お誘い
私の近所には、康命神社という神社がある。健康を司る神を祀っているらしく、無病息災や交通安全を願う老人がよく立ち寄っていく。私は近所といっても神様とかは大して気にしてなかったから、その存在は知りつつも、近寄ろうとはしなかったのだが───。
───ある日のこと。学校帰りの道で、私は一匹の猫を見つけた。
「あっ……」
別に何の変哲もない、ただの三毛猫だった。首輪がついてないから野良だろうか。珍しい。最近はめっきり動物を見なくなっていたから、こうしてただの三毛猫を見つけただけでも、そわそわと気になってしまう。というか猫可愛い。私はその欲求に抗う必要を見出だせず、その三毛猫へと近づいた。
「………………」
逃がさないようゆっくり近づく。幸い、こちらを警戒した様子はない。猫は暢気に身体を歪めて、毛を舐めていた。
「……猫さ~ん」
その愛らしい仕草に、私は思わず声をかけた。ぎゅっと抱いてもふもふしたい。そんな衝動に駈られて、私は両腕をゆるく広げ、その胸に迎える構えをとった。そのまま抜き足差し足で前進する。じり……じり……。肩にかけた鞄がずり落ちそうになるが、肘を張って食い止める。靴底で砂利が鳴るのが怖かった。そうして必死に足を進めること数十秒。あわや触れられそうな距離にまで近づいた。猫は流石に私の存在に気づき、その蒼い瞳をこちらに向けている。
(まだ逃げないや。触れるかも)
なんとなくだが、警戒されてる感じは受けない。だが歓迎されてる感じでもない。じぃっと凝視されてる。
(……まぁいいや。えいっ)
その目線に何か不思議なものを感じつつも、その柔らかそうな毛並みの誘いに負けて、私は手を差し伸ばした。左手が背中の毛にさわりと触れる。右手はお尻の方へ伸びていた。これならそのまま抱き上げれる───かと思いきや、不意に猫は立ち上がった。そして迫り来る両手を躱し、手の届く範囲からは脱してしまった。
「はぁ……」
残念。絶好の機会を逃してしまった。私は中腰から起き上がると、鞄をかけ直してスカートを払った。高校生にもなって猫に浮かれるなんて。そしてさっさと帰ろうと足を踏み出しかけたとき。
「あれ?」
再び、蒼い双眸とぶつかった。猫は逃げてなどいなかった。先程少し移動したきりで、変わらずこちらに目を向けていた。視線が絡まり合う。その瞬間、何かが聴こえた気がした。
「………………」
猫は首をくいっと斜めに振ると、踵を返して歩き出した。まるでついて来いとでも言いた気だ。
(む……上等じゃない)
何だかナメられたような気がして、私はムキになって猫を追って歩き出した。