第四話 君のために
「..そんな事が、あったんですか。」
私の傷の手当てをしながら時雨さんはそう、言いました。
「梨乃さん、警察に行きましょう。」
時雨さんはそう言ってくれましたが、私は首を横に振ったのです。
「..どうして、ですか?」
「昔、警察に行った事があったんですが...」
あれは、母が戻ってきた後でした。
私は、再び始まった暴力に耐えられず警察に行ったんです。
「すみません。この子前にあんな事があったから、少し変になったみたいで..それもこれも私がいけないんです。私が、この子に辛くあたってしまったから..」
そう、母は泣きながら言ったんです。
おかげさまで、私は精神異常者と勘違いされて精神科に連れて行かれましたよ..
その事を時雨さんに言うと、時雨さんは下を向いて少し考えてからこういいました。
「逃げましょう。梨乃さん。」
その時私は、驚いてただ固まっていました。
「梨乃さんには、まだ言ってなかったですが自分はもうこの店をたたんで、実家の方に帰るつもりなんです。だから、一緒に行きましょう。」
最近、なにか言いたそうな事というのはこの事だったんです。
「時雨さんを、巻き込むわけにはありません。」
私はいくらか時間が経った後、ようやくそれだけ言いました。
「そんな事、言わないでください!」
「でも!下手をすると、お母さんは時雨さんに罪を着せるかもしれないんですよ!?」
いままでの経験から、母は相当頭が良いのはよくわかっていましたので、もしかすると母が時雨さんに罪を着せるかもしれない、と思ったんです。
「いいんです。そうなっても。」
「え..?」
時雨さんが言った言葉に、私はつい先程までの興奮が冷めて声が出せなくなりました。
「梨乃さんが、少しでも辛い環境から抜け出せるなら。」
「どう、して...?」
時雨さんは笑って、私にこう言ったんです。
「自分は、梨乃さんが好きですから。」
「え...?」
その時の私は、ただ時雨さんの言葉を聞き立ち尽くしていました。
時雨さんはそんな私を見ると、優しく笑ってくれたんです。
「自分に、梨乃さんを攫わせてくださいませんか?」
私は小さくでしたが、頷いて時雨さんの手を取りました。
これが、優しい誘拐犯と私の逃亡生活の始まりでした。