森の主 その3
シンヤという男はモンスターの研究のために冒険者になった。職業は書生である。様々なモンスターの調査研究しており、その情報量はスタッド一であろう。
カンナも何度か情報提供してもらったことがある。
ただ、彼はなんというか変り者である。いつも目の下にくまができており、機嫌が悪い。タイミングを誤って声をかけると鋭い眼光で睨まれる。
研究に没頭しており、興味のあるモンスター以外のモンスター討伐には基本的に行かない。誘っても無下に断る。
カンナ、ユーノ、ローの三人はギルドに戻った。
ギルドに着いた頃には外は暗くなり、ギルド内は昼間にクエストをこなして報酬を得た冒険者たちが酒盛りをしていた。
キョロキョロとシンヤを探したが、見当たらなかった。
「今日はもう帰ったかしら。」
「かもしれませんね。」
「どうするのさ。」
三人で考えた結果、明日もう一度ギルドに来てみることになった。
次の日、ギルドに三人は集合していた。
「おはよう。」
「おはようございます。」
「おっす。」
「シンヤは今日来ているかしら。」
ローが言うとカンナとユーノはギルドを見回した。
そこには酔いつぶれて寝ているものもいれば、クエストを受けようとしているものもいる。受付には冒険者ではなく、一般人がクエストの依頼をしていた。掲示板には仲間募集の貼り紙がしてあった。最近は冒険者カードがデジタル化しており、インターネットに繋げて専用アプリを使ってパーティ募集ができる。ちなみにそのアプリでは登録しあえば、メッセージのやり取りができる。カンナはローの登録はしてないので、探し回る羽目になった。
いつもと変わらない光景にカンナは安心感を持った。顔馴染みも何人かいた。彼らに挨拶をしつつギルド内を探して回った。シンヤはアナログ男で最近ようやく論文をパソコンで書くようになった。なので、冒険者カードでアプリを使うことがなく、パーティに誘うには直接会うしかない。
三人が探し回っているとギルドの奥で何やら紙とにらめっこしているシンヤをユーノが発見した。
「おーい、シンヤ!」
ユーノが声をかけながら近づいた。しかし、シンヤは無反応だった。
「おい!シンヤ!無視すんな!」
「うるせえよ。」
ようやく反応したが、機嫌が悪そうだ。
しかし、ユーノはそんなこと気にせず、というより気付かずシンヤの前の席に座った。
「シンヤいたぞ!」
ギルド内に響く声でユーノはローとカンナを呼んだ。すぐに二人はやって来た。カンナとローはああ機嫌悪いなとその顔から感じ取った。
「なんのようだ?俺は忙しいんだ。」
「私から話そう。」
ローが説明することにした。カンナは妥当だろうと思った。ユーノが説明したら上手く伝わらずシンヤは怒り出すだろう。自分が説明したら子供の戯れ言に付き合えんと頭ごなしに言ってくるだろう。その点、ローなら大人だから舐められず、それに経験があり、知識もあるからシンヤの話も理解し、そして、ちゃんとこちらのこともしっかり話してくれるだろう。
カンナはユーノに小声で余計なことは言わず、静にしてようと話した。ユーノは了承してくれた。
そして、ローは話始めた。
「なるほど、白狼の情報が知りたいのか。」
「情報提供してくれたら成功報酬からいくらか分配しよう。」
「わかった。その条件で話そう。そもそも、白狼は突然変異ではないかと言われている。人語を解し、高い倫理観を持っている。そこら辺は人間以上の存在だ。」
「とすると、今回の白狼はらしくないわね。」
「ああ、その点は確かに興味深い。人間と争ったら腕に覚えのある冒険者が派遣されてくるということを知らないはずはない。それに白狼とルナの町の住民は長く共存していたはずだ。それが今になって急に互いの生活圏を脅かすようなことをするのはよくわからん。」
「なるほどね。とするとまずは調査をしなくてはね。」
「そうだな。白狼の様子についてまずはルナの町で聞き込みしてから森の中を探索した方がいいだろうな。」
「ルナの森には人間種が住んでるかしら。」
「いや、あの森はいないな。あの地域は人間と白狼が互いに節度を持って共存しているだけで、エルフとかドワーフとか昆虫人とかは住んでないぞ。」
「中々ややこしそうね。」
「だから俺は行かん。」
「わかったわ。ありがとう。ユーノ、カンナ行くわよ。」
「ありがとなシンヤ!」
「ありがとうございます。」
ユーノもカンナもシンヤにお礼を言った。シンヤはちょっと照れていた。
「もう、用は済んだろ。俺はこれから論文を書かなくてはいけないんだ。」
そう言ってシンヤはギルドから出ていった。
照れ屋だなぁとカンナは思った。
三人で話し合った結果、明日出発することにした。取り敢えず、受付にそのように話すと、明日、ルナの町からトラックで迎えに来てくれるそうだ。これなら半日で行ける。ローを追加メンバーとしてクエストに登録した後、することもないのでその場で解散となった。ローは明日の準備をするとのことである。カンナとユーノは昨日支度したので、町をぶらつくことにした。
カンナとユーノは二人で夕方まで商店街でお菓子食べたり、喫茶店で下らない話に花を咲かせていた。二人とも親元から離れて暮らしていたので、一人暮らしのあるあるで盛り上がった。カンナとユーノは真面目と実直という互いの性格が好きだし、相性が良い。二人は時間を楽しみ一日を過ごした。
