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プロローグ-後編-

(あたし…これからどうなるの…?)

 ところが、酒場を出て、人通りの多いビル街を少し行ったところで、ロードはローラの肩を放した。

「さ、これで君は自由だ。家に帰りな」

 ロードは、笑みを浮かべてそう言った。不安に怯えていたローラは、目を瞬かせる。高い金を出して買った女をあっさり解放するとは思わなかったのである。

「あ…あの…」

「何してんだよ、早く帰りな。もうあんな店で、こき使われなくて済むんだぜ? 帰って、もっといい働き口を見つけな。それと」

 ロードが照れたように、ローラから目を逸らす。

「さ、さっきは…悪かったな。悪気があって言ったわけじゃないんだ。お…怒らせるつもりもなかった。本当に、ごめんな」

 ロードはそれだけ言うと、片手を軽く挙げてローラに背を向けた。そのまま、人混みに紛れて去ってゆく。

 ローラは少しの間、呆然とその場に立ち尽くしていたが、我に返ると、弾かれたようにロードを追って駆け出した。

 人混みをかき分け、ローラは走った。ロードの背中を前方に見つけて、声を上げる。

「待って! 待って下さい!」

 その声に気づいて足を止めたロードに、ローラは必死で追いついた。

「どうしたんだ?」

「ど…どうして…」

「ん?」

「どうして、あたしを助けてくれたんですか? あなたはあたしのこと知らないし、あたしだって、あなたのこと…」

「何だ、そんなことか」

 ロードは笑った。人懐っこい笑みだった。

「気まぐれだよ、気まぐれ」

「気まぐれ…?」

「そ。別に理由なんてないさ。強いて言えば、君が俺の好みのタイプだったってことかな」

「それだけで…それだけで、あんな大金…」

 ローラには信じられなかった。少なくとも、常識のある者がすることではない。

「気にするなよ。俺は、金なんてどうでもいいのさ。百枚の金貨より、一人の女性の輝くような笑顔がいい、ってね」

「え…?」

「俺の親父が、よくそう言って女遊びをしてたんだ。ま、調子のいい言い訳だな」

 ロードは、一人笑った。ローラはますます困惑した表情を見せる。

「とにかく、俺の気まぐれでしたことだ。君は何も気にしないで、新しい仕事を見つけることだ。もっといい雇い口をね」

 ロードはそう言ってから、レスフル金貨を下げていたほうとは反対の腰に手をかけた。そこには鞘に収まった剣と、小さな腰袋が下がっていた。ロードはその袋を取ると、ローラの手に握らせた。

「新しい仕事が見つかるまで、これで繋げるといい。二、三ヶ月は持つと思う」

 ローラが戸惑いながら袋の口を開けると、銀貨が顔を出した。

「こ…これ…」

「じゃあな、お嬢さん」

 ローラが止める間もなく、ロードはまた歩き出す。ローラは反射的に駆け出し、ロードの前に回り込んだ。

「…っと」

 ロードが足を止める。ローラは、袋を差し出した。

「あたし、これ、受け取れません」

「どうして? なきゃ困るだろ?」

「で…でも、受け取れないんです! 大金を出して助けてもらったうえに、お金まで…!」

「いいから、取っときなよ」

 ローラは激しく首を左右に振った。

「お返しします! これ以上の同情はやめて!」

「同情じゃないって。頑固だなあ」

 ロードはため息をついた。

「これも、俺の気まぐれなんだ。黙って受け取ってくれよ。俺はもう、その金を手にするつもりはないからな。いらないなら、そこらに捨ててくれ」

「…」

 ローラは、差し出した袋の口を両手で握り締め、胸に当てた。捨てられなかった。今まで貧しい暮らしをしていただけに、金銭の大切さを見に染みて知っているのだ。

 とはいえ、このままロードに行かせるわけにもいかない。親切を受けるだけ受けておいて、自分は何もしないというのは、申し訳なくてならないのである。

「あたしは…あなたに買われました」

「え?」

「だから、何かしないと…あなたのために、何かしないと、あたし…」

 ローラの澄んだエメラルド色の瞳に、うっすらと涙が浮かんでいた。ロードはその美しい瞳に、胸を高鳴らせた。

「何かさせてください…これだけ恩を受けて、黙ってあなたを見送れません…」

 ローラの声が小さくなった。頬が紅潮し、肩が小刻みに震えている。ロードは、ローラが何を考えているのか理解した。ロードの頭の中で、酒場の主人の声がこだました。

(楽しんで下さいよ!)

