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第14話 インターバル

 冒険家ガルハード・ドマークがフェアリー・ヘヴンと呼んだ惑星に行き着くには、三回のワープを必要とする。一度のワープで跳躍できる距離は限られているのである。さらに一度のワープごとに約一時間のインターバルを置かなければならないため、フェアリー・ヘヴンまでは、約三時間の航海ということになる。

 現在シュルクルーズは、二度目のワープを終え、機体の構成原子を安定させるためのインターバルに入っている。次元航行システムを始め、推進機関のほとんどを停止させ、慣性の法則に従って宇宙空間を漂っている。

 この間は、ロードたちもすることがない。休憩室でコーヒーを飲むか、読書にふけるか、あるいは自室で睡眠を取るか。宇宙艇の中でできることといったら、それくらいのものである。

 ただ、パークが乗組員に加わったことで、この時間のロードの過ごし方が変わった。ローラは相変わらず、休憩室で本を開いているが、ロードとパークはそこにはいない。二人は訓練室に入り浸りで、剣の稽古に励んでいるのである。

 訓練室には、射撃用の標的や、一人で剣の稽古をするためのホログラム・システムも備わっているのだが、それらは今は使われていない。五メートル四方の部屋で、二人はひたすらに剣を交えていた。さすがに、剣は刃のない訓練用のものである。

 パークの剣術はまるで素人だったが、素質はあるとロードは見ている。基礎体力は一応できているし、反射神経もなかなかのものだ。弟子として、しごき甲斐があると思っていた。

「そらそら、どうした!」

 ロードが、縦に横にと、剣を打ち込む。パークは必死にそれを受ける。だが手加減しているとはいえ、ロードの剣術は一流だ。すべてを受け止められるはずもなく、何撃かは肩や手首に当たった。

「つっ…!」

 パークは痛みに顔をしかめる。だがロードは休む暇も与えず、打ち込み続けた。

「くっ…うっ!」

 体勢を崩しながらも、パークはロードの剣を受け止めようと努力していた。攻め続けながらロードは、その努力だけは称賛した。ただ、何としても相手の剣を受け止めようとする姿勢はいただけない。

「受けるのが無理だと思ったら、避けろ! 体勢を崩されたら、一度間合いを取って立て直せ!」

「は…はい!」

 パークはその言葉に従い、後方に飛びずさった。それから一息ついて、剣を構え直す。だがその瞬間には、ロードがすでにパークの目前にいた。

「遅い!」

 ロードの剣が一閃する。

 避けるのは無理だ! そう判断したパークは、今度こそロードの剣を受け止めようとした。が、ロードの激しい斬撃はパークの剣を弾き飛ばした。手首にしびれが走り、パークは膝をつく。

 宙を舞った剣が床に落ちる。ロードはパークの首筋に当てていた剣を下ろした。

「ふう…ここまでにするか」

「…はあっ…」

 思わず、パークの口から息が洩れた。

「動きは悪くないんだけど、状況判断が甘いな。受けるか避けるか、一瞬で判断できるようにならなきゃな」

「はい!」

 パークは落ち込んだ様子もなく、明るく返事をした。まだ訓練は始まったばかりだ。初めから上手くできるわけがない。パークは、そう考えているのである。

(大丈夫。ロードさんにみっちり鍛えてもらえば、すぐに強くなれるさ)

 ロードも、パークのそういう明るいところが気に入っていた。これくらいのことで落胆されていては、たまったものではない。大体、弟子が師匠に初めから敵うはずがないのだ。

「そろそろ、一時間かな」

 ロードが左手首の時計を見ると、インターバルに入ってから四十分が経過していた。あと二十分ほどで出発できるだろう。

「汗もかいたし、シャワーを浴びて、コーヒーでも飲むか。行くぜ、パーク」

「はい」

 二人は訓練室を出ると、浴室に向かった。途中に休憩室があるので覗いてみると、ローラがまだ本を読んでいた。

「あら、ロードにパーク君。訓練は終わったの?」

 ローラが二人に気づいて、顔を上げる。

「二人とも汗びっしょりね。早くシャワーを浴びてきたら? 気持ち悪いでしょ?」

「ああ、これから行くところだ。ローラも一緒に行かないか?」

 悪戯っぽい顔でロードが言うと、ローラはクスリと笑った。

「せっかくのお誘いだけど、今日は遠慮しておくわ。男同士でいってらして」

「ん、そうするか。五分くらいで戻ってくるから、コーヒーと、何か軽い食べ物を頼むよ」

「了解。用意しておくわ」

「頼んだぜ」

 ロードはそう言うと、パークを伴って浴室に向かった。肌に貼りついたシャツが鬱陶しく、二人は自然と急ぎ足になっていた。

 浴室にはボックス型のシャワー室が二つ並んでおり、ロードとパークは衣服を脱ぎ捨てると、飛び込むようにシャワー室に入り、熱い湯を全身に浴びた。汗が流れ、身体に当たる幾筋もの湯が、たまらなく心地好かった。

