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それは現のイストリア  作者: 御乃咲 司
一章 GOD-残灯のイグジステンス
11/55

09.天下無敵を掲げし桃の旗


 流し雛が無事に終わったその日の夜、旅館である桃幻鏡の大広間はいつになく騒がしい空気に包まれていた。

 役目を終えたロウたちには御馳走が振る舞われ、舞妓たちによる舞い奏を堪能しながら、今日一日の疲れを癒やしている。

 トウカは全員をもてなすつもりだったようだが、生憎とここに残ったのは数人だけだ。

 

 クローフィとリコスは夢見桜まで一緒に来た者がいるらしく、先にその人を向かえに行ったムメイと一緒に月国へと戻った。

 その際、月の使徒の役目があるからと、リン、オトネ、スキア、アフティ、ツキノ、シラユキ、モミジの七人も半ば強制的に連行されたのは言うまでもない。

 リンとオトネは温泉を楽しみにしていたらしく、スキアは豪勢な夕食を、ツキノたちはロウと離れることを惜しみ駄々をこねていたが、上官である二人の静かな怒声に敢えなく沈黙。

 苦笑するアフティの傍ら、遠征が多いため休暇も纏めてとれるシャオクだけは、どこか愉悦に浸るような笑みを浮かべていた。


 そしてブリジット、フォルティス、ロザリーも屋敷が心配だからと、彼女たちと共に一足先に帰ることにしたようだ。

 

 残ったのはロウ、シンカ、リアン、セリス、シャオクの五人だけだが、ならばどうしてこうも騒がしくなるのかと言えば、原因は一人の男にあった。


「なぁぁぁぁ!? 俺の鹿ぁぁぁぁ!」


 頭を抱え、悲痛な声を漏らしたのはセリス。

 

「これで私の勝ちは決定のようだな」


 見事、猪鹿蝶を手元に引き寄せたシャオクは自身の勝利を確信し、口許を僅かににやけさせている。だが――


「甘い、です? 甘々……ですね」

「いったれ、スモモ! でありんす」


 コモモの声援を受けたスモモは引いた札を表に返し、どこか誇らしげに畳みの上に菊盃を叩き付けた。揃いし札は月花見酒……そして――


「……ぐっ」 

 

 スモモの役を阻止しようと、次の手番で同じ札を狙っていたリアンの顔が僅かに歪み、ここで勝敗は決した。


 そう、温泉を堪能し夕餉を済ませ、旅館の浴衣を着た五人が興じていたのは、花札と呼ばれるものだ。

 一組四十八枚に十二ヶ月折々の花が四枚ずつに書き込まれており、その札を組み合わせることで役をつくる遊戯である。

 ただここ夢見桜では普通の遊び方とは異なっており、参加料を支払った後、一巡ごとに掛け金を増やしていくことができるのだ。途中で下りることもできるが、当然その場合は張った金銭は戻って来ない。

 賭け事といっても、参加料や一度に上乗せできる上限額は予めその時折によって自分たちで決めるという、お遊び的なものではあるのだが。


「またあちきらの勝ちでありんすね。これは頂きでありんす」

「…………」

 

 笑みを浮かべたコモモに銅貨を回収されるがまま、セリスは完全に光を失った瞳で天井を仰いでいた。口から魂のようなものが飛び出しているような気もするが、実際にそんなことありはしないので大丈夫だろう。


