モンスター調査 その2
カグヤたちが出ていった後、水を一杯飲み立ち上がった。今日のクエストを選ぼうと考えた。さっき、カグヤたちは大型モンスターの討伐クエストはないと言っていた。なら、今日は採集クエストでもやろうかなとカンナは考えていた。報酬は少ないが、仕方がない。たまには気楽なクエストも悪くないなとも思う。
クエストが貼り出されている掲示板に行くとそれなりに貼ってあった。カグヤたちが言った通り、大型モンスターの討伐クエストはなかった。小型モンスターの駆除クエストや採集クエストが中心である。安い報酬だなぁとカンナは思った。これでは春の花院に入れるお金もあまりない。もうちょっと報酬の良いのはないかと探していると1つのクエストが目に止まった。
ダルブ草原のモンスター調査である。
以前、戦ったマネムシが住んでいたところだ。餌になるモンスターが急減し、腹を空かし食料を求めてルナの森まで来たと言っていた。ローたちは気にすることないというようなことを言っていたが、カンナは引っ掛かっていた。まるで本の気になる部分を繰返し読んでしまうような。気になって仕方がないので、カンナは今日のクエストはこれにしようかと思った。カンナがダルブ草原のモンスター調査のクエストを受けにクエストの受付に行こうとした時だった。シンヤがやって来た。シンヤは白狼討伐のクエストの時に白狼について情報をもらった人だ。かなり気難しく友達がいない。本人は友達はいらないと言っていたが、たまにギルドで一人で食事しているのを見ると心が締め付けられる。なんか寂しそうなのである。
「シンヤさん、お久しぶりです。」
「ああ。」
相変わらず無愛想で目の下にくまが出来ている。昨日も徹夜で研究していたのかな。シンヤはモンスター研究に精を出して食事もトイレも忘れて没頭してしまうところがある。そのうち研究しながら死ぬんじゃないかと心配になる。研究の虫といったところだろうか。モンスターの情報を提供してもらうなど世話になっているので、今度食事を奢ってあげようかなとカンナは考えていた。
シンヤもカンナが見つけたダルブ草原のモンスター調査のクエストの貼紙を凝視していた。興味があるのだろうか。眉間に皺を寄せ、何か怒ってるのだろうかと感じさせる顔だった。
「シンヤさんはこのクエストに興味があるのですか?」
カンナは睨まれると思いつい身構えた。余計に切れられると覚悟したが、シンヤは変わらず掲示板の貼紙にじっと見ていた。シンヤが無反応なので、これ以上近くにいると不愉快な顔をされそうなので、一旦離れることにした。
ところが、掲示板から離れようとするとシンヤが目付きの悪い顔でカンナに声をかけてきた。
「おい、クエストを手伝え!」
「どんなクエストですか?」
「お前もさっき見てたろ。」
「まぁ、そうですけど。」
シンヤに捕まっちまったとカンナは思った。でも、よくモンスターの情報面で世話になってるし、手伝うのはやぶさかでもない。
「どうせクエスト探してたんだろ。そんな危険なクエストでもないし、手伝え!」
「まぁ、それは構いませんけど。」
「なら決まりだな。」
そう言ってシンヤは貼紙を受付に持って行こうとした。
「あっでも待ってください。」
「なんだよ。」
「後、二人ほど仲間を募りませんか?」
それを言われるとシンヤは露骨に嫌そうな顔をした。顰め面というやつだ。
「まあまあ、そういやがらず。仲間がいたほうが、モンスターに対応しやすいですし、何よりほら雑用係がいたほうが楽じゃないですか。」
ようはカンナ一人だと雑務をシンヤから押し付けられて苦労しそうだからであった。だから仲間を集めようと思ったのである。
「そうだな。二人だけでは調査範囲に限界があるしな。荷物や収集物の運搬もあるしな。」
シンヤも賛同した。早速、受付に頼んで募集を始めた。しかし、一向に人が来なかった。みんなシンヤの募集だから敬遠しているのである。気難しくて自分のやりたいクエストしかしない。そんな面倒なやつに好き好んで仲間に入れてくれと来るやつはいない。いつもギルドでも一人で食事をしている。それがその証左であった。
「くそ、中々人が来ないな。」
シンヤはどんどん機嫌が悪くなった。カンナからしてみればそんな風だから人が寄って来ないんだよと思う。
「募集要項には何を書いたんですか?」
「上級職に限ると書いといた。足手まといはいらん。」
カンナは心の底から溜め息をした。
「そりゃ来ませんよ。」
カンナたちのいるスタッドの町は初級者が多い。始まりの町と言われているくらいだ。そんな町のギルドに上級職の冒険者などほとんどいないし、いたとしても大した金にならず、時間を浪費するモンスター調査のクエストなどやりたがる物好きなどいない。
カンナの指摘にシンヤは顔をしかめた。何故かわからないという顔だ。モンスターの知識は下手な専門家よりも詳しいのに常識的な思考というものは欠けているようだ。まぁ、そこがシンヤの面白いところでもある。
「ふん。もう少し待ってみよう。」
「そうですね。もう少し粘ってみましょう。」
