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路地で気を失う被害者

 九


『オジョウサンの空耳ではないデス。ワタシは、遠くからオジョウサンを見ながら、あなたの頭の中に話しかけているノデス。オジョウサンが見回しても、ワタシの姿は見えマセン』

 美麗はグルリと周りを見ると、そのあと、空も見上げた。老人のいうとおり、人の影などない。

 老人の声がさらに聞こえた。

『オジョウサン。急ぐのデス。翼君を追いなさい。オジョウサンが翼君を助けるノデ、ス』

 つぎつぎと語りかけてくる声に美麗は混乱して両手で耳をふさいだ。

『耳をふさいでも同じデス。いまは、オジョウサンの頭のなかに語りかけています。がまんして聞くノデス』

「なによ! わけの分からないことばかりいって! いったい、お爺さんは、わたしになぜつきまとうの!」

 姿なき老人の声だった。美麗はまるで夜の闇と話しているようなものだった。

『オジョウサンと翼君のためデス。さあ、早く追うノデス!』

「わたしと翼のため?」

 美麗には、どうしてよいかわからなくなっていた。それでも翼の去っていったあとを、ゆらりゆらりと進んだ。

『急ぐノデス! 時間を争いマス。急がないと、あの翼君は人を殺してしまいマス!』

「どういうこと! どういうことなの?」

 美麗は泣き叫んだ。

「なによ! なにをいっているの!」

 恐かった。いまにも背後から誰かに襲われそうだった。空から降ってくるような老人の声も怖かった。美麗は走り出した。


 美麗は、いうことを聞いてよいものかわからないままに、ビルとビルの間の路地を、老人の声に指示された方向へと、走り抜けた。この先へ行けば、翼に追いつけると、一縷の望みを抱いて。あとのことはなにも考えられなかった。

 美麗は走る。

 その間にも老人は美麗に語りかける。その連続だった。

『オジョウサンは邪眼じゃがんという言葉を知ってイマスカ?

 魔力をもった眼のことを邪眼といいマス。イーブル・アイとも。

 日本人にはあまり知られていませんが、古代から世界各地で恐れられていることナノデス。

 邪眼を持つと、睨みつけるだけで、敵を傷つけたり、殺したりできのデス。

 翼君は優しい紳士的な少年デシタ。だが、どうしたわけか、なにかの強い力が欲しかったようです。努力だけでは足りないと、なにかに縋りたかったヨウデス。

 そこで火星に魂を売って、邪眼の力を得マシタ。いまの翼君は、気に入らないものがあれば、その眼で抹殺することまでできるのです。殺傷能力を持った眼デス。危険デス。

 早く、翼君を探し出して、翼君に力を使わせないようにしなければナリマセン。

 ただし、オジョウサン、翼君を見つけても、けっして、その眼を見てはいけマセン』

 老人の声に追いかけられるように美麗は走った。いくつ目の路地を曲がったのだろう。息が苦しくなっていたが、走った。

「ハァ、ハァ……、なぜ、なぜ、翼がそんな力を持ったの?」

 老人の声に聞き返した。

『翼君は、色白で痩せて、非力だから、そのことでたいそうなコンプレックスをもっていたようデス。それに、将来に大きな希望があるようデスネ。そこにたどり着くまでには、たくさんの努力と、並外れた力が必要なようデス。

 だから、力が欲しかったノデショウ。若いころは、後先考えませんからネ。それが悪魔の力でもかまわなかったノデス』

 走りながら、美麗の恐怖が、嘆きに変わっていった。

 ――翼……。そうだ、翼は東京の美大を志望していた。日本一の難関美大だ。翼は不安だったのか……。美大に入学できるまでの能力を果たして持てるのだろうか……と。

 美麗が走っていると、前方の路地の、ちょうど曲がり角の闇のなかに、黒い影が横たわっているのを見つけた。

 人の影に見える。どうやら壁にもたれかかる人間の影のようだ。

「人が壁にもたれかかって、すわり込んでいる。酔っ払い?」

 美麗は老人に聞いたつもりだが、返事がない。

 足を緩めた。肩でハァ、ハァと大きく息をしながら、恐る恐るその影に近づいた。

 若い男の人のようだ。

 だが、翼とは違う。派手な上着を着ており、あまりまじめな生活をしているようには見えない。

『オジョウサン。立ち止まって、すわり込んでいる男の顔を見るノデス』

 今度は老人の声が聞こえてきた。

 美麗は、動かない男の顔を覗き込んだ。

 二十歳代の若い男だ。口を半開きにして気を失っている。耳にイヤリングをはめて、どうみても真面目そうではない。

『まぁ、大丈夫でショウ。そのチンピラは気を失っているだけデス』

 老人はまるで男の状態を自分の目で確認したかのようにいった。まるでこの場にいて、美麗と並んで見ているような、老人のものいいだ。

 あらためて、周りを見回しても、老人の姿はない。

「どうして、お爺さんにはわかるの? お爺さんは、わたしの近くにいるの?」

 美麗は周りの闇に向かって聞いた。

『遠くから、オジョウサンの眼を借りて見ているノデス。通常の人よりよく見えマス。チンピラの眼の周りに赤いあざが見えマス。とうぶん目を覚まさないでしょうから、お嬢さんも覗いてみるといいデショウ』

 美麗は老人にいわれたとおり、薄暗いなかで、チンピラの顔を覗き込んだ。

 たしかにチンピラの目の周りは、パンダのように、あざのようなもので囲まれていた。ただし、そのあざは赤い。

『オジョウサンを大通りで鑑定したときに、いろんなことが起こるのを予想できマシタ』

「そんなこと? お爺さん、ほんとうに占い師だったの?」 

『まあ、そのことは、いまはおいておきまショウ。その男のことデスが、その程度なら、命に別状はないデショウ。目の回りのあざの状態でわかりマス。

 このあざがもっとひどく、焼きただれているようなら、命はありません』

「そうなの。でも、この人がなぜ、こんなことに?」

 美麗は、さきほどから男が壁にもたれかかっているのを見ているが、老人がいうとおり、男は目が覚めて、動く様子もない。

『このチンピラは、一人で路地裏を歩いていた翼くんにいいがかりでもつけたのでしょう。翼くんは非力そうに見えますから、いいがかりをつける格好の対象デスカラネ。そして、翼くんに逆にやられた』

 美麗は老人の言葉のとおり、翼がやったとすれば驚きで、それとともに翼が強いことで安心もした。

「では! 翼がこの人を殴ったの?」

『いいえ。翼くんが睨みつけたために、この男はこうして倒れているのデス』

「そんなぁ……」

 美麗は戸惑っていた。 

 翼が邪眼の能力をもって、睨みつけるだけで、こんな凶暴そうなチンピラを倒すなんて。

 その翼を、これから、美麗が探しだして、それこそ、どうしたらよいのだろうと。

 先ほども、翼は美麗のことなど無視して、さっさと去っていった。それこそ、翼と無事に会っても、眼を見ただけで、美麗のほうこそ、目の前のチンピラのように倒されてしまう。

 美麗がうじうじ考えていると、老人がせかした。

『さあ、早く翼君を急いで探しナサイ。いったん、この先の大通りに出て、もう一度、路地裏に入るノデス』


  ( 続く)

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