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第9話 復讐者現る-後編-

 ロードは剣を抜き、ガルの斬撃を受け止めた。その刃はすでに高熱を帯びている。火花が散って、両者の顔に振りかかった。

「ぬおお!」

 ガルは素早く剣を引くと、間髪入れずに第二撃を見舞う。その一撃は重く、ロードは思わずよろめいた。その隙をついて、ガルが次の攻撃を放つ。ロードの脇腹を狙って、剣がうなる。ロードは咄嗟に手首を返して、逆手に持った剣でそれを止めた。

 片手では押されてしまうため、ロードは左手も柄に添えた。鍔迫り合いの音が人気のない裏通りに響く。ローラはなす術もなく、ただ両者の戦いを見つめるだけだった。

 ロードとガルは互いに一度離れ、間合いを取った。一瞬の攻防だったが、二人とも息が荒い。それほど、気の抜けない戦いなのである。

 強い、とロードは思った。三ヶ月前よりも、数段腕を上げている。これは本気でかからないと、殺られる。

 ガルも、同じことを考えていた。ロードに屈辱の敗北を喫してから三ヶ月、ガルは死に物狂いで鍛錬し、かなり腕を上げたはずだった。それでも、ロードの剣術を上回ってはいなかった。互角の攻防に持ち込むのが精一杯だ。ガルは自分の未熟さへの怒りと、復讐を果たせないかも知れないという焦りに、歯ぎしりした。

 両者はほぼ同時に間合いを詰め、再び激突した。攻撃と防御が繰り返され、果てしない打ち込みが続く。両者は一歩も譲らず、勝敗は容易には決しなかった。

 ガルの剣がロードの左頬を掠め、ロードの反撃がガルの機械の右手に傷をつける。剣戟の音は一定のリズムで通りに響き、ガルの咆哮とロードの叫びがそれに重なった。

 戦いは永久に続くかと思われたが、次第に軍配はロードに上がっていった。大柄なガルの剣術には、無駄な動きが多いのである。それに比べ、流れるようなロードの連続攻撃は、休むことを知らない。バイ・ザーンの剣術は、無駄な剣の動きをなくすことに始まるのだ。故に、ガルの体力の消耗はロードのそれを上回った。

 ガルの動きが鈍り、いつしかガルは防戦一方になっていた。このままでは負ける。ガルの脳裏を、そんな考えがよぎった。

(負けたくない! 俺はロードに復讐するために、必死で鍛錬したんだ!)

 ガルは復讐への執念に取りつかれていた。それがガルに、卑劣な手段を閃かせた。

 あの女だ。ロードにとって、唯一の弱点。あの女を押さえれば、復讐を果たせる!

 ガルはそう思うや否や、ロードの剣を身を屈めてかわすと、ロードの脇を通り抜けてローラに肉迫した。

 突然のことに、ローラには逃げる暇すらなかった。ローラはガルの左腕に首を絞めつけられ、苦痛に呻いた。

「ローラ!」

 ロードが驚愕の表情を浮かべて振り返る。ガルは、狂ったように笑っていた。

「くっくっくっ…押さえたぞ、お前の弱点を!」

「てっ…てめえ、汚ねえぞ! お前が復讐したいのは、この俺だろう! ローラには関係ないはずだ!」

「うるせえ!」

 ガルは、ローラの首に回した腕に力を込めた。

「あ…うう…」

 ローラが苦しげに喘ぐ。暗くてよくわからないが、顔色が青ざめているように見える。このままでは窒息してしまうだろう。

「ごちゃごちゃ言わねえで、剣を捨てろ! この女を死なせたいか!」

 もうこの男には、何を言っても無駄だった。ロードへの復讐に執着するあまり、卑怯な手段をも自分の心の中で正当化しているのである。ロードは、大人しくガルの言葉に従った。

 スイッチを切られた剣が、アスファルトの上に転がった。

「よし…こっちに来て、右手を前に出せ。この剣で、叩き切ってやる」

「ロード…だ…駄目…」

 ローラが掠れた声で言うが、ロードはガルの言う通りに、ガルの前に立って右手を差し出した。ローラの命が自分の右手一つで買えるのなら、安いものだ。ロードはそう考えていたのである。

 だが、やはり悔しさはあった。正々堂々と戦って負けたのならともかく、人質を取ると言う卑劣な手段に屈して、右手を失うことになるとは。ローラのためだ、と覚悟は決めたものの、ロードは強く歯を食いしばっていた。