「大丈夫……です? 大丈夫じゃなさそう、です」

「心配ないでありんすよ。心がへし折れて、現世から逃避しようとしてるだけでありんす。敗者を労るなら、今はそっとしといてあげる方がいいでありんすよ」


 スモモが心配そうに首を傾げているものの、今し方セリスに止めを刺したのは紛う事なき彼女自身である。

 だが、勝負の世界とは非情であり、勝者と敗者は並び立てないものなのだ。


 しかしそれでも、男にだって譲れないものはある。そう、あるのだ。


「ちびっ子にコケにされて終わる男じゃねぇぜ! 男は格好付ける生き物なんだよ! そうだ、泣くな俺! 頑張れ、負けるな、挫けるな!」

「いや、いい加減諦めろ。役にも立たん不屈など捨てて、さっさと挫けろ。完璧にお前の一人負けだ」


 拳を握り、戦意を湧き上がらせるセリスへと、リアンは冷たい言葉を吐き捨てた。だが、これはただ冷たいわけではなく、彼の身を案じてのことだ。

 なぜならそう……


「こういうときは何をやっても上手くいかないものだ。男たるもの、引き際というのも肝心だぞ」


 たかがお遊びの賭け事で、セリスの財布は所謂すっからかんという状態だった。

 流石に気の毒に思ったのだろう。いつになく優しい声をかけるシャオクは日中の姿と異なり、薄手の浴衣に麻布の羽織をしている姿は存分な色香を放っている。

 普段なら自他共に厳しい彼女の言葉には、敗者への憐れみの色が籠っていた。


「シャオクさん……確かに貴女の言うことも最もだぜ。だけど、退けない戦いってのもあるんだ。敗者が不死鳥の如く立ち上がる姿を、今からご覧にいれましょう!」

「……まったく心に響かんな」


 シャオクの助言もまったく聞く耳持たないセリスの言葉に、ぐっとくるどころか単に呆れ果てるシャオクは、憐れみの色をより濃くしながら嘆息した。 


「冷静さを失って、あちきらに勝てると思ってるでありんすか?」

「無理……です? 勝負の世界は厳しい、です」

「様子見も駆け引きもなくただ全力張りしかできん男が不死鳥の如く立ち上がったところで、その翼が未熟では飛ぶこともできんだろう。その問題ある戦略が自身の翼を手折っているといい加減気付いたらどうだ」


 幼き双子と麗しきシャオクに諭されてしまうが、彼は決して折れぬとあの槍に誓った不屈の闘志を持つ男、セリス・パトリダその人である。故に――


「シメンソカとはこのことか……」


 ふっ、とどこか虚無的ニヒルな笑みを浮かべるセリスだが、棒読みになってる時点でおろらく四面楚歌の意味をきちんと理解できてはいない。

 ただ聞いたことのある単語を述べただけのセリスに、彼の扱いに手慣れているリアンが待ったをかけた。


「もう十分楽しんだだろ。これでお開きだ」

「止めんなリアン。男たるもの、敗北の汚名を着せられたまま逃げるわけにはいかねぇ」

 

 そうは言っても、敗北の汚名は着せられたわけではなく、自分から嬉々として突っ込み纏ったようにしか見えないのではあるが……


「だが、今のお前に掛け金は残されていないだろ? どうやって続けるつもりだ?」

「はぁ……これだからリアンは……」


 微苦笑を浮かべながらやれやれと両肩を竦め、セリスはそっと何も乗っていない両手をリアンに差し出した。そして……


「お金貸してください」

「…………」


 平伏し、懇願する姿は紛う事なき敗者のそれだろう。

 これにはさすがのリアンも開いた口が塞がらないようだ。

 そもそも、夢見桜にある賭場での遊びを耳にしたセリスが、これまでに積もった借金を返済してやると意気込んだのがすべての始まりだった。

 それなのに元々借金していた相手に金を貸してくれと強請るのは、本末転倒以外のなにものでもなく、最早何をしているのか訳がわからない状態だ。

 だいたい、賽子さいころを使った運要素が大きいものならまだしも、寄りにもよって選んだのが花札なのだから目も当てられない。


「ほ、本当なら今頃はリアンの借金返済して、あまった金で甘味コースをみんなに振る舞うはずだんたんだよ、本当なんだ」

 

 涙混じりにそう訴えるセリスだが、発端が彼なりの善意だっただけに尚のこと救いようがない。


「なのにどうしてこうなった!? 誰の陰謀だ!?」


 というより、今行われていた花札はセリスの財布に合わせたことで、とても小さな金額しか張ることができないのだ。それでどうしてすべての借金を返し、その上皆に何かを振る舞えると思ったのか……彼が何連勝しなければその額に到達できないかを把握できていなかった時点で、すでに計画は破綻している。