 ロードは慌てて頭を振り、不純な考えを打ち消した。そして、ため息を一つつくと、

「…わかった。それじゃあ、お言葉に甘えるかな。食事にでも付き合ってくれないか」

 この申し出はローラの想像とは違ったが、ローラにとってはありがたいことだった。

「ええ、喜んで!」

 ローラは、雲間から光が差し込むような笑顔を見せて頷いた。



 ロードは食事の前に、ローラを洋服店に連れ込んだ。鞭で切れ目の入った服では、恥ずかしくてレストランに入れないと判断したのである。ローラは遠慮したが、ロードは頑として譲らなかった。男として、エスコートする女性に恥をかかせてはならない。妙なところで紳士なロードなのであった。

 そういうわけで、ローラは新しい服に着替え、何度も礼を言いながらロードについてレストランに入った。

 そこで、楽しい会話と共にかなり高級な料理を満喫した。ローラは、豪華な食事は本当に久しぶりらしく、テーブルについてからもロードに礼を言ってばかりだった。それでも、田舎者のように貪るように食べるのではなく、テーブルマナーを心得ながら料理を口に運ぶ姿は、見ていて気分が良かった。

 レストランを出ると、ロードはローラを映画に誘い、ローラは素直にそれを受けた。

 それから、二時間余りが瞬く間に過ぎた。

 ロードとローラは、中心街を少し離れた、静かな公園にいた。中央に噴水があり、それを囲むようにベンチが並んでいる。公園の周囲は木々で縁取られていて、ビル街の景色を遮り、中心街からは隔絶した静かな雰囲気を醸し出していた。

 二人はベンチに並んで腰掛け、星々の瞬く夜空を見上げていた。この惑星には衛星がないので、月夜を堪能することはできなかったが、満天の星々の景観は、それに代わるに足るものだった。空気清浄システムが充実しているため、スモッグが空を覆うこともない。

「楽しかった…」

 ローラが、満足そうに呟く。ロードと視線が合うと、穏やかに微笑んだ。

「こんなに楽しかったのは初めて…でも、これじゃあ恩返しにならないわね…」

「そんなことないさ。俺は、充分返してもらったと思ってるよ。女の子と街を歩くのも、いいもんだな」

「普段は、女の子と街を歩くことはないの?」

「ああ。大抵は一人さ」

 ロードはそう言って、また夜空を仰ぎ見た。

「友達と街に繰り出すことはあるけど、男相手がほとんどだからな…」

「ロードさんって、何をしてる人なの?」

「え? 俺かい?」

 ローラは頷いた。

「会社員じゃないだろうし…学生にも見えないわ」

「そりゃそうだ。俺はまともな仕事ができるほど優秀じゃないからな。勉強も苦手だ」

 ロードは、自分が机に向かって勉強している姿を思い浮かべたのだろうか、愉快そうに笑った。

「…じゃあ、何?」

 ローラの表情に、わずかな不安が見られる。まともな仕事じゃないなら、どういう仕事なのだろう?

「トレジャー・ハンター」

 ロードはさらりと言った。

「トレジャー…?」

「トレジャー・ハンターだよ。早い話が宝探しだな。銀河中を駆け回って、埋もれたお宝を探し出すのさ」

「そ…そうなの」

 ローラは、どう考えていいのか、少しの間わからなかった。宝探し。ローラにとっては、あまりに現実離れした言葉だった。

「本当だぜ。さっきの金貨だって、お宝を換金したものなんだぜ。ティッツァって星の大砂漠に、でっかい遺跡があってさ。そこで見つけた、その星の神様を象った像なんだ。純度九十八パーセントの黄金で出来てて、物凄い金になるんだ」

