モンスター調査 その5
大きなトラブルもなくバスは順調に目的地マッドスの町に向かっていた。小高い山間から開けた草原地帯へと入った。
出発してから結構な時間が経過していた。カンナがふとアルスに目をやるとアルスは目を覚ましたようである。アルスは伸びをして大きな欠伸をしながら虚ろな目をしていた。
アルスが窓の外を見ると小鳥が飛んでいて平和そのものだった。危険なモンスターが出てくる気配はなかった。
「今回のクエストは危険な目には遭わなそうだね。」
「今のところはですけど。」
「なんか心配の種があるのかいカンナ。」
アルスは能天気な感じで気軽に言った。アルスがこういう楽天的な時は大丈夫だというのが、カンナの経験則ではそうであった。アルスは聡。危険を見抜き対策を練る。危機管理能力の高さはスタッドの町では随一であろう。
「いやだって、このバスのチケットが安かったのはモンスターが出没しているという情報があったからじゃないですか。上級モンスターが出てきたら大変だなと思うんですよ。」
「それなら大丈夫よ。マッドスの町までのモンスターはそんな強いのはいないから。カンナがいれば大丈夫よ。」
「私頼みですか。」
アルスは優しい微笑みを作る。
「リリアだっているし、怪我したら私が治してあげるわ。」
「大丈夫かもですね。」
「自分の強さには自信があるのね。」
?マークを出したカンナにアルスは天然かと思った。カンナは自分の実力がかなり上のランクであるのを無自覚に理解していた。カンナは自分のレベルでぎりぎりクリアできるクエストを多くこなしていた。その分、他の冒険者よりもレベルアップのスピードが早く、早々に上級職であるソードマスターになれたのである。それは孤児院のためという本人は否定するだろうが、立派な志に寄るのである。
後ろの席に座るシンヤとリリアは黙っていた。ちらりとカンナは後ろを見た。それをアルスがカンナの顔を前に向けた。
「どうしたんですか?アルスさん。」
「邪魔しちゃダメよ。」
「おい。」
「カンナはまだわからないのかな。」
「おい。」
「どういことです?」
「ふふ。カンナはまだ色気がないわね。まだ、11才だもんね。」
「おい。」
「まあ、カンナはこれからね。」
「おいと言ってるだろうが!」
シンヤは怒鳴った。まぁ、何度も声をかけてもアルスは無視をするから当然の反応であった。カンナは苦笑いするしかなかった。アルスのシンヤへの挑発はすごい。シンヤが怒るつぼをよく理解している。
「まあまあそんなに怒らないで。はい、お茶。」
「すまん。」
シンヤはチャチャが出したお茶を飲んで心を落ち着かせた。
「では、リリア様との一時を。」
「余計なことを言うな!」
ぽっと頬を染めるリリアに生暖かい視線をよこすチャチャであった。
「シンヤくん。ちゃんとリードしてやりなよ。」
「頑張ってくださいシンヤさん。」
「何のリードだぼけえ!それにカンナ絶対に理解してないだろう!」
「あのうすいませんちょっとうるさいんですけど。」
「すいませんでした。」
取り合えずカンナが謝った。
「ほらシンヤくん。謝りなさい。」
「すいません…って、そもそもお前が!」
「だからうるさいって!」
「すいません。」
こうしてカンナらがわいわいやっているとバスは急停車した。
「おっと。」
バランスを崩したシンヤはリリアにぶつかった。いい香りがした。花のような。
「おっ、シンヤくんはラッキースケベね。」
「ただの事故だよ!おい、リリアも恥ずかしそうにするな。勘違いされるだろうが。」
「ははは。」
アルスが笑っているとカンナは心配そうに外を見た。道路をゼブラホースの群れが通過していた。一旦、バスはゼブラホースが通り過ぎるのを待つため停車した。 ゼブラホースは草食系のモンスターで大人しく安全である。カンナは危険ではないモンスターでひと安心した。
「おかしいな。」
急に真顔になったシンヤにカンナは不思議そうな顔をしていた。こんな大人しいモンスターの群れに何がおかしいのかカンナにはわからなかった。
「何がおかしいのですか?シンヤさん。」
「ゼブラホースは非常に臆病で繊細だ。人類のテリトリーに出てくるなんてほぼない。」
「とすろと何かから逃げてきたかして混乱しているということね。」
「そうだアルス。警戒していた方がいい。」
シンヤにしては珍しく忠告していた。シンヤがそう言うならカンナとしても警戒を強めた方が良いだろうと判断した。リリアとアルスも神経を尖らした。
「ゼブラホースの群を追い回す。一体どんなモンスターでしょうか。」
「カンナの好きな大型モンスターかもね。」
「別に好きというわけでは。」
「違うの?」
「唯、金になるからですよ。」
「大変ね。」
「でも、好きでやってることですから。」
「殊勝なことね。」
カンナたちが窓の外を見ながらゼブラホースを観察していると緊急アナウンスが入った。
「東よりコモノドオオトカゲが襲来。東よりコモノドオオトカゲが襲来。護衛の冒険者たちは迎撃体制に入ってください。繰り返します。東よりコモノドオオトカゲが襲来。護衛の冒険者たちは迎撃体制に入ってください。」
