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辻占い師の老人

   七 


 薄暗いため、美麗からは相手の人物の顔がすぐには見分けがつかなかった。

 折りたたみの椅子にすわっている。

 ガッシリした体格をしているのもシルエットでわかる。

 日本語をしゃべっているが、たどたどしい。どうやら外国人のようだ。

 暗がりのなかで白い髪の毛が浮かび上がって見えた。どうやら老人のようだ。また、眼鏡もかけているようだ。

「少し、立ち寄ってイキマセンカ?」

 老人の辻占い師がもう一度声をかけてきた。

 美麗はつかつかと、老人のもとに歩み寄った。藁にもすがる気持ちだった。翼に会える方法を教えて欲しい。

「もうスグ探している人に会えますヨ」

 老人は美麗の気持ちを察したように、カタコトの日本語で話しかけてきた。

 その言葉は美麗に希望を抱かる。

「お爺さんは占い師なの? 当たるの?」

 こくりと、老人は首をふった。 

「そうです。占いは、当たるも八卦当たらぬも八卦とモウシマス。前を通りかかるオジョウサンを見たら、心配になり、思わず呼び止めマシタ」

 美麗はそこでうじうじとしてしまった。

 占いには興味があったが、お小遣いをさほど持っていなかった。翼との食事とポートタワーのエレベーターの支払いでほとんど使いつくしていた。

 老人は美麗の様子から感じとったのか、こういった。

「ハハハ、心配はいらないデス。今晩はお客さんが少なくて、時間を持て余していたのデス。お金はいりませんヨ」

 美麗も、無料であるのなら、ぜひとも占ってほしかった。

「デハ、オジョウサンの顔を見せてください」

 老人は、足元に置いてあった人相と書いた行灯を、美麗のほうに近づけて、顔を照らし出した。

「顔を見るのですか……」

 美麗は額のニキビを隠すように前髪を指で引っ張った。

 行灯により、美麗のほうからも、老人の顔が明るく浮かび上がって見えた。

 やはり欧米人であった。黒色の眼鏡をかけている。

 外人なのに、どこか前に会ったような親近感があった。口元は優しく微笑んでいるように見えた。

「なるほど、なるほど。オジョウサンを見ると……」

 老人はじろじろと美麗の顔を見ると、その次に納得したように首を縦に振った。

 美麗はおどおどと聞いた。なんだか老人を前にしていると気味が悪くなってくる。

「あの、お爺さん……。最初に聞きたいのだけれど、どうしてわたしが人を探していると思うの? 」

「フムフム……。なるほど」

 老人はそんな美麗の言葉など、聞いていないかのように鑑定を進める。

「オジョウサンは天体観測が趣味デスカ?」

「そんなことはないわ。でも、今晩は火星の大接近だから、友達とふたりでポートタワーに火星を見に来たのだけど」

「ヤハリ、そうでしたか。オジョウサンの眼の中には火星が映ってイマス」

 この人はほんとうにわかるのかしら? 美麗はいぶかしがりながら、老人の妙な言葉を黙って聞いた。

「火星の赤い光を身体のなかに呼び込んだ跡があります。まだ身体のいたるところに光のあとが残ってイマス」

「えーっ! 火星の光が身体のなかにあるってどういうことなの?」

 美麗は老人の意味不明な言葉に、聞き返した。

「今日は日本中が火星の大接近で浮かれて、お祭り騒ぎデスが、喜ぶべきことではないノデス」

「なぜなの?」

 ますますもって、老人の話はわからなくなってくる。

「見た目には、赤く輝いて神秘的に見えて、多くの人からスカレますが、火星は美しいだけではナイノデス。本当の顔を教えマショウ」

 老人は、美麗の顔色をうかがいながら、心配そうに話を続けた。

 大昔より、ヨーロッパのほうでは、火星は、決してよいイメージばかりで、見られていたわけではないのデス。

 赤い星・火星は神秘的な輝きを持つとみられるいっぽうで、血の赤とか赤い炎など、不気味なものと見られていたのだ。

