009▼分冊9▼殺人に至るメカニズム◆男女の本能と葛藤
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◆◆◆場所:『液飛沫が滴る密室で』……語り手:『セミロング』
「――消えなぃ。いくらやっても、消えなぃ。――なんどやっても、消えなぃ。なんで、なんでなの。消えないょ。あのニオイが、私の身体から消えなぃ。――全然、消えなぃ。あの肉の感触が、いつまでも、ずっと、ずっと、私の身体から離れない……ッ!」
《ざー》という音。――これは、シャワーの音だ。
《ぽたぽた》という雫。――これは、浴槽に落ちる水滴の音だ。
《もやもや》と曇った鏡。――そこに映る濡れたセミロングの髪から雫を落としいるのは私だ。
「私がいる。泣いてる、苦しい顔した私がいる……」
生きている私がいる。
こんなになってもまだ生きてる私がいる。あんなになって、あんなことになったのに。なってしまったのに。――私はやっぱり生きている。
望んでるけど、あんなことは望んでない。生きたいって望んだけど、こんな生き方は望んでない。
なんで、なんで。何度も、なんでも、何回も、何回も、あんな目に遭わないといけないの。
「わかんないよ。わかんない。何度言っても、何度考えても、『既視感』だよ。ずっと、ずっとずっと、ずっとニオイが取れない。肉の感触が私の身体から離れない。私の心から離れない! 堂々巡りでッ! 繰り返しの堂々巡りだょ!」
叫んでるのに、叫んだのに。
私の唇はただ、ただ震えて、嗚咽を漏らすだけ。
『ひぐっ』、『ひぎっ』、『うぐっ』って泣き声を漏らすだけ――。
あの感触が、ほんのり膨らんだ胸を流れてく。あの液体が大事な部分に流れてく。脚を伝って、足下へと流れてく。
もう、おかしくなりそうだょ。
気が狂いそうだょ。こんなのイヤだょ。
なんで、なんで、こんなになってるのに、ずっと私の頭は動いてるんだょ。学習能力の無い、馬鹿な脳みそが、ずっとずっと、同じ映像を見せている。
あの『既視感』を、何度も、何度も、何度も。あの眼で、私を――。
――誰か、私に教えてください。
どうやったら、この苦しみがなくなるんですか?
――やっぱり、やらないとダメですか?
◆◆◆場所:『血肉沸き踊る六畳』……語り手:『やさ男』
「――いっしょに寝よ」
そのコは、そう言った。
風呂から上がった『セミロング』がそう言った。
《どうしたらいいか、わからない》という『甲斐性なし(やさ男)』の姿が、彼女の黒い瞳に映っていた。
――そう。それは、困惑する俺だった。
「いや、俺は……こっちで寝るから」
と、答えればいいのに。
熱に浮かされたように、彼女の言葉に従ってしまう。『女子高生』にしか見えない彼女の言葉に従ってしまった。
――そして、今、『セミロング』が俺の横に寝ている。
彼女は、大事そうにお気に入りの『黒いシザーバック』を抱き枕代わりに横にいる。
抱きしめてしまえば、折れてしまいそうな小柄な矮躯が、壁のほうを向いて寝ている。俺は、壁と彼女を挟むようにその隣に寝ていた。
『セミロング』の甘い香り。少女から大人へと変わる期間だけに薫、『瑞々(みずみず)しい媚薬』。
それが、俺の鼻腔をくすぐり、『男の本能』を呼び覚ます。
『甲斐性なし』と言われる、『俺の凶暴性』を呼び覚ます。
久しぶりにあった『セミロング』の悲愴な表情を呼び覚ます。
――まるで、『宗教裁判』で『異端審問』にかけられた無実の『ジャンヌ・ダルク(戦乙女)』のように。信じてたモノに裏切られたように、彼女は泣いていた。
年端もいかない、俺より五歳ぐらいは若そうな『少女(彼女)』が涙を流してた。
「世界の全てに裏切られたんです」
そう言っていた。
いや、そう言ったように感じただけかもしれない。
その赤い唇(割れ目)を噤んだまま、声も漏らさず。――ただ、赤い涙を流していた。
一体、どんなことが起これば、あんな表情になるのか俺はわからない。
もし、『ショートヘア(バカ)』だったら、いつもの演説で乗り切ることができるのだろうか。
もし、『白眼鏡(鬼畜)』だったら、いつもの科学で乗り切ることができるのだろうか。
でも、『甲斐性なし』の俺には、何もできない。ただ、側にいて、一緒に寝てやることだけだ。浸るように、魅せられるように、ただ、この『展開(情況)』に流されるしかできない。
――『フツー』じゃないから?
『フツー』であるなら……。
『フツー』ならこんなときどうすればいいんだ?
【殺人思考】って言われるような、俺が『セミロング』をどうできる?
どうしたらいい? そんなの。そんなのは――。
「……『やさ男(お兄ちゃん)』は、なんで私に触れないの?」
小さな呟き。
呻くような、責めるような、押し殺すような声がした。
それは、背を向ける『セミロング』の声で。
「それは――」
どう言えば、いい?
どうすれば、いい? この『女子高生(少女)』になんて答えれば、いい?
「――他の人は、私に触れてきたよ? だけど、なんで――」
俺は触れないのか?
