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息抜き

炎天下とスコップの話

作者: 揚旗 二箱

テーマ:(島) スコップ 太陽 コーヒー 走る ※()内は使用しなかったもの

 一年で最も長く日が照っている日は夏至だという。

 しかし蝉も黙るようなクソ炎天下で作業をする僕にしてみれば、今が八月で夏至などとっくに過ぎているということも、夏休みなのになぜ校庭のすみで穴掘りをさせられているのかということも、半ばどうでもよいことだ。

 スコップを突き立て、掘り起こし、土を捨てる。その一挙一動ごとに汗が飛び散り、身体から水分が失われていく。頭がどこかぼぅっとしているのは脱水症状だろう。

 一応、この作業の『監督』からは水分補給を許可されている。だが僕は用意されたソレを飲もうなどとは到底思えなかった。

 なぜなら……

「ねえねえ(いぬい)くん、のどが渇いているならこちらで少し休んだらどうかしら。安心して、きちんと無料の飲み物を用意してあるわ」

「先輩、この炎天下での水分補給にホットコーヒーは適さないとさっきから言っているでしょう!」

「あらそうかしら、こんなにおいしいのに」

「先輩はそこからずっと出ていないからそう言えるんですっ!」

 スコップを放り投げて隣の大きなビーチパラソルの下、いささか小さいゴルフ観戦用の椅子にすました顔で腰かけてコーヒーカップに口をつけている天野先輩をみやる。

「休む気になった?」

「そんなわけないでしょう。いや、休みたいのはやまやまなんですが、なんで普通の水を用意してくれなかったんですか」

「水を用意するのは手間でしょう?」

「ホットコーヒーを魔法瓶に詰めて持ってくる方がよっぽど手間です!」

「……乾くんはコーヒーを淹れたことがないからそう思うのよ」

「今の一瞬の間は!?ぜったい躊躇っていましたよね」

「あそうだ、きのう水中毒で死者が出たんですって」

「口から出まかせが下手すぎる……!」

「とにかく、休憩しなくていいなら無理せずに作業をつづけてね」

「……クソッ」

 これ以上の問答をしている間に作業を進めた方がマシだ。再びスコップを手に取った。

 天野先輩は僕が所属しているビーチバレーボール部の先輩だ。なぜ男女が一緒の部活なのかというと僕がマネージャーだからだ。ちなみに部員は僕と先輩の二人。大会には先輩の友人が毎回助っ人に来てくれる。そう、先輩はそこそこ人望に厚いのだ。

 そしてこの穴掘りは、部活の筋トレというわけでもなく、まして学校からの指示というわけでもなく、天野先輩の個人的なお願いとしてやらされているものだ。目的は不明。

「先輩、これ、いつまで掘ればいいんですか……」

「んー……まだまだみたいだけど」

「何か宝物が出てくるんですかね」

「探し物が出てくるわ」

「誰の」

「乾くんと私の」

 やっほう、すこしだけ情報開示があったぞ。僕はどうやらお互いの利益のためにお宝をここ掘れワンワンしているようだ。

 当然、それで作業が楽になるわけではないのだが。

「……乾くんって本当に体力あるのね」

「それはアレですか、いつまでも従順に穴を掘り続ける僕への嫌味ですか」

「そうじゃないわ。ここから見ていてもその腕とか背中とかの筋肉がたくましいから、よくわかるなって思っただけよ」

「ええ、おかげさまで!よりよい筋肉がつきそうです!!」

「その言葉こそ嫌味じゃないかしら?」

「ちっ、墓穴を掘っちまった」

「私は乾くんに自分の墓を掘らせているわけじゃないのだけれど……?」

「あーもういちいち拾わないでくださいよ、謝りますから!」

「謝罪は不要よ、乾くん。それよりも穴を掘って。日が暮れてしまうわ」

「まだ午後二時だっつのクソッたれ!掘りますけど!」

「応援してるわ」

 すっ、と音もたてずにコーヒーを飲む天野先輩。

 おそらく多くの人が「なぜこの男はこの先輩に逆らえないのか?」と思う頃合いなので説明させてもらう。というかそういう体にして自分に話しかけていないと気が狂いそうだ。

 僕は先輩に弱みを握られている……気がする。

 どういうことかって?そもそも僕がこの部活に入ったのは、ある写真を入手したからだ。

 ビーチバレーをする天野先輩が写ったその写真は、学級アルバムを編纂している友人が僕に回してくれたものだ。似た構図の写真があるから使わないとのこと。そしてなにより友人をして「お前こういうの好きだろ?天野ってんだよこの先輩」と。

 正直最高だった。何が見えたって、その、言いづらいが、先輩のそこそこ大きな胸の下半分、俗にいう南半球だ。あとおなか。

 僕は自慢じゃないがけっこうな数のグラビアを見てきた。といっても本格的なやつじゃなくて、週刊誌の最初にあるやつだけど……。

 そうして鍛えられるうち、僕は「天然巨乳」というおよそ現実にはいなさそうな性癖を獲得してしまったわけだが、天野先輩はまさしくそんな感じの人だ。

 けっこうなモノをもち、マイペース。ちょっと細かく言えば年上。僕のストライクゾーンど真ん中ということで、写真を受け取った翌日にビーチバレーボール部の入部届を出した。

