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大薮新平 異世界にふしぎな踊り子として召喚され  作者: BAWさん
3章 邪神王国ドーマ 使徒大戦編
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32.大薮新平 帰還

 大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎなスキルを得て異世界に召喚された。彼は家族を守る為、本来の使徒達と戦いこれを打ち倒し、封印されていた神々をも復活させる。その後、創生神オーヴィスタとの交渉に成功。ついに彼は日本へ帰還することになる。数多くの奇跡を大陸に残して。

  レンテマリオ皇国王都、ウラリュス大神殿で復活祭が行われた。


 開会式。大神殿前の大広場で、大司祭ソゴス達が今回起きた顛末を、各国の代表と集まった聴衆に語る。

 あらすじとしてはこうだ。


・ドーマ王国の神竜ドムドーマが魔の瘴気に侵されて暴走を。力を求めて各国の神獣を襲い始めた。

・ドーマ王国王家はそれに便乗し諸国に侵攻。支配地を増やし征服戦争を始めた。

・神アウヴィスタが暴走した神竜ドムドーマを抑える為、ハヌマール王国に使徒オーシャブッチを降臨させる。

・しかし使徒オーシャブッチも同じ魔の瘴気に侵され、ハヌマール王国王権を奪い暴走を始める。

・そこへ眠りについていた慈母神セラルーベが、事態打開の為に俺こと大藪新平を召喚。

・だが地母神セラルーベの力は完全ではなく、俺は記憶を失い各国を彷徨って放浪。大神殿にてやっと覚醒して使命に目覚める。

・大神殿は俺と協力し、暴走した使徒オーシャブッチ軍を打ち破る。

・同じく暴走した神竜ドムドーマを捕縛。その力を奪い太古に眠りについた創造神オーヴィスタと慈母神セラルーベの復活に成功する。

・これから大陸は蘇った三柱の神々によって、更なる安定した治世で統治されることになる。

・よってこれより新しい世紀として復活した神々を称える「復活祭」を開催する。

・めでたしめでたし。


 素晴らしいまでに、ここにいない連中に悪役を押し付けた作り話となった。なんだろう『魔の瘴気』って。そんな言葉を初めて聞いたぞ。

 一方俺は、ドーマ王国を倒し神々を復活させた英雄扱いになっていた。英雄だってさ。大司祭達に決戦の『裸踊り』が知られて、随分と説教をくらった気がするんだが俺の記憶違いだったろうか。


 確かにセラルーベがオーヴィスタを罠にかけて封印、自分も娘アウヴィスタに罠に掛けられて封印。怒ったセラルーベが神竜ドムドーマを誘導し復活を画策、気付いたアウヴィスタが使徒オーシャブッチを召んで対応、それに俺が対抗する羽目になったとは言えない。ドムドーマが暴走して戦争起きてた原因はセラルーベの所為でしたよテヘペロ。一方アウヴィスタもドムドーマを封印できたら近隣諸国全て滅ぼすつもりだったので慌てて他の神々復活させましたー。

 ……まあ言えないか。


 こうして真相は闇の中へ。歴史はこのように捏造されていくのだという見本を見せられた。俺にとっては別の世界の話だから構わないのだが、本当にこれでいいんだろうか。


「使徒殿、ご準備はよろしいですか」


 他人事みたいに評していたが、残念ながら俺が一番の当事者だったことを思い出す。


「さあ、ご登場頂きます。大陸を騒乱から救い、神々を復活させた救世主! オオッヤベェッ!! シッパイダアアアアアっ!!!」


 ウオオオオオオオオオッ!!!!


(しっぱいかー……最後までこの扱いかー……)

 

 俺は盛大な拍手と歓声に包まれながら進む。控えていた楽団が、一斉に楽曲を演奏し始める。なんとこの一ヶ月で急遽作られた曲。俺専用の曲! 使徒のテーマ! なんだとか。……ズ〇ドコ節に聞こえるんだが、気のせいだろうか。


 司会に呼ばれ、補助の係員達に手伝われて俺は壇上に運ばれていく。そう、運ばれていく。

 復活祭でお披露目する俺の衣装担当達が気合を入れまくった結果だ。見栄えの悪い小僧を如何にして偉大な英雄として映えさせようかと、彼等は工夫を凝らしてまくって明後日の方向に開花した。その結果、俺は古代エジプトの王様みたいな、とんでもなく豪奢で重い衣装を着せられる羽目になった。試着してみたら重くてビクともしない。当然一歩も歩けない。既に服を着るという段階ではなく、組み上がった衣装装置に合身していると状態だ。紅白歌合戦のあの女王様状態である。最後の晴れ舞台だから良いじゃんと思うかもしれないが、感覚的には観光地の顔出し看板に、顔を突き出したまま晒し物になっている気分だ。


 ワアアアアアアアアアアッ!!!!

