森の主 その7
目線をペンペンの方にやるとそこには泉があった。
「おお、泉だ泉!」
ユーノはやたらと興奮気味である。
ルナの森のこの泉は草食性のモンスターが水飲み場にしているくらいだから結構、広々としていた。
「わあ!水綺麗ですね。」
しゃがんで水を眺めたカンナが感動の声をあげる。愛刀の鯨丸は木に立て掛けておいた。
確かにこの泉は透き通っている。不純物が入っていないという感じである。魚がハッキリと見える。
ピシャッ。
魚がカンナに驚いて逃げた。石の影に隠れたのである。ユーノが泉に入って魚を捕まえようとした。魚はするすると掴もうとするユーノから逃げて行く。魚は泉の奥に行ってしまった。
「ああくそ!」
「そんなんじゃ捕まえられないぞ。」
「ローは捕まえることができるのか?」
「ふふん!まぁ、私の技なら一撃だな。」
「じゃあやってみろよ。」
「ああ。」
意外とのりのりなローは泉に入り魚を驚かせないように慎重に忍び足で探した。20センチほどの魚を見つけた。狙いをつける。固唾を飲んで見守るカンナらはじーとローと魚を見た。一瞬であった。ローの手が魚を襲った。鷲掴みにされた魚はバタバタと無駄な抵抗をしていた。
「すごいなローは。」
ユーノは素直に感心していた。相手の良いところを素直に称えることができる。それがユーノの良いところである。
捕った魚は泉に帰した。無駄な殺生はしない。それがローのポリシーである。
「流石、獣人族ですね。」
「獣人族は狩りが得意だからな。ふふん。」
その得意気なローの顔はなんだか可愛らしかった。
泉の周辺を探索していると小型のモンスターなどは見かけるが、フォレストゲーターや白狼は見当たらなかった。
「フォレストゲーターも白狼もいねえな。」
疲れたのか溜め息をしながらユーノは木の影に入ってやすんだ。さっき泉に入っていたので靴はぐっしょり濡れていた。幼い見た目と相まってそれが無邪気な子供のような雰囲気を醸し出していた。
「うーん。おかしいですね。」
ペンペンは首を傾けていた。泉の周りを見ると平和な光景そのものである。さっきも書いたが小型のモンスターしかおらず、フォレストゲーターの影もない。その穏やかさは何だか釣りしたり、のんびり寝転んだりしたくなる陽気だし、景色であった。
「ここにはいないんじゃないの?」
「そうかもしれんな。」
「ペンペンくん。あと、白狼が出没しそうなところってある?」
「外部の者には教えたくないですが、住み処しか思い付きません。」
「ふむ。」
ローがしばし黙考するとその時であった。水辺で水を飲んでいた小型のモンスターが水中に引きずり込まれたのである。泉の水は真っ赤に染まった。
「水辺から離れろ!カンナ、ユーノ、ペンペン!」
ローの怒鳴り声を聴いてカンナらは即座に水辺から離れた。ペンペンは狼狽し、ローの後ろに隠れた。どこまでも戦闘では役に立たないペンペンであった。カンナとユーノは戦闘態勢をとった。カンナは愛刀の鯨丸を少し離れた木に立て掛けておいたので、剥ぎ取りなどに使うナイフを構えた。
フォレストゲーターがぞくぞく出てきた。八体いるようである。岸辺で泉から出てこないでカンナらの様子を伺っていた。小型のモンスターたちは森へ逃げだし、残ったのはカンナたちだけになった。
カンナは鯨丸を取ろうとフォレストゲーターの動きに警戒しながらジリジリと鯨丸を立て掛けている木に近づこうとした。しかし、フォレストゲーターの何体かが、カンナを狙っているのか、じっとカンナを睨み付けていた。
素手で戦うユーノは素手なので敵に接近しなくてはいけない。ところが接近するということは泉の中からこちらを狙っているフォレストゲーターの元、泉の中に入らなくてはいけない。今の状況で入ったら泉の奥に引きずり込まれフォレストゲーターたちの餌さとなるだろう。先程、襲われて水中に引きずり込まれた小型のモンスターのように。
ユーノとカンナが動けないのでローは逃げることを考えた。しかし、ペンペンが言った。
「ローさん。ここは僕が囮になるのであいつらを討伐してください。」
勇気のある申し出だが、ローは眉間を細めて訝った。なぜ今回のクエストと関係のないフォレストゲーターを討伐してほしいと言うのだろうか。
「ここの泉は我々ルナの森の森の住人も使っているんです。」
「さっき森の住人の村ではそんなこと言ってなかったぞ。」
「儀式に使うのです。そういうことは外部に漏らしたくないので言わなかったのでしょう。」
「そうか。」
「討伐してくれたら僕が村に言って報酬が出るようにしますから。」
「ふむ。わかった。以前はいなかったのに白狼の行動が変わったというのならこいつらがいることが白狼の何かと関係があるかもしれんな。よし、やろう。」
フォレストゲーターを倒すと決めたローはユーノに指示を出した。
「ユーノ!フォレストゲーターの意識をカンナから離すぞ!」
「でも、どうやって?泉に入ったら水の中に引きずり込まれるよ。」
「側に落ちている石を投げろ!」
「そうです!フォレストゲーターは単純なんで石を泉に投げればその音に反応して注意が向きます。」
「なるほどわかった!」
