第12話 黒服の追跡者
情報屋ジェフのビルを後にしたロードたちは、そのまま宇宙港に向かった。
虹の鏡がどこにあるのか。いや、それが本当に存在するのか。それは未だに謎のままだったが、とりあえず、行くべき場所がわかった今、ウォーレルでもたついている必要はない。三人は急ぎ足で表通りに出て、エレベーターに向かった。
大通りを歩いている間、パークはずっと落ち着かない様子で、時々後ろを振り返っては、安心したように胸を撫で下ろしていた。
「…どうしたの、パーク君?」
ローラが不思議に思って尋ねた。
「いえ…また、現れたりしないかと…」
言いながら、パークはまた後ろを向く。
「誰が?」
「ほら、あの大きな人ですよ。右手が金属でできてて、すごく怖い顔してた…」
「ああ、ガル・ガラのこと」
「そういう名前なんですか?」
「そうよ。ヤード・デ・モローっていう、汚れた権力者の部下よ。すごくしつこくて、あたしたちも困ってるの」
ローラは嫌なことを思い出したように、眉をわずかにひそめた。三ヶ月ほど前のユーフォーラでの戦いのことだ。ローラは独裁者エルマムドに捕えられ、彼に協力していたヤードに腰を抱かれたという、恥辱的な経験があるのだ。もちろん、このことはロードには内緒にしている。恥ずかしくて、言えるはずがない。
「どうして、そんな人に狙われるんですか、ロードさんは?」
「前にね、ロードとガルが戦って、ロードがガルの右手を切り落としたのよ。それで、恨みに思ってるのね」
「だから、奴の右手は金属製だったろ」
ロードが、愉快そうに言った。
「かわいそうにな、ガルの奴。奴の手は鉄じゃなくて、かなり高価な合金だったぜ。それを、また失くしちまったんだからな」
それを聞いて、パークの顔から血の気が引いた。
「もしかして、僕、あの人の恨みを買ったでしょうか…?」
「だろうな」
事もなげにロードは答えた。パークはますます落ち着きをなくし、周囲をキョロキョロと見回した。
ロードが笑う。
「おいおい、そんなこといちいち気にしてたら、神経がもたないぜ。裏稼業の人間ってのは、常に権力者の恨みを買うものだからな」
「…そうなんですか?」
「そうさ。だから、いつ、どこで死ぬかもわからない。みんな、それを覚悟してるんだぜ。お前もトレジャー・ハンターになろうってんなら、もっと度胸を持てよ。でなきゃ、本当にあっさり命を落としかねないぜ」
「は…はい!」
パークは大きく頷いた。
力が入り過ぎだ、とロードは苦笑した。ローラはそんなパークが可愛いのか、微笑ましげな視線を向けていた。何となく気分が良くない。パークに妬いているのだろうか。ロードは慌ててその考えを打ち消した。
(何考えてるんだ。こんな子供に妬くなんて、どうかしてるぜ)
パークの心配も杞憂に終わり、ロードたち三人は、無事にエレベーターに着いた。
エレベーターの扉が、空気の洩れるような音と共に開く。同時に、大勢の人が雪崩のように出てきた。それが収まると、エレベーターを待っていた人々が入れ替わりに乗り込んでいく。ロードたちもそれに混じった。エレベーターの中でもガルには出会わず、ようやくパークは安堵の息を洩らした、わけではない。
エレベーターの中は相も変わらず人員過剰で、背の低いパークにとっては拷問に近い。ロードでさえ、このままパークが窒息してしまわないかと心配になったほどだ。ようやく宇宙港に着いてエレベーターから降りた時、パークは足取りが不安定だった。
「大丈夫、パーク君?」
ローラが心配そうに声を掛ける。パークは力なく笑った。
「大丈夫ですよ、大…」
そこまで言った時、パークは不意に立ち止まった。
「パーク?」
「パーク君?」
二、三歩先んじてしまったロードとローラが、それに気づいて足を止め、パークを振り返った。具合が悪くなったのかと思ったが、どうやら違うようだ。パークはロードの肩越しに、停泊場の奥を凝視している。冷や汗のようなものが、額に浮かんでいた。
「どうしたの?」
「何を見てるんだ…?」
ロードがパークの視線を追った。すると、黒いスーツを着た二人の男が、こちらのほうに歩いてくるのが見えた。対照的な、痩せた男と太った男のコンビである。二人ともサングラスをかけているので、顔はわからなかったが、どことなく嫌な雰囲気を漂わせている。