 

 盛大な拍手と歓声に包まれながら、ずるずると引き擦られて俺は壇上正面へ。本当なら緊張するのだろうが、度重なる経験値と、シッパイ呼び、この笑える顔出し衣装によって俺の心はすっかり乾いている。からっからだ。

 山の様に突き出された拡声の魔術が込められた杖達に向かって一言。


「あー……」


 ウワアアアアアアッ!!!!


「えー……」


 ウワアアアアアアッ!!!!


 こんちくしょう。暴れてやろうか。

 もうお前等、俺が何を言おうと関係ないんだろ。騒ぎたいだけなんだろ、オイ。見ればもう酔っぱらって赤い顔している奴とかいるじゃねえか。

 しかし、ここで黙っていれば、また「シッパイ、シッパイ!」のシュプレヒコールが始まってしまう。

 仕方なく俺は挨拶をする。簡潔に行こう、簡単に。


「私は、役目を果たした!」


 ウワアアアアアアッ!!!!


「これからは! 新たな神々と! そして皆の新しい世界が始まる!! 頑張れ!!」


 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!


 OKらしい。地鳴りのような歓声が返って来た。結構適当な台詞だったのだが大丈夫なようだ。

 退散退散。俺は再び係員達に引き摺られて壇の脇へ下がっていく。


 オオオオオオオッ!!?


 何故か新たな歓声が沸いた。

 観衆の視線は俺に向いている。なんだ。なんかやらかしたか。装備が剥がれて縞パンツでもコンニチワしちゃっているのか。

 よく見ると彼等は俺ではなく、俺の後ろを見ていた。確認したいが豪華衣装に拘束されて首さえ動かせない。


(うげ!)


 しかし上空から舞い落ちてくる火の粉を見て事態を察する。神獣、火鳥レンテだ。しかも背中にリーダを乗っけている。


『フホーーーーーッ、ホホホホホオオッ!!!』


 後ろに控えていた火鳥レンテが民衆の歓声に耐え切れず、飛び出してきたのだ。とんだ目立ちたがりである。不測の際のフォロー要因としてリーダを後ろに控えさせていたのが裏目にでた。

 レンテは歓声を浴びた俺に対抗し、俺よりもっと大きな歓声をリーダに浴びさせようと、上空を飛び回り始めた。リーダは降りることも出来ず、青い顔で愛想を振りまいている。ただでさえ美少女な顔立ちが化粧をされ、レンテと釣り合わせる為に美しい衣装まで着せられているので目立つどころの騒ぎじゃない。

 異国のガキより美少女に注目が集まるのは、どこの世界も一緒だ。大衆達は一斉にリーダの姿を追い始め『誰か騎乗されているぞ!』『誰だあの少女は』『なんということだ!』『レンテ様が騎乗を許すなど』『なんとお美しい!』『天女か』『聖女か』『真の使徒では』と沸き立った。速攻で偽物にされた俺の立場は。


 仕方なく司会が『赤貴神宮巫女』に就任したリーダの説明をするが、大神殿としてはリーダをあまり公にしたくない。そのまま話を切り上げて進行を前倒し。大司祭ソゴスを再登場させて復活祭の開催を宣言、花火が打ち上げられた。

 これも裏目に出た。

 開催宣言と同時に楽団が一斉に曲を奏で始めたのだが、それに乗った火鳥レンテが盛大な火の粉を振り撒いて動きを合わせ始めたのだ。悔しいが凄く華やかな光景になった。

 楽曲のリズムに合わせてレンテが上空を踊れば歓声と手拍子が巻き起こる。何千年も畏敬を感じていた神獣が、突然親しみ易くなって観衆達と一緒に踊ってくれている。式典でこのようにレンテが参加するなど初めてのことらしく皇都の民衆達はもう大興奮。ボルテージがどんどん上がっていく。