ペンペンの解説に納得したような反応してユーノは側に落ちている石を泉に投げた。ちゃぽんと音が鳴る。一瞬、フォレストゲーターの注意がそちらに向いた。その隙を逃さずカンナは木に立て掛けておいた鯨丸をとった。
「おりゃあ!」
カンナの巨大な鯨丸がフォレストゲーターの一体を切る。フォレストゲーターは真っ二つに切り裂かれた。びくびくまだ少し動いていたが、そのフォレストゲーターは絶命した。血が泉を染める。それを見ていた他のフォレストゲーターは泉の中の方へ下がっていった。恐れをなしたということだろう。モンスターからすればカンナの今の一撃は恐怖以外の何者でもない。逃げて行くのは自明であろう。
モンスターたちが逃げて行った後の泉は静かであった。ただ、小鳥の囁く声が聞こえるだけである。
カンナらは腰を落として相談した。
「ペンペン。白狼は見当たらんが、どこにいるんだろうか。」
「やっぱり、住み処に行ってみましょう。」
「どこにあるんですか?」
「ルナの森の最奥部にあります。」
「なんかすごそうだな。手強いモンスターがいそうだ。」
ユーノが期待に胸を膨らませていた。それにペンペンは実際を語った。
「すごいというか穏やかな空気が漂ってますよ。肉食系のモンスターは白狼樣に目をつけられたくないから近寄らないので、大人しいモンスターたちが思い思いに過ごしている空間ですよ。」
「ふむ。他に白狼と遭遇できそうな所はないか。」
「白狼樣はあっちこっちうろうろするのでよくいるというところは泉か住み処ですね。」
「そこに行ってみるしかなさそうですね。」
みんな頷き出発した。
森の奥に行くほど景色は鬱蒼とした光景へとなっていった。遭遇するモンスターも次第に手強くなっていった。戦う度にカンナの鯨丸がモンスターと一緒に木を薙ぎ倒していく。ペンペンはそれを見て溜め息をしていた。森の住人にとって大事な森である。その木が切られるのは抵抗がある。だが、森の住人にとっても脅威になっている白狼樣を討伐してもらう以上仕方がないとペンペンは思った。なんだか切ないなと思っていた。ペンペンたち森の住人が崇拝していた白狼樣を討伐するというのは悲しいことであった。しかし、ただ一点希望のようなものがある。それはローらが今までの白狼樣と行動が違い疑問点があるということだ。その疑問が本当であり、白狼樣を討伐せずに済むようにとペンペンは願っていた。いや、ペンペンだけではない。森の住人などルナの森に住まう全てのモンスター、そして、人類たちルナの森と共に生きる者たち全ての願いであろう。ペンペンはただ諦めつつ、矛盾するようだが、希望も持っていた。
カンナらはペンペンの案内で大きな石の鎮座する所に着いた。周囲は木で覆われ、木には苔が生えていた。ここにはモンスターの鳴き声のしない静謐な空間であった。緑の心地よい香りと生ぬるい風が木々の合間から伝わって来る。
「ここが白狼樣の住み処です。」
「ここですか。」
「質素だな。」
「白狼樣はあまり派手なのは好まないんです。よくあの石の上で昼寝しているらしいです。」
「ふむ。」
ローは石を触って周囲を見回した。そこに声が聞こえた。
「何しに来た?」
カンナらは声の聞こえた方を見た。石の上を見るとそこには白い毛並みが美しい狼が凜と立っていた。カンナはすぐさまこいつが白狼かと気づいた。美しいという感想が第一であったが、威厳に満ちたその威圧感はカンナらを黙らせるには充分だった。カンナはユーノとロー、ペンペンの顔を見た。ペンペンは崇拝対象が目の前に現れて畏敬の念を持ちつつ恐怖で縮こまっているという感じだ。ユーノは息を飲んでいた。あのいつもの天真爛漫で好戦的な言動は影を潜め、ただ目の前のルナの森の主に威圧され、黙っていた。ローは流石、落ち着いていた。いくつもの死線を潜り抜けてきたのだろう。一歩も下がらずにただ白狼を睨み付けている。各々がそれぞれの反応を示すと白狼は一鳴きして語り出した。
「ここは貴様らが来るようなところではない!今すぐ立ち去れ!」
白狼はハッキリとカンナらに帰るように言った。ペンペンは完全に怯えている。難しい顔をしていたローが口を開いた。白狼との対峙でこの空間は張り詰めた空気となっていた。
「私たちはあんたを討伐せよとの依頼を受けて来たんだよ。ルナの町の家畜を襲ったのはあんたかい?」
「だとしたらどうさる?」
「私たちはあんたを討伐する。」
「ふふ。私に勝てると思うのか?」
「うーん。どうだろ。」
「命が惜しくば立ち去れ。」
「残念ながら私たちは冒険者。積まれた金や名声のためなら命など惜しくない連中でね。逃げるという選択肢はないんだよ。」
ローと白狼の会話を聞きながらユーノは疑問をカンナに小声で耳元で囁いた。
「なあなあカンナ。僕たちって命捨ててまでクエストに忠実だっけ?」
「ただの口喧嘩ですよ。脅しには屈しないという程度の意味ですよ。」
「なるほどな。駆け引きということか。」
「まぁ、そんなところです。」
カンナの解説にユーノは納得したようである。
「私に逆らうとはいい度胸だ。」
「じゃあ、やりますか。」
「生きては帰さん!」
「カンナ、ユーノのやるぞ!ペンペンは隠れてろ!」
「「「はい!」」」
ついにルナの森の主とカンナたち冒険者の戦いが始まった。