森の主 その8
白狼は隙を見せない。カンナら三人は白狼を囲っていたが、その鋭い刺すような目つきにカンナは少したじろいだ。
「ふん。人類よ私に立ち向かおうとはその勇気には誉めてやる。しかし、相手が悪いような気もするな。」
その挑発的な態度には余裕がある。
カンナらはこれが森の主というものかと息を飲んだ。白狼。それはルナの森の生態系のトップに君臨し、他のモンスターたちを圧倒する。肉食系のモンスターは白狼を畏れている。草食系のモンスターたちは捕食者として恐れているのと同時に畏敬の念を持っている。そして、ルナの森周辺の人類は白狼を崇拝している。神に等しく扱われている白狼の威厳は凄まじいものがあった。
「私のテリトリーで好き勝手していたようだな。」
「クエストで立ち入っただけだ。」
「くくく、それは私の討伐かな。」
ローの言葉にこちらを完全に見下したその顔にカンナらは恐怖した。まるで雑魚を相手にするように。
白狼とカンナらの睨み合いが続いた。白狼はカンナらが手を出すのを待っているかのような態度であった。
「行くぞ!カンナ、ユーノ!」
「「はい!」」
ローが先陣を切って石の上にいる白狼に飛びかかった。爪が白狼の美しい白毛に襲いかかる。しかし、白狼は軽く避ける。
「くそ。」
「そんな攻撃で私に勝てるかな。」
地面に着地した白狼はピンと前足を立てて余裕を見せた。
「行くぞ!カンナ!」
「はい!ユーノさん!」
二人はまずカンナが鯨丸を薙ぎ払いその後ろからユーノが殴りかかった。カンナの薙ぎ払いを白狼は上に跳んで簡単に避けた。そこはカンナらも予定通りである。本命はユーノの拳である。
「甘い!」
ユーノの攻撃は白狼に爪で弾かれた。ユーノは吹っ飛び木にぶつかり木の根本に落ちた。呻いていた。
白狼は一旦着地する。
それを隙と判断したローが横からさらに畳み掛ける。それを難なく避け、ローの腕に噛みつく。
「ぐっ。」
「ローさんから離れなさい!」
カンナが鯨丸で白狼を叩き切ろうとした。すぐに白狼はローから離れて余裕の笑みをした。白狼にはまったく攻撃が当たらない。カンナはこれが森の主の力かと思った。そのスピードと判断力、力どれをとってもカンナたちは叶わない。離れた木の影からペンペンはこちらを見ている。祈るように見ている。その顔からは恐怖心がわかる。何に恐怖しているのか。崇拝対象の白狼を討伐することか、白狼の圧倒的な力にかそれはカンナにはわからなかった。
「あいつ強すぎだよ。」
「あのスピードを何とかしないとな。」
「ローさん。何か策はないですか?」
「うーん。カンナが牽制して私とユーノで隙を突く。」
「やりましょう。」
「やろう。」
三人は連携して攻めることにした。
まず、カンナがぶんぶん鯨丸を振り回す。白狼は難なく避けている。そこにローとユーノが接近して攻撃する。ユーノの拳とローの爪が白狼を襲う。
「ぐっ。」
白狼にユーノの拳が一発入った。
「よし!」
「よっしゃあ、ユーノ!ナイス!」
「ユーノちゃん。すごいです。」
白狼は泉に落ちた。泉は水飛沫を上げ、白狼を包み込んだ。だが、白狼はすぐに起き上がり体勢を建て直そうとした時、ローの爪が白狼を切り裂く。
「ぐは!」
さらにカンナが止めと斬りかかった。
その時である。白狼の声が聞こえたのは。
「両者とも待て!」
怒鳴り声がルナの森と泉に響いた。
目の前にいる白狼はあちゃあという顔をしていた。
「まったく、少し空けていたら人類と見ず知らずのモンスターが死闘を繰り広げているとは。」
そう言って姿を現したのは白狼であった。
その瞬間カンナらはだいたいの事は察した。すなわち、カンナたちと戦っていたのは偽者で今、出てきたのが本物の白狼なのである。
「お主は何者だ。」
「いやその。」
本物の白狼に問われた偽者の白狼はしどろもどろになっていた。何だかそれがさっきまで戦っていたのに今では可笑しくてカンナは笑い出しそうになっていた。
「まぁ、いい。では、人類に問う。お主らは何しに来た。どうやら冒険者のようだが。」
「私たちはそこの偽者の白狼が人類側の家畜を襲ったのでその討伐に来ました。」
ローが代表して説明した。
本物の白狼はただ黙ってローの話を聞いていた。その厳かな威厳にカンナたちは静かにしているしかなかった。
「ふむ、話はわかった。偽者よ。責めはせんから正体を現せ。」
「はい。」
偽者の白狼は恐怖の口調で回答していた。あれほどの戦闘力を持ち、カンナたちを圧倒していた偽者の白狼を縮こまらせる本物の白狼の実力は如何なるものだろうか。
偽者の白狼は正体を現した。その姿はマネムシであった。マネムシとはまねする対象の能力までもコピーするモンスターである。真似る対象が強いとかなり手強い相手となる。ところでカンナたちは不思議に思った。なぜマネムシはルナの森に来たのだろうか。
「一ついいですか?」
恐る恐るカンナは質問した。
「マネムシさんはどうしてルナの森に来たんですか?」
「いやぁ、住み処の周囲に獲物が少なくなって。」
