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第11話 妖精の国の伝説

「…それは、ある冒険家の話でな。名前を、ガルハード・ドマークという。その頃としては、かなり名の知れた冒険家じゃった。まあ、お前さんたちは知らんじゃろうが…」

「いえ、少しだけは…」

 ローラが控えめに言った。

「惑星キールピークで、先史文明の遺跡を発見した人でしょう?」

「ほお…」

 ジェフは、感心したように目をみはった。

「なかなか物知りじゃの、お前さんは」

「ローラは、色んな本を読んでるからな」

 ロードが誇らしげに言う。

「そりゃ、感心じゃ。ロードとは大違いじゃの」

「ほっとけよ」

 揚げ足を取られて、ロードは不機嫌そうに横を向く。

「ま、それはいいとして。ともかく、そのドマークがじゃ。ある時、忽然と消息を絶ってしもうた。ドマークの友人たちは心配して、銀河中を探し回ったんじゃが、どうにも見つからん。まあ、当然じゃ。この広い銀河でたった一人の行方不明者を探し出すなど無理な話じゃ。そうこうしているうちに一年が過ぎ、皆が諦めかけた頃じゃった。そいつはひょっこり、行きつけの酒場に帰ってきたんじゃ。怪我もなく、健康そのものの姿でな」

「…その人、どこに行ってたんですか?」

 パークが尋ねる。

「銀河の外れの、ある惑星じゃ。連合に所属しておらんから、名前はついていなかった。ドマークは、フェアリー・ヘヴンと呼んでいたがの」

「妖精の楽園、という意味ですね」

 ローラが言うと、ジェフは頷いた。

「ドマークはある冒険の帰りに、宇宙船のエンジントラブルでその星の大陸の一つに不時着した。その大陸が妙なことに、完全な正方形をしていたと言うんじゃ。そして奴はそこで、妖精に出会った」

「妖精…? 妖精って、童話に出てくるような?」

 パークが、信じられないという口調で尋ねた。

「そうじゃ。背中に羽根の生えた小人だったと、ドマークは言っておったそうじゃ。奴はそこで歓待を受け、その大陸のことを色々教わった。ドマークはそこで、虹の鏡のことを知ったんじゃ」

「虹の鏡を、ドマークは見たのか?」

「いや、直接見たわけではなく、妖精が教えてくれた話の中に、虹の鏡のことが含まれていたそうじゃ」

 ジェフはここで一つ息をついて、机の上の葉巻に手を伸ばした。もう片方の手は、ライターを探して机の上を這い回っている。

「煙草はやめとけよ、爺さん。寿命が縮まるぜ」

 ロードがからかうように言うと、ジェフはロードを睨みつけた。

「葉巻はわしの命じゃ。これを吸わなんだら、それこそ死んでしまうわい」

 ジェフはライターの火を葉巻につけ、ふう、と白い煙を吐いた。蛍光灯の明かりの中、その煙はゆっくりと宙を漂い、やがて消えた。

「妖精の住まいし大陸に、魔法の鏡あり。鏡より黄金の柱立ちて、雨降らん。果たしてその鏡、虹の鏡と呼ばれん…これくらいは、お前も聞いたことがあろう。これはドマークが、自分の冒険を記した日記の最後のページに走り書きした言葉じゃ。虹の鏡には魔力が宿っており、その力は雨を降らせるというんじゃが…誰も信じた者はおらんかった。ドマークはそれからしばらく生きたが、それ以来、虚言者呼ばわりされての…誰も信じないのならと、ドマークは妖精の国について記述した日記を、自分で燃やしてしまったそうじゃ。以来、妖精の大陸と虹の鏡の話は、確証のない伝説となってしもうた。考えてみれば、哀れな男よの…」

 ジェフは、疲れたように息を吐いた。

「妖精の大陸…」

「正方形の大陸なんて、本当にあるんでしょうか?」

 パークがロードに顔を向ける。

「あったら、嘘つきなんて呼ばれるかよ」

「そうじゃ。ドマークの友人が何人か、ドマークの教えた座標に行ってみたんじゃが、惑星はあったが、正方形の大陸など、どこにもなかった。これで、ドマークの話は徹底的に馬鹿にされたんじゃよ」