 ローラは、話を始めたロードの瞳が、子供のように輝いているのに気づいた。

「ま、お宝はともかく、それを手に入れるまでが大変でさ。像が安置されてた神殿の中は罠だらけだったんだ。落とし穴はあるわ、天井は崩れてくるわ、終いには馬鹿でかい(さそり)に追い回されて、死ぬかと思ったぜ」

 いつの間にかローラは、ロードの話に引き込まれていた。自分が、神殿の中を罠をかいくぐりながら進んでゆく様子が、目に浮かんでは消えた。

「…と、夢中になって喋りすぎたかな」

 ロードは、照れたように頭をかいた。

「女の子にこんな話は、つまらないよな」

「ううん、そんなことない」

 ローラは慌てて首を左右に振った。

「ロードさんって、冒険が好きなのね」

「ああ。俺の親父もトレジャー・ハンターだったんだ。その影響かもな」

「そう…自由なのね…」

 ローラはふと現実に帰り、悲しそうに笑った。

「何言ってんだ。ローラだって、自由になったじゃねえか」

「仕事を見つけたら、同じ。また一日中働いて、帰って死んだように眠るだけの生活だわ。自由なんて、どこにも…」

「だから、そうならないような仕事を見つければ…」

 ロードはそう言ったが、ローラはゆっくりと首を横に振った。どこか、諦めているような表情だった。

「駄目。あたし、三ヶ月前に事故で両親を亡くして、高校を中退したの。家が貧しかったから、授業料が払えないし、何より働かなきゃ生きられないから。だけど、高校を中退したような子には、まともな仕事なんてないわ。今は、学歴がものを言う時代だもの。だから、あたしが就ける仕事といったら、あの酒場みたいなところしかないの」

 ローラは、唇を震わせた。ロードの気持ちが沈む。

(俺は、この娘のために何をしたんだろう…?)

 そんな考えが脳裏をよぎる。せっかくあの酒場から解放されたというのに、ローラは、また同じようなところでこき使われることになるのだ。だとしたら、ロードがしたことは何になるというのだろうか。

 そんなロードの心中を察してか、ローラは慌てて言った。

「ごめんなさい。こんなこと言うつもりはなかったの。ロードさんには、本当に感謝しているわ。ただ…羨ましくて…自由なロードさんが…」

 ローラはうつむいた。肩まである金髪が、ローラの顔を隠す。それがいっそう、悲しげだった。

 ロードは、ローラに何をしてやれるかと考えを巡らせた。どうして自分が、初対面の少女にここまで世話を焼いているのか。そんなことはどうでもよかった。ローラにも自由を握らせたい。それだけだ。

 すると、一つの考えが閃光のようにひらめき、明確な輪郭を持ってロードの頭に浮かんできた。

「だったら…来るかい?」

 ロードが、どことなくぎこちない口調で言う。ローラは顔を上げて、ロードを見た。

「来る…って?」

「冒険の旅にさ。俺と一緒に…来るかい?」

 ローラは、一瞬声を失った。瞳を見開いて、ロードの目を見つめる。ロードは気恥しくなって目を逸らした。

「連れて行ってくれるの?」

 ローラの問いに、ロードは顔を背けたまま頷いた。

「その、ローラさえ、よければな。一人よりは二人のほうが、旅は楽しいかも知れないし…」

「ロードさん…」

 ローラの瞳が、輝きを帯びた。夢のようだと思った。だが、これは現実だ。現実に、今までの生活から解放されるチャンスが、目の前に現れたのだ。

「で、どうかな…?」

「行きます!」

 ローラは嬉しそうに答えた。その笑顔は、頭上に輝く満天の星空よりも輝かしかった。

「危険かもしれないけど…いいのかい?」

「ええ! 過労で死ぬより、よっぽどマシだわ」

「そうか…じゃあ、決まりだ」

 ロードがベンチを立った。そしてローラのほうに顔を向けて、人懐っこい笑みを浮かべた。

「そうと決まれば、善は急げだ。さっそく、俺の宇宙艇を案内するよ」

「ええ!」

 ローラも笑顔で立ち上がる。

 二人は沈んだ気持ちがすっかり晴れた表情で、公園を後にした。

 行く先は宇宙港。ロードの宇宙艇、シュルクルーズが、そこで新しい乗客を待っているはずであった。

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