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第8話 復讐者現る-前編-

 通りをエレベーターに向かって歩いている間、ローラはずっとあの少年のことが気にかかっていた。少しかわいそうな気がするのだ。

「ねえ、ロード。もうちょっと話を聞いてあげても良かったんじゃない?」

 ローラが言った。ロードは、ローラと目を合わせずに答える。

「何言ってんだ。今はそれどころじゃないだろ。あの爺さんたちが干からびてしまわないうちに、虹の鏡を見つけなきゃならないんだ。ガキに構ってる時間はねえよ」

「それは、そうだけど…」

「それに、足手まといになられちゃ、たまんねえだろ。一応剣は持ってたが、ちゃんと使えるのかどうか、怪しいもんだぜ」

「だけど、ロードも駆け出しの頃は、あれくらいの歳だったんでしょ?」

「俺は特別さ。天下のトレジャー・ハンター、バイ・ザーンに鍛えられたんだからな」

 バイ・ザーンは、生前は腕利きのトレジャー・ハンターとして、また一流の剣の使い手として銀河にその名を轟かせていた。ロードの剣術は、バイ・ザーンの直伝なのである。

「もうやめようぜ、この話は。大体、あいつにはまだ将来がある。まともな人生を歩ませたほうが、本人のためなのさ」

 トレジャー・ハンターという仕事は、常に死と隣り合わせにある。それだけにそのスリルを一度味わってしまうと、もう離れられなくなってしまう。いつも冒険を求め、自分の身を危険に晒していないと、気が済まない。いつかロードは、そんなことを言ったことがある。

 ローラも、何となくその気持ちがわかるような気がする。進んで身を危険に晒そうという気は起きないが、冒険を求める気持ちは、常に心の中にある。もう普通の生活では、満足できないだろう。

 それを考えれば、これで良かったのかも知れない。トレジャー・ハンターになって無理に命を落とすより、平穏な暮らしをさせたほうが。だがその反面、あの少年の気持ちもわからないではなかった。ローラもロードに冒険の話を聞かされ、それに憧れてロードについてきたのだから。ローラの心中は複雑だった。

 一方、ロードも口ではああ言ったものの、後ろめたいものを感じていた。冒険心は、誰の心にもある。それを実現させるトレジャー・ハンターという商売に憧れる気持ちも、よくわかるのだ。幼い頃は、義父と冒険に出るのが楽しくて仕方なかった。何度も危険な目に遭ったが、それさえも楽しかった。

(今度の仕事が終わってから帰ってきてみて、まだ「放浪者」にいたら、考えてみようか)

 そんなことを考えた。

「それで、その情報屋さんは、どこにいるの?」

 ローラが話題を切り替えた。虹の鏡を見つけるまで、パークのことは考えないようにしようと思ったのだ。こうしている間にも、ホイールたち一行は、未完の楽園を目指して進んでいる。彼らを絶望させないためにも、彼らが着くより先に、雨を降らせなければならないのだ。

「ジェフの奴は、三階にいる。まだ住所を変えてなきゃの話だがな」

 二人の目の前に、五台のエレベーターの並ぶホールが見えてきた。ウォーレルの街の中央には、必ず大通りが通っており、その両端に、各階へ行き来するためのエレベーターが備えられているのである。

「どんな人なの、その人?」

「ま、かなりのジジイだが、情報は信頼できる。自分で鍛えた部下を使って、銀河中から情報を集めてるんだ。裏の世界のことについちゃ、銀河連合の諜報機関よりも詳しいぜ」

 二人は、エレベーターの前に着いた。ちょうど下に降りるエレベーターが到着したところで、ドアが開いて大勢の人が出てくる。二人は待ち人の列に混じって、降りてくる人々を何気なく見ていたが、その中に知った顔を見つけて、思わず声を上げた。

