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第16話 フェアリー・ヘヴン-中編-

 その頃。

 惑星フェアリー・ヘヴンから少し離れた宙域に、閃光が走った。宇宙船が高次空間を出入りする際に起こる、発光現象である。

 光が消えた時、そこに現れたのは黒い円盤型の宇宙艇であった。パークを追う、黒服の二人の宇宙艇である。

「ん…惑星か?」

 窓の外に見える青い天体を見て、チューブは言った。

「大気があるようだな…奴らの目的地はあそこか?」

「らしいな」

 手前のレーダー・パネルに見入ったまま、ホースが答えた。そこには、シュルクルーズを示す白い光点が点灯している。

「奴らの船の座標と、あの惑星の座標がほぼ一致している。奴らは、あの星に降りたようだな」

「そうか。チャンスが来たってわけだ」

 チューブは、嬉しそうに両拳を合わせた。

「宇宙艇から降りてくれれば、こっちのもんだぜ。あのガキをぶっ倒して、お坊ちゃんも捕える。そして、報酬だ」

「そうなると、いいんだが…」

 ホースは声を一段低くして、呟いた。チューブは肩をすくめる。また、心配性が始まったか、と。

「お前な、もうちょっと楽観的になれよ。慎重なのはいいことだが、お前の場合は行き過ぎだ」

「お前が呑気すぎるんだ」

 ホースは不機嫌そうに言うと、チューブは笑ってホースの肩を叩いた。

「この世は、呑気に生きるのが一番さ。だけど、やる時はやるぜ。今度は負けねえ。あのガキがバイ・ザーンの息子だろうがな」

「俺が心配してるのは、そんなことじゃない」

「何? じゃ、何を心配してるんだ?」

 怪訝そうな表情を浮かべたチューブに、ホースはレーダー・パネルを示した。

「…何だ?」

 レーダー・パネルはいつの間にかスクリーンに切り換わっていて、外の映像を拡大して映していた。

 中心に見えるのは、青い惑星。前方のあの星だろう。だが、チューブの興味を引いたのは、その惑星自体ではなく、惑星を横切って走る光の束であった。

「…何だ、こりゃあ?」

「流星だよ」

「流星…だと?」

「そうだ。それも、かなりの数だ。あの惑星の衛星軌道を掠めて飛んでいる」

「…お前の心配って、これか?」

 よくわからないといったふうに、チューブはホースに問う。ホースはため息をついた。

「わからないか? もし奴らの宇宙艇が、あの近くにワープ・アウトしていたら、どうなると思う?」

「え…そりゃあ…」

 考えていくうちに、チューブの顔から血の気が引いていった。ホースの言葉の意味するところを悟ったのであろう。

「そう。流星の雨に降られて、木端微塵だ。そうなっていたら、報酬どころか、俺たちは依頼主に殺されちまうぞ」

「け…けど、レーダーには反応してるんだろ? だったら、奴らは無事なんじゃ…」

「そうだな…機体はある程度無事だろう。しかし、中に乗ってる連中が無事とは限らないぞ。空気漏れでもしていたら、奴らは確実に死んでるな」

「おいおい…縁起でもねえこと言うなよ…」

 チューブは額に冷や汗を滲ませていた。

「とにかく、インターバルが終わったら、すぐにあの惑星に向かおう。奴らが死んでないほうに、望みをかけようぜ」

「あ、ああ…」

 チューブはすっかり気落ちした様子だった。ホースは苦笑した。おそらくチューブが気落ちした理由は、報酬がパアになるかもしれないということではない。久しぶりに出会った強敵と戦えなくなるかもしれないということが、チューブには一番の心配なのだろう。