この少女に、全く触れていないのか。それは身体のことか?
――それとも彼女の心のことか?
『甲斐性なし』の俺は何も答えることができず、ただ黙ってしまう。
「『やさ男(お兄ちゃん)』――」
彼女は寝返りを打つと、そう言った。
俺のほうに向きを変えると、彼女の特徴的な『セミロング(髪の毛)』が、『ぱさっ』と音を立て、さらに『淫靡な媚薬』を撒き散らす。
――そして、俺の瞳を見つめてみた。
妖艶な潤んだ瞳で。『女子高生(少女)』でなく。――『幼女(妖女)』の瞳で、俺を惑わす。
テレビで見たことあるような、とびっきりの可愛さで――。
いや、どんな芸能人よりも、どんな女優よりも、どんな歴史の人物よりも、情欲をそそる官能のカタマリ。
俺の心は乱れ、俺の心臓は早鐘を打ち、俺の血液は滾り、俺の愚息がいきり立つ。
雌に言われて、ここまでされて黙っているのか? よく知らない『売女』に言われて何もしないのか? 俺の雄の本能が告げてくる。
《女子高生(少女)だからなんだ?》
《ただの肉便器(女)だろ?》
《お前は犯りたいんだろ?》
《この肉壷(女)にお前の性欲を吐き出したいんだろ?》
《何を恐がってる?》、《何を怖れてる?》
《ただの、肉(女)に操を立てる必要なんてないだろう?》
《このがたがた震える子羊の混濁(理性)を止めてやれ》
《代わりに白濁(本能)で満たしてやれよ》
《それが男雄の存在だろ》
《雌豚を犯せ(やれ)!》
《常識(理性)を壊せ(やれ)!》
《本能(性欲)で、犯しつくして殺って犯れ!》
《――それが『フツー』ってことだろう?》
《なぁ、そうだろ?》
《――自分を異常と思ってる『偽善者』くん?》
「――ひっ」
彼女の身体が震えた。
彼女の身体が強張った。
――それは俺が触れたからだ。
「――ぅ』
彼女の自慢の『髪の毛』に俺の右手で触れて、触れて、触って。
思いっきり、思いっきり、俺の理性と本能を織り交ぜて、想いのタケを解き放つ。胸に秘めていた全てを解き放つ。
触れて、触れて、触れて、触れぬいた。――これ以上ないというぐらい激しく激しく、ただ激しい、今までの人生の中で、今、初めてするこの行為に全精力をたくして、触れた。
――そして、どうしようもない『俺の口(分身)』が『セミロング』に全てを告げた。
「『女子高生がヘンなこと言ってんじゃないっての! ドキドキしちまったらどうしてくれんだよ? べ、別に欲情なんかしてないからな! 俺は『幼女趣味』じゃねぇ! 俺は『フツー』で、全然フツーだからこうやって頭を撫でてやって、『添い寝』してやるぐらいしかできねぇ!」
「――」
『セミロング』が押し黙る。
声を上げずに、ただあきれているように、黙ってる。
そんなことお構いなしに、『KY(空気読めない)』俺は、『セミロング』の髪を『ガシガシ』と触る。
「――それに、そういうことはだな。『もう少し大人になってから』、どうしても、どうしても好きで好きでたまらない、おかしくなってしまうぐらいに好きで好きでどうしようもないヤツとやるもんだ! そのときまで、大事に大事に取っておけ!」
『セミロング』は黙ってる。
俺の声を聞いてるのかもしれないし、寝ているのかもしれない。
だけど、俺は『KY』だから、こうやって続けるしかないんだ。
「――お前は、家出した勢い(ノリ)で、『ついやっちゃおう』って思ってるだけだ。落ち着いたら、少し時間が経って落ち着いたらな、きっと、色々わかるようになる。――そしたら、お前の居場所(大事なもの)ってのが見つかるぜ、きっと!」
『セミロング』は黙ったままだ。
きっと、俺のバカさ加減に飽き飽きしてるんだろう。きっと、他のコトを考えてるんだろう。
だけど、俺は『甲斐性なし』だから、もう一言だけ告げた。
「――だから、落ち着くまでなら一緒にいてやる。――お前の気の済むまで側にいてやるよ」
そう。俺ができるのはそれだけだ。
『殺りたいのに犯れない』、『甲斐性なし』で、『どうしようもない俺』にはそれしかできない。
そんなどうしようもない俺を、彼女の半月のような潤んだ瞳が覗き込んだ。
「――痛いょ」
あぁ、痛い。
実に痛い。いくらでも詰ってくれ。そうしてくれたらいい。
痛々しい俺を、痛々しい彼女が好きなだけ、そうすればいい。
「――痛くて痛くて、痛すぎるょ。こんなに、私を触わられたのは、初めてだょ……」
彼女はそう呟くと、泣いた。
自慢のセミロングに顔を埋めて、ただ泣いた。
もう、『何がわからないかわからないってぐらい』、『比喩できないぐらい』に、ただ泣いていた。
「――」
俺は、そんな彼女を抱いていた。
ただ、ただ、無言で。
―ただ、ただ、強く、強く。
腕の中で、泣き続ける彼女を抱きしめていた。
――月の雫のように透き通った涙を流す、『セミロング(少女)』を抱き続けた。