012▼『夕方に愛妻っぽく家事をやってみる』
◆◆◆場所:『夕方に愛妻っぽく家事をやってみる』……語り手:『セミロング』
「うわっ! い、いきなり『やさ男(お兄ちゃん)』のコップの取っ手が?(も)げて、転がって、落ちて、割れて、粉々になっちゃったょ! やっちゃった、盛大にやっちゃった。――いや、これは私のせいじゃなぃ。きっと、『やさ男(お兄ちゃん)』の身に何か危険なことが起こっているに違いなぃ」
そんなことを言いながら、散らばったガラス破片を拾ってるセミロングのコは冷蔵庫に映る私の姿だったりする。
うん、困った。やっぱり慣れない家事なんてしないほうがよかったかな……。お世話になりっぱなしってのアレだから、掃除、洗濯やって、晩御飯作って恩返しと行きたかったんだけど、上手く行かないゃ。……切ることと、剥ぐことは、すっごく上手く行くんだけど。
――味付けが壊滅的過ぎるかも。
砂糖と塩の加減ってどうやったらいいんだろう? 塩入れすぎたら、砂糖入れたらなんとかなるよね、きっと。
……むぅ、思えば、家事の手伝いするのって何年ぶりだろう。お母さんと台所にいたのはもう、小さ過ぎたからさっぱり、覚えてないょ。
「あぅ。またマイナスなこと考えてるな……」
ダメだ。ダメだ。
マイナスなこと考える私は昨日でさよならだ。
今日からは新しい私として頑張ろう。
――というわけで、コップは謝って許してもらおう。なんというか『再起不能(ご臨終)』だし。
料理もじっくり覚えていけばいいよね。好きなだけ居ていいって言ってたし、毎日ゴハン作ってあげよう。お弁当も作ろう。お金が必要ならバイトでもして、手伝えばいいかもしれなぃ。
「うん、私はなんとかできる。死ななければ、きっと、何でも上手く行くはずだょ」
思えば力になる。
それが当然と思えば、それができるようになる。
人ってそういうもんだ、『笑えば笑えるようなことになる』って『やさ男(お兄ちゃん)』が言ってた。
私も、そう思おう。きっと、そうだよ。きっと――。
【えぇ、こちら現場の丸々丸です】
テレビの声がふと、耳に入ってきた。
そういえば、聞きながら、家事をやってたんだっけ。
【こちら蝠山市にある蝠山大学近辺の『カラオケボックス』です。事件現場は、例の如く血の海で関係者以外の立ち入りが禁止されています】
「あそこは……」
また既視感。
私の学習能力の無さが、どこで見たかはっきりしない景色を、見たことあるように思わせる。
――きっと、キノセイで、きっと思い違い。
家出して、いろんなところを彷徨ってから、見たことあると勘違いしてるだけ。
【今回の殺人も全国的に流行するバラバラ殺人事件として、捜査をしていくべく対策本部が――】
いやなニュース。
いや過ぎて、いや過ぎて、聞きたくないニュース。
朝は、『やさ男(お兄ちゃん)』がいたから、よかったけど、一人で聞くには耐えられないニュースだ。
「また、いやなことを思い出しちゃぅ」
身体がまた震えた。
両肩を抱いて床にしゃがみ込むけど、止まらない。
止まらない止まらない――。
「ただいまー」
声?
女の人の声だった。
聞いたことのない声だった。
――『やさ男(お兄ちゃん)』じゃなくって、一体誰が?
もしかして、『やさ男(お兄ちゃん)』って誰かと住んでたの?
――いや、そんなはずはなぃ。そんな雰囲気ないと思う。
じゃあ、誰が今この部屋に……。
――私は、恐る恐る後ろを振り向いた。『黒のシザーバック』を大事に抱えながら。
「ぎゃふっ」
振り返った瞬間、思いっきり掴まれた。
そして、そのまま思いっきり絞められた。
苦しくて、苦しくて、羽交い絞めで何も見えなくて。
何が何だかわからなくて、私の手が腰のバックへ――。
「お姉ちゃんのお帰りだよ! 我が妹よ。会いたかった! 会いたかったぞ!」
「って、『ショートヘア(お姉ちゃん)』!」
「そうだ、お姉ちゃんだ。私のことをお姉ちゃんっと言ってくれたね! 姉さん嬉しい!」
やたらと、ハイテンションで『ショートヘア(お姉ちゃん)』が騒いでます。
ごめん、嬉しいけど、ちょっと苦しいかも。
「あの後、めっちゃ探したんだからね! ホント探してたんだからね! 心配したんだから! たぶん、小説とかじゃ『感嘆符連打』してるぐらいに私は嬉しいよ! 『感嘆符連打』で稚拙表現って言われてもね、私は『幼稚(原始)な感動』をここにあらわすよ!」
《えぇぃ、この心配かけやがって》と、『ショートヘア(お姉ちゃん)』に本気で締められました。
これが世に聞く『鯖折り』だったのかもしれません。――うん、私死ぬかも。
嬉しすぎて、死ぬかもしれない。
だって、『ショートヘア(お姉ちゃん)』の声が――。すっごく……。
「そういうわけで、悪いな。『ショートヘア(お姉ちゃん)』がしつこすぎて、連れてきちまった」
《下手にはぐらかすと都市伝説にされるんでな》と、『やさ男(お兄ちゃん)』が、皮肉を言ってます。
「ううん、大丈夫。大丈夫だょ」
なんだかんだで、この二人はいいコンビだと思う。
すっごく、すごく暖かい。
――いつの間にか、私の手は『シザーバック』から離れていた。
その代わりに『ショートヘア(お姉ちゃん)』の身体を『ぎゅっ』と、抱きしめていた。
――気づけば、身体の震えは止まってた。