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火星からの赤い眼  異空間へ紛れ込んだ美麗  作者: MAHITO


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異空間にひとりっきりの美麗


 いまはもう、エレベーターの外に放り出されてしまった。

身体が深く沈んでいく。真っ暗な空間だ。

ひとりぼっちだ。ひとりっきりになって暗い空間に沈んでいく。

ついさっきまでは、周りに翼もエレベーターに乗った他の乗客もいた。その中には、ニキビを翼に隠して、ぐじぐじしていた美麗もいた。

それでも、真っ暗な空間に放り出されるより、とんでもなくいいことだ。

過去の自分を羨んでも、泣いてもどうにもならなかった。落ちていく……。

「……!」

ふと、気がつくと美麗は自分の足で、立っていた。揺れていない。しっかりとした動かぬフロアーだ。

これまでの火星のエネルギーでおきたと思われる胸の苦しみもない。どこかへ消えていった。

ただ……、ひとりぼっちになっていた。

薄暗く、広い空間に、ひとりポツンと立っていた。

もちろん、ここはエレベーターの中ではない。薄暗いなか、見回してみた。だだっ広くてなにもない空間だ。

――わたし、どうなったの? 

ひとりだけで落っこちて、どこにたどり着いたというのだろうか? もうひとりの美麗は、ここにいる美麗を置いて、そのままエレベーターで展望台へいってしまったのだろうか? 

それなら、もうひとりの美麗が憎かった。

エレベーターに乗って、とっとと、翼と一緒に展望台へ昇ってしまったのだ。

「いやーっ!」

その場にうずくまって泣き叫んだ。泣き声をあげても、その声は広い空間に吸い込まれるように消えていくばかりだ。

美麗はしばらく大声で泣くと、あらためて周りを見回した。

ほんとうに、この空間にひとりっきりで放り出されたのか? 

もうひとりの美麗がどこかに隠れて、泣きわめいている、いまの自分を面白がって見ているんではないのか?

 翼だって、どこか近くにいるのではないのか、といろんな思いをめぐらせてみた。 

 美麗は立ち上がると、恐る恐る声に出してみた。

「翼……。翼、どこにいるの?」

 ガラーンとした空間に、美麗の声は虚しく響いた。なんの返事も返ってこない。

「美麗……。美麗! わたしは美麗?」

 自分が美麗かどうかさえわからず、自分の名前も呼んでみた。

その問いかけにも誰も答えてくれない。

 今度はもっと大きな声で、翼と美麗の名前を呼んでみた。

「翼! 美麗!」

発した声は薄暗い空間に、吸い込まれて、なんの返事もなかった。

わずかに聞こえたのは、耳にコップをあてたときのようなボヮーンとした音だけだった。

薄暗く、果てのない空間に、ひとりぼっちにされたという恐怖があらためて襲ってきた。

自分ひとりが、異空間に迷いこんだ。津波にさらわれ、息も絶え絶えで、海から首を突き出しているような恐怖に似ている。

気が狂いそうだった。

美麗は、正常を保つため、考えられる怒りを、いまの恐怖にぶつけた。

――きっと誰かが、ふざけて自分一人を薄暗く陰気なこの空間に閉じ込めたのに違いない。その犯人を絶対に許せない! 今度会ったら、そいつの顔を爪でひっかきまわしてやる!

いっぽうで弱気のむしが走る。

自分はすでに死んでしまって、あの世に行ってしまったのだ。

翼の名前を何度も呼んでみた。

うんともすんとも、こたえてくれない。

美麗の疑問に答えてくれるものは、この空間にはいない。

――落ち着くのよ。美麗、落ち着いて。

美麗は自らにいいきかせると、ここに至るまでの経緯を考えてみた。


  翼とは同じS市の高校に通う。中学のときは学区が違ったので、高校に入学して初めて顔を知った。

 入学するとすぐに、クラスは違っていたが、廊下ですれ違い、翼のことを知ることになった。すらりと背が高く、端正な顔立ちをしており、すぐさま憧れの対象となった。

翼と親しくなりたいと思っていたら、幸運にも、美術部で一緒になった。

部活動のたびに、美麗は、絵筆を持ちながら、ちらりと横を向いて翼の姿を盗み見た。

その横顔から、周りにいる部員の誰よりも、翼は油絵に取り組んでいるのがわかった。

キャンバスに向かって、翼はしばらく動きを止めているかと思うと、思いついたように絵筆を動かす。次に、繊細そうな指先で持たれた絵筆が大胆に動く。そんな翼をいつも見ていたと思った。

春が過ぎて、雨の多き季節になることには、美麗はすっかり翼のとりこになっていた。

そのころには他の美術部員から、翼の将来の希望も聞いていた。

高校を卒業したら、国立の美大への進学を志望しているという。将来、絵の道に進みたいのだ。

そのため、周りの女子部員のなかには、翼が難関の大学入試のことで、一学年のくせに絵を描くことに神経質になりすぎていて、近づきたくないといっているものもいた。事実、キャンバスに向かって風景画を描いていた翼が、いきなりいらいらして、筆を叩きつけ、真っ赤にしたことがあった。

廻りの部員たちは翼を気味悪がったが、美麗は違った。

翼が真剣に悩んでいる姿が好きだった。うまくいかないときは感情を吐き出せばいいのだ。

美麗の翼に対する想いは、日々募っていくのに、気持ちとは裏腹に、うまくふたりで話をすることができない。

美麗は異性と話をするのが苦手だった。それは小学校高学年のころからコンプレックスとなっていた。

翼と話がしたくても、口下手な美麗は、想いとは逆に、好きな人の前では尻込みしてしまうのだ。

それでも、時には、自らにはっぱをかけて、翼に話しかけるのだが、二言三言で会話が終わってしまう。

美麗にとっては辛い日々が続いた。部活で、翼とキャンバスの前で肩を並べているのに、ほとんど会話を交わさないことの繰り返しだった。一学期が終わるころになっても、翼とは話がほとんどできていなかった。


( 続く )


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