表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚ろの旅人  作者: 樋江井神楽
3/3

勘違い

ちまちま書いてます。

本殿の中に入るのは初めてだったので緊張したが、存外に普通で拍子抜けした。何故かカラーコーンで囲われたでっかい祭壇がある他は、昔ながらの日本家屋といった風情で、まるで老舗旅館に来たみたいだ。ちょこんと待っていたアオイ先導の元、奥へと通される。目的とされる襖の前でアオイが立ち止まったので、私が躊躇いつつも開ける。すると室内からたちまち声が届いた。

「おぉ、案内ご苦労だったなアオイ。まぁ、お嬢ちゃんは座りな」

「はぁ」

案内された部屋は畳敷の、まるで茶室のような場所だった。中央には囲炉裏があり、それを囲むように、四つの座布団が並んでいる。アオイがその内の、向かって左手の座布団に座った。そしてこちらをじっと見つめてくる。

「……判りました」

私は促されたまま、正面手前側の座布団にすとんと座った。

「待たせたな」

声に反応して顔を上げると、お盆を持った巫女服姿の女性が、緋袴を揺らめかせて現れた。自然な摺り足が足音を殺している。彼女は盆を囲炉裏の上に翳してから、「あっ、忘れてた」と言って空いている向かって右手の座布団に置くと、凹みの側面からすっと板を取り出し、囲炉裏をぱたんと隠してしまった。消し炭や灰が沈殿していた囲炉裏が、影も形も見えなくなる。

(ほぇ~っ)

知らなかった。囲炉裏って、こうして使わないときは蓋しておくんだ。

「ほら、茶だ」

そんな風に感心していると、目の前に湯飲みが差し出された。白地に黒い字で、『春はひだまり、夏は陽炎、秋は落葉、冬は雪路』と達筆で描かれている。

「飲んでみな」

促されるままに口に含む。すると、透き通るような冷たさと共に、予想外の甘さが襲ってきた。

「えっ、甘いっ!?」

私は驚愕に目を見開いた。色は烏龍茶みたいな黄土色で、香りは普通のお茶のもの。しかしその味は烏龍茶や紅茶とは全く違い、甘かった。

「ははっ、やっぱり初めてか」

私の反応を見て、彼女は楽しそうに笑った。

「これは甘茶ってやつだ。まぁそのまんまなんだが。───あぁ、ちなみにこれ、砂糖とかは一切入ってない。茶葉だけの味だ」

「そうなんですか?」

私は確かめるようにもう一口啜る。彼女の言う通り、舌に残らない爽やかな甘さは、砂糖とかの不自然な甘味ではない。

「そういやお嬢ちゃんの名前、聞いてなかったな」

会話そっちのけで夢中で甘茶を飲んでいた私に、巫女さんは胡座に頬杖をついて訊ねた。

「あっ、すいません。私は垣谷実織といいます」

自己紹介ということでやや緊張しつつも、噛まずに言い切った。巫女さんの笑みが深まったのは多分錯覚だろう。うん。彼女自身も甘茶を啜りつつ、また訊ねてくる。

「実織ちゃんねぇ。今いくつ」

「十六歳の高一です」

「じゃあ入学してから、まだ二ヶ月ちょっとってことか。学校は楽しい?」

「はい。友達はまだ少ないですけど」

家から近いという理由で県立の進学校に推薦受験したら、運良く合格してしまったのだ。だから中学時代の友人とかが全然いなくて、最初の方は軽く絶望してました。未だに名前憶えてないクラスメートがいるんだよなぁ。あっ、そういえば───