 黒く逆立った短い髪。大柄の体格。鋭い目つき。見間違えるはずもない。

「ガル・ガラ!」

 銀河連合評議会の有力議員、ヤード・デ・モローの部下である。三ヶ月ほど前の惑星ユーフォーラでの戦いで、ロードを散々痛めつけた男だ。

「ロード!」

 ガルのほうもロードとローラに気づいたらしく、驚きの表情を浮かべる。そして、それはすぐに残忍な笑みに変わった。

「こんなところで出くわすとはな…銀河ってのは、思ったより狭いもんだな」

 ガルは言いながら、二人に近づいてくる。ロードは反射的に、ローラを自分の後ろに庇った。

「…まったくだぜ」

 ロードがニヤリと笑って、相槌を打つ。だが両者の視線は、決して友好的ではなかった。

「ユーフォーラでのこと、覚えてるだろうな」

「ああ、はっきりと覚えてるぜ。今でも目に浮かぶよ、お前の手首が飛んでいく光景がな」

 ガルの眉が、ビクリと動いた。

「そうさ…あの屈辱は、忘れようがねえ。お前のおかげで、俺の右手は、血の通わない機械になっちまったんだからな…」

 ガルが、自分の右手をロードたちに見せた。それは生身の手ではなく、メタリックに光る機械の手だった。

「この手を見る度に、俺はお前への恨みで震えてくる。お前にも、俺と同じ痛みを味合わせてやる、とな…」

 ガルの声は低く、怒りに打ち震えていた。もし今ここに幼児でもいようものなら、すぐにでも泣き喚いてしまうだろう。

「ローラ」

 ロードはチラとローラを振り向いた。ローラはその意図を悟り、小さく頷いた。

「しかし、復讐のチャンスが、こんなに早くやってこようとはなァ!」

 ガルが叫んだ。あまりに大きな声だったので、周囲にいた人々は皆、ビクリと身をすくめた。

「ロードォ!」

 ガルが、腰に差した剣を抜き放った。人々が驚いて悲鳴を上げる。剣はロードに向けて振り下ろされたが、ロードは素早く後ろに跳んで斬撃をかわした。不幸なことにロードの隣に立っていた若者がガルの剣を受ける羽目になってしまったが、そんなことに構ってはいられない。

 ロードとローラはエレベーターと反対の方向に駆け出した、はずだった。だが、頭部を両断され、血と脳漿をまき散らしながら崩れ落ちる若者を見て、ローラは動けなかった。

「いやあっ!」

と悲鳴を上げる。ロードはローラの手を強引に引いた。

「逃げるんだ! でなきゃ、もっと犠牲者が出るぞ!」

 ロードの言葉で我に返り、ローラは手を引かれるまま走り出した。それでも、自分たちの犠牲になって死んだあの若者のことを思うと、胸が痛む。

「待て、逃がさんぞ!」

 ガルも、ロードを追って駆け出す。恐ろしい形相を顔に浮かべて。

 二人は大通りを少し走った後、右に折れて裏通りに入った。大通りは人でごった返しており、走り難く、何より先刻の若者のような犠牲者がまた出る可能性が大きかったからだ。

「どこへ行くの、ロード!?」

「とにかく走るんだ! 奴を振り切ってから、エレベーターに戻る!」

 ロードが答えた直後、背後から声が飛んできた。

「待ちやがれ!」

 ガルの声だ。振り向くと,十メートルほど後ろを、怒りに目を燃えたぎらせて走ってくる。ガルの身長は、通常の大人よりも頭二つ分ほど大きい。だから大通りの人混みの中でも、ロードたちを見失わなかったのだろう。

「厄介な図体だな」

 ロードは苦笑した。

 二人は走る速度を速めた。激しい足音が辺りに反響する。むろんその中には、ガルの足音も混じっている。

 表通りとは反対に、人気のない、古ぼけたビルの建ち並ぶ通りを、三人は駆ける。大柄な体つきに似合わず、ガルの足は速い。振り返ると、ガルの姿は先刻よりもずいぶん近くにあった。

「諦めろ! 俺からは逃げられんぞ!」

 嘲笑的なガルの声が、後ろから飛んでくる。

「チッ」

 ロードは舌を打った。このまま走り続けていても、いずれ追いつかれてしまう。ならば。

 ロードは足を止めた。

「ロード?」

 慌てて、ローラも止まった。ガルはロードに追いつくと、不敵に笑った。

「ようやく、戦う気になったか…」

「ここまで積極的に迫られちゃ、拒否できねえだろ」

 ここなら人気もない。戦っても犠牲者は出ないだろう。ロードはローラに離れるよう目配せをしてから、剣の柄に手を掛けた。

 ガルも、剣を構える。刃に赤い輝きが宿り、ガルの顔を不気味に照らした。

「お前の右手を、切り落としてやる…!」

「そうはいかねえ。この手にはまだ未練があるんだ。機械の手じゃ、ローラを抱いても気持ちよくないだろうしな」

「戯言を!」

 ガルは吠えて、ロードに斬りかかった。

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