 なぜなら、赤い火星は、血の気の多い戦争、炎のような激しい性格と、つながっているからだ。

 過去に、火星が地球に大接近したときは、必ず戦争や大きな災厄が起こっている。

 赤い火星の影響を受けたのだ。

 今回の火星の大接近でも、必ず大きな災厄は訪れる。

 老人はひととおりの火星の説明をすますと、美麗の話に戻した。

「オジョウサンと、オジョウサンの探している友達は火星の赤い光を身体に多く浴びてしまったようです」

「火星の赤い光を浴びた……?」

 美麗はポートタワーでのエレベーターの中でのことを思い出した。今から思い出せば、何だか、すべてのことから逃げ出したくなって、自ら火星の赤い光の中に飲み込まれていったような気もしていた。

「それに友達のほうは……」

 翼のことはもっとも気になるところだった。老人が話すのをためらったことで、美麗は焦れた。

「友達のほうは……。その先をいってよ!」

 思わず、大声をあげていた。

 これまで微笑んでいた老人の顔がこわばる。重そうに口を開いた。

「中世ヨーロッパから伝わるファウストのことを知ってイマスか?」

 美麗はわからないと首を横にふる。不満だった。なんで翼じゃなくて、ここでファウストなの、と。

 老人は、一呼吸おいて、自分にいいきかせるようにしてから説明をはじめた。

「ファウストとは、偉大な知識や力と引き替えに、魂を悪魔に売り渡した人間のコトデス。そのファウストは、能力をもつ代わりに、悪魔に成り下がった。これまでの人生で善い行いをしてきたにもかかわらず、力を得たばかりに悪行ばかりをしてしまう狂人になったノデス」

 老人のもったいぶった話し振りは、美麗を不安に陥れるには十分だった。

 美麗はブルッと震えながらも、ファウストなどといわれても、そんなことはどうでもいいと思った。どうせ、大昔の作り話なのだろう。それが、こんな現在と関りがあるなんておかしい。

 そう自分にいいきかせながらも、美麗の不安は膨れ上がるばかりだ。    

 こんなことなら、声をかけられても、占ってもらうんじゃなかった。

「それが探している、わたしの友だちとどういう関係があるの?」

 質問する美麗の声は震えていた。

 老人は大げさに人差し指で美麗をさした。

「間もなくオジョウサンは友達を探し当てるが、その友達の眼を、決して真正面から見てはいけマセン」

「眼を?」

「友達はファウストになったのデス。

 人には見せていなかったでしょうが、友達は、なにか将来のことで怯えていたようデス。

 力不足で焦ってばかりいた。

 それが醜いかたちになった……。

 友達は、火星の大接近に乗じて、力を得るために、火星に魂を売ったのデス。魂を売った引き替えに、赤い凶器の眼を持ちマシタ」

「翼の眼が赤い凶器に……、それって火星の赤い色……」

 美麗は声を荒げて、老人の言葉をはねつけた。

「馬鹿みたい! どうして翼が、火星に魂を売るの? こんな馬鹿ばかしいこと、聞いていられないわ。お爺さんの相手しているぐらいなら、わたし、翼を探す!」

 老人に背を向けて、美麗はさっさと歩き出した。

 ――あり得ない、馬鹿げているわ。

 背後から老人の声がした。

「オジョウサン。車のショウルームを曲がった、その先の路地裏で、友人の翼君に会エマス」

 勝手なことをいっていろと、無視して通行人たちの流れにのった。

 老人のいうことは、寝言を通り越して気ちがいじみている。

「あのお爺さん。よくもあそこまでおかしなこといえるわね!」

 それよりも、翼が朦朧として、夜の街をうろつき回るうちに、犯罪にでも巻き込まれないかと、そっちのほうが心配だった。

 早く見つけ出さなければ。


 ( 続く )



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