 現に、シャオクやリアンの損失は食事を御馳走した程度に止まっているのだから。そもそも、金がないのに賭け事に手を出す時点で泥沼だろう。


「落ち着け。それは計画ではなく貴様の妄想だ。誰の陰謀かと問われれば、それは貴様自身以外にない。いい加減に目を覚ませ」


 頭痛がしてきたと言わんばかり額に手を当てるシャオクだが、彼女がセリスに対して幾分柔らかい態度を見せているのは、彼がロウの友であることが大きい。

 阿呆だろうが、馬鹿だろうが、塵屑と思っていようが、ロウが内界で世話になったと言っていたからには彼女にとってそう無下にはできない存在なのだ。


 そんな傍らで、博才を秘めた双子は大きな桃の貯金箱を手にしながらコソコソと何かを話していた。


「これを満たすため、あの人には生け贄になってもらうでありんす」

「もうすぐ、貯まる? うん……頑張るです」


 そして、セリスにずいっと身を近づけながら……


「それで、どうするでありんすか? 男たるもの、退けない戦があるとはいえ、お金がないんじゃ仕方ないでありんすね。ここは大人しく敗者であることを甘んじて受け止め、いつかまた汚名を濯ぎに来るでありんすか?」

「内臓、売る? 高く売れば……借金は全額、返済」

「それは流石に可哀想でありんす。男らしい全力張り……格好いい男の姿をもう少し見ていたかったでありんすが、無理をしても仕方ないでありんすし。たとえそれまでの間、負け犬と呼ばれ続けようと」

「不死鳥、次回? 残念……男の勇姿は見られない、です」


 何かの匂いを敏感に嗅ぎ取ったのか、艶やかな仕草で身を寄せていた双子たちは、どうやら一度捕まえた獲物は骨の髄まで搾り取る性分のようだ。

 とはいえ、破産といってもセリスの尺度あり、普通の者がこの場に加わったところで可愛らしい双子にお小遣いをあげる程度のものでしかないのだが……


「ふっふっふ……いいぜ、ちびっ子たちよ」


 どうやら、双子の言葉は哀れな男に最後の火を灯したらしい。

 顎に流れる汗を手の甲で拭い、セリスはゆっくりと面を上げた。そして――


「こっから本気でいくとしようぜ」


 ”燃えてきたぜ”的な表情を浮かべながら、歴戦の賭博師のような雰囲気を纏わせていた……つもりなのだろうが、端から見るとただの鴨葱かもねぎだ。


「確かに今の俺に出せる賭け金はねぇ。しかし、賭けるものはある。もし次の大博打で負けたら、明日の昼飯は遊郭街にあるという伝説の高級甘味処……そこに全員俺が連れて行ってやるということでどうかな? …………ツケで」


 そのあまりにも無謀な発言にリアンは諦めたように嘆息し、かつて見たことも無い愚者の姿にシャオクは思わず戦慄し、鴨が葱を背負って首を差し出した姿にコモモとスモモは恍惚としたどこか艶めかしい表情を浮かべていた。

 もはやセリスは越えてはいけない一線を踏み越えようとしており、彼の最後の灯火はまさに言葉通り風前の灯火とも言えるだろう。そして――


「やったぁ! さすがお館様の戦友でありんす! あちき、あそこの餡蜜と桜餅と善哉が好きでありんす! あとは、え~っと……」

「桜餅は外せない、絶対。わちきはお団子と……わらび餅も。他、向こうで決めるです? うん……そうするです」

「甘味か……確かにそれは良い響きだな。私はロウ様のおすすめにしよう。だが、桜と抹茶風味のものはすべて外せんな」


 続々と上がる甘味の名を耳にしながら、セリスの表情が素のものへと戻っていき、歴戦の賭博師の風貌はどこへやら……目を点にしながら呆然としている。


「阿呆が。食後ならまだしも、甘味で昼食分の腹を満たせるわけないだろう」

「……で、ですよねぇ……ははっ。リアンさん……あの、お願いが……」

「はぁ……今日の流し雛で珍しく失態を犯さなかったからな。今回だけ、俺が立て替えておいてやる」

「お、おぉ……なんていい奴なんだ、リアン」


 潤んだ瞳を向けるセリスだが、リアンの発言がすでにセリスの敗北を予期しているということに、彼は気がついていなかった。そして――

 

