森の主 その2
始まりの町スタッドのギルドに彼女はやって来た。町は昼過ぎ。町の住人は午後の仕事に精を出していた。また、町の住人の子供たちは学校で勉強している頃だろう。
彼女は巨大な剣を肩に載せていた。その大きさは彼女の身長の3倍。彼女は小柄だがそれでも大きい。大人が背負っても大きい大剣である。その大剣の名前は鯨丸という。冒険者に成り立ての頃に手に入れた大切な相棒である。
彼女にいかつい冒険者たちが声をかけてきた。
「おい、カンナ!勉強しなくていいのか?」
彼女の名前はカンナという。11才である。平均的な家庭の子供なら学校に通っている頃である。カンナは学校に通っていない。家庭の事情というやつである。でも、カンナはそんなことは気にしてない。今の冒険者稼業が楽しいのである。
「学校行っても金貰えないからいいよ。」
「そうだな。あんな退屈で窮屈なところ行きたくねえな。」
冒険者たちは大笑いしていた。ここにいる冒険者たちはみんな自分たちが冒険者であることに誇りを持っている。乱暴で子供の教育に悪いと軽蔑する人もいるが、この町の冒険者たちは気にしない。ジョークを交えて笑い飛ばすのである。
カンナは奥のいつもの席に座った。鯨丸は邪魔にならないように立てて置いた。ギルドは天井が高いから大丈夫だが、町の武器屋、道具屋、小さな宿屋では置場所に困る。
まだ、昼食を食べてなかったので、カンナは唐揚げ定食を頼んだ。食事をしているとこっちにやってくる人がいた。すぐに誰だかわかった。ユーノだ。彼女も冒険者である。年はカンナの2つ上である。職業は僧侶である。
「よう、カンナ。」
「お久しぶりです。ユーノさん。」
ユーノは僧侶のイメージとは違い、かなり男前な人である。モンスターと戦う時も前線で戦いたがる。作戦を無視して突進することが多く、一部の冒険者からは敬遠されがちである。
「なんかクエストを受けに来たの?」
「ええ。」
「じゃあ、一緒に受けよう!」
「いいですよ。ユーノさんがいれば安心です。」
「そうでしょそうでしょ。私がモンスターをばったばった倒してやるわ。」
回復呪文での援護してくれたら安心という意味だったのだが、ユーノはそう思わなかったらしい。でも、やる気があるので突っ込まなかった。カンナはお人好しなのである。
「早速、クエストを受けよう!」
「ごはんを食べてからいいですか?」
苦笑いしながらカンナは言った。昼食をまだ終えてなかったのである。
「じゃあ、私も何か食べよう。」
元気一杯なユーノにカンナは微笑ましく思った。なんだかユーノを見ているとホッとする。今日は楽しい冒険が出来そうである。
食事を終えた二人は受付に行った。
「受付のお姉さん。何かいいクエストない?」
「どんなクエストがご希望ですか?」
ユーノはない頭で考えた。しかし、すぐには答えがでなかった。僧侶のイメージとは違いかなりの馬鹿なのである。
ユーノの態度に受付のお姉さんは困ってしまった。いつものことだが、ユーノはあまりにも無鉄砲な上に考えがない。いつも受付のお姉さんが世話しなくてはいけない。
でも、今日は大丈夫だった。カンナが口を挟んだのである。
「大型モンスターの駆除とかがあれば。」
「そうですね。ソードマスターのカンナさんに是非やっていただきたいクエストがあります。」
「ほうなんですか?」
受付のお姉さんは手短にクエストの説明をした。
それは午前中に来たクエストである。町の森に住む白狼を退治してくれというものである。
「白狼ですか。」
「はい。詳しくは町長さんが話してくれるそうです。」
「強いのか?」
ユーノが興味しんしんで会話に加わってきた。
「ええ。腕に自信のある者が良いとのことです。」
「そうか。それならソードマスターのカンナは適任だな。」
「私の実力はまだまだですが、その町の住人が困っているなら力を出しましょう。」
「では、受けてくれるんですか?」
受付のお姉さんが確認する。お姉さんとしてはカンナがやってくれるなら安心であると考えていた。
「はい、お任せください。」
「よし、いっちょやるか。」
今日の冒険が決まった。
二人は道具屋に来ていた。回復薬など必要なアイテムを買いに来たのである。
「すみません。」
「あいよ。」
威勢のいい声を発しながら店の奥から店長が出てきた。
相変わらずでっぷりとした大柄な人である。
「おっ、カンナか。」
「どうもです。」
「よっ。」
「ユーノもいたか。」
「何か余計な者が付いてきたみたいな口振りですね。」
口を尖らせて抗議した。
店長はニコッとした。可愛い孫を見るような目つきであった。
「ははは、プリスト家の問題児なんだからな。また、回復呪文を使わずに突進するつもりだろう。」
「ふふ、私は前線で戦うのが好きですからね。」
「カンナよ。他の奴の方がいいんじゃないか?」
「ははは…。」
「ちょっと、フォローしなさいよ!」
カンナは苦笑いするしかなかった。内心今日の冒険も大変なことになるだろうなと思っていた。
「でっ、何が欲しいんだ?」
