表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/23

第12話 黒服の追跡者

 情報屋ジェフのビルを後にしたロードたちは、そのまま宇宙港に向かった。

 虹の鏡がどこにあるのか。いや、それが本当に存在するのか。それは未だに謎のままだったが、とりあえず、行くべき場所がわかった今、ウォーレルでもたついている必要はない。三人は急ぎ足で表通りに出て、エレベーターに向かった。

 大通りを歩いている間、パークはずっと落ち着かない様子で、時々後ろを振り返っては、安心したように胸を撫で下ろしていた。

「…どうしたの、パーク君?」

 ローラが不思議に思って尋ねた。

「いえ…また、現れたりしないかと…」

 言いながら、パークはまた後ろを向く。

「誰が?」

「ほら、あの大きな人ですよ。右手が金属でできてて、すごく怖い顔してた…」

「ああ、ガル・ガラのこと」

「そういう名前なんですか?」

「そうよ。ヤード・デ・モローっていう、汚れた権力者の部下よ。すごくしつこくて、あたしたちも困ってるの」

 ローラは嫌なことを思い出したように、眉をわずかにひそめた。三ヶ月ほど前のユーフォーラでの戦いのことだ。ローラは独裁者エルマムドに捕えられ、彼に協力していたヤードに腰を抱かれたという、恥辱的な経験があるのだ。もちろん、このことはロードには内緒にしている。恥ずかしくて、言えるはずがない。

「どうして、そんな人に狙われるんですか、ロードさんは?」

「前にね、ロードとガルが戦って、ロードがガルの右手を切り落としたのよ。それで、恨みに思ってるのね」

「だから、奴の右手は金属製だったろ」

 ロードが、愉快そうに言った。

「かわいそうにな、ガルの奴。奴の手は鉄じゃなくて、かなり高価な合金だったぜ。それを、また失くしちまったんだからな」

 それを聞いて、パークの顔から血の気が引いた。

「もしかして、僕、あの人の恨みを買ったでしょうか…?」

「だろうな」

 事もなげにロードは答えた。パークはますます落ち着きをなくし、周囲をキョロキョロと見回した。

 ロードが笑う。

「おいおい、そんなこといちいち気にしてたら、神経がもたないぜ。裏稼業の人間ってのは、常に権力者の恨みを買うものだからな」

「…そうなんですか?」

「そうさ。だから、いつ、どこで死ぬかもわからない。みんな、それを覚悟してるんだぜ。お前もトレジャー・ハンターになろうってんなら、もっと度胸を持てよ。でなきゃ、本当にあっさり命を落としかねないぜ」

「は…はい!」

 パークは大きく頷いた。

 力が入り過ぎだ、とロードは苦笑した。ローラはそんなパークが可愛いのか、微笑ましげな視線を向けていた。何となく気分が良くない。パークに妬いているのだろうか。ロードは慌ててその考えを打ち消した。

(何考えてるんだ。こんな子供に妬くなんて、どうかしてるぜ)



 パークの心配も杞憂に終わり、ロードたち三人は、無事にエレベーターに着いた。

 エレベーターの扉が、空気の洩れるような音と共に開く。同時に、大勢の人が雪崩のように出てきた。それが収まると、エレベーターを待っていた人々が入れ替わりに乗り込んでいく。ロードたちもそれに混じった。エレベーターの中でもガルには出会わず、ようやくパークは安堵の息を洩らした、わけではない。

 エレベーターの中は相も変わらず人員過剰で、背の低いパークにとっては拷問に近い。ロードでさえ、このままパークが窒息してしまわないかと心配になったほどだ。ようやく宇宙港に着いてエレベーターから降りた時、パークは足取りが不安定だった。

「大丈夫、パーク君?」

 ローラが心配そうに声を掛ける。パークは力なく笑った。

「大丈夫ですよ、大…」

 そこまで言った時、パークは不意に立ち止まった。

「パーク?」

「パーク君?」

 二、三歩先んじてしまったロードとローラが、それに気づいて足を止め、パークを振り返った。具合が悪くなったのかと思ったが、どうやら違うようだ。パークはロードの肩越しに、停泊場の奥を凝視している。冷や汗のようなものが、額に浮かんでいた。

「どうしたの?」

「何を見てるんだ…?」

 ロードがパークの視線を追った。すると、黒いスーツを着た二人の男が、こちらのほうに歩いてくるのが見えた。対照的な、痩せた男と太った男のコンビである。二人ともサングラスをかけているので、顔はわからなかったが、どことなく嫌な雰囲気を漂わせている。