そこからさらに一時間ほど待ったが、人は来なかった。
「もう二人で行くぞ。」
「うーん。」
このままでは苦労することになる。どうしようかと頭を巡らせているとふと思い付いた。
「何か特典になるようなことを追加したらどうでしょう。」
「そんなんで来るのか?」
「来ます来ます。冒険者は美味しい話に食いつきますよ。」
「そうか。なら何を特典にするんだ?」
「そうですねぇ。」
二人は頭を働かせて何かいい特典はないか思案した。
「何か宝物とかあれば。」
「うーん。宝物か。ダルブ草原には何か魔術的なことの研究をしていた形跡のある遺跡があるが。」
シンヤの言葉にカンナは食いついた。
「それですよ!遺跡の宝物を好きなだけ持って帰っていいという条件を付けるんですよ。」
「そうかそれならやってもいいという奴が出てくるな。」
早速、シンヤは受付に募集要項の一部の書き換えをしに行った。
カンナがシンヤを待っていると一人の少女がやって来た。
「ふふふ、かつて世界を震撼させた魔王軍。その闇の残滓であるダルブ草原の遺跡で宝探しをするパーティーはここかな。」
「あっどうもアルスさん。」
「もう乗ってくれよう。」
「アルスさんのノリについていくと話が進みませんから。」
アルスを軽くあしらうカンナ。慣れたものである。アルスはカンナより4つ上で、職業は神官である。回復呪文が得意で、スタッドの町で彼女の回復呪文に並ぶ冒険者はいないとされる。戦闘力はほぼないが、その魔力は頼りになる。
「アルスさんはこのクエストに参加するつもりですか?」
「そりゃもちろん。ダルブ草原の遺跡はまだ探索途中らしいから宝物があるかもしれないからね。」
「相変わらず財宝に目がないですね。」
「ふふふ、世の中金だからね。」
「アルスさんらしいです。」
「まぁ、あたしはいつも通りというか平常運転だけどカンナは珍しいわね。大型モンスターの討伐じゃなくて探索クエストをやるなんて。」
そう言われるとカンナは頭をかき言った。
「今日はたまたまなくてですね。たまたまシンヤさんにダルブ草原のモンスター調査のクエストに誘われまして。」
「よくあんな偏屈とクエスト受けようと思ったわね。」
「シンヤさんにはモンスターの情報提供で世話になっているので、そのお返しができたらなと思ったんです。それに孤児院の支援のために少しでも稼がないと。」
「律儀だし真面目ね。」
「性分です。」
「もう、可愛い子ね。」
「いえいえ。」
「家に持ち帰りたいわ。」
「きもいです。」
「あちゃー嫌われたわ。」
アルスはそう言うと顔に手をやり、あちゃーというジェスチャーをした。
相変わらずアルスは面白い人だと思った。アルスのジョークは嫌みがない。すごく透き通った川の水のように濁ったものを感じさせない。アルスと話していると何か温かい気持ちに包まれるような感じがする。アルスと話すのは幸せで楽しいこととカンナは思っていた。
アルスとカンナが向き合って談笑しているとシンヤが戻ってきた。シンヤに気づいたアルスは大袈裟に手を振った。わざと。それをシンヤは露骨に嫌そうな顔をした。アルスはシンヤの嫌がることがよくわかっている。
「今のはジョークとしておこう。」
シンヤはやって来るとそう言った。流石、アルスである。シンヤの怒りの沸点をよくわかっている。カンナにはそれが大人の会話のように思えた。自分もいつか洒落た会話が出来たらなぁと感じさせた。
「しかし、来たのがお前か。」
シンヤは仰仰しく溜め息した。嫌みである。
「お前とは何よ。協力してやろうと思ったのに。」
「ふん。足を引っ張るなよ。」
「それはこっちのセリフよ。書生なんて貧弱そうな職業のくせに。」
「お二人とも落ち着いてください。」
ケンカになったら大変とカンナが割って入った。そして、ふたりに諭した。
「シンヤさん。アルスさんは神官という上位職業です。回復呪文でアルスさんの横に出れるのはこのスタッドの町にはいません。とても貴重な存在で、冒険中の回復の心配はいらなくなります。それにアルスさん。シンヤさんは貧弱じゃないです。強力な様々な呪文が使えます。そして、私はソードマスターです。前衛は任してください。とてもバランスのいいパーティーですよ。」
カンナの真面目な訴えにアルスは笑った。どうやら冗談だったようだ。安心したカンナはシンヤの方も見るとシンヤは苦虫を噛み潰した顔をしていた。本気だったのかとカンナは思った。
「今日はこのパーティーで行くの?」
「そうだな。さっきカンナが言った通りバランスがいいし、ダルブ草原はここから少し離れているから準備もしたい。」
「そうですね。」
「この面子でいいか。」
三人が同意した。その時である。カンナはシンヤの後ろに少女が立っていることに気づいた。カンナの視線にシンヤは首を傾けその視線の先、自分の後ろを見た。目の前に少女が無表情で立っていた。
「びっびっびっくりした。」
シンヤが本気で驚いていた。
アルスはすぐに誰か気づいた。
「あらリリアじゃない。」
四人目の仲間がパーティーに入った。