 その頃ローラは休憩室の隣のキッチンで、簡単な食事を作っていた。鶏の卵を使った、いわゆる目玉焼きというもので、朝食によく好まれる料理だ。それにベーコンを添えて、調味料で味を調える。ローラは最近どこかの街で聞いた流行の歌をハミングしながら、フライパンを操っていた。

 それからほぼ正確に五分後、ロードとパークが浴室から戻ってきた。二人とも、半袖のシャツにトランクスだけという格好だった。シャワーを浴びた後に厚着をすると、せっかく洗い流した汗がまた出てきてしまう。そう言ってロードは、風呂上りにはいつもこの格好でいる。だからローラも、いい加減見慣れていたので、別に気にした様子もなかった。

 テーブルの上にはベーコンエッグとトースト、それにコーヒーが三人分並べられていた。ロードたちはソファに腰掛け、食事をしながら雑談を楽しんだ。

 話題は、主にロードの冒険談に尽きた。パークがぜひ聞かせてほしいと、瞳を輝かせて頼んだのである。おかげでロードはかえって疲れてしまったが、たまにはこうして思い出話をするのも悪くない、と思った。

 ローラは折を見てパークの身の上を尋ねたが、パークはあまり話したがらなかった。銀河連合の中でもかなりの先進惑星である、惑星アストラハンで生まれ育ったこと、幼い頃──今でも充分幼いが──からトレジャー・ハンターという自由で冒険に満ちた仕事に憧れていたこと以外は、言葉をつぐんでしまった。

「すみません、聞かないで下さい」

 そう言って、目を伏せるのである。

 ロードとローラは不思議に思ったが、しつこく問い詰めるようなことはしなかった。人間誰でも、他人に知られたくない事情というものを持っている。それを無理に掘り起こそうというのは、野暮というものだ。

 仲間には信頼関係が必要だが、すべてを知り合う必要はない。お互いが現在信じ合っていれば、その時点で仲間と言えるのである。話すべきことがあるのなら、時が来ればいずれ話してくれるだろう。それが仲間というものだ。

 二人はそれを理解しているから、それ以上パークの過去に触れることはしなかった。話題を戻して、今までに経験した冒険について、懐かしみながら話し合った。パークはいっそう顔を輝かせ、興味深げにその話に聞き入っていた。そして、いつか自分も一人前になって、ロードのように自由でスリルに満ちた生活を送るんだと、心に決めるのだった。

 しばらくして、天井に備えつけられた円形のスピーカーが音を発した。危険を知らせる警報ではない。レーダーに何かが反応したことを知らせる種類の音である。

「どうした、ティンク」

 ロードが天井に向かって言った。スピーカーの端にマイクが取り付けられており、シュルクルーズの管制コンピュータであるティンクと、直接会話ができるようになっているのである。

 トーンの高い女性のような合成音声で、ティンクが答えた。

『本船の後方約五千メートルの位置に、中型宇宙艇を捕捉。ウォーレルからずっと本船を追尾してきた、黒い円盤型の宇宙艇です』

 それを聞いて、ロードはため息をついた。パークも、トーストを口に運ぶ手を止める。

「まだ、ついてくるのか…」

 ロードはコーヒーカップに口をつけながら、眉をしかめた。ローラが不安そうにロードを見る。

「あの、黒服の人たち…?」

「ああ。ウォーレルで、あいつらが黒い円盤に乗るのを見た。間違いない」

「そう…じゃあ、パーク君を追って…」

「だろうな」

 ロードが、コーヒーをすする。

「でも、ワープをしたのに、どうしてこの船を追ってこられるのかしら?」

「次元追尾レーダーを装備してるのさ」

「次元追尾レーダー?」

「最新鋭の高性能レーダーでね。一度捕捉した目標は、たとえ高次空間に突入しようと見失わない。奴らはウォーレルで、この船を捕捉しておいたんだろうぜ」

 ロードは肩をすくめた。黒服の男たちを撒くのは無理だ、ということである。

「けど、心配ないぜ。奴らは、パークの死体には用はないみたいだからな。宇宙空間にいる限り、何もできやしないさ」

「そう…」

 ローラは、少し安心したようだった。だが、ロードたちとて、いつまでも宇宙艇の中に閉じこもっているわけにはいかない。惑星フェアリー・ヘヴンに到着したら、嫌でもシュルクルーズを降りなければならないのだ。その時こそ、あの黒服の二人はパークを捕えようと襲いかかってくるだろう。だがローラは、その時は必ずロードが守ってくれると信じていた。