「ま、まずい…!」

 パークがそう言った時、黒服の男たちはこちらに気づいたらしく、歩みを止めた。そして、向かい合って何事かを話し合っている。まだ十メートルくらい離れているので、話の内容はわからなかった。

「もう、見つかっちゃうなんて…!」

 パークは慌てていた。あの黒服の二人に、心当たりがあるようだ。

「何なんだ、パーク?」

「え、ええと、その…来たっ!」

 パークが声を上げた。黒服の男たちは、こちらを目指して駆け出していた。

「ロードさん! 早く出発しましょう!」

 パークはロードの手を引いて走り出そうとするが、考えてみれば、パークはロードの宇宙艇がどれなのかを知らない。どっちへ行っていいのかわからなかった。

 だが、パークにとって幸運だったのは、ロードが判断の早い人間だったことだ。パークの慌てぶりに何かを感じたのだろう。逆にパークの手を引っ掴むと、左のほうへ駆け出した。その意図はローラにも伝わっていて、ローラも遅れることなく走り出した。

 三人が駆け出すと、黒服の二人はそれを追って進路を変えた。やはり、パークを狙っているのか。ロードはそう思いながら、シュルクルーズを目指した。

「誰なの、あの人たち?」

 ローラが問うと、パークはちょっと口ごもり、

「わ…悪者です!」

と答えた。

 白い機体が、停泊場に並ぶ何台もの宇宙艇の陰から姿を現した。ロードの宇宙艇、シュルクルーズである。

「あれですか?」

「そうだ! あれに乗り込めば、後は…」

 港を飛び出し、宇宙に出るだけだ。そう言おうとしたロードは、まずいことに気がついた。

 宇宙艇を発進させる前に、管理所に停泊料を支払わなければならないのだ。でなければ無賃停泊の罪で逮捕されてしまう。強引に発進すれば、ウォーレルの地表に設置された無数の火器で撃墜されてしまうのだ。

 料金を払うべき管理所は、ちょうどロードの左手に見える。ほんの五、六メートルの距離だが、あそこまで行っている暇はない。ロードは管理所の入口に立っていた警備員に、

「おい!」

とありったけの声で呼びかけた。真面目そうな警備員はそれに気づいて、ロードのほうを不審そうに見る。

 ロードは素早くコインを取り出すと、ここへ来た時にもらったパーキング・チケットに包んで、思い切り投げつけた。突然のことに慌てた警備員は、防衛本能で思わず両手を突き出す。その手の中に、チケットに包まれたコインはすっぽりとはまった。

「よし!」

 ロードは満足げに頷いて、警備員に片手を挙げた。彼は手の中のものを見ると、戸惑いながら頷き、管理所に入っていった。

 これで、発進に問題はない。後は、シュルクルーズに乗り込むだけだ。ロードは、視線を前に戻した。

 ところが、ロードの目に飛び込んできたのは、ロードたちの前に立ち塞がった黒服の男たちだった。いつの間に回り込んだのか、二人はすでに身構えていて、ロードたちを力ずくで阻もうとしている。

「駄目だった!」

 パークが頭を抱える。だがロードは、かえって楽しそうな表情になった。

「面白れェ!」

 ロードは走りながら、拳を握った。

「俺を止められるもんなら、止めてみやがれ!」

 ロードには、この男たちが何者であろうが構わなかった。パークがこの男たちから逃げようとしたことは確かだし、大体、止まって下さいの一言もなく、力にものを言わせて止まらせようなど、気に入らないことこの上ない。パークの言う通り、悪者なのだと決めつけた。

 ローラはロードと違い、一度話し合ってみてはどうかと考えていたが、ロードの楽しそうな表情を見て、もう遅いと判断した。こうなったロードは、止めようがない。それに、ローラも黒服の男たちに、何か嫌な印象を受けていた。

「止まれ!」

 ロードたちと黒服との距離が縮まった時、痩せたほうの男が初めて口を開いた。だがそれは命令口調であり、ロードの機嫌を損ねただけだった。おまけにもう一人の太ったほうは腰を落とし、ロードやり合う準備までしている。

「嫌だね!」

 ロードはそう言うと、黒服との距離を一気に詰めた。太った男が拳を突き出すが、ロートは身を屈めてそれをかわす。そして曲げた膝を伸ばすと同時に、男の顎に拳を叩き込んだ。

