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14 もう一度

「あー。やっと、やっと言えたー」


 灯夜は椅子をくるっと回し、私に向き直った。


「ん? どうしたの、ってひゃっ!?」


 灯夜は私を抱きしめた。


「ちょっ! 灯夜?」

「後悔してたんだ、本当に。あいつらの言う事なんか聞かなきゃよかったんだ、って。――今日だって、本当は千草来ないと思ってた。いつもいつも、集まりには顔出さなかったから」


(そんな事考えてたんだ……)


 私は黙って灯夜の話を聞く事にした。


「会いたかったけど、諦めてた。“俺はそれだけ、千草を傷つけたんだ”って、自分に言い聞かせて。でも、千草が帰ってくるって夕紀から聞いて……。素直に嬉しかった。また会えるって思って。だから母さんに頼んで千草の振袖は母さんのを着させてって言ったんだ」


(あの振袖、灯夜が選んでたんだ! 夕紀が勧めたのも偶然じゃなかったってことか。でも……)


 灯夜の胸に刺さる言葉に、私はまとまらない考えをポツリ、ポツリと呟くように口にしていた。


「私は、別に。怒ってた、とか、会いたくなかった、とか。そういうのじゃ……」

「いいんだ、涼暮から聞いてたし。それだけの事をしたんだから」


(紫苑まで、何よ、人のことをペラペラと……)


「だから、許してくれとか、もう一回やり直したいとか、忘れてくれとか、言うつもりはない。“今までの事は本当に悪かった、でも、もし俺の事を少しでも許してくれるのなら、また、昔みたいに、連絡取り合えないか?”っていうのが俺の気持ちなんだけど……?」


 「どうかな?」とでも言うように、灯夜は私を離し、ジッと見つめてきた。


(――また、この目だ)


 灯夜は無意識なのだろうが、私は昔からこの、子犬のような、でもどこか逆らえない、威圧するような目に弱いのだ。


「どうって……」

「あ、でも。千草は俺のこと、好きなんだっけ?」


 嘲笑あざわらうような灯夜の言葉に私の顔は一気に赤みを増す。


(あー、もうどうでもいい! 何なのこの人! 『“今までの事は本当に悪かった、でも、もし俺の事を少しでも許してくれるのなら、また、昔みたいに、連絡取り合えないか?”っていうのが俺の気持ち』って何!? いつから哲学的な、まわりくどいことを言うようになったの!?)


「――好きだよ! だから何!? 私は! あのときからずっと、あんなことされても! 灯夜を忘れたことなんてなかった!」


 私は左の頬を、何かが伝うのを感じた。


 シン、と静まり返った灯夜の部屋、私はただただ、うつむいていた。


(言ってしまったぁ。なんでこう、可愛い言い方ができないかな、私。何かあったでしょ。もっと、なんか、こう……! しかも泣いちゃったし! 我慢してたのに……!)


「くっ……」


 突然聞こえた灯夜の声に私は思わず顔を上げた。


「ちょっ、何笑ってんの!?」

「悪い、だって、どうせ“言い方間違った”とかくだらないこと考えてんだろうなって思ったら……」


 灯夜はそう言って肩を揺らした。


「な、なんで私の思ってる事わかったの?」


 私の言葉に灯夜は目を丸くした。


「わかるよ、昔から付き合いだろ。それに、ずっとお前のことを想ってきたからな」


 私はまた灯夜の胸に包まれた。


「なあ、千草」


 灯夜は今までになく真剣な声色だった。


「何?」

「――やっぱり俺と、また付き合って?」

「っ……!」


(今でも確かに好き、だけど。でも……。また裏切られたら……?)


「千草、あいつらのことなら心配ないよ」

「――え?」

「青と紅祁だろ? どうせ、俺と付き合ったらまたなんか言われると思ったんじゃないの?」

「そう、だけど……。どうしてそう言い切れるの?」

「あの時とは違うってことだよ」


 灯夜は私の頬に手を添えた。


「灯夜……?」

「――今日みんなに話しかけられなかった? 噂だったんだぜ? 『村雨さんめっちゃ可愛くなってる』ってな」

「なんで……?」

「信じられない?」

「ていうより、私、一度も帰ってないのに。どうして噂なんかに?」

「なんか、この間写真撮ったんだろ? 涼暮と」


(写真……?)


「冬まつりか? あれ。なんかの雪像の前で」

「あ!」


 灯夜の言う通り、私と紫苑は数日前、冬祭りに行っていた。


「確かに、写真は撮ったけど、それがどうかしたの?」

「それを、涼暮が夕紀に見せたっぽくて、一昨日あたりから一気に広まったんだよ」

「広まった……?」


 私はいまいち話の流れが掴めず、首を傾げた。


「そう、『千草が可愛くなってる』ってな」

「へっ!?」


 予想外の言葉に、私の口からは変な声が出た。


「可愛く、なんて。なってないよ……」

「いや、千草は可愛いよ。今も、昔も……」

「灯夜……」


 私も確かに昔に比べ、だいぶマシになったとは思っていた。

 大学に入り、交友関係も広がり、社交的な性格にもなったと思っている。

 それでも、わたしは、自分が可愛いとは思えなかった。


(灯夜が私を可愛いと言ってくれるのは嬉しいし、付き合ってほしいと思ってくれてるのも嬉しい……。でも、どうしよう……)


「――千草、連絡先教えて?」

「えっ?」


 顔をあげると優しく笑う灯夜がいた。


「付き合ってっていうのも、可愛いと思ってるのも、俺の本心だよ。でも、千草を困らせるつもりはなかったんだ。返事は東京に戻ってからでいい。なんならいらないから。また、昔みたいに話せないかな?」


 言い終えた灯夜の瞳は潤み始めていた。



 しばらくの沈黙。

 その静寂を破ったのは私だった。



「――いいよ。連絡先は教えるよ。でも、付き合うのは、もう少し、待ってほしい」


 それは、私が必死に絞り出した答えだった。


「そっか」


 灯夜の返事はそっけない。


(どうしよう、やっぱりすぐに返事するべきなのかな……。でも、前に好きだったとはいえ何年もあってないし、すぐに返事するわけには……)



「よかったー!」

「――え?」

「連絡先も教えてもらえないかと思ってたんだ、嫌われてるんじゃないかって、でも教えてくれるってことはさっきの返事、考えてもらえるってことだろ?」


 灯夜はふわっとした笑みを浮かべ、ほっとしているようだった。


「東京帰ったら、連絡する。また、会おう? それで、俺のこと、好きになって?」



(きっと、私はすぐにまた、恋に落ちるだろう。数年前に、別れたこの人と。でも、好きになってしまうものは仕方がない。その先に何が待っているのかは、付き合ってみないとわからない。今回も、裏切られるかもしれないし、もしかしたら……)


 そんなことを考えながら、私は灯夜の言葉に静かに頷き、言った。


「これから、よろしくね?」

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