『我等がレンテ!』『神鳥レンテ!』『神宮巫女!』『神宮巫女万歳!!』『万歳!!』『新世紀万歳!!』と方々から歓声があがる。使徒の名を呼ぶやつなんかもう一人もいない。


 ここまで盛り上がってしまうともう後には引けない。なし崩しに司会が各設備の催しを開放宣言して復活祭が始まった。本職の踊り子達が広場に登場、楽曲に合わせて舞い踊り始める。


 あちこちで催しが始まったお陰で、レンテへの注目が散った。役員達がアレをどうにかしてくれと泣きついてきた。


「おい! いつまでも飛び回るな! 乗っているリーダがフラフラじゃねえか! 倒れちまう! 戻ってこいバカ!!」


 衣装から抜け出た俺は、奴を怒鳴りつけて呼び戻す。

 リーダは愛想笑いを浮かべて固まったまま真っ白になっていた。一転して動揺しだすレンテを、休ませるから邪魔すんなと叱りつける。「式典の主役が変わってしまった……」と役員達がぼやく中、リーダを抱えて控室へ。


「ダイジョウブ、デス。ええ、ダイジョウ、ブですから……」


 精魂尽きたリーダを休ませようとベッドに連れて行ったが、引き攣りながらも遠慮してきた。


「もう大丈夫です…しかし、ちょっと……落ち着かせてください……」


 そう言って控室の隅で黙って膝を抱え始めた。一緒についていようと思ったが、主役の俺が最初から席を抜けるのはいけませんと会場に戻るよう言ってくる。こんな状態でも従者の役割を忘れていないのが凄い。


「兄様が帰還された後、これからもこのようなことは起こり得ます。私は事態に慣れ、このような場合の対処法を学ばねばならないのです……」


 決意したような表情で、こう言われては残れない。こいつも強くなろうとしているのだ。すぐに戻ってくると伝え、侍女さん達に後を託して控室を出る。道すがら心配そうにうろついている火鳥レンテを発見、怒りのドロップキックを放った。

 神獣が自在に変化できる霊的な存在なのを忘れていた。

 レンテの身体をすり抜けた俺は、見事に腰を床石に打って悶絶。衛兵に担がれ控室に出戻る羽目になった。


「なに、されているんですか。もう……」


 出迎えたリーダが、苦笑いして寄りかかって来た。



          ◇



 盛大な祭りは昼夜途切れず、ずっと続いた。なんと夜中もあちこちで騒いでいる。異世界の祭りって凄い。

 俺達は主賓。しかし最初の式典以降、大神殿から出ることは叶わず建物から祭りの賑わいを見下ろすだけである。

 正直つまらない。

 少し外に出てみたいと言ってみたが『何言ってんだこいつ』みたいな顔で周囲に止められる。俺が行けばリーダも付いてくるし、火鳥レンテも付いてくるから大騒ぎになるのは必至。警備上の問題で、騒ぎになるからダメに決まっているだろうという理屈だ。

 分かる。分かるが俺はこれが最後なのだ。もう日本に帰るので二度と経験することができない。だって俺が主役の祭りなんだろ。なんで俺が楽しめないの。ちょっとくらい良くね、とゴネてみたら万司長ブジェル・ギージェがやって来て怒られた。

 彼は警備の責任者を任せられていたらしく説得という体で説教をされる。このおっさんは未だ怖くて苦手だ。仕方なく諦めた。


 実際俺は暇な訳じゃない。大神殿内で行われている大小の宴席にはずっと呼ばれている。俺がこの復活祭後に元の世界に帰るという話も発表されたのでなおさらだ。各地から来た外交官や有力者達は一目俺に会おうとひっきりなしに面会を求めてくる。神々の復活はピンと来ていない各国代表も、ドーマ王国の侵攻を止めたのが俺だと聞かされては注目せずにいられないようだ。連中は勝手に自滅して、俺はドーマ国王に会ってさえいないんだけど。

