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第15話 フェアリー・ヘヴン-前編-

 ティンクの声が、インターバル終了を告げる。

『機体構成原子、正常状態に回復。各システム、チェック終了。異常箇所はありません』

 待ってましたとばかりに、ロードは休憩室のソファを立った。パークもいよいよだと、胸を高鳴らせる。

「わかった。すぐに操縦室に向かうから、それまでに次元航行システムを作動させておいてくれ」

『了解しました』

「ローラ、操縦室に行くぜ。パークはここで待ってろ」

「わかったわ」

「はい」

 ロードとローラは休憩室を出て、操縦室に向かった。パークはソファに腰掛けたまま、それを見送る。

 最初のワープの時に、操縦室に行かせてくれとせがんだのだが、あっさりと断られてしまった。操縦室には二人分の座席しかないため、パークが操縦室に行っても、終始立っていなければならない。ところがワープの際には強烈な衝撃が機体を襲うので、立っていては非常に危険なのである。ロードは幼い頃、高次元突入の際に、座席から立ち上がったために衝撃で後方に吹き飛ばされ、壁に後頭部を強打して死線をさまよった経験がある、と言っていた。

 パークはそれを聞いて納得し、休憩室で待っていることにした。無理に操縦室に押しかけて、迷惑をかけるようなことはしたくない。そんなことをすれば、ロードに破門にされてしまうかもしれないのだ。

「別に、ワープの間にロードさんとローラさんが消えてしまうわけじゃないんだからな」

 パークは自分を納得させるために、そう独りごちた。

「いよいよ、フェアリー・ヘヴンに到着か…ガルハード・ドマークって人は、本当に妖精の大陸を見つけたんだろうか…?」

 パークの胸は、これから起こるであろう、かつてない体験に思いを馳せ、高鳴っていた。

 冒険。パークは今まで、本の中でしかそれを体験できなかった。本の中の主人公に感情移入し、主人公の体験に共感することしか。だが今、現実に自分の目の前に、本物の冒険が存在しているのである。パークは、胸の動悸を抑えることができなかった。

 妖精の大陸。願わくば、本当にあってほしい。ローラが話してくれた、惑星ファーサの旅人たちのために。そして何より、冒険を求めて家を飛び出した自分のために。

 パークは、自然と膝の上で拳を握りしめていた。

『次元航行システム作動。エンジン出力、臨界まであと十五秒』

 ティンクの声が船内に響くと同時に、シュルクルーズは小刻みに振動した。銀河を翔ける喜びに身を震わせているようだと、パークは思った。

 自分も同じだ。銀河中を自由に駆け巡ることに、この上ない喜びを感じる。自由。なんて素敵な言葉なんだろう!

『エンジン臨界。ワープ準備完了』

「よし、行くぜ」

 操縦席のロードが、手前のキーボードに手を伸ばす。青いスタート・キーに触れれば、この船は次元を飛び越え、はるか彼方の宇宙に出る。伝説が本当なら、そこに惑星があり、そして、妖精が住むという大陸が…。

「あるといいわね、妖精の大陸」

 ローラが、窓の外の星空を見つめながら言う。

「あるさ、きっとな」

 ロードがそう言うと、ローラは微笑して頷いた。

「信じてるのね、ロードは」

「お前は、信じてないのか?」

「あたしは…」

 ローラは少し頬を赤らめて、囁くように答えた。

「ロードを信じてるから。いつでも」

「上等だ」

 ロードはニッと笑うと、キーに触れた。シュルクルーズは、白い輝きを帯び始めた。その姿は、まるで天を舞う白鳥のように美しかった。後方の宙域でシュルクルーズを監視していた黒服の二人も、思わず見惚れてしまったほどだ。