「頼む…無事でいてくれよ…」

 チューブが、祈るように呟く。敵の無事を願うという滑稽な姿に、ホースは小さく吹き出した。

「とはいえ…俺も祈りたい気分だぜ…」



 紺碧の空。

 純白の綿雲漂うその空から、白鳥が舞い降りてくる。

 天駆ける白鳥、シュルクルーズだ。流星に受けた損傷も痛々しく、普段は白い機体も黒ずんでいた。幾筋かの細い煙が、装甲の隙間から伸びている。

 メイン・エンジンが停止しているため、シュルクルーズは重力に引かれるまま、四枚の翼が起こす空気抵抗を唯一の飛行手段として降りてくる。

 運の良いことに、下は深青の海だ。地表に不時着するよりは、機体にかかる衝撃は少ない。着水とともに機体が分解するということはないだろう。

 細く伸びた船首下部から、サブ・エンジンによって熱せられた空気が下方に向けて勢いよく噴き出した。船首が上がり、胴体着陸の体勢に入ったのだ。

 派手な水飛沫を上げて、シュルクルーズは海面に胴体を滑らせた。左右に大きな波が立ち、穏やかだった水面を騒がせる。機体の表面温度が上がっているために、シュルクルーズに触れた海水は水蒸気となり、霧状に周囲を包んだ。

 しばらくの間水上を滑ってから、白鳥はようやく傷ついた身体を休めた。波に身体を委ねて、機体はゆっくりと揺れる。

『着水完了。機体損傷の確認に入ります』

 ティンクが、いつもの冷静な声で告げる。

 ローラとパークは、固く閉じていた両目を開いた。ちょうど耐熱シャッターが開いて、周囲の景色が窓の外に現れたところだった。

 二人は窓の外の大海原をしばらく見つめてから、安堵のため息をついた。

「…助かっ…た…」

 パークは、大げさに首を項垂れる。ローラは隣のロードに視線を向けた。

「な、しぶといだろ?」

「そうね」

 ローラはクスリと笑った。それから二人は、同時に視線を前に向ける。窓の向こうには、果てしない水平線が見える。青い空に、青い海。しばらく宇宙空間しか見ていなかったから、その光景は目に新鮮であり、不思議と心を落ち着かせた。

 人間は、宇宙空間で発生したのではない。人間は、いや命あるものは皆、この青い空の下、青い海の中で生を受けたのだ。宇宙の漆黒の闇よりも、こういった青い光景に落ち着きを感じるのは、そういったところに原因があるのかも知れない。

「どうにか、無事に降りられましたね」

 ようやく落ち着きを取り戻したパークが、ロードとローラに笑顔を向けた。明るく屈託のないその笑顔は、見ているだけで心が和む。

「後は、妖精の大陸を探すだけですね」

 パークの瞳には、冒険に憧れる澄んだ輝きが戻っていた。つい先刻、生きるか死ぬかの危機に陥ったというのに、この立ち直りの早さはロードを唸らせた。死を恐れないのは愚か者のすることだが、怖がってばかりいては冒険などできはしない。パークの性格はトレジャー・ハンターに向いているな、とロードは思った。

「どの辺りに降りたの、あたしたち?」

「そうだな…目指す大陸からは、あまり遠くないところに降りたつもりなんだが…ティンク、例の大陸はどこにある?」

『十秒ほどお待ちください。検索します』

 シュルクルーズの高性能コンピュータが、大気圏突入時の位置や角度など、様々な要素を統合して大陸の位置を割り出す。コンピュータがはじき出した解答は、現在のシュルクルーズの位置から西南西に約四百キロメートル、ということだった。

「ほらな、かなり近いところに降りただろ?」

「本当ですね。じゃあ、すぐに行きましょう!」

 パークがロードを急かす。ロードは苦笑して頷いた。

「わかった、わかった。ティンク、サブ・エンジンで発進だ。行けるか?」

『サブ・エンジンに異常はありません。ですが』

「わかってるさ。サブじゃ飛べないっていうんだろ? 別に飛ばなくたっていい。このまま海の上を進むんだ」

 サブ・エンジンはメイン・エンジンの補助機関である。主に機体角度を調整するための補助ブースターに使用されるもので、シュルクルーズを浮かばせるほどの出力はない。だが水上を進むくらいなら、それくらいの出力で十分なのである。