「よっしゃー! そうと決まれば、どっからでもかかってこいやぁーッ!」


 見栄を張り、無駄な男の矜持とやらに身を焦したせいで、奈落の底に落ちていく人の愚かさを象徴する大博打が今、幕を開けた。



 そんな五人の姿を眺めながら、ロウはシンカとトウカに挟まれながらゆっくりと夢見桜の地酒を嗜んでいた。

 シンカが空いたロウの盃に徳利を傾けると、翼をもがれ地に落ちた鴨が炎に焼かれる様をその瞳に映しながら声を零す。


「セリス……大丈夫かしら」

「本場と違ってたいした額は動かないからな。まぁ、セリスにとっては致命的なんだろうが」


 炎の中から不死鳥の如く生まれ変わった鴨が翼を広げ、大空へと逃げ果せることができればいいのだが……間違いなくそのまま葱と共に美味しく丸焼きだろう。


「ふふっ、御館様のお連れ様は皆、愉快な御方ばかりでありんすなぁ」


 袂で口許を隠しながら控えめに笑みを零すトウカは、ロウが久し振りにこの地へ帰って来たとこに少しばかり浮かれているようにも見えた。

 ルナティアの故郷でもあるこの地は、ロウがずっと護り続けてきた場所だ。

 それに関する話は桜桃の初代筆頭であるモモより、ずっと力の継承と共に代々語り継がれている。

 

「みんなが愉快というか……まぁ、そうかもな」

「貴方が絡むと愉快になる子は確かに多いわね」

「なにか含みを感じるんだが」

「気のせいでしょ?」

「そういうシンカ様も、わっちにとっては愉快なお人でありんすよ?」

「……えっ」


 嘘、と問いかけるような表情を貼り付け、あれと一緒にされるのかという思いを宿しながら、自身の手札と睨めっこをしているセリスを見た。


「そういえば、謝罪が遅れてすまない。ルナティアにも流し雛を見せてやりたかったし、トウカにも合わせてやりたかったんだが……」

「いいえ、彼女には彼女の使命がありんす。御館様の内で、その空気を感じて貰えただけで十分でありんすよ」

「ありがとう」


 とても柔らかく微笑んだトウカにロウが微笑み返すと、シンカは手元に視線を落としながら僅かに不安を内包した声を零す。


「後、ちょうど三節くらいだもんね」

「大丈夫だよ」


 ロウは盃を傾けると、今度はトウカに徳利から地酒を注がれながら目の前で繰り広げられている死闘を眺めた。

 

「君と俺が出会ったのは偶然じゃなくて、君が今まで選んで来た選択と俺が今まで選んできた選択が結びついた結果だ。それはみんなも変わらない。俺たちが選び、俺たちが進んできた道だ」

「……えぇ」

「だから、最後のページを綴るのは奴らじゃない」

 

 決して揺らがぬ意志を宿したその声は、とても頼もしいものであると同時に、どこか危うさが含まれているようにも感じられた。

 故に、シンカとトウカは思うのだ。

 彼を狂人にも似た英雄に変えてしまったのは、自分たち周囲の者ではないのかと。


 人が振るう偽善は、誰かのためと言いながら自分のためだが、英雄は自分のためではなく誰かのために戦う存在だ。

 英雄は自分のために戦ってはいけない……正義の奴隷ではないのかと。

 

 もしそうだとするならば、すでに彼は英雄などではなく、きっと――

 

「どうだ! 七つの短冊を揃えし時まであと僅かだ!」


 二人の思考を掻き消すように、この空間に響いたのはセリスの雄叫びだった。

 だが、すぐさま続く声は酷く呆れたもので……


「貴様の視野はどれだけ狭いんだ」

「え?」

「七つ揃えれば確かに願いは叶ったかもしれないけど、残念ながら短冊はすでにできってるでありんす」

「ん?」

「願い、阻止? わちきらの願いは……成就するです」

「なに? えーっと……」


 場の流れが進む中、セリスは場に出た短冊の札を一枚一枚数えていくも、その表情が曇ることはなく、むしろ大輪の花を咲かせるが如く晴れ晴れとしていた。

 そして”甘いぜお前たち”と言うように軽く指を振り、舌を打つ。


「チッチッチ、甘いぜお嬢さん方」


 そうして再び回って来たセリスの手番。まるで若き少年特有の病のように、右手首を左手で掴みながら、祈りと信念と想いと意志と決意とその他もろもろを込めまくっていく。


「ぐぅおぉぉおぉぉぉぉぉッ! 降臨した不死鳥の羽ばたきをその目に見ろ!」


 そして山札から引いた札を返し、誇りを乗せた一撃を畳みに並んだ札に叩き付けた。


「これが俺の真の実力だ!」


 セリスの引いた札には確かに短冊の絵が描かれている。場にあった絵札と背景が同じことから、その二枚を自身の手元に引き寄せることができたのは間違いない。

 だが、そのあまりにも鍋の中で必死に藻掻く鴨……もとい、戦場の中で滑稽に踊る道化……いや、この場で誇らしげに腕を組むセリスに、周囲は冷ややかな視線を向けることしかできないでいた。


