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第17話 フェアリー・ヘヴン-後編-

 パークの具合が回復したのは、それから一時間ほど経ってからだった。シュルクルーズは相変わらず海の上なので揺れは収まっていないのだが、ローラが飲ませた酔い止めの薬が効いたようだ。

 パークは自分にあてがわれた部屋を出ると、休憩室に向かった。そこではローラがソファに腰掛けて、本を開いていた。

「あら、パーク君。もう、具合はいいの?」

 パークに気づいたローラがにっこりと微笑む。その優しい笑みに、パークは思わず赤面した。

「ど、どうも…ご迷惑をおかけしました…」

 ばつの悪そうな顔で、パークは頭を下げた。

「いいのよ、そんなこと。それよりも、座ったら? 立ったままでいたら、また気分が悪くなるかもよ?」

「あ…はい」

 パークは頭を上げて、ローラの向かいに座った。ローラはパークの顔色が正常に戻っているのを確認すると、本に視線を戻した。

 少しの間、静かな時間が流れる。

「あの…ローラさん」

「ん…何?」

 本に目を向けたままで、ローラが返事をした。パークは少しためらってから、目を覚ましてからずっと気になっていたことをローラに尋ねた。

「ロードさん…何か、言ってました?」

「何かって?」

「ですから…その…」

 口ごもってうつむくパークに、ローラは不思議そうな目を向けた。

「…?」

「その…僕のこと、破門だとか…そういうこと…」

「破門?」

 ローラは小首を傾げた。

「どうして、ロードがそんなこと言うと思うの?」

「え…ですから、船酔いなんかして、軟弱な奴だって思ったんじゃないかと…」

 それを聞くと、ローラは口を押さえて笑った。パークは真剣に心配していただけに、ローラの反応に当惑した。

「心配のしすぎよ、パーク君。いつもの元気はどうしたの? ロードが、そんなこと言うわけないじゃない」

「けど…」

 まだ何か言いたげなパークを、ローラは人差し指を立てて制した。

「大丈夫よ、絶対。あたしが保証するわ」

「ほ、本当…ですか?」

「もちろん。今、ロードは何してると思う?」

「え…さ、さあ…」

 ローラは愉快そうに、くすりと笑った。

「自分の部屋よ。ベッドで寝てるわ。酔い止めの薬を飲んで、ね」

「えっ…?」

 パークは大きく目を見開いた。ローラは悪戯っぽく片目をつむってみせる。

「船酔いよ、ロードも。パーク君のことをどうこう言える立場じゃないわ」

「そ…そうなんですか?」

「ええ。だから、安心なさい」

「は、はい!」

 パークはたちまち安堵の笑顔を浮かべて、大きく頷いた。ローラは微笑んで、膝の上の本に視線を戻した。

「何を、読んでるんですか?」

 いつもの調子に戻ったパークは、早速ローラの読んでいる本に興味を持った。もともとパークは、読書好きな少年だった。自由に外出することもままならなかったパークに、本は退屈な現実を忘れさせてくれたのである。遥か昔の冒険者たちの物語に、いつも胸を躍らせたものだった。いつかこの窮屈な現実から飛び出して、自由に生きていくんだ。パークは、いつもそう願ってきたのである。

「これ? これはね、オライシスっていう人の伝記よ。ベークランドという星の偉人なの」

 ローラは本をパークに渡した。表紙には、お世辞にも立派とは言えない服装の若い青年の写真が載っていた。黒く長い髪は無造作に左右に分けられており、鳶色の瞳はあくまで穏やかで、すべてを包み込んでしまうような印象を受ける。

「この人が、えっと…オライ…」

「オライシスよ。オライシス・ファディス」

「で…何をした人なんですか?」

「ベークランド星の、コリニという国の独立運動を指導したの。その頃、コリニは隣国のウースターの植民地として支配されていて、コリニの人たちは奴隷同然の労働者として使われていたのよ。国王はウースターから派遣された貴族だったから、当然コリニ人はひどい迫害を受けたわけ」