 結果として一々席を設けるのは嫌なので、時々宴席に顔を出して話を交わさなくてはならない状態にいる。

 もっとも、俺からすればもう日本に帰るから面会しても意味は無い。自然に対応は雑になる。はあ、ほお、へえ、と相槌を返し。賞賛には愛想笑いをして、滞在の延長をしつこく要求してくる奴にはキレ気味に拒否をする。すると周囲が慌ててフォローする。いつもフォロー役で苦労するリーダなのだが、今回は火鳥レンテがべったり付いているので、こいつも別の人垣に囲まれている。その為苦労するのは臨時で傍仕えを命じられた司祭達であった。「栄誉ある役目だと聞いていたのに……」「こんな役割だったとは……」ボソボソと愚痴っている。


 実は火鳥レンテが付いて来ると騒ぎになるので、出来ればリーダに参加は控えて欲しいと役員達から要請されていたのだ。しかし、今回珍しくリーダは拒否し続け、強引に従者として同席している。


「彼等の意見は理解してはいます。しかし兄様と一緒に居られる時間は、もうごくわずかなのです。我儘をお許しください」


 こう言われれば、俺としても嫌とは言えない。俺達は連れ立って宴席に出席し続けた。

 するとどうだろう。幾ら使徒と言われても、もうすぐいなくなる愛想のないガキと、火鳥レンテを控えさせ如才なく会話を交わす美少女である。二日目からは俺よりもリーダに周囲の人々が集まった。現金な話だが、今後活躍するだろうリーダと懇意になった方が利益になるしな。今迄遠くから拝んでいた火鳥レンテを、間近で拝謁出来たと感激している連中もいる。


 もちろん、リーダの身元を知って反感を持つ連中も出た。

 弱小神殿の司祭でしかなかった小娘が、運良く使徒と神獣に取り入った挙句、高い官職を得やがったと不満を漏らす。言葉の端々に嫌味を混ぜ込んでいるので、蹴っ飛ばしてやろうかと前に出ると、リーダを含め周りが慌てて止められてくる。喧嘩をしても後腐れがない状況なので、俺も我慢が足りていない。仕方ないから言葉で優しく「注意してくださいよ」と脅すことにする。


「ついこの前ですけどね。レンテの奴、この娘の陰口叩いた偉い司祭さんを問答無用で踏み潰して焼き殺しちまったんですよ。こいつらは人間の地位や神殿の法なんか気にもしないから困りものですよねー。皆さんも気を付けてくださいね。ちょっと悪意を向けただけで過剰に反応しますから。下手すりゃ自分の失言で街中火の海にされますよ」


 これ実は嘘じゃない。本当に起きた。実際にはレンテに焼かれて瀕死になった男を俺が踊って治療。奴には説教をかまして、リーダからも説教させて二度としないことを誓わせている。たぶんもう起きないだろう。

 だが脅しとしては十分だったようだ。有力者達は揃って青い顔をして後ずさった。リーダが尻をつねって抗議してきたが無視である。俺がいなくなった後を考えると、どうにも不安で言わないと気が治まらない。

 しかし、調子に乗って毎回脅し返していたら、小耳に挟んだらしいヴィルダズが近寄って来て釘をさされた。


「考えは分かるが加減しておけよ。ここでレンテ様は高貴過ぎる。担ぎあげられて、嬢ちゃんが大司祭以上の権力を持っちまうぞ」


 そうか。崇められているレンテを擁していると知られれば途端に権力者側になるのか。それに気付かれたら有力者達が持ち上げようと派閥を立ち上げてしまう可能性があると。……失敗したかあ。成長しないな俺。


「お気遣いありがとうございます。私も私なりに精一杯やっていこうと思いますので」


 落ち込んでいたら逆にリーダに気遣われてしまった。

 健気な台詞を吐かれると逆に心配だ。


「大丈夫です。いざとなったら、兄様を見習って逃げ出しますから。レンテ様が協力してくださればひとっ飛びです」


 何かある度に、散々逃げ回っていた俺を見習うと言われては返す言葉もない。苦笑いしながらリーダの頭をぐいぐい撫で回したら、中に入れろとやきもちを焼いたレンテが俺の手をくちばしで突き刺してきやがった。公衆の宴席で使徒と神獣の醜い戦いが始まった。