「そろそろ帰るか。」
「そうですね。」
空は宵の口。仕事を終えた人々が酒場で騒ぎ始めていた。昼間のクエストを終えた冒険者たちもギルドへと今日の成果を報告しに行っているようだ。
「明日のクエストワクワクするなぁ。」
ユーノはモンスター討伐が好きである。だから、何か焦臭い今回のクエストでも単純に討伐をするのを楽しみとしている。そこら辺カンナからすると羨ましいような呆れるやらである。
「あっ、私はここで。」
「そうか。んじゃあな。」
「明日出発の時間間違えないでくださいね。」
「あいよ。」
二人はそれぞれの帰路に着いた。
次の日の朝、早めに身支度したカンナは一路ギルドへと向かった。愛刀の鯨丸を肩においパンをかじりながらギルドに着くとすでにローがいた。
「ローさん。おはようございます。」
「おはようカンナ。」
人狼部にしては優しいその目つきに安心感を得られた。ローがいれば今日のクエストは楽かもしれないと思ってしまう自分がいた。気を引き締め直したカンナはあることに気づいた。
「ユーノはまだ来てないですか?」
「ああ。」
ローは、頬をかいた。そして、ユーノがさっき来ていたことを話した。
ユーノはローより早く来ていた。しかし、昨晩から興奮して一応寝たらしいが、早く行きたいとテンションが上がり、寝巻きで来たそうだ。そして、ローに指摘され一旦帰ったそうだ。
二人でユーノを待っていると程なくユーノが戻って来た。
「わりいわりい。」
「気をつけてくださいよ。」
「だって、血が騒ぐんだもん。」
「その血は回復に使ってください。」
「大丈夫大丈夫。回復魔法使う前に私がこの槍で一突きよ。」
頼もしいんだが、不安なのだがわからなくなるユーノの発言にカンナは呆れた。そのやりとりを見ていたローはクスッと笑いこう言った。
「あんたたちのグループっていつも楽しそうね。」
「そうですか?」
カンナは?マークが頭上に出た。ユーノはその通りという顔をしていた。
「なんか色んな奴がいるじゃない。戦車乗りとかロケットランチャー使いとか。」
「みんな好い人たちですが、癖があって大変ですよ。」
「単独行動の多い私には羨ましく見えるよ。仲間がいるって楽しいことじゃない。」
「そう言うならローさんも私たちのグループに入ります?」
「考えておくよ。」
まだ、子どもなカンナには何故ローが単独行動を好み、何故羨ましいと言いながら仲間を作らないのかわからなかった。何か退っ引きならない事情でもあるのだろうか。
「なあなあカンナ。」
「何です?」
「朝飯食ってねえから何か食べようぜ。」
「はあ。」
なんとマイペースな人なのだろうかとカンナは呆れた。でも、そこがユーノの良い所であり好きな所である。
「私は朝ごはん食べてきたからジュースでも飲むわ。ローさんはどうします?」
「そうだな。私も朝食は食べてきたからコーヒーでも飲もうかな。」
「あっ!?そういえば迎えのトラックはいつ来るんでしたっけ。」
「9時に来ると言っていたな。まだ、一時間あるからゆっくりしよう。」
「「はーい。」」
カンナとユーノは元気よく返事した。これから遠足に行く先生と生徒という感じである。
三人はカンナのいつもの定位置のテーブルに座った。鯨丸を壁に立て掛けた。ここはギルドの隅なのでばかでかい鯨丸を置いていても人様の迷惑にならないのである。
ユーノは早速から揚げ定食を食べ始めた。朝から油っこいのをよく食えるなぁとカンナは思った。
カンナがローの方に視線を向けるとローは優雅にコーヒーを飲んでいた。これが大人というものかとカンナは思った。なんだかジュースを飲んでいるのが、恥ずかしくなった。でも、まだコーヒーの美味しさはわからない。今はこれでいいのだと自分に言い聞かせた。
ユーノが食べ終えるまで三人は雑談をしながらクエスト前の一時を楽しんだ。
「さて、そろそろ行くか。」
「そうですね。そろそろ迎えのトラック来るでしょうから。」
「よっしゃ、行こう。」
カンナたちは待ち合わせの町の入り口にやって来た。見渡すとトラックが一台止まっていた。多分、あれが迎えのトラックだろう。三人が近づくとトラックから髭をたくわえた初老と思われる男性が降りてきた。その顔はニコニコしていた。
「君たちが冒険者かかい。」
「はい。私の名前はロー。こっちの二人はカンナとユーノです。」
「よろしくお願いいたします。」
「よろしく!」
男は微笑んでいた。なんか孫を見るような目である。カンナとユーノはおそらくこの男の年齢からすれば孫でもおかしくないのだろう。
男がカンナを見るとカンナは愛刀の鯨丸を持っていた。目を丸くしていた。
「大きな剣ですなぁ。」
「これは私の相棒ですから。この町一の剣ですよ。」
「ほほう。それは頼もしい。」
男は大きな大剣を担ぐカンナの怪力に驚きの顔をしていた。まぁ、荒くれものの多い冒険者にもカンナのような人は中々いないだろう。
「じゃあ、出発しましょう。」
三人と男はトラックに乗った。座席にはローが乗り、ユーノとトラックの中に収納できない大きさの大剣を持つカンナは荷台に乗った。
いよいよ冒険に出発であった。