「冒険セットを二つ。」
冒険セットとはここの道具屋おすすめの冒険に必要な道具がお手頃価格で買える便利でお得なセットである。この町の冒険者はみんなこのセットを携えて冒険に出るのである。カンナもここの道具屋にはいつも世話になっている。回復薬なんかは他の店より安い。安いのはある冒険者から全部買い取ることを条件に安く仕入れているかららしい。
「はいよ。冒険セットだ。後何かいるか?」
「上回復薬も10個。」
僧侶であるユーノがいるが、彼女は回復呪文を唱えず、突撃するので回復薬も購入しておかないと死に繋がる。大げさのようだが、死にかけたこともあるので、用心して買っておく。
買い物を済ましたカンナとユーノは一旦ギルドに戻った。
注文したオレンジジュースを二人は飲みながらどうするか話し合っていた。
ユーノは早く白狼と勝負したいらしく息巻いていた。
「準備も整ったし早く行こうよ。」
「まあまあ。森の主ともいわれる白狼が相手なんだから生態を把握しましょうよ。」
「なら地元の人に聞こうよ。」
「いや、もっと適任者がいるよ。」
「誰さ?」
「獣人族人狼部のロー・ウルフさんよ。」
この世界には人間以外の人種がいる。彼らは冒険者でなくても魔法が使える。かつては人間と激しく対立していたが、現在は共存している。なので最近は冒険者になる人種もいる。ロー・ウルフも冒険者である。
「そうか。彼女なら狼の特性を知っているか。」
身を乗り出してユーノは食いついた。
「そういうこと。」
「じゃあ、早速探そうよ。」
「うん。」
二人は早速ギルドにいる他の冒険者たちにローを知らないか聞いて回った。しかし、みんな知らなかった。ローは単独行動が多く、カンナ自身もここ最近会ってない。仕方ないのでギルドの職員に聞き込みをした。すると、情報が得られた。
「今の時間なら山で食料調達してるかも。」
ようやく有力な情報が得られた。そういえば人狼部の人たちは主食の肉を狩りで賄うと聞いたことがある。山で狩ったモンスターの肉の方が美味しいらしい。カンナにはよくわからなかったが。ギルドの職員から具体的なおそらくいるであろう山を教えてもらった。以前、ローと軽く話した時に聞いたらしい。
二人は早速話に聞いた山へと向かった。そこはいわゆるのどかな里山と呼ばれる駆け出し冒険者向けのフィールドだった。カンナやユーノもよく来るところである。ここのモンスターは弱く狩るのは楽だから食料調達にはもってこいだろう。
「問題はどこにいるかだよね。」
ユーノはげんなりしていた。
初心者向けと言ってもそれなりに広い。
「あっちにツノナシジカの縄張りがあるからそこにいるかも。」
ようは人狼部がエサにしそうなモンスターの生息域を虱潰しに探すしかないということであった。
二人は色々回った。しかし、お目当てのローには会えなかった。一旦のどかな里山の麓の茶屋に来て相談した。
「こりゃ他の方法で調べるしかないんじゃないか。」
ユーノが言うのはもっともだった。何時会えるかわからない人を探すなら他の方法を選んだ方が良いというのはその通りであろう。カンナもそう考え始めていた。
「こりゃしょうがないか。」
「うん。図書館で調べるとか他にも方法あるよ。」
突撃バカのユーノから図書館という単語が出てきたのに少し驚いたカンナであるが、そうするのが一番早いかと思った。今日はもう日が沈みそうだから明日から町で調べてみようかと思った。その時だった。
「すまないが、お茶を一杯くれ。」
「かしこまりました。」
一人の獣人族がやって来た。肩にはモンスターを担ぎ。
カンナはすぐに気がついた。ロー・ウルフであることに。
その光景にカンナとユーノは跳び跳ねて喜んだ。お宝を見つけた冒険者のように。
「ふーんなるほどね。」
「ですから今回、白狼退治に協力していただけませんか。」
カンナがへりくだって頼むと、ローは腕を組んで考えた。一緒にクエストを受けるのはやぶさかではない。ただ、何故森の主が人間界に害を及ぼすことしたのか。魔王がいたころは森のモンスターたちはかなり好戦的で、主も人間嫌いが多かった。でも、今では共存しているところが多い。そういった疑問があった。森に生きるローにはこのクエストを受けるのは義務のような感じがした。
「うーん。」
カンナとユーノが不安そうな顔でローを見つめた。
「よし。協力しよう。」
「本当ですか!?」
「わーい!」
カンナとユーノはハイタッチしながら喜んだ。
それを見てローは可愛い子達だなと思った。
三人は一旦ギルドまで戻っていた。
「狼は賢いから罠は使えないと思うわ。後は群で行動するし、音もなく忍びよるから常に周囲に気を配らないと。森の中だと狼の方が、分があるから開けたところで戦いたいわね。」
「なるほど。白狼については何か知ってますか?」
「私は専門家じゃないし、同族というわけじゃないからわからないわ。」
「とするとどうすんだ?」
ユーノがそう言うとローは言った。
「シンヤに聞くのが、一番じゃないかな。」