「どこから来たんだ?」
「ダルブ草原だ。」
「あそこは豊かな地域ではないか。」
白狼も不思議がっていた。
マネムシはがぶりを振って溜め息をした。
「ところがここ1年ほどでどんどん減っているんだ。」
「ふむ。何か原因があるんじゃないか。」
ローが言う。
しかし、マネムシは頬をかきながら苦笑いした。心当たりはないようである。
「まぁ、取り敢えず私はここから去ります。」
マネムシはこれ以上は迷惑をかけられないということだろうか。意外と誠実なモンスターなのかもしれない。
「人類どもよ。」
それに対応して白狼が重々しく口を開く。
「なんでしょうか。」
「こやつにはもうこの森には立ち入らせない。だから、命は取らんでやってくれ。」
「ちょっと、会議します。」
ロー、カンナ、ユーノの三人は円陣を組んで相談し始めた。
「どうする?ロー、カンナ。」
「私は見逃してやっても構わないけど。」
「でもさぁ、本当にもう問題起こさないかな。起こしたら寝られなくなるよ。」
「へぇ、ユーノちゃんでも罪悪感を感じる時があるんですね。」
「でもとはなにさ。私だって人間、罪悪感くらいあるよ。」
「カンナはどう思うんだ?」
ローがカンナにボールを投げた。
「うーん。本人がもうここからは退散すると言ってるし、森の主の顔を立てるという意味では許してあげるのもいいかも。」
「ギルドと依頼人にはなんて説明するんだ?」
「それは簡単だ。逃げられたが、森からは出ていったと言えばいい。報酬は減るだろうが、私も白狼の顔を立てるためなら構わないと思う。」
「でもさあ他の場所で問題起こすんじゃないか?」
「それは不味いですね。」
ローが振り返りマネムシに聞いてみた。マネムシは小さくなっていた。よっぽど白狼が怖いのだろうか。
「マネムシ。お前はこれからどうするんだ?」
「安息の地を求めて旅をしようかと。」
「食料はどうするんだ?」
そこが一番の問題であった。また、食料を求めて人類に危害加えるようなことあれば、カンナたちとしては困る。直接批判されることはないだろうが、冒険者としての責任を感じることになる。もしまた、マネムシが問題を起こしたら次は駆除討伐をすることになる。そうなれば白狼の面子も丸つぶれである。
「大丈夫です。もう人類に迷惑をかけるようなことはしません。食料は野生のモンスターを捕まえて食べます。」
信用していいのか。カンナらは考えた。そこに白狼が口を挟んだ。
「ルナの森の主の名においてこやつの言うことを信じてやってくれ。頼む。」
白狼は頭を下げた。ここまで言われたらカンナらは信用して見逃さざるおえなくなった。
「わかりました。カンナ、ユーノ。ここは白狼の顔を立てて見逃してやろう。」
「はい。」
「しょうがねえな。」
カンナたちの意見は固まった。今回はマネムシは見逃してやることにした。理由が理由だからと白狼の顔を立てることの二点で決めた。
そうと決まればマネムシはお礼を述べてルナの森から立ち去った。
カンナたちも引き上げることにした。しかし、もう時期森は暗くなる。ちょっと危ないなとカンナたちが話していると木の影から出てきたペンペンが提案した。ユーノはそういえばいたなぁと思い出していた。
「なら、今日はうちの村に泊まればいいですよ。」
その提案にカンナたちは受け入れることにした。夜の方がモンスターたちの活動は活発で危険なモンスターも多くなる。ペンペンの村で一泊することとなった。
ペンペンの村の様子はペンペンがクエストの経緯を説明すると森の住人たちは大喜びしていた。彼らの望むような結果を出したカンナたちは大歓迎された。夕食のご馳走は彼らは草食性なのでご馳走も野菜が中心であった。お腹を空かしていた三人は貪るように食べた。そして、寝た。
次の日の朝。三人はルナの町に戻り事情の説明をした。町の住人もホッとして大喜びしていた。クエストの報酬も満額払うそうだ。帰りもスタッドまでトラックで送ってもらった。
ギルドに到着すると報酬を受け取り解散となった。
「いやぁ、今回の冒険はいろいろあったなぁ。」
ユーノが今回のクエストを思い返していた。最初は森の主を退治する話から始まり、結局、変身していたマネムシが犯人だった。そのマネムシを白狼は見逃すように言った。自分の名誉が傷つけられたのに何と寛大な主だろうか。それはユーノだけでなくカンナもローも思ったことであった。あの存在感と威厳は凄まじいものがあった。
「カンナ、ユーノ。私は行くな。」
「はい。」
「じゃあな。」
ローはギルドから家に帰って行った。
ユーノもしばらくカンナと談笑後、帰って行った。
一人残ったカンナは夕食を食べた。食べながら考えた。今回のクエストとは直接関係ないが、マネムシの住んでいたダルブ草原のモンスターが減っているのは何故かということである。自然のことなので当然の流れとして減っているのかもしれないが、何か心配というか胸騒ぎのようなものを持った。不安で心が沈みそうである。
空はもう時期宵の口。カンナの心のように太陽は沈もうとしていた。