「にしても、何であいつら、そこまでしてパークを追うんだろうな」

 ロードとローラの視線が、パークに注がれた。パークは当惑し、目を逸らす。

「ぼ、僕は、何も知りません…」

 その口調は、明らかに何かを隠していた。だがこの様子では、パークはそれを話してはくれないだろう。

 ロードとローラは顔を見合わせた。

 この少年には、どんな事情があるのだろう?



 果たして、ロードの予測は正しかった。

 シュルクルーズの後方を、一定の間隔で追っている黒い宇宙艇には、例の黒服の男たちが乗っていた。彼らは何をするでもなく、操縦室の座席に座って、じっと前方の宇宙艇を見つめているのだった。

 ロードの予想通り、彼らの目的はパークの死体ではない。生きたまま、それも傷一つつけずに捕えなければならないのだ。

「まったく、面倒なことになったなあ。一体、何者なんだ、あのガキは…?」

 太ったほうの男が、首筋をさすりながら言った。小惑星都市ウォーレルの宇宙港で、ロードに蹴られたところだ。もう痛みは消えたが、青紫色の痣ができてきた。

「なあ、ホースよ」

 太った黒服が話しかけると、痩せた黒服は片手で顎をさすった。

「あの宇宙艇…どこかで見たことがある。あの流線型のライン…白鳥のようなシルエット…」

 痩せた黒服、すなわちホースは、モニターに映ったシュルクルーズを凝視していた。そして何かを思い出そうと、時々目を閉じて考えるのである。

「ふうん…俺には、心当たりはないけどな」

 太ったほうの黒服は、横目でホースを見ながら、シートの背もたれに寄りかかった。

「あのガキ…ただ者じゃあなかったな…。俺が喧嘩で負けたのは、久しぶりだぜ…」

 言いながらも、太った男は妙に嬉しそうだった。

「新しい宿敵が見つかって嬉しいか、チューブ?」

 からかうように、ホースが言った。チューブと呼ばれた黒服の男は、豪快に笑った。

「その通りだ。あの坊ちゃん以外なら、傷つけても文句は言われないからな。今度は、必ずあのガキをぶちのめしてやる」

「ま、せいぜい頑張るんだな。お前があのガキを抑えておいてくれれば、俺は楽に坊ちゃんを捕えることができる」

「おう、任せとけ」

 チューブは力瘤をつくって、片目をつむってみせた。

「仕事に戦いはつきもんだ。そっちは、俺の専門だからな」

「ああ、頼むぜ。しかし…思い出せんな…」

 ホースはモニターに視線を戻した。映像は変わらず、白い宇宙艇と漆黒の宇宙空間である。

 深刻に考える相棒を見て、チューブは苦笑した。

「お前は、一度気になり始めたら止まらない性格だからなあ。もういいじゃねえか、あいつが何者だったって。俺たちは、引き受けた仕事を果たせば、それでいいんだからよ」

「それは、そうだが…」

 ホースはそう言いながらも、モニターから目を離せないでいた。

「とにかく、奴らがどこかの星に降りた時がチャンスだ。今度こそ、絶対に捕まえてやる」

「どこかの星、か…。奴らは一体、どこへ行こうとしてるんだ…?」

「さあな。どこだろうと構わねえさ。こっちには、特別支給の次元追尾レーダーがあるんだからな。どこへ逃げたって、無駄なことさ」

 チューブは楽観的すぎるな。ホースは心の中でそう呟いた。だからその分、俺が慎重にならざるを得ないんだ、と。

(それにしても、気になる。あの白い宇宙艇…裏の世界じゃ、かなり有名だったような気がする。誰の宇宙艇だったか…)

「さあて、俺はちょっと、飯を食ってくるぜ。奴らが動き出したら、呼び出してくれ」

 チューブは明るくそう言うと、操縦室を出ていった。

「…何回目の食事だ?」

 ホースはチューブが出ていった後、呆れ顔で呟いた。そしてまた、シュルクルーズの映ったモニターを凝視するのだった。

(何だか、厄介な奴を相手にしているような気がするぜ…)

 ホースの頭の中で、一人の男の顔が次第に輪郭を帯びてきた。それが銀河屈指のトレジャー・ハンター、バイ・ザーンの顔となった時、ホースは思わずあっと声を上げていた。

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