森の主 その4
トラックで揺られる三人は一路ルナの町へと向かっていた。運転はルナの町から来た初老の男である。名前はドリモイさん。酪農をしているそうだ。今日の作業は妻や息子たちに任せて来たらしい。
空は雲がほとんどない。今朝の天気予報では晴れだという。向こう一週間は雨は降らないらしい。いいクエスト日和であるとトラックの荷台から空を見上げるカンナであった。
ユーノの方に目をやると横になっていた。寝息を立ててるので寝ているようだ。朝、あんなにテンションが高かったのに疲れたのかなとカンナは苦笑いしながら思った。
トラックは草原の中を整備してある道路を真っ直ぐ走っていた。ここの草原はスタッドから歩いていける場所で生息しているモンスターは初心者向けである。のどかな里山とともに駆け出しの冒険者が修業を積む場所である。
遠くにツノナシジカの群れが草を食べているのが見えた。ツノナシジカの肉はあまり油っこくなく、食べやすい。ファーストフードなどの大衆向けの料理屋でよく使われる。単価が安いのでクエストで狩猟してもあまりお金にならないが、その狩りやすさから駆け出しの冒険者が初期の生活費用を賄うためによく狩りに行く。
揺られるトラックの上でカンナはユーノに習い、仰向けに寝転がった。少しの振動が心地よい。そのまま眠りについた。
「二人とも起きろ。」
「うーん。」
ローの声が聞こえた。
カンナが目を覚ますとローの顔が目の前にあった。どこかの道の駅にトラックは止まっていた。中々盛況な道の駅のようで車が結構駐車していた。
「ここどこですか?」
カンナの質問にドリモイさんが答えた。
「エブリの道の駅だよ。」
聞いたことがある。確かスタッドから3時間ほどで行ける人気のある所だ。かつて魔王軍の砦があったところに町起こしのために建てられた。そうした経緯からかできた頃はメディアの取材がよく来ていた。今でも町ぶら物の企画で撮影に来る所もある。
「ほら、ユーノも起きて昼飯食べるわよ。」
「むにゃむにゃ。もう食べれないよう。」
夢の中でユーノはたらふく食べているようだ。
「起きろ!」
「痛!」
ローのチョップでユーノは目を覚ました。頭を押さえていた。獣人族は身体能力が高いのでチョップの威力も中々のものであろう。
四人は道の駅のレストランで食事した。ユーノはいくつも注文し、たらふく食べていた。夢の中でも、現実でもよく食べる奴だなぁとカンナは思った。食事を済ませると再びトラックはルナの町へと向けて出発した。
時折休憩を挟みつつ順調に進んだ。スタッドからルナまでの道のりは快適であった。危険なモンスターには遭遇せず、安全な旅路であった。
爾志を見ると太陽が沈み始めていた。
宵の口と言うんだっけとカンナは空を見上げながら思った。
「後、どのくらいで着くんだ?」
「四時間ぐらいかな。」
ユーノの声に運転手が答える。
「ああもう。暇だよ。」
ユーノがぶつぶつ文句をいい始めた。
仕方ないのでカンナが宥め出した。
「今日は退屈だけど、明日からはクエストで忙しくなるんですから今は英気を養いましょ。」
「でもさぁ、やっぱり狩がしたい強敵と戦いたいんだよな。」
「明日になったら好きなだけ暴れさせてやるから。」
ローが顔を出してそうユーノを宥めた。
「わかった。我慢する。」
そう言うとユーノは横になり、眠りについた。それを見てカンナとローは苦笑していた。
「嘘つき!」
「嘘ではないぞ。聞き込みに活躍してもらおうと思っていたんだ。」
ユーノが凄い剣幕で怒っていた。
ルナの町に着いた三人はもう夜が遅いので一泊して次の日に動くことにしていた。
ユーノは朝からモンスターと戦えると思い、準備を整えていた。しかし、泊まった宿の前で集合するとローが聞き込みに行くぞと言ったのである。これに対してユーノは約束と違うと言ったが、ローは適当にいなしていた。カンナはひたすら苦笑い。
「今回のクエストは単純に白狼を探しだして討伐すればいいというわけじゃない。下調べはしておくべきだ。」
「いや、単純に白狼を討伐すればいいだけだろ。」
「不可解な点がある今回のクエストは慎重に進めるべきだ。」
「ううう。」
こう言われるとユーノは反論できなかった。
三人は取り敢えずまずは町長の家に向かった。活動するという報告を兼ねてのことであった。
町長の家は特別大きいというわけではなく質素な普通の家であった。
「思っていたより小さいな。」
ユーノが正直な感想を言った。ユーノの実家は代々高名な僧侶を生業とする冒険者の一族で結構金持ちで家はそれなりにでかい。そういう人から見るとルナの町の町長の家は地位の割に小さいなと思うのである。
「まぁ、確かにうちの孤児院の方が大きいな。」
「そりゃそうでしょう。」
カンナの実家とも言うべき孤児院は施設なのだからそれなりに大きいに決まっているとローは思った。
「さっ、入るわよ。」
「ういっす。」
「はい。」
ローがインターホンを押した。
すると中から年取ったおばさんが出てきた。
「あら、可愛らしいお客様だこと。」