「セリス……七短は柳に短冊以外を集めないと役にならんと教えられただろう」


「…………えっ」


 リアンの無慈悲な宣告にセリスはそのまま硬直し、勝敗は決した。

 無論、一番得点の少なく、明日の昼食を御馳走する嵌めになったのが誰かは言うまでもない……そっとしておいてやるのも優しさだ。

 力無く床に伏し、微塵も動かず灰となった敗者に追い打ちをかけるような冷酷非道な行いをする者など、この場にはいないのだから。



 明日の甘味処に想いを馳せ、笑顔を浮かべた双子がこちらに駆け寄ってくる姿を眺めながら、ロウたちは三者三様の表情を浮かべている。


「予想通りの結果でありんすね」

「まったくだ」

「ほんと、最後までセリスらしいわね」


 誰が勝つか……否、誰が負けるかを予想する賭け事が行われていたら、本命が一択すぎて対抗も穴もなく、勝負にならないほど誰もが予想できた結果だ。

 

「お館様、見て欲しいでありんす!」

「お小遣い、貰ったです? たくさん……です」


 そう言って、二人は嬉しそうに大きな桃の貯金箱を掲げてみせる。


「よかったな」

「次はお館様も参加するでありんす」

「みんなで……やるです? 楽しい、です」 


 二人がシンカとトウカに視線を向けながら、ロウの手を取って立ち上がらせようと引っ張ると、


「私はもう少ししてから参加するわ」

「ふふっ、わっちが参戦したら、その桃を割ることになるでありんすよ?」

「あっ、うっ……の、望むところでありんす!」

「今日は、勝つです? おやかた様に……いいとこ見せるです」

「わかったから、そう引っ張らないでくれ」


 困ったように微笑みながら双子に連れられていくロウだが、そんな三人の姿はどこか微笑ましいものがあった。

 

「トウカさん、私……」

「想いを同じくするのなら、言葉にせずとも伝わるものもありんす」

「……」

「今はただ、何も考えずこのひとときを楽しむのも良いのではありんせんか?」

「そうですね」


 彼女たちの瞳に映るのは、今を楽しむ皆の姿だった。

 コモモとスモモに連れられたロウがシャオクの隣に座ると、彼女はあからさまに戸惑った表情を浮かべている。


「ロ、ロウ様が参加なさるのですか!?」

「お手柔らかに頼むな」

「え、あっ、はい! こちらこそ、よろしくお願いいたしまする」


 これだけ動揺していれば、まともな勝負などできないだろう。

 次の敗者が見えたような気もしたが、意外にもロウは遊戯において手加減をする性分ではない。屋敷でもよく、駒戦チェスでツキノたちが全力でやられていたものだ。

 ロウのやり方を見ていればきっと勉強になるだろうと、シンカは軽く自分の頬を叩きながら腰を上げた。


「私も今を楽しんできます」

「それが良いでありんす。わっちが参戦するまでに、少しは強くなっておくんなんし」

「が、頑張ります」


 そう苦笑し、シンカはロウたちの方へと歩いていった。

 ロウの傍に寄り添うように腰を下ろし、彼の手札や場の札を眺めながらロウに教えを乞うている姿はとても可愛らしく少女らしいもので……


「男雛と女雛……二人並んで御内裏様。ふふっ、ほんにお似合いでありんすなぁ」


 決してすまし顔などではなく、楽しそうに微笑んでいる御内裏様を眺めながら、トウカは徳利を傾けて盃に酒を注いでいく。そして――

 

「明かりをつけましょ、灯籠ぼんぼりに」


 誰に聞かせることもなく、トウカは艶めかしい唇を動かした。


「お花をあげましょ、桃のはな


 それは内界に伝わる唄であり……


護人囃子ごにんばやし不壊退紅ふえだいこ


 夢見桜で生まれた唄でもあった。


きょうたのしい日和奉ひなまつり」


 トウカは盃を両手でそっと持ち上げると、それを一気に飲み干した。

 

 桃の花が宿す言葉は天下無敵。

 この世にどれだけの穢れが満ちようと……

 桃の旗は穢れを知らず、桃の花は散らずして誇り続ける。

 

 たとえこの先に待つ未来が、絶望に塗れたものであったとしても。

 


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