俄にバス内は騒ぎになり始めた。不安そうにしている一般人もいれば、カンナたちのように臨戦態勢に入る冒険者もいた。
護衛の冒険者たちが外に出て展開する。戦士二人に魔法使いと僧侶がそれぞれ一人ずついた。パーティーのバランスはいい。しかし、レベルが低い。このルートは危険なモンスターはほぼ出てこないので駆け出しの安い人件費の冒険者を雇いがちである。そのため一度レベルの高いモンスターに遭遇すると大変である。コモノドオオトカゲは中の上ぐらいのレベルのモンスターである。あの護衛の冒険者たちでは厳しいだろう。そう思ったカンナはみんなに呼び掛けた。
「私たちも手伝おう。」
「そう言うと思ったわカンナ。」
「不肖、この私も参戦しましょう。」
「頑張れ。」
カンナは固まった。この流れでそれを言うのかと思ったのである。流石は空気を読まず我が道を行く者。だから友達が出来ないのだとカンナだけでなく、アルスも思った。リリアは何を考えているかわからない。
「まぁ、シンヤくんならそう言うだろうと思ったけど。一応聞くけど理由は?」
「仕事じゃない。あの護衛の冒険者たちがなんとかしてくれるだろう。命をかけて。」
「シンヤさん酷いですよ。見た感じ装備品もコモノドオオトカゲと戦うのも厳しいですよ。ここは助けてあげましょう。」
「やだ。そんな義理はない。」
「あんたって人は。」
「人でなし。」
「お待ちください。ここは私が出ます。シンヤが出るほどではないですよ。」
「よし、行ってこい。」
「はい。」
そう言うとリリアはバスの外に出た。ほっとけないのでカンナとアルスも出た。シンヤはバス内の座席に座ってのんびりしていた。
「私たちも手伝います。」
「そうか助かるぜ。俺たちだけではちときつい。」
「あなたちの職業はなに?」
このパーティーのリーダーなのか参謀なのかはわからないが、魔法使いがカンナたちの職業を聞いてきた。多分、陣形とか作戦を建てるためであろう。
「私はソードマスターです。」
「私は神官よ。」
「私は死霊使いです。」
「すごいわ。上級職ばかりじゃないの。よし、ソードマスターのあなたはうちのパーティーの前衛である戦士二人と一緒に攻撃に加わって。神官のあなたは私の後ろで傷を負った味方の回復をお願いするわ。死霊使いのあなたは私と一緒に前衛の援護を。」
「はい!」
「わかったわ!」
「了解しました。」
護衛の冒険者と共同戦線を張ることになった。
コモノドオオトカゲは先程言ったようにランクとしては中の上ぐらいである。このモンスターのすごいところは相手が自分より弱いと判断するとどこまでも横柄な態度を取る。逆に強いと判断すると借りてきた猫となる。今回のコモノドオオトカゲは最初に出てきた人間が弱そうだったので、勝てると思い、かなり余裕綽々な態度である。不敵な笑みを浮かべている。ような気がする。そのぐらいコモノドオオトカゲはカンナたちを見くびっていた。
「ギュルルル。」
コモノドオオトカゲが鳴く。
「ありゃりゃ。あのコモノドオオトカゲはこちらを補食したいようね。」
アルスが言う。
「ソードマスターさん。一気に方をつけようぜ。」
「カンナって言います!行きましょう!」
「カンナちゃん。行くぞ!」
戦士二人とカンナはコモノドオオトカゲに飛び掛かった。カンナは今回愛刀の鯨丸は施設に置いてきた。今の得物は片手剣である。いつもより身軽で逆に動きづらい。それでも、カンナは軽快にコモノドオオトカゲの攻撃をかわす。他の戦士二人もレベルが低い割にうまくかわしたり、ガードしたりしている。コモノドオオトカゲの攻撃が大振りであるのも理由だろう。その後方ではリーダー格の魔法使いとリリアが呼び出したアンデッドウィッチがアイスアローを放っていた。コモノドオオトカゲは比較的に暑い地域に棲息しているので寒さに弱い。そのため氷系や水系の攻撃が有効である。しかし、くし刺しにされてもコモノドオオトカゲは倒れなかった。有効とはいえ低級魔法のアイスアローでは威力が低すぎるのだ。コモノドオオトカゲは益々興奮したようで戦士二人に狙いを定めて攻撃していた。始めは何とか回避したり、剣でガードしたりしていたが、次第に攻撃が当たってしまうようになった。
見かねたアルスが叫んだ。
「リリア!スノーストームよ。」
「やはりその手しかないか。了解しました。カンナとそこの戦士二人退いてください。」
「わかったわ!そこのお二方も早く離脱を!」
「わかった。」
「スノーストームを使えるのかよ。」
カンナと戦士二人はコモノドオオトカゲから逃げた。コモノドオオトカゲは何事かと思ったらしくしばし黙考した。それが隙であった。リリアのモンスターであるアンデッドウィッチが呪文を唱えた。
「全ての雪よ氷よ我が調と共に結集せよ。大地を震わす我が魔力より放たれよスノーストーム!」
凄まじい吹雪がコモノドオオトカゲを襲った。スノーストームは氷系の魔法最高峰である。それを喰らったらコモノドオオトカゲ程度では耐えきれない。コモノドオオトカゲは地面に倒れた。カンナたちは勝利した。