『了解しました。メイン・ブースターにサブ・エンジンを接続します』

「目標は妖精の大陸。準備ができ次第、発進してくれ」

『了解。エンジン出力上昇。発進準備完了。シュルクルーズ、発進します』

 補助ブースターが点火し、機体の向きを変える。西南西を向いたシュルクルーズは、メイン・ブースターから火を噴いて、海の上を進み始めた。

『現在時速六十キロメートル。エンジン主力の限界で、これ以上の速度は出せません』

「六十キロか…妖精の大陸まで、六時間ちょっとってところかな」

 ロードは頭の中で計算して、呟いた。

「ねえ、ロード。上に出ない?」

 ローラが天井を指差して言った。

「上?」

「うん。潮の香をかぎたいの。涼しい風も浴びたいし」

「風…か」

 考えてみると、ここしばらく、自然のさわやかな風というものを味わっていない。ほとんど宇宙艇の中か、ウォーレルや他の大都市で過ごしていたのだ。惑星ファーサにも風は吹いていたが、過剰に降り注ぐ太陽熱に熱せられて、決して気持ちの良いものではなかった。

 そう思うと、急に風が恋しくなり、宇宙艇の中が窮屈に感じられてきた。

「ね、いいでしょ?」

「そうだな…ティンク、装甲版の熱は下がったか?」

 ロードが天井に向かって声をかける。

 シュルクルーズは船ではないから、甲板というものは備わっていない。従って上に出るということは、シュルクルーズの背の装甲の上に直に立つということになる。だから先刻の大気圏突入で装甲版に生じた熱が下がっていないと、大火傷をしてしまうのだ。

『上部装甲には、異常熱は確認されません』

「わかった。じゃあ、出られるな。行こうぜ」

 ロードは操縦がオートになっているのを確認すると、操縦席を立った。嬉しそうに頷いて、ローラも立つ。当然パークもついてくるわけで、三人は連れ立ってシュルクルーズの背に出た。

 シュルクルーズの背の部分は比較的平らなので、船の甲板と大差ない。三人は大きく伸びをして、潮の香を含んだ空気を胸一杯に吸い込んだ。

「わあ…綺麗な海…」

 果てしなく広がる大海原に、ローラは感嘆の声を上げた。美しい、深い青色をした海。白い波は降り注ぐ陽光を受けて、眩しく輝いている。

「すごい…海って、こんなに広かったんですね…」

 パークは、この壮大な光景に圧倒されていた。

「パーク、お前、海を見たことがないのか?」

「え…はい。僕、あまり家から出してもらえなかったから…」

 そこまで言うと、パークは思い出したように口をつぐんだ。自分の素性がばれてしまうと思ったのだろう。

「家から出られない? それじゃ、まるで箱入りのお坊ちゃんだな」

 ロードは、まさかな、と呟いて笑った。自分の言葉で、パークが肝を冷やしたことを知らずに。

「見て、ロード!」

 突然、ローラが声高く叫んだ。

「どうした、ローラ?」

「あれ!」

 ローラは遠く右のほうを指差している。その先では、シュルクルーズと同じように海を進むものがあった。

「あれは…!」

 海中を進むそれは、時折海面に上がっては、また沈んでゆく。何十、いや何百だろうか。海水に濡れた青い背中が、代わる代わる現れる。三角形の背びれが波を切って、白い飛沫を起こしていた。