「よし…覚悟はいいな?」

 待ちに待った瞬間が来た。そう言いたげに、ガルは狂喜の笑みを浮かべていた。

 ガルが、剣を振り上げる。ローラは思わず、ギュッと目を閉じた。涙を滲ませて。

「これが、俺の恨みの深さだ!」

 ガルが、歓喜に満ちた声で叫ぶ。ロードは痛みに耐えようと身体を強張らせた。

 だが、その時、思わぬ助けが入った。

「わああああっ!」

 狂ったような叫びと共に、ガルの背後から誰かが突進してきた。ガルが気づいた時、その少年は両手に握ったヒート・ソードを振りきっていた。

 何かが溶けるような音がして、ガルの右手が主人の元を離れた。ガルは驚愕と激痛に叫んだ。ロードはそのチャンスを逃さなかった。

「てえッ!」

 ロードは素早く右脚を振り上げ、爪先をガルの鳩尾に食い込ませた。いくら頑強な肉体といっても、鳩尾は急所の一つである。ガルは新たな痛みに呻いて、ローラを締めつけていた腕を緩めた。ローラはすでに気を失っているらしく、かっくりとアスファルトに崩れた。

「ぬおおお…ッ!」

 ガルが鳩尾を押さえてよろめく。右手首からは大量の血が滴り落ちていた。ロードは一瞬哀れみを感じたが、ローラを苦しめたことへの怒りがそれを上回った。ロードは強く拳を握ると、渾身の力を込めてガルの顎を殴りつけた。

「うがッ!」

 ガルはたまらず身体をのけ反らせて、アスファルトに倒れ込んだ。その時に強く頭を打ったのか、ガルはそのまま気を失った。

「ローラ!」

 ロードは大急ぎでローラに駆け寄り、膝をついた。上体を抱き起こし、二、三度身体を揺すると、ローラは薄く目を開けた。ロードの顔に、安堵の笑みが浮かぶ。

「…大丈夫か?」

 ローラは弱々しく微笑んで、頷いた。

「よかったぜ…」

 ロードはローラの頭を抱え込んで、丸い息を吐いた。

「…無事…でしたか?」

 ロードの側に、一人の少年が歩み寄ってきた。二人の危機を救った恩人である。それが誰なのか、ロードにはもうわかっていた。

「でかい借りができちまったな、パーク」

 少年を見上げて、ロードは笑んだ。弟子入り志願の少年は、嬉しそうに笑顔を見せた。ただ、顔中に汗が滲んでいるところを見ると、よっぽど怖かったのだろう。その恐怖を乗り越えて、あのガルに斬りかかっていった勇気は、称賛に価した。

「お役に立てて、嬉しいです。それで、あの、僕…」

 パークはもじもじとうつむいた。どうしてこんなところにいたのかを、どう誤魔化そうかと慌てて考えているのだ。ロードは笑った。

「わかってるさ。俺を尾けてきたんだろう。諦めきれなくて」

「え、いや、あの…そ、そうです。すみません、僕…どうしてもトレジャー・ハンターになりたくて…」

 パークは、ロードと視線を合わせようとしなかった。ずっとロードを尾行していたことに、後ろめたさを感じているのだろう。

「さあて、こんなところで時間を潰しちゃいられないんだ。情報屋のところに行かなくちゃな」

 ロードはローラに肩を貸して立ち上がった。二人はそのまま、通りを歩き出す。

 パークは、がっくりと項垂れた。

(やっぱり、駄目なんだ。ロードさんは、弟子を取らないんだ…)

 パークが心の中でそう呟いていると、ロードとローラは立ち止まり、振り返った。二人は、パークに微笑みかけている。

「来ないのか、パーク?」

「え…?」

「俺たちは急いでるんだ。来ないんなら、置いていくぞ」

 パークの顔が、パッと輝いた。

「い…いいんですか?」

 興奮した口調で、パークは尋ねた。ロードの言葉に対する自分の解釈が間違っていないかどうか、確かめたかったのである。

「もちろんよ。ロードは、受けた恩は必ず返す人なの」

 ローラが優しく言った。ロードは照れているのか、何も言わない。だが、その背中が、パークに同行を許していた。

「いいのよ、ついて来ても」

 ローラの言葉に、パークは大きく頷いた。

「はいっ!」



 数時間後、ガルは病院で目を覚ました。偶然通りかかったカップルが、病院に知らせたのである。

 すでに右手の止血と消毒は済んでおり、ガルはベッドに寝かされていた。隣のベッドでは、一人の老婆が、心配そうにガルを見ていた。

「お祖母ちゃん…」

 ガルは、呻くような声で言った。

 隣に寝ていたのは、病気で入院中のガルの祖母だったのである。ガルがこのウォーレルに来たのは、久しぶりの休暇を利用して、祖母を見舞うためであった。

 こうしてガルは、ここへ来た本当の目的を、自分が患者になることによって果たしたのであった。

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