「私ロー・ウルフと言います。こちらがカンナとユーノです。私たちは冒険者です。今回、白狼の討伐にやって参りました。町長はご在宅ですか?」
「そうなの。ええ、夫ならいまいるわ。」
三人は町長の奥さんに先導され家の中に入った。
中も庶民的な内装であった。
リビングに通された三人の前に町長と思われる男が座っていた。
「あなたたちがクエストを受けてくれた冒険者ですか。」
「そうです。白狼の討伐にやって参りました。」
「そうですか。」
「今日は討伐に先だって気になる点を聞きたくて来ました。」
「不可解な点があると?」
「はい。ギルドにいるモンスターの専門家の話とクエストを受ける際に聞いた話に矛盾というか不可解な点があるのでそこら辺の調査をまずしようと思いまして。」
「そうですか。わかりました。私のわかる範囲のことをお話しましょう。」
ローと町長が話始めた。カンナとユーノは静かにしていることにした。
小一時間ほど聞き取りしたところで三人は町長の家を出た。やはり白狼らしくないということであった。ローは被害者へと話を聞くことにした。カンナとユーノも賛同した。
三人は最後に被害を受けたドーバーさん宅にやって来た。
インターホンを押して出てきたドーバーさんに招かれ家の中に入った。リビングで話を聞くとやはり町長と同様に白狼らしくないということであった。これまで白狼が人里にまで降りてきたことはないし、勿論家畜を襲って来たこともない。みんな困惑しているようだ。白狼はルナの森の主であり、ルナの町の住人にとっては信仰の対象でもあった。それがこちらに危害を加えてきたのである。ショックだったとドーバーさんは言っていた。町の住人たちも今回駆除することが決定される時に結構激しい議論が交わされたようである。魔王軍、魔法文明国家群、科学文明国家群の三つ巴の戦時中にもこんなに混乱したことはないそうである。白狼の駆除決定はルナの町の住人にとって苦渋の決断だったろう。
「らしくないとなると一つの可能性が出てきます。」
「と言いますと?」
神妙な顔でローは言った。
「偽物ということです。」
「本当ですか!?」
ドーバーさんは身を乗り出してローの話しに食いついた。ちょっと興奮気味である。
ローは落ち着き払って答えた。
「その可能性は十分考えられます。」
「そうですか。」
ドーバーさんはうれしそうである。やっぱり、信仰の対象である白狼を駆除せずに済めばこの上なく嬉しいことなのだろう。
「では、まずドーバーさんが白狼を見たところを検分させてください。」
「はい。わかりました。」
「ユーノ、カンナ調査に行くよ。」
「「はーい。」」
「元気があってよろしい。」
「では、こちらです。」
ドーバーを先頭にロー、カンナ、ユーノらは家畜が襲われた家畜小屋に行った。
家畜小屋はすでに綺麗に掃除されていた。
「なぁなぁ、ロー。もう手がかりとかないんじゃないか。」
「物的証拠は見つからないけれど臭いなら。」
ローは獣人族人狼部なので狼のように鼻が利く。 人狼部の嗅覚は警察の捜査に一役買っている。
ローは地面に這いつくばって鼻を利かせた。テレビドラマでよく見る光景であった。しばらくドーバーとユーノ、カンナは見守っていた。
「何かわかりますか?」
「微かに臭いが残ってる。」
「やっぱり、白狼の臭いか?」
「ユーノ。いや、これは狼の臭いじゃない。この臭いは何だろう。嗅いだことがない。」
「少なくとも白狼の臭いではないのですか?」
ドーバーはすがるような顔で尋ねた。心から白狼を退治したくないという気持ちが現れていた。そんな故郷の風景を失うような気持ちをドーバーからは感じさせた。
「うーん。白狼の臭いを嗅いだことがないのでなんとも。でも、狼の臭いではないので、白狼ではない可能性も出てきたと思います。何か白狼の臭いが付いている物ってないですか?」
「そういう物はないなぁ。ルナの町にとっての白狼は遠巻きに畏敬の念を抱く存在だから直接交流があるわけではないんだ。」
「そうなるとやはり白狼に直接接触するしかないかな。生息域とかってわかりますか?」
「そうだなぁ。森の奥に住んでいるから、ルナの泉に行けば遭遇するかもしれんな。」
ルナの泉というのはルナの森に住むモンスターのオアシスである。いつも清らかな水が湧いており、その水を飲めばどんな病気も怪我も治せると言われている。かつてその水を売り出そうと画策した人もいたが、ルナの泉周辺は危険なモンスターも彷徨いているので、割りに合わないと断念した。
そこに行けば白狼が水を飲みに来るかもしれないという。清らかな水を飲みに来る森の主。なんとも神秘的な光景だろうか。カンナはちょっと見てみたいなぁと好奇心をそそられた。一方、ユーノはその泉にやって来る危険なモンスターたちと戦うことになったら楽しいだろうなと思っていた。ローは二人の様子を見て並の大人の冒険者よりもなんて胆の座った冒険者だろうかと思った。
「よし、そこに行ってみるか。」
「はい。」
「あいよ。」
三人はルナの森へと出発した。