          ◇



 復活祭三日目になると宴の会場も大分落ち着いてきた。

 面会を要求していた連中の対処がほぼ終わり、俺はようやく旧知の連中と話を交わすことが出来るようになった。

 明日は大広場で閉会式。終了後に大神殿の玄関前で仲間達に見送ってもらうことになっている。なにせ神のいる場所に続く神臨の間迄は遠い。しかもその区画は高司祭以上しか入れない。その為、別れの挨拶は大神殿の玄関前ですることになった。

 皆に見送ってもらった後、扉を抜けたら瞬間移動【天翔地走あまかけるランドランナー】で神臨の間へ飛び、神オーヴィスタに会いに行って日本に帰してもらう。立ち合いの大司祭ソゴスが神臨の間で待っている予定だ。

 明日の閉会式は観客のいる式典だ。つまり、皆としっかり話せるのは、今日が最後の機会となるだろう。




 最初にやって来たのは身軽な立場な連中、トリスタ森林王国のアンジェリカ王女だ。護衛としてラディリアとイリスカが後ろに控えている。


「もう……お別れになるのですね」


 寂しそうに呟くアンジェリカ王女の目が少し潤んでいる。人目の多い宴席なので泣いたり取り乱す訳にはいかないと我慢しているようだ。


「そうだね……」


 あの時。アンジェリカ王女が砦に虜囚にされていると聞いた時だ。何故か俺は自分のスキル【睡魔の踊り】が、姫さんを助ける為のものだと思い込んで強引に協力した。結果としてそれは宮廷魔道士ミモザ婆ちゃんと出会い、大神殿の存在を知って目指すことに繋がった。

 酷い目にも会ったが、もしあの時決断しないで、その場を立ち去っていたら俺はどうなっていただろう。今でもトリスタの町を放浪していたかもしれない。そう考えると俺は幸運だったのだろうか。こればっかりは分からない。


「しかし、チーベェさまの望みがやっと叶うのですから、快く送り出さねばなりませんね。お祝い申し上げます」


 俺はしゃがみ込んで彼女と目線を合わせる。


「ありがと。姫さんも元気でな」

「このご恩…… もっ……っ!!」


 快活に話していた姫さんだったが、耐え切れずに涙ぐみ始めてしまった。やっぱり成人前の幼女である。俺は抱え込んで撫でながらよしよしとあやす。


「ありがとな。姫さんもお姉ちゃん達と仲良くな……」

「ええ……もちろんです。……チーベェさまもお元気で」


 王女がラディリアとイリスカに介抱されて下がる。その二人と目が合う。


「「…………」」


 王女以上にこの二人にも世話になった。昔話を始めるとキリがない。……そう言えば俺はこの二人に告白されていた。流石にこの衆目の場で話を蒸し返す訳にもいかないしどうしよう。


「「…………」」


 二人は目配せして頷くと、黙ったまま会釈して姫さんを抱えたまま下がっていった。会話より近衛の仕事を優先したらしい。まあそうか。二人は近衛騎士隊長だものな。


 ……あっけない別れ方なってしまったな。少し残念な感じだ。

 横で物言いたげな視線を寄こすリーダに肩をすくめると、今度はヴィルダズとアルルカさん、傭兵デルタさん達がやって来た。


「よお大将。お別れだな。達者でな」

「ありがと。ヴィルダズも」


 この気の良いおっさんは話し易い。大人である彼が、俺に合わせて砕けた口調にしてくれてるのだと分かっていても嬉しい。この世界で俺が尊敬した数少ない一人である。


「まったく……お前さんに関わったばっかりに、随分と色んな目に会ったぜ」

「お互い様だよ。良いじゃん、それなりの報酬は受けたんでしょ」

「いや、見返りがデカ過ぎるっつーか、困り果てるっつーか……よお」

「それを言ったら俺だってそうだよ。ただの小僧がこんな世界に飛ばされて、こんなデカい話に巻き込まれてさあ……」

「英雄様さ」

「その英雄様、随分とあんたに笑われたんだけど気のせいかな」


 俺達は苦笑いしたまま握手する。


「クリオ達にもよろしく」

「ああ……あいつ明日泣き出すだろうな……」

 

 ここは偉い人達の席なので、クリオ達年少組は貴賓室で待機中だ。既に別れの挨拶は交わしている。予想した通りクリオはギャン泣きして駄々をこねた。俺は親の元にやっと帰れるんだ。帰りたいんだと言って説得したが、まあ最後はまたわんわん泣くだろう。幼児だからな。お守のヴェゼルに頑張ってもらおう。