「シュルクルーズ…天駆ける白鳥。惑星エルアスナムの古代言語だ。まさに、あの船にふさわしい名だな」

 ホースが呟く。

「しかし…まさか、あのバイ・ザーンの息子だったとはな。どうりで強いわけだぜ」

「バイ・ザーンの恐ろしさは、体術ではない。本当に恐るべきは、独自の剣術だ。あのガキはおそらく、それも伝授されているだろう」

「相手に不足はない…ってとこかな」

 チューブは、不敵に笑った。相手が強いほど、チューブの喜びは増す。それだけ、倒し甲斐があるというものだからだ。

「呑気だな、相変わらず」

 ホースが苦笑する。

「この仕事、思いの外きつくなりそうだぜ」

 仕事を終えたら、報酬の増額を交渉しなければならないな。ホースが心の中でそう呟くのと、まばゆい閃光とともにシュルクルーズが高次元に突入するのとは、ほぼ同時だった。



 丘の上に、石造りの建物がある。

 白い石でできたその建物は、二階建てで、天から降り注ぐ日差しを浴びて、眩しく輝いていた。

 その二階。今、一人の女性が瞑想していた。薄い緑色の、ゆったりとした衣服を着ている。水色の髪をした、清楚な雰囲気の美しい女性だ。

「近づいている…」

 その女性は、ゆっくりとした口調で呟いた。

「導かれし英雄…私たちの運命を握る人たちが…」



 闇が支配する空間。

 涼しげで広いその空間を照らすのは、石壁のランプで燃える青白い炎だけだ。

 その暗闇の中、三人の老人が岩の上に腰掛けている。石の床に描かれた巨大な魔法陣を囲むように、岩は配置されていた。

 一人の老人が、わずかに顔を上げる。フードに隠されて表情はわからないが、その瞳に生気はなかった。

「ようやく、来たのか…」

 しわがれた声が、暗闇に響く。だが他の二人は、何の反応も示さない。まるで人形のごとく、うつむいたまま動かなかった。

「私の役目も、これで、終わる…」

 老人は、わずかに安堵の息を洩らした。



 白鳥は舞い降りた。

 閃光とともに高次元を脱したシュルクルーズの目前には、一つの惑星があった。

 青い惑星。海があり、大気がある。表面に漂う雲の隙間から、陸地も見える。

 生命を育む惑星だ。この青さは、生命の青だ。空の青であり、海の青でもある。星に生まれた生命を包む、母なる青だ。

「フェアリー…ヘヴン…」

 ローラが、静かに呟いた。視線は、目の前の青い惑星にまっすぐ注がれている。

「これが、ガルハード・ドマークの…」

 ワープ終了後に操縦室に来たパークも、神秘的な青い惑星に見惚れていた。

「なんて、綺麗な星なんだろう…」

 パークは、宇宙から生命を育む惑星を見たのは、二度目である。家を飛び出した時に、自分の住んでいた惑星を背後に見たのが一度目だ。

 あの時の光景も美しかったが、この惑星には及ばないように思えた。この惑星には、ほぼ完全な自然が存在している。人間による環境破壊もなく、大気汚染もない。汚れのない美しさ、澄んだ美しさを、この惑星は漂わせていた。

「やっぱり、文明が存在している気配はないな…」

 ロードは言いながら、通称フェアリー・ヘヴンを食い入るように見つめた。ドマークが言っていたという、正方形の大陸を探しているのである。ローラとパークも我に返ると、それに倣った。

 しばらくして、弾かれたようにパークが声を上げた。ロードとローラは驚いて、パークに顔を向ける。

「どうした、パーク」

 パークは興奮しきった表情で、窓の外に見えるフェアリー・ヘヴンを指差していた。

「ロードさん! あ、あそこ!」

「何?」

「見つけたの?」

 パークの言葉の意味するところを察して、ロードとローラはフェアリー・ヘヴンに視線を戻す。

「どこだ?」

「あそこです、あそこ! 右下のほう!」

 高揚したパークの声は、操縦室に大きく響いた。

 ロードとローラはパークの言葉に従って、惑星の右下に視線を集中させた。すると…。

「あっ!」

 先にローラが、

「あそこか!」

 続いてロードが、驚きの声を上げた。

 白く密集した雲の切れ間に、大地の一部が見える。ほんのわずかな部分だが、それは直角を描いていた。驚くほど幾何学的で、自然の惑星には不似合いだった。

 冒険者ガルハード・ドマークは、フェアリー・ヘヴンには正方形の大陸があったと言った。そこには妖精が生活している、と。そして、虹の鏡もそこに…。

 だとすれば、あれこそその大陸ではないか。全体像は見えないが、三人はすでに確信していた。他の大陸は、どれも不規則な、自然な形をしている。ならば、あれは妖精の大陸以外の何物でもない、と。

「見つけた…」

 ローラが、感嘆のため息を洩らしながら言った。驚愕の表情の中に、微笑みが浮かんでいる。

「あれだ…あれに違いない。ガルハード・ドマークは正しかったんだ!」

 ロードの言葉を引き金に、三人は歓喜の声を上げた。信じてはいたものの、やはり心のどこかで不安に思っていたのだろう。その分だけ、喜びも大きい。ロードは笑いながらローラを抱き寄せ、それからはしゃぎ続けるパークの頭を何度も叩いた。

「あそこに、虹の鏡があるのね?」

「そうさ。必ずある…あの大陸に!」

 ロードが確信に満ちた笑みを浮かべた。だがロードたちの笑いも、そこまでだった。

 突然、スピーカーからけたたましい警報が鳴り響き、ティンクが非常事態を告げたのだ。

『流星群、急速接近。五秒後に接触』

「なんだって!」

 ロードたちが顔色を変えて、天井のスピーカーを見上げた。その瞬間、激しい衝撃が船体を襲った。

 ガガガガガ…ッ!