「まだお名前聞いてません」

「んぅ?」

目の前の女性は、お茶のこと以外は訊ねるだけで、自身のことを何一つ話していない。どう呼んだらいいかも判らないし、名前だけでいいから知りたい。

「教えて下さい」

「教えて下さいって。さっきも言ってるけど、こいつはアオイ」

そう言って座布団に座る三毛猫を指差す。いやいやそっちじゃなくて。

「ぁっと……お姉さんのことです」

「お姉さん?」

呼び方を一瞬迷いつつも名指し(?)すると、何故か彼女は首を傾げ、眉を顰めた。

「……もしかして、私のことか?」

他に誰がいると?あぁ、もしかしてお姉さんっていう年齢じゃなかったり?三十後半から四十の人でも、二十代ぐらいに見える人いるし。

「はぁ……。最近の女子高生ってのは目が悪いのかねぇ」

失礼なことを考えていたからか、失礼なことを言われた。なんて酷い。口を尖らせて抗議の意を示してみたが、彼女は構わずにそのぶっきらぼうな言葉で訊ねた。

「一体お前さんには、私がどういう風に見えてんだ?」

呆れの覗くその声を聴いて、こっそり苦笑い。私は深く考えず、直感で、思ったままを口にした。

「う~ん……。口の悪い巫女さん……のお姉さん」

「へへぇ。ほぼ初対面の相手にいい度胸してんなぁ」

あっ……。

「まぁ、うら若き女子高生を全裸で放り出しても、発情した汚い男共を誘き寄せるだけか」

えっ?何でそんな怖いこと一瞬で浮かんだの?顔を強張らせる私に、しかし目の前の女性は構わず、何故か居住まいを正した。私は次の台詞を聞いて、それが彼女なりの準備だということに気付いた。

「改めて紹介させて頂く。私はこの神社を預かる宮司で、依智乃という」

「宮司?巫女さんじゃなくて?」

ばっちり緋袴着こなしてるのに?何か理由があるのだろうか。気になる。知りたい……知りたいっ!しかし依智乃さんはこちらに手のひらを向けて、まぁ待てや。と私の疑問符を横に置く。居住まいは早くも崩れていた。彼女は甘茶を一口啜って唇を湿らせると、さも世間話のついでのように、湿り気のない声でその真実を言葉にした。

「そしてこれが一番重要だ。お前さんが勘違いしてるようだから、仕方無くアホらしくも宣言するが───私はれっきとした男だ」

「…………………………へ?」

言われた意味が解らなかった。ぁえ?何やて?この黒髪清楚系の巫女さん(偽)が……男?

「おいおい。そんな口開けてると突っ込むぞ」

「何を!?」

何このツッコミ違い。それにさっきから理不尽だ。確かに性別を間違えたのは嫌だったかもしれない。でもそれも何も───

「そもそもアナタが巫女服なんか着てるのがいけないんでしょうが!」

「仕方無ぇだろ。予算的にも仕事柄にも、こっちの方が便利だったんだ」

「そんな理由で仕事着を放棄すな!」

じゃあ何?スーツが暑くて高いからジャージ着てきました~なんて営業マンが何処にいるよ。この人の場合はやけに似合ってるから尚更質たちが悪い。

「とにかくそんなわけだ。理解も納得も要らないけど、否定はするな」

「その三つってどう違うの?」

「……じきに解る」

まるで無知な子供を見るような目を向けられた。くっそぅ馬鹿にされたみたいで悔しい。どう反撃してやろうか、頬を膨らませて言葉を練っていると、やにわに依智乃は立ち上がった。手にはいつの間に片付けたのか、湯飲みの載ったお盆が収まっている。

「さっ、そろそろ帰りな。お前さんにも、やるべきことはあるだろう?」

「……まぁ、そうですけど」

宿題とか勉強とか。やらないと駄目だよね。まだ聞き足りないことはありつつも、彼の言う通りそろそろ帰らないといけない。私もこの和室を去るべく、痺れ気味の足に鞭打って立ち上がった。一応、招かれたしご相伴にも与ったのだから、お礼は言っておこうと口を開きかけたが。

「アオイ。頼むぞ」

それより早く、依智乃は踵を返し、そのまま奥の襖を開けて歩き去ってしまった。こちらが何かを告げる暇さえなかった。

「……ん~~~っ」

いや、こちらを多少は気遣ってくれてるのは解るよ。だけどそんな、あまりにも素っ気ない態度とられたら、「黙って帰れ」とか言われてるような気になるよっ。現に私の気分は悪くなったぞ。……何故だろう。始めは早く帰れるのか心配していたぐらいなのに、今は深夜帯まで居座ってやりたい。

「…………はぁ」

私はそこで息を吐き、一旦思考を停止させた。足元に擦り寄ってきていた三毛猫の存在に、ようやく気づく。……駄目だ。今の私は明らかに混乱してる。そりゃそうだ。美人で口の悪い巫女さんかと思ったら、美青年で口の悪い宮司さんだったんだから。……あれ?文字にしたら大して変わらない。

「にぁ~っ」

「あっ、ごめん」

また突っ立ってぼぅっとしていたらしく、アオイに急かされてしまった。私は動き出した彼(彼女?)に従い、まだ痺れの残る足を動かした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