「ま、まずい…!」
パークがそう言った時、黒服の男たちはこちらに気づいたらしく、歩みを止めた。そして、向かい合って何事かを話し合っている。まだ十メートルくらい離れているので、話の内容はわからなかった。
「もう、見つかっちゃうなんて…!」
パークは慌てていた。あの黒服の二人に、心当たりがあるようだ。
「何なんだ、パーク?」
「え、ええと、その…来たっ!」
パークが声を上げた。黒服の男たちは、こちらを目指して駆け出していた。
「ロードさん! 早く出発しましょう!」
パークはロードの手を引いて走り出そうとするが、考えてみれば、パークはロードの宇宙艇がどれなのかを知らない。どっちへ行っていいのかわからなかった。
だが、パークにとって幸運だったのは、ロードが判断の早い人間だったことだ。パークの慌てぶりに何かを感じたのだろう。逆にパークの手を引っ掴むと、左のほうへ駆け出した。その意図はローラにも伝わっていて、ローラも遅れることなく走り出した。
三人が駆け出すと、黒服の二人はそれを追って進路を変えた。やはり、パークを狙っているのか。ロードはそう思いながら、シュルクルーズを目指した。
「誰なの、あの人たち?」
ローラが問うと、パークはちょっと口ごもり、
「わ…悪者です!」
と答えた。
白い機体が、停泊場に並ぶ何台もの宇宙艇の陰から姿を現した。ロードの宇宙艇、シュルクルーズである。
「あれですか?」
「そうだ! あれに乗り込めば、後は…」
港を飛び出し、宇宙に出るだけだ。そう言おうとしたロードは、まずいことに気がついた。
宇宙艇を発進させる前に、管理所に停泊料を支払わなければならないのだ。でなければ無賃停泊の罪で逮捕されてしまう。強引に発進すれば、ウォーレルの地表に設置された無数の火器で撃墜されてしまうのだ。
料金を払うべき管理所は、ちょうどロードの左手に見える。ほんの五、六メートルの距離だが、あそこまで行っている暇はない。ロードは管理所の入口に立っていた警備員に、
「おい!」
とありったけの声で呼びかけた。真面目そうな警備員はそれに気づいて、ロードのほうを不審そうに見る。
ロードは素早くコインを取り出すと、ここへ来た時にもらったパーキング・チケットに包んで、思い切り投げつけた。突然のことに慌てた警備員は、防衛本能で思わず両手を突き出す。その手の中に、チケットに包まれたコインはすっぽりとはまった。
「よし!」
ロードは満足げに頷いて、警備員に片手を挙げた。彼は手の中のものを見ると、戸惑いながら頷き、管理所に入っていった。
これで、発進に問題はない。後は、シュルクルーズに乗り込むだけだ。ロードは、視線を前に戻した。
ところが、ロードの目に飛び込んできたのは、ロードたちの前に立ち塞がった黒服の男たちだった。いつの間に回り込んだのか、二人はすでに身構えていて、ロードたちを力ずくで阻もうとしている。
「駄目だった!」
パークが頭を抱える。だがロードは、かえって楽しそうな表情になった。
「面白れェ!」
ロードは走りながら、拳を握った。
「俺を止められるもんなら、止めてみやがれ!」
ロードには、この男たちが何者であろうが構わなかった。パークがこの男たちから逃げようとしたことは確かだし、大体、止まって下さいの一言もなく、力にものを言わせて止まらせようなど、気に入らないことこの上ない。パークの言う通り、悪者なのだと決めつけた。
ローラはロードと違い、一度話し合ってみてはどうかと考えていたが、ロードの楽しそうな表情を見て、もう遅いと判断した。こうなったロードは、止めようがない。それに、ローラも黒服の男たちに、何か嫌な印象を受けていた。
「止まれ!」
ロードたちと黒服との距離が縮まった時、痩せたほうの男が初めて口を開いた。だがそれは命令口調であり、ロードの機嫌を損ねただけだった。おまけにもう一人の太ったほうは腰を落とし、ロードやり合う準備までしている。
「嫌だね!」
ロードはそう言うと、黒服との距離を一気に詰めた。太った男が拳を突き出すが、ロートは身を屈めてそれをかわす。そして曲げた膝を伸ばすと同時に、男の顎に拳を叩き込んだ。
