二 桃と隙間
ピピピピッピピピピッ
・・・ああもうこんな時間なの。起きないと。よっこらしょっと。えっと手鏡手鏡・・・あったあった。よし、寝癖も直ったし、帽子もいい感じね。そう言いながらお気に入りの帽子をかぶる。私の名前は比那名居天子、天人よ。天界が退屈過ぎて幻想郷に喧嘩を売ったのをきっかけに幻想郷に世話になっているわ。あ、桃がトレードマークのこの帽子は私の宝物。ちゃんとケアもしてるんだからっ!そんな事を思いながら朝食を作る。・・・あら?なんか外が騒がしいわね。ご飯の前に運動がてら見に行って見ようかしら。何が起きたのかを想像しつつ、外に足を踏み出した。
大勢の天人達が雲の切れ間から下を覗いている。何があったのよ?と聞くとみんな揃って「バケモノがいる」の一点張り。なんなのよ、バケモノって?好奇心のままに、私は人混みの中をわけ入った。やっとの事で下の見える所まで来た私は、そのまま下界を見る。
・・・なにこれ?!変な目玉みたいなのが人里襲ってるじゃない!あ、私のお気に入りのお店に攻撃していやがるわね?!なんて酷い奴らなのかしら?・・・あ、霊夢に魔理沙、それに白玉楼の所の剣士。あの目玉と戦っているのかしら?あっちには寺子屋の先生と竹林の人か。あれ・・・。と思わず呟く。こんな事があったら普段ならいつもの馬鹿な妖怪達が暴れながら人里を守ると決まっている。それなのに誰も戦ってない。戦ってないどころか野良妖怪の姿さえ見えない。嘘、と思わず顔をこれは唯の異変じゃない。こう、私の第六感が告げていた。兎にも角にも何があったのか確かめないと。頭より手を動かせ。そう思った時には私は既に降下を始めていた。風と一体となり宙を舞う私はメリッサの葉の如くふわりふわりとしていた。雲の下の大地が見える。薄汚くて、野蛮で、だけど暖かい所。私はなんだかんだここが好きなようだ。人里に着くと、私は早速辺りを見回す。怯えながら逃げる人や泣いている子供達。しかし、その中に妖怪の姿は無かった。とりあえず、子供達の安全が大切ね。そう思い子供達の方に駆け寄っていった。
大丈夫?と声を掛ける。子供達は
「小傘が・・・。」と泣きべそをかきながら私の方を見てきた。小傘、あの化け傘の付喪神の子か。
「その子がどうしたの?良かったら教えてくれる?」
そう言うと子供達は後ろを指差す。私がそちらに目を向けると、そこには多々良小傘の姿があった。さては、死んだふりで驚かそうって魂胆ね。だったら素直に言ってやりますか。
「あんた、どうしたの?死んだふりしてもびっくりしないから。ねえ?小ちゃい子供達が心配してますよー。」
と声を掛ける。しかし反応がない。
何度かやって見たが全く反応がない。本当に死んでいるのではないかと思い、思わず胸を触ると、トクントクンとかすかに心臓の鼓動が伝わってきた。何が起きているのよ、と私は声をあげる。変な目玉が人里を襲っているのと、妖怪が目を覚まさない。何の関連もないじゃないと私は頭を抱えた。と、その時後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あら、こんな非常事態の時に珍しいお客さんね。さっさと戻ってくれて良くて?」
ああ、出やがったな八雲紫。幻想郷の管理者だがなんだか知らないけど、とりあえず鬱陶しい奴。私とは犬猿の仲。そんな奴にあった私は腹の虫の居どころが悪くなった。
「何よ?また茶化しに来たの?」
「貴女、どうせ上から状況は見ていたわよね?」
「だったらどうしたの?美しく残酷にこの世から往って欲しいんじゃ無かったかしら?」
そういうと急に紫の目つきが変わる。「よく聞いて。真面目な話よ。」
私は何かを感じ彼女の方を見る。相当な何かがあったと考えるべきね。
「この場所の・・・いや、幻想郷の危機なの。ユウゲンマガンが人里を襲い、人里は崩壊。更には、正体不明の細菌までばら撒かれたわ。今小傘が起きないのも、町に妖怪が居なかったのも全部それのせい。その細菌はどうやら全ての生きる者を植物状態にするわ。幸いなことにヒトのDNAが抗体になっているようだけれど。とにかく、このままだと幻想郷が滅びるわ。ユウゲンマガンと黒幕の退治に協力して。」
そう言うと紫は頭を下げた。この私に頭を下げるなんてと私は驚いた。そして、覚悟を決めた。
「貴女が私に頭を下げる。貴女らしくないんじゃなくて?そんな奴に往ねって言われてもね、なんだか気持ち悪いわ。気持ち悪いのなんて嫌だし、原因を潰すしかないわよね?」
そう言うとまた紫が頭をもう一度下げて「ありがとう」と一言。なんか、カッコつけすぎたみたいね。そう思いながら横を向くと「原因」がこちらをギロリと睨みつけていた。
「紫、子供達はスキマにでも逃したわよね?」
「勿論よ。これで心置きなく戦えるわね。」
滴る汗がゴングを鳴らす。戦いの火蓋は今、切り落とされた。
to be continued