゃ。わしらの持っとる食料には、土に混じって死の灰が含まれておる。少量なら人体に影響はないが、わしらは何日もこういう食料を食べてきた。死の灰が体内に蓄積して、中毒症状を起こすのじゃ。この状態では、もう助からんじゃろう…」

 ホイールが頭を横に振るのと、ピールの母親が泣き出すのとは、ほぼ同時だった。

 ピールが小さく咳き込む。少量の血が宙に舞った。

「こうなることはわかっておった…わかっておったが、どうにもならなかったのじゃ。食べ物を食べなければ、飢えてしまうからの…」

「そんな…」

 ローラが呻いた。

「ひどい…これも、神様の罰だって言うの…?」

 その時、ピールが声を発した。小さな声だが、テントの中にいた者にははっきりと聞こえた。

「…見えるよ…お父さん、お母さん…」

 皆の視線が、ピールに集中した。ピールは目を閉じたまま、微笑んでいた。

「ピール、ピール!」

 長い髪をした母親が、ピールの手を取る。その顔は、涙でぐしょ濡れだった。

「見えるんだ…木や、花が…緑がいっぱいだよ…」

 ピールは、夢を見ているのだ。木々が立ち並び、色とりどりの花が咲き誇る大地を。神が用意した、救いの地を。嬉しそうな笑顔が、血まみれのピールの顔に浮かんでいた。

「ここが…神様が作ってくれた場所なんだね…僕、来られたんだ…」

 ローラの瞳からは、澄んだ液体がとめどなく溢れていた。ローラだけではない。ピールの両親も、テントの外にいる人々も、涙を流していた。そして、ロードすらも目の奥が熱くなるのを感じていた。

「ずっとここで、暮らせるんだね…お父さん、おかあ…さん…」

「そうだよ。ずっと暮らせるんだ。みんなで、ずっと」

 ピールの父親が言う。その声が聞こえたのか、ピールはにっこりと笑った。

「ここで…ず…っと…」

 呼吸が静かになった。病状が落ち着いたのではない。呼吸器系が停止しかかっているのだ。

 もうピールは、何も言わなかった。感嘆の息のような一呼吸をすると、ピールの胸は動かなくなった。

「ピール!」

 母親が叫び、わっと泣き出す。父親は、ぎゅっと目を閉じ、ピールから目を背けた。まるで、事実を受け入れたくないとでもいうように。

 ローラは呆然とロードのほうに歩み寄ってきて、そのままロードに身体を預けた。

「ローラ…」

 ローラの肩は、小刻みに震えていた。

「かわい…そう…」

 絞り出すような、ローラの声。ロードはできるだけ優しく、ローラを抱き締めた。

「これが…運命じゃ…」

 ホイールは、低く呟いた。

 人間たちの手によって、死の星と化した惑星。その惑星の、ある荒廃した都市で、一つの小さな命が消えた。

 これも、人間が犯した罪に対する報復なのだろうか。神は何の罪もない子供の命を奪うことで、罪を償わせようとしているのか。

 神というものが本当に存在するのなら、ロードはその神に、唾を吐きかけてやりたい気持ちになった。

 その夜は、暗く沈んでいった。

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