1-9 裕太の家庭の事情
忘れられていた宇佐美が、少し怒っていたが、みかんが名前で呼び合うからと説得すると落ちついた。
みかんは『迅君』と呼んでいるが、俺は君付けで呼ぶ気は無いし『迅』だとなんか短い気がするとか言ってみたら「別にお前は『宇佐美』でいいよ。みかんちゃんが名前で呼んでくれれば」と言われてしまったのでそのままにすることにした。
こいつ、女子から名前で呼んで貰いたいだけだろ。『お前"は"』ってなんだよ。
「いやー、これではいけませんなー」
落ちついたと思ったが急にみかんが、不満を言い出した。
「どうしたんだ?急に」
「どうしたもこうしたもないでしょ。私たちだけ名前で呼びあって夏音はどーすんのよ」
「えーと、夏音って呼べば言いか?」
別に俺は女子のことを名前で呼ぶことには抵抗は感じない。ただ、相手が気にするので、自分のことを名前で呼ぶような相手にしかやらんが。
「あ、裕太君が良いなら良いけど迅君もいい?」
「ああ、モチのロンよ、夏音ちゃんな」
「俺は構わないけど尾栗さんはいいのか?急に名前で呼んで」
「こら、そこー。『尾栗さん』じゃなくて『夏音』ね。大丈夫、明日の第二回恋の作戦会議でうまく言っておくから」
「なら、良いけど」
呼び方のことに関しては、うまく行くかはわかんないとのことなので成功したかどうかを教えてもらうために連絡先を交換することで手を打った。
みかんに「一応グループのチャットも作っとくね」と言われたのでチャットグループに参加しておいた。隣で宇佐美が「女子の連絡先……」と小さな声で呟き、プルプル震えていたがスルーしておく。
「で、話を戻すが俺は家の事情でな、夏音と付き合うのは無理だと思う」
俺のカミングアウトに2人ともキョトンとしている。実際、夏音は可愛いと思う。でも、付き合うとなると家の事情が邪魔になる。
「え?聞き間違えかな?今なんて?」
「家の事情で、夏音と付き合うのは無理だと思う」
「家の事情って?」
まだ信じられていないのか、みかんは動揺しながら聞いてくる。
ちなみに、宇佐美は目を点にさせている。こいつのいちいち過剰なリアクションにもそろそろ慣れそうだ。
「えーと、言わなきゃダメか?」
「いや、ダメでしょなんのための恋の作戦会議よ」
いや、お前が勝手に権利を行使しただけだろ。とは言わないでおく。
「実はな、俺の父さんが、どっかの会社の社長の大親友だそうで、そこの社長の娘が俺の許嫁なんだよ。ちなみにその社長さんの名前も会社も知らない。娘さんは手紙のみのやり取りで顔はわからない。名前は織田郁李って手紙に書いてあった」
俺の更なるカミングアウトに再びみかんはキョトンとしている。ちなみに宇佐美は理解が追い付かなかったのか、完全に気を失っている。まあ、普通は許嫁とかいないから無理もない。
「えーと、許嫁がいるから付き合うのは無理ってこと?」
「許嫁っていっても顔も知らんわけだし、俺としては別にその人に好意を抱いてるわけでもないから、その気になれば付き合うのは可能なんだけど、許嫁の子からは『浮気はダメですよっ!』って感じの手紙がよく来るんだよ」
「なるほどねぇ。でも、付き合っても手紙でしかやり取りしてないならばれないと思うんだけど」
確かにその通りだ。しかし、それだけではない。
「俺の父さんが、『浮気せんように、あいつの娘さんも同じ学校に入学させるぞ』って冗談っぽく言ったんだけど、どうやら入学させたのは本当らしくて俺の合格が決まったその日に手紙が届いて『同じ学校に通えるようになって嬉しいです』だってさ。そんでもって昨日帰るとき下駄箱にこれが入ってた」
そういいながら、俺は鞄からラブレター風の装飾が施された封筒を出した。手紙は手書きではなく印字。その手紙を取り出したみかんは声に出して内容を読み始めたが、恥ずかしいのでやめさせた。
重要なのはこの『私が見張ってますので浮気はダメですよ!!』という1文。これはかなりマジなやつだ。
「こんなの無視して。夏音とラブラブしてればお相手さんも黙るんじゃないの?」
ラブラブって、無茶言うなよ……
みかんは、夏音の気持ちを尊重しているのか、不満そうに頬を膨らませて言ってくる。
でも、すまないがこちらにも事情があるんだよ。