「ドルフィンだわ…」

 ローラがため息まじりに呟く。

「ドルフィン?」

 ロードは首を傾げる。聞き覚えのない名だった。

「海に住む、大型の哺乳類よ。知能が高くて、人間に友好的な動物だったと思うわ。見るのは初めてだけど…」

「へえ…」

「すごい…」

 パークは感動を顔いっぱいに表現していた。

 ドルフィンの群れは、少しずつシュルクルーズに近づいてくる。二分と経たないうちに、ドルフィンたちはシュルクルーズと並んで泳いでいた。

 海面下に何百というドルフィンたちが見える。勢いよく跳びはねたドルフィンの身体から、きらめく雫が飛び散った。三人はシュルクルーズの背に腰を下ろして、その躍動的な光景を眺めていた。

「ドルフィンって、そんなに珍しい動物なのか?」

「そんなことないわ。色んな星にいるはずよ。でも、海水の汚染が進んでから、陸の近くには姿を現さなくなったようね…それで、知らない人も多いのよ」

「そうか…ファーサにも、昔はいたのかな…」

 ロードは言いながら、寝転がった。真っ白な綿雲が、ゆっくりと流れてゆく。

「そうね…いたと思うわ、きっと」

「人間の巻き添えをくって滅んだんだな…まったく、人間ってのは…」

 吐き捨てるようにロードは言った。ローラも少し悲しげにうつむく。

「戦争を起こす人たちは、その星に住む動物のことなんか、考えてないわ。それどころか、自分の国の人間のことすら…その利己心が、滅亡という形で自分たちに跳ね返ってくるんだわ…」

「死んだ人間は、まだいいさ。生き残っちまったホイールたちは不幸だぜ。生きていく場所が残されてないんだからな…」

「死んだほうが幸せだったかも知れないなんて、皮肉なものね…」

 それから、二人は何となく沈黙して、空を見つめた。パークはその雰囲気に耐えられなくなったのか、わざと明るい声を出した。

「何を沈んじゃってるんですか、二人とも。その人たちを助けるために、ここに来たんでしょう? 僕たちが虹の鏡を見つければ、その人たちは幸せになれるんですよ? まだ、希望はあるってことじゃないですか!」

 それを聞いて、ロードとローラは顔を見合わせた。そして、ほぼ同時に吹き出す。

「ハハハッ! 弟子に説教されるとはな。けど、パークの言う通りだ」

「そうね。まだ希望がないわけじゃないもの。沈んだ気持ちになるのは、早いわね」

「そうですよ。もっと明るくいきましょう、明るく!」

 パークはそう言って、立ち上がった。だがパークの笑顔はその瞬間に消えてしまった。瞬く間に顔色が悪くなり、その場にしゃがみ込んでしまう。

「…どうしたの、パーク君?」

「い、いえ…その…」

 パークは真っ青な顔を二人に向けた。

「どうしたんだよ?」

「き…」

「き?」

「気持ちが悪くて…」

「へっ?」

 ロードとローラは目を瞬かせた。蒼白なパークの顔。これは、もしかすると…。

「船酔い?」

 ローラが言葉に出すと、ロードは吹き出し、空を仰いで高らかに笑った。

「ロード」

 ローラが眉をしかめ、ロードをたしなめた。だがロードの笑いは止まらない。

「ハハハッ! こりゃいいや。偉そうなこと言っておいて、一番明るくなれないのはお前じゃねえか」

「ロードったら…大丈夫、パーク君?」

「め…目まいがして…」

 パークは、今にも死にそうな顔をしている。海を見たこともないパークにとって、船酔いは初めての体験なのだろう。

「ローラ、パークを部屋に連れていってやれよ。所構わず吐かれたら、たまったもんじゃないぜ」

「言い過ぎよ、ロード」

 ローラはロードをひと睨みして、パークに肩を貸した。ロードは肩をすくめて、ローラから視線を逸らす。

 パークはローラに寄りかかるようにして、シュルクルーズの中に戻っていく。それを横目に見ながら、ロードはまた笑った。

「まったく、本当にお坊ちゃんみたいだな。これくらいの揺れじゃ酔わないぜ、普通」

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