「それで、独立運動を起こしたんですか?」

「そう。コリニは、コリニ人が治めるべきだ、とね。それで指導者として立ったのが、オライシスだったの。この人の凄いところは、完全に暴力を放棄したところだった。抵抗するために、人を殺したりはしなかったということよ」

「え…それで、どうやって独立運動をしたんですか?」

 パークは理解できないといった顔をする。パークの読んだ物語の中にも、隣国に支配された国を救うというのがあったが、主人公はいつも勇敢な戦士であり、敵の王を見事に討ち果たし、独立を勝ち取るのだった。ローラの言ったような、非暴力の抵抗というのは、読んだことすらない。

「いい? コリニで生産した商品は、ウースターの利益になるわけよね? そして、商品を直接作っていたのは労働者、つまりコリニ人だった。そこでオライシスはコリニ人労働者に呼びかけて、大きなストライキを起こしたの。生産は完全にストップして、ウースター側は困ったわ。生産ができなければ、利益が得られない。利益が得られないと、工場を造るためにかかった費用が全部無駄になってしまうからよ」

「へえ…」

 パークは心底感心してしまった。今まで、戦いというものは敵を倒すことだとばかり思っていた。だが、もっと別の、血を流すことのない戦い方もあったのだ。

「で、独立は成功したんですか?」

 パークの問いに、ローラはゆっくりと首を左右に振った。少し、悲しげに。

「ストライキをすると、コリニ人のほうにも困ったことが起こるの。つまり、給料がもらえないから、食べるものが買えなかったのよ。オライシスは、荒れ地を耕作して食糧を増やして、それを補おうとしたんだけど…ウースター側が畑を荒らしたり、そういった妨害をしてきたのよ。それでコリニの人たちはますます飢えて、オライシスは結局、独立運動の中止を宣言したわ。このままじゃ、コリニの人たちに大量の餓死者が出ると判断したのね。オライシスはウースターに捕えられ、処刑されてしまったわ…」

「そう…ですか…」

 パークも、聞いているうちに何だか悲しい気持ちになっていた。やはり、敵を倒して独立を勝ち取るしか、方法はないのだろうか。

 その答えは、パークには、ローラにさえもわからなかった。ただ、ローラは信じている。血を流さずに、自由を手に入れる方法が、きっとあると。

「オライシスは、人の命は何よりも重いと言ったわ。それがたとえ、敵の命でもね。それが、とても感動的だったわ…」

「命は、何よりも重い…」

「人の命だけじゃない。この世に生まれてきた生き物には、みんな、生きていく権利があるわ。それを勝手に奪う権利は、誰にもない…あたしは、そう思ってるわ。ただ、今の時代は、そういう考え方じゃ生きていけないみたいだけれど…」

 パークはそう言って目を伏せるローラの表情に、今まで出会ったこともないような優しさを見た。たとえ敵であっても、その命を重んじる。そんなことを、パークは考えたこともなかった。