のけ反って倒れる肥満体を避けて、痩せたほうの男が身体を捻り、回し蹴りを放った。ロードは脇腹にそれをくらい、アスファルトの上に転がった。
「へへっ…やってくれるじゃねえか…」
ロードが立ち上がり、身構えた。直後、ローラとパークの二人がロードに追いついた。
「大丈夫、ロード?」
ローラの声に、ロードは不敵な笑いで答えた。
「平気だ。それより離れてろ。危ねえぞ」
「無駄な抵抗はよせ」
痩せたほうの男が、高圧的な口調で言った。
「大人しくその少年を渡せば、今の無礼は忘れてやってもいい」
「何だと…?」
ロードの眉がピクリと動く。
「偉そうな口を聞いてくれるじゃねえか。それが人にものを頼む態度か?」
「頼んでいるのではない。これは命令だ。大人しく、その少年を我々に引き渡せ」
ロードの心中で怒りの炎が燃え上がっていくのを、ローラは後ろにいながら感じていた。ロードは、他人に物事を強要されるのが大嫌いなのである。
「…なぜ」
ロードは、怒りが爆発しそうになるのを抑えながら尋ねた。だが、黒服の男の返答は、その怒りの炎に油を注ぐものだった。
「お前が知る必要はない」
「な…何だとォ!」
ロードは、鋭い眼光で二人の黒服を、特に痩せたほうを睨みつけた。
「そんな態度を取られて、素直に従えるか!」
ロードが叫び、二人の黒服に突進する。太った男が懐に手を入れた。銃を出そうとしているのだ。だがロードは怯まない。太った男が銃を構えるより先に、ロードはその銃を蹴り飛ばしていた。太った男は手首を押さえ、わずかによろめいた。その隙を逃さず、ロートは反対の脚を振り上げ、男の頸部を蹴りつけた。
太った男は倒れるが、その間に痩せた男のほうはローラとパークに迫っていた。ローラはパークを後ろに庇い、銃を構えていた。
「来ないで!」
ローラは銃口を痩せた男の顔に向ける。だが男はローラが撃てないことを知っているかのように、近づいてゆく。二人は、少しずつ後ずさっていった。
「ローラ!」
ロードが声を上げて、ローラのほうへ駆け出す。太った男が立ち上がり、ロードを取り押さえようとするが、間に合わなかった。
「この野郎!」
ロードの声に気づいて振り返った、痩せた男の顔面にロードは拳を叩き込んだ。痩せた男は鼻から血を流して膝をつく。その間に、ローラとパークは痩せた男の脇を通り過ぎ、ロードと共にシュルクルーズを目指して走った。
太った男が目の前に立ちはだかったが、ロードの体当たりを受けて、あえなく気絶した。
「今のうちだ!」
三人は停泊場に並ぶ宇宙艇の間を、シュルクルーズまで一気に駆け抜けた。
「ティンク!」
腕時計式の無線でシュルクルーズのコンピュータにアクセスすると、下部のタラップが降りてくる。ロードを先頭に、三人は急いでそれを上った。
二人の黒服が起き上がった時には、時すでに遅く、タラップは閉じ、シュルクルーズは動き出していた。
「宇宙艇に急げ!」
「お、おう!」
二人は慌てて、自分たちの宇宙艇に向かった。
純白の宇宙艇は、中央滑走路に移動した。前方に赤く光るランプが見える。それが青に変わると、発進の合図だ。
「早くしてくれ…!」
操縦席のロードは、二人の黒服が、スーツと合わせたような黒い宇宙艇に乗り込むのを見ていた。その円盤のような宇宙艇は、シュルクルーズより四機後に発進するようだ。
ランプが赤から青に変わった。
「よしっ!」
ロードは待ってましたとばかりに操縦桿を前に倒し、右脇のレバーを引いた。ブースターが火を吹き、シュルクルーズは滑走路を疾走し、そのまま宇宙空間に飛び出した。
スクリーンに映った菱形の小惑星が、どんどん小さくなってゆく。代わりに目の前には、無数の星々の輝く宇宙が広がっていた。
「ティンク、ワープだ!」
ロードが言うと、高性能コンピュータ、ティンクはトーンの高い合成音声で、
『了解』
と答えた。
次元航行システムが作動し、エンジンの出力が臨界まで上がる。
『ワープ準備。目標地点の指定を』
「わかった」
ロードは手前のキーボードに、惑星フェアリー・ヘヴンの座標を打ち込んだ。
『座標設定。第一次ワープ、開始します』
ティンクの声と共に、シュルクルーズは通常空間から高次空間へと突入した。
黒服の二人の宇宙艇が宇宙空間に出た時、シュルクルーズはすでにこの宙域にはいなかった。