「上手く逃げれそうなの?」


 ここ連日の宴席でもヴィルダズ達には仕官の誘いが沢山舞い込んでいるらしい。使徒大戦で勝利した総指揮官という人物を何処の勢力も欲しがっている訳だ。もっとも彼等はしばらく気ままな傭兵稼業をしようと、明日の壮行会後に出国する計画を立てている。


「まあ、上手くやるさ」


 ニヤリと笑って握った手に力が籠められる。充てはあるようだ。元反乱軍、包囲網から逃げるのは得意分野だそうだ。

 元副官アルルカさんと爆乳傭兵デルタさんとも軽く挨拶を交わし彼等は去っていった。ヴィルダズは両方から腕を取られて完全に両手に花状態なんだが、あの三人これからどうなるやら。気にはなるが俺がそれを知ることはもうない。



 他の国の外交官や領主達と話した後、最後に大司祭さん達首脳部がやって来る。大司祭ソゴスと二人の金司祭を中心として赤司祭と護衛団含め二十名以上の大所帯だ。


「……此度の大任、よくぞ果たしてくれましたな。感謝いたしますぞ」

「結局、終わり良ければ全て良しみたいな感じですが……まあ上手くいって良かったですね」


 大司祭ソゴスと微笑み合う。あちこち一緒に同行したお陰で、この迫力ある大司祭さまとも結構気安く話せるようになっている。

 互いに利用し合った訳ではあるが、大神殿は大きな傷を受けることなく大陸の維持に成功した。ヴィスタ教は唯一神アウヴィスタを奉じる宗派。創生神オーヴィスタが復活した以上、これまでの教義と矛盾することになる筈なのだが、ちゃっかり『これからは三柱を奉じ運営する』と宣言しその立場を維持している。まあ大陸唯一の宗教で神との交信権限を持っているのは変わらないのだから必然な話ではあった。


「各地の混乱はもう治まったんですよね。あとは創生神オーヴィスタの指示に沿って新しい体制が始まるとか」

「ええ。使徒殿が帰還された後、創生神オーヴィスタ様の導きを受けまして、徐々に新たな指針を大陸に広めていくことになりますな……」


 大神殿が滅びようと構わない神アウヴィスタに代わって、神オーヴィスタが管理者代表となった安心感からか高司祭達の顔は明るい。これからしばらくは創生神オーヴィスタと毎月謁見し大陸の運営方針について指示を受けることになるらしい。なにせ数百年前になくなった半島や崩れた山々が各地で復活しているのだ。放っておくと領土問題が発生するので、随時神の名において周辺諸国へ通達を出す必要があるんだとか。


「そうですな……これより新しい世紀が始まります。功労者である使徒殿には是非その始まりに立ち会って頂きたいものでしたが、残念なことです」


 しらじらしい社交辞令にあっはっはと笑い合う。

 大神殿はこれから新しい世界が始まるという意味を込め、なんと大陸の年号を改めた。今年はその元年となる。壮大な話だが、政治の話だ。明日帰る俺には、すごいんですねくらいしか感想がない。

 脇にいる赤司祭の一人が、空気の読めない追従してくる。


「使徒殿は文字通り救世主と成られました。我等は子々孫々に渡りその功績を称えることになるでしょうな。はっはっは」


 げんなりした。だいたいどんな称え方をされるか想像がつくからだ。大陸各地でおかしな踊りのポーズを取っている自分の銅像が立つと聞かされて嬉しい筈がない。拒否はしているのだが、明日にはいなくなる奴が何を言っても無駄だった。まあ自分は見ることはないので諦めるしかない。


「……そんなのはどうでも良いから、この娘が平穏に過ごせるようお願いしますね」


 そう言って後ろの控えるリーダを見やる。引き合いに出されてリーダが畏まって目礼する。火鳥レンテが任せろとばかりに羽ばたきして鱗粉を巻き散らして周囲を騒然とさせるので、控え目に挨拶しているリーダの苦労が台無しである。