「けど、敵の命を大事に思うあまり、自分が死んじまっちゃあ、しようがないぜ」

 突然、休憩室に入ってきたロードが口を挟んだ。笑ってはいるが、顔色はまだ青い。

「ロード、まだ寝てたほうが…」

「水を飲みにきただけだよ。喉が渇いていると、余計に気分が悪くなる」

 ロードは、休憩室の隅にあるボックスから、冷水をカップに注いだ。

「自分の命よりも、敵の命のほうが大事だと考えるのは、馬鹿げてるぜ。敵が敵意をもって戦いを挑んできたら、こっちも戦うべきだ」

「そうね…自分の命を守るために戦うのは、仕方のないことだと思うわ。でも、なるべくなら、相手を殺さないことが一番だわ」

「へいへい、ローラの考え方は、よおっく知っておりますよ。けど、俺は根がこういう奴だからな。相手の態度次第じゃ、保証はできないな」

 ロードは、一気に水を飲み干すと、カップを戻して、休憩室を出て行こうとした。

「さて、もう一眠りするか。まだ、胸やけがするぜ」

 だが、運命はロードを眠りの世界に誘うことをよしとしなかったようだ。ロードが廊下に出た途端に、船内に警報が鳴ったのである。

『後方およそ二十五キロメートルより、飛行物体接近。黒色の円盤です』

「えっ!」

 ローラは思わずソファを立った。ロードも眉を引き締めて天井を仰ぐ。パークはビクッと肩を震わせた。

「ロード!」

「ああ、わかってる。来やがったか…」

 黒い円盤。小惑星都市ウォーレルで出会った、黒服の二人の宇宙艇だ。しつこくパークを追ってきたのだ。

「今度は、気楽に構えてはいられないな」

 ロードは鋭い眼差しでそう言った。

 ここは宇宙空間ではないから、その気になれば、敵はシュルクルーズに乗り移ってくることもできるのだ。まして、今のシュルクルーズの状態では、飛行して逃げることもできないのである。

 ロードは急いで自分の部屋に駆け込むと、ベッドの脇に立てかけられていたヒート・ソードを引っ掴み、操縦室に向かった。ローラとパークも慌ててそれに続く。

 操縦室のスクリーンには、すでに黒い円盤の映像が映っている。時速六十キロメートルでのんびりと進んでいるシュルクルーズとは、スピードが違う。スクリーンの中で、追跡者の宇宙艇はどんどん大きくなっていた。

「ケリをつけなきゃ、いけないかな」

 ロードは不敵に笑って、操縦室の扉に足を向けた。おそらく外に出て、黒服の二人を迎え撃つつもりなのだろうと、ローラは察した。

 だが、ロードの足取りは、普段と比べてかなり弱々しかった。パークにはわからなかったが、一年以上もロードと一緒にいるローラには、はっきりと見て取れた。ロードの体調は、まだ回復していないのだ。

「ロード…大丈夫?」

 ローラがロードに駆け寄って、その顔を覗き込む。案の定、顔色は悪い。これでは戦ったところで、いつもの力を発揮できるかどうか、疑問だった。

「平気だ。心配するな」

 ロードはローラの肩を軽く叩いて、操縦室を出た。そしてローラを振り返り、親指を立てる。

「船酔いが原因で負けたとあっちゃあ、ロード・ハーンの名が泣くってもんだぜ」

「ロード…」

「お前はパークとここにいろ。絶対に出てくるんじゃねえぞ」

「ぼ…僕も行きます!」

 パークは決意に満ちた表情で言った。いつの間に持ってきたのか、腰のヒート・ソードをしっかりと握っている。

「パーク君…」

「僕…僕、自分の身くらいは、自分で守れるようになりたい。だから、僕も戦います!」

 パークにとって、これは今までにないほど重大な決意だったろう。どう考えても、パークではあの二人に勝てる見込みはないのだから。だが、この勇気を振り絞った決断も、ロードにあっさりと却下された。

「駄目だ。心意気は立派だが、今のお前じゃ、わざわざ捕まりに行くようなもんだ。大人しくここで待ってろ」

「け、けど…」

「お前が来ても、俺の足を引っ張るだけだ」

 ロードはきっぱりと言い放った。それを言われると、反論のしようもない。パークはしぶしぶ納得し、悲しそうに頷いた。

「じゃあ、行ってくるぜ。そこで、俺の華麗な戦いぶりを見学してろ」

 ロードはそう言うと、通路をシュルクルーズの背に上がる梯子に向かって歩いて行った。ローラの心には不安が渦巻いていたのだが、ロードを止めるのはもう無理だとわかっていた。だからといって、ロードについて行くわけにもいかない。行ったところで、ロードの足手まといになるだけである。そして、万が一黒服の二人が船内に入ってきた時に、パークを守る者がいないということになってしまうのである。

 ローラにできるのは、ここでロードの無事を祈ることだけだった。ローラはスクリーンの映像を、シュルクルーズの背を一望できるように切り換えた。ここが、数分後には激しい戦いの場となるのであろう。

 果たして、その戦いの結末がどうなるのか、ローラにはわからない。いつもならロードの勝利を信じて疑わないのだが、今のロードは本調子ではない。二人を相手にして、勝てるかどうか。

 ローラは、切実な思いでスクリーンに見入っていた。

 黒い円盤は、すぐ近くまで迫っている。

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