 のけ反って倒れる肥満体を避けて、痩せたほうの男が身体を捻り、回し蹴りを放った。ロードは脇腹にそれをくらい、アスファルトの上に転がった。

「へへっ…やってくれるじゃねえか…」

 ロードが立ち上がり、身構えた。直後、ローラとパークの二人がロードに追いついた。

「大丈夫、ロード?」

 ローラの声に、ロードは不敵な笑いで答えた。

「平気だ。それより離れてろ。危ねえぞ」

「無駄な抵抗はよせ」

 痩せたほうの男が、高圧的な口調で言った。

「大人しくその少年を渡せば、今の無礼は忘れてやってもいい」

「何だと…?」

 ロードの眉がピクリと動く。

「偉そうな口を聞いてくれるじゃねえか。それが人にものを頼む態度か?」

「頼んでいるのではない。これは命令だ。大人しく、その少年を我々に引き渡せ」

 ロードの心中で怒りの炎が燃え上がっていくのを、ローラは後ろにいながら感じていた。ロードは、他人に物事を強要されるのが大嫌いなのである。

「…なぜ」

 ロードは、怒りが爆発しそうになるのを抑えながら尋ねた。だが、黒服の男の返答は、その怒りの炎に油を注ぐものだった。

「お前が知る必要はない」

「な…何だとォ!」

 ロードは、鋭い眼光で二人の黒服を、特に痩せたほうを睨みつけた。

「そんな態度を取られて、素直に従えるか!」

 ロードが叫び、二人の黒服に突進する。太った男が懐に手を入れた。銃を出そうとしているのだ。だがロードは怯まない。太った男が銃を構えるより先に、ロードはその銃を蹴り飛ばしていた。太った男は手首を押さえ、わずかによろめいた。その隙を逃さず、ロートは反対の脚を振り上げ、男の頸部を蹴りつけた。

 太った男は倒れるが、その間に痩せた男のほうはローラとパークに迫っていた。ローラはパークを後ろに庇い、銃を構えていた。

「来ないで!」

 ローラは銃口を痩せた男の顔に向ける。だが男はローラが撃てないことを知っているかのように、近づいてゆく。二人は、少しずつ後ずさっていった。

「ローラ!」

 ロードが声を上げて、ローラのほうへ駆け出す。太った男が立ち上がり、ロードを取り押さえようとするが、間に合わなかった。

「この野郎!」

 ロードの声に気づいて振り返った、痩せた男の顔面にロードは拳を叩き込んだ。痩せた男は鼻から血を流して膝をつく。その間に、ローラとパークは痩せた男の脇を通り過ぎ、ロードと共にシュルクルーズを目指して走った。

 太った男が目の前に立ちはだかったが、ロードの体当たりを受けて、あえなく気絶した。

「今のうちだ!」

 三人は停泊場に並ぶ宇宙艇の間を、シュルクルーズまで一気に駆け抜けた。

「ティンク!」

 腕時計式の無線でシュルクルーズのコンピュータにアクセスすると、下部のタラップが降りてくる。ロードを先頭に、三人は急いでそれを上った。

 二人の黒服が起き上がった時には、時すでに遅く、タラップは閉じ、シュルクルーズは動き出していた。

「宇宙艇に急げ!」

「お、おう!」

 二人は慌てて、自分たちの宇宙艇に向かった。

 純白の宇宙艇は、中央滑走路に移動した。前方に赤く光るランプが見える。それが青に変わると、発進の合図だ。

「早くしてくれ…!」

 操縦席のロードは、二人の黒服が、スーツと合わせたような黒い宇宙艇に乗り込むのを見ていた。その円盤のような宇宙艇は、シュルクルーズより四機後に発進するようだ。

 ランプが赤から青に変わった。

「よしっ!」

 ロードは待ってましたとばかりに操縦桿を前に倒し、右脇のレバーを引いた。ブースターが火を吹き、シュルクルーズは滑走路を疾走し、そのまま宇宙空間に飛び出した。

 スクリーンに映った菱形の小惑星が、どんどん小さくなってゆく。代わりに目の前には、無数の星々の輝く宇宙が広がっていた。

「ティンク、ワープだ!」

 ロードが言うと、高性能コンピュータ、ティンクはトーンの高い合成音声で、

『了解』

と答えた。

 次元航行システムが作動し、エンジンの出力が臨界まで上がる。

『ワープ準備。目標地点の指定を』

「わかった」

 ロードは手前のキーボードに、惑星フェアリー・ヘヴンの座標を打ち込んだ。

『座標設定。第一次ワープ、開始します』

 ティンクの声と共に、シュルクルーズは通常空間から高次空間へと突入した。

 黒服の二人の宇宙艇が宇宙空間に出た時、シュルクルーズはすでにこの宙域にはいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