「勿論です。神獣様方との架け橋となってくださるだろう赤貴神宮巫女は、これより最高の敬意を以って諸国からも遇されることでありましょう」


 リーダは天馬王トリスの力によって神獣達と会話が出来る。これより諸国を歴訪し、各王家と神獣達との仲介を務めるのが赤貴神宮巫女の役目となるという。

 その職務内容を聞いた時は、大変な役目を押し付ける羽目になったと頭を抱えた。しかしリーダ自身がこの役目を前向きに捉えており、どう運用していこうかと意気込みを見せているは救いである。

 でも不安は残る。目立つということはそれだけ害意を向けられ易いということだ。釘をさされていたのについ脅し文句を吐いてしまう。


「……たぶん、リーダが事故で大怪我やそれ以上の目に会えば、レンテの奴は暴れだしたり役目を放置したりすると思うんです。皇国の大地の加護が放置されたり、皇都が火の海になる可能性もあります。くれぐれも気をつけください」

「ちょっ……」


 酷い脅し文句である。実質皇都の命運をこの娘が握っていると俺は言っている。

 慌ててリーダが袖を引いてきたがもう遅い。脅された司祭達は引き攣った笑みで一様にリーダと傍に立つ火鳥レンテを見やる。大司祭ソゴスは顔色を変えず鷹揚にうなずいて言葉を返してくる。


「ええ、十分に留意するよう務めましょう」


 最後に明日の段取りを少し確認して彼等は去って行った。俺達はこれ幸いと一緒に退席。会場を後にする。


「兄様……お気持ちは嬉しいのですが、少し言い過ぎかと……」

『この者は我が守護スルヨ! 何ヲ要らぬ問答重ねるかヨ!』


 道中リーダとレンテが抗議してきた。俺は形だけ謝ってリーダの頭を撫で回す。分かっている。普通に考えて大神殿がリーダを粗略に扱う可能性は薄いだろう。レンテは絶対の守護にもなるに違いない。

 それでも心配なのは心配なのだ。兄妹ってそんなものだろう。





 大神殿であてがわれた自分達の部屋に戻って来た。

 これが最後の夜だ。


 意味があるのか分からないが荷物を整理する。と言っても持ってきた鞄や私物はアンジェリカ王女にあげてしまったし、下着や服などは道中ボロボロになったので処分されている。ズタ袋にあるのは回収した赤点のテスト用紙と鳴らない携帯電話とかだ。そもそも俺達使徒は向こうの世界から魂だけ召喚された存在らしい。この身体を始め、持っている持ち物は神アウヴィスタが再現した偽物らしいので、荷物をまとめても果たして意味があるのやら。向こうに持っていけるのかは怪しいところである。

 なので今迄得た数多くの勲章や、土産として渡された品は全てリーダに渡して処分するように言ってある。正直金塊なんか渡されても日本で換金する方法が分からない。そのままお巡りさんに捕まって事情を説明できず親を呼ばれてパニックになる自分しか想像できないのだ。


 リーダは俺の世話をした後、自分の荷物整理を始めた。俺が受け取った者は全て彼女の管理になるので大変だ。山の様に積まれた荷物に今日新たに届けられた物を目録に書き込んで溜息をついている。


「オ、オカエリナサ、イ。タダイマ」


 一息ついたのか手元に置いていある冊子を読み上げて俺に顔を向けるので、指で丸を作って発音バッチリだと返す。

 満足そうに頷いて目録整理に戻るリーダ。

 なんとこの娘、日本語が少し喋れるようになっていた。旅の道中話題のひとつとして教えていたんだが、俺が神の間から帰って来たあたりから本格的に勉強を始めた。今では五十音のひらがな、カタカナは網羅し簡単なやりとりも問答できる。いくら普通に話すだけで二重音声で聞こえるからといってもこんなに簡単に覚えるられるものなのだろうか。この頭の良さには呆れるしかない。俺、オーシャブッチの話した英語、副音声で聞こてたけどさっぱり分からなかったんだが。


 異世界からの召喚とは、破綻しつつあるこの世界を娘神アウヴィスタが補正しようとして、この世界のルール外である存在を召んだ物だ。創生神オーヴィスタが復活し大陸が安定すれば、誰かが召喚されて来ることはおそらくもうない。

 なので日本語なんか覚えても、無駄だとしか思えないのだが「後学の為」と言われれば断れなかった。知識欲といえばそうなのだろうが、とても理解できない行動である