 そこまではよかったんだが、ご覧のように先輩はすこしマイペースがすぎるところがある。共に過ごすうちに理想で鍛えられた性癖は打ち砕かれ、かといってやめるわけにもいかず、最近はほぼ惰性で部活に来ていた。

 そして一昨日、僕は持ち歩いていた例の写真をなくしてしまった。場所はおそらく部室だ。だがその時の僕はさほど気にしていなかった。

 で、昨日。天野先輩は部活練習のない翌日への期待に胸を躍らせる僕に、こういった。「頼みごとがあるんだけど、断らないわよね?」

 僕は死を悟った。おそらく僕が写真を持っていたこと、ひいては邪な目的で入部したことがばれてしまったのだ。噂にでもなれば僕のこれからの青春が瓦解してしまうため、保険として従順な犬になることを決めた。

 それで今、こうして穴を掘っているというわけである。

「んっ」

 一心不乱に穴を掘っていると、ごつん、と何かにぶつかる感触があった。まさか校庭の底まで掘ってしまったのかと思ったら、なにやら金属の箱だ。簡単な蓋が付いていて、タイムカプセルの類だろう。

「先輩、なんか掘り当てましたけどっ!?」

「動かないで、乾くん」

 箱を手にした僕を硬直させているのは、コーヒーカップを構えた天野先輩だ。

「少しでも動けばこのコーヒーをぶちまけるわ」

「暑いとかいう以前に火傷しますって!落ち着いてください!!」

「じゃあその箱をこちらによこしなさい」

「中には何が……」

「聞かない方が賢明ね。さあ」

 くそっ、中身は価値のあるものなのか?僕を奴隷のように使役して、宝を掘り当てたかったというわけか。クソッ、卑怯な真似をしやがる。

「わかりました……ですが、先輩がそんなに卑怯なやつだとは思いませんでした」

「なにっ……?」

「僕にも男としての意地があります。目の前の財宝を、みすみす逃すわけにはいきませんっ!」

「あっ、待って乾くん!!」

 僕はすばやく穴から脱出し、箱をもって走り出した。後ろを見れば、先輩が追いかけてきている。手にコーヒーカップはなく、フォームも本気だ。なるほど、やはりこれは財宝のようだ。僕と先輩ではビーチバレーで足を鍛えている分だけ先輩の方が有利だろう。

 だが、努力は報われるものだ。

「きゃっ!?」

「はっはっは、その土の山は僕が作り上げたものです!どうですか、奴隷に足元を掬われる気分は!」

 先輩は土山に足を引っかけて転んだ。僕は一気に引き離し、十分遠くから大声で笑った。

「乾くん、何を言っているの!?」

「とぼけても無駄ですよ先輩!さあ、財宝はここで開封してあげましょう。先輩はそこから獲物が横取りされた悔しさを噛みしめるがいいです!」

「待って、乾くん!待っ……」

「トレジャー・オープン!!」

 炎天下だからか、多少の冷静さを欠いていた僕は勢いよく手にしていた箱を開けた。

 後から思い返してみると僕が持って運べる時点で中に大したものが入っていないのは明白で、それこそ天然巨乳なんかよりも非現実的な財宝などというものをなぜ信じてしまったのかは思い出そうとしても思い出せない。

「これは、手紙?」

「いっ……いぬい、くん……」

 真新しい便箋が一通だけ箱から出てきた。何も書いていないと思ったら裏面だ。

 表面にはきれいな字で『乾 太陽くんへ from 天野』と書いてある。僕宛てだ。

「僕宛てのラブレター……?」

 僕は唖然として、手紙の宛名と慌ててこっちに走ってきて息を切らしている天野先輩の顔を見比べた。




「……で『愛の力で手紙を掘り当ててくれる相手が運命の恋人』といううさんくさい占いを信じて行動に移したというわけですか」

「そうです……」

「コーヒーは落ち着くために用意していて、でも慌てすぎて水を用意するのを忘れた、と」

「……」

「まったく、今回は僕だったからよかったものの、他の人にやったら許されませんよ。こんなの」

「ごめんなさい……」

 翌日。部室。目の前の先輩はしょぼんとしている。

「しかしあの手紙は自分で埋めたんですか。体力あるんですね」

「それは、その」

「僕感心しちゃいました。先輩もあの地獄の穴掘りを経験していたなんて」

「夜だったから……それで、その、返事はどうなったのかしら」

 おっかなびっくり、でも勇気を振り絞って先輩はそう聞いてきた。

「あー、それはですね、その……なんというか」

「……」

「僕以外にやったら、許しませんよ」

「つまり……!?」

「今日は練習ないですよね。だったら今度の休みにどこに行くか一緒に考えましょう、向日葵先輩」

 先輩はいつも冷静だったため、そのときのうれしそうな表情はとても分かりやすかった。

「……で、太陽くん。一つ確認があるのだけど、この写真はなんなのかしら?」

 その後急に冷静になった先輩の怒り顔もまた、わかりやすかった。


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