「そう、ですか…」

「だけど、そのドマークっていう人、それまでは嘘をつくような人ではなかったんでしょう?」

 ローラの問いに、ジェフは頷く。

「冗談を飛ばす男ではあったが、誰も信用しないような嘘をつく男ではなかったと聞いておる」

「なら、その人の話は、本当なんじゃないかしら? 嘘を言ったって、何かの得になるわけでもないし」

「でも、正方形の大陸なんて、実在するはずありませんよ。その星に、高い文明を持った人間でもいれば別ですけど」

 パークが反論する。ロードは腕組みをして、沈黙したままだった。

「その星には、人間はいなかったそうじゃよ。野生の動物は、色々おったらしいがの」

「てことは、人工建造物でもないわけだ…やっぱり、妖精の大陸っていうのは、でたらめなんじゃないですか?」

「でも、そのドマークって人が、嘘をついたとは思えないわ…」

「宇宙船の中で、夢を見たのかも知れませんよ?」

「いくら何でも、夢と現実の区別くらい、つくと思うけれど」

 パークとローラが、議論を始める。だが議題は、確たる証拠もない伝説だ。結論は出そうになかった。ただ一つ、結論を出す方法は…。

「行ってみりゃ、わかるさ」

 ロードが言うと、パークとローラは議論を止めた。ロードはジェフのほうに身を乗り出した。

「爺さんよ、ドマークが行った星の座標を教えてくれ」

「…本当に、行くつもりなんじゃな? 燃料の無駄になるかも知れんぞ?」

「かもな」

 ロードは苦笑したが、決心を変える気はない。虹の鏡は、絶対に手に入れなければならないのだ。

「ま、いいじゃろう。お前の意志ならな。お前の親父もそうじゃった。一度決めたら、どんな無駄なことでもやってしまう。まったく、似たもの親子じゃて」

「女のことに関しては、違うぜ」

「こんな綺麗な娘さんを連れておいてよく言うわ。もう事は済ませたのかな?」

「ほっとけっての!」

 ジェフはホッホッと笑うと、鳥の羽根のようなものを手に取った。

「…それ、何ですか?」

 パークが、興味深げに尋ねる。

「羽根ペンよ。何千年も前に使われてたペンなの」

 ローラが答えると、ジェフはまた感心した。

(知的で、聡明な娘じゃの。思慮の浅いロードには、似合いの相手かも知れんの)

 手元にあった紙切れに座標を書き込みながら、ジェフはほのぼのとそう考えていた。

「ほれ、この座標に、フェアリー・ヘヴンがあるはずじゃ」

「サンキュ、爺さん」

 ロードは紙切れを受け取ると、席を立った。

「さて、行くべき場所もわかったことだし、出発するとしようか」

「ええ」

「…はい」

 ローラとパークも立ち上がる。

「ん? どうした、パーク?」

「い、いえ…本当に妖精の大陸なんて、あるのかな、と思って…」

 無理もない。この宇宙時代に、妖精など、信じろというほうが無理だろう。パークの言った通り、ドマークは長い夢を見ていたのかも知れない。だが、ロードは何となく、伝説を信じたい気持ちになっていた。何としても虹の鏡を手に入れたい。そう思っているせいかも知れない。だがどちらにせよ、ロードは決心を変えるつもりはない。

 ロードは、パークの肩を軽く叩いた。

「信じられないなら、無理についてこいとは言わないぜ。だけどな、パーク。真実を求めるのも、また冒険なんだぜ」

 ロードが片目をつむってみせた。それを見て、パークに笑顔が戻った。

 そうだ。伝説が本当かどうか、まだ自分では何も確かめていない。ここであれこれ考えていたって、仕方がないじゃないか。ガルハード・ドマークの話が真実なのか偽りなのか、自分の目で確かめるんだ!

「じゃあな、爺さん。達者でな」

 ロードはそう言って、部屋の扉を開けた。

「フン…年寄り扱いしおって」

「立派に年寄りだろ?」

「余計なお世話じゃ。さっさと行け」

「じゃ、そうするよ」

 ロードたちは部屋を出て、扉を閉めた。蛍光灯を消すと、静かな暗闇が戻ってきた。

「年寄り…か。あいつがまた来るまで、わしは生きていられるかの…」

 ジェフはふと虚しさを感じて、葉巻を吸った。

「年を取るのは、嫌なもんじゃ…」

 それから数日後、ジェフのところへロードと同じ情報を求めてきた者がいたのだが、ロードがそのことを知るのは、しばらく後のことになる。

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