 大地震のごとく床が震え、三人の足下をすくう。

 ロードたちは折り重なって床に倒れ込んだ。ロードは一番下になり、後頭部を床に打ちつけた。

『流星五個、本船の上空七メートルを通過。直撃はありません。続いて第二波、三秒後に来ます』

 無数の流星が、シュルクルーズのすぐ上を高速で通過していく。その際に流星の尾がわずかに接触し、その度に船体は激しく揺れるのだった。強固な装甲も、絶え間なく襲う衝撃に、次第に傷ついてゆく。

「くそっ! 何で接近に気づかなかった!」

 そう叫びながらも、ロードはその理由を知っていた。高次空間に飛び込むと、次元の相違からレーダーに異常が現れる。高次空間を脱すれば回復するのだが、少なくとも五分はかかる。さらに五分経っても、それからしばらくの間はレーダーで感知できる範囲がかなり制限されてしまうのだ。そんな状態で、宇宙の彼方から高速で接近する流星を事前に察知できるはずがない。

「こいつはヤバいぜ…!」

 ロードは振動で倒れそうになるのをこらえながら、やっとのことで操縦席に戻った。

「ティンク、シュルクルーズ、急速発進だ! 目標は、前方の惑星!」

『しかし、ワープの影響で、エンジンが不安定です。今作動させれば、故障する確率八十七パーセント』

「構わねえ! エンジン始動! 十秒以内に発進出力まで上げるんだ!」

 ロードがそう叫んだ時である。

 ゴオオオオンッ!

 雷鳴のような轟音が響き、操縦室は今までになく大きな衝撃に見舞われた。ようやく立ち上がったローラとパークは再び倒れ込み、悲鳴を上げた。

 警報が鳴る。操縦席の手前のディスプレイに、シュルクルーズのグラフィックが投影される。その映像の中で、左の尾翼が赤く点滅していた。

『左尾翼に流星接触。損傷は軽微。飛行に問題はありません』

「くそっ! しかし流星がここにぶつかったら、ひとたまりもないぞ!」

 ロードは毒づいた。

「ローラ、座ってろ! パークもどこかにつかまれ!」

 ロードが指示すると、ローラは急いでロードの隣の席につき、パークはその椅子の背もたれにしがみついた。

 ティンクが発進準備完了を告げる。ロードは間髪入れずに右脇のレバーを引き、シュルクルーズを発進させた。

「つかまってろ!」

 ブースターをふかし、シュルクルーズは流星群から離れた。そして、一直線にフェアリー・ヘヴンに向かう。

 だが、不安定なエンジンを強引に始動させたために、出力の制御が効かなくなった。エンジン熱が急上昇し、オーバーヒートを起こす。冷却装置も、加熱のスピードについていけなかった。このまま飛行を続ければ、エンジンが爆発してしまう。それを知らせる警報が、船内で鳴り続けていた。

 流星群から十分に離れたと判断したロードは、急いでエンジンを停止させた。後は、慣性で惑星までたどり着けるのだ。ただその時、すでにメイン・エンジンは完全に故障しており、修理をしなければもう飛べないと、ティンクは告げていた。

「ティンク、大気圏突入準備。シャッターを下ろせ!」

『了解』

 シュルクルーズのすべての窓が、耐熱装甲のシャッターに覆われる。船首下部のサブ・ブースターが点火し、機体角度を調整した。

 ローラとパークが、不安げな表情をロードに向ける。ロードは二人を安心させようと軽く笑んだ。しかし、ロード自身も不安だった。衝撃で損傷した装甲が、大気摩擦の高温に耐えられるのだろうか、と。

 とはいえ、ここで慌てても仕方がない。義父の形見であるシュルクルーズを信じるしかないのである。

(頼むぜ、シュルクルーズ)

 ロードは目を閉じて、小さく呟いた。

『大気圏突入準備完了。突入まで、あと三十秒』

 船内温度の上昇を防ぐための、冷却装置が作動する。天井の換気口から、冷たい空気が流れ出てきた。

「ロード…」

「大丈夫、行けるさ。こいつは親父の自慢の船だったんだぜ。親父と一緒で、しぶといはずさ」

 ロードは片目をつむってみせた。ローラは少し安心したように、顔をほころばせた。

 傷ついた白鳥は翼を広げ、フェアリー・ヘヴンに舞い降りてゆく。空気摩擦で生じる高熱と激しい振動に、機体は悲鳴を上げていた。

「妖精の大陸を目の前にして、死んでたまるか…そうだろう、ティンク」

 ロードの言葉に、ティンクは、

『もちろんです、ロード』

と答えた。心なしかロードには、その声、その口調が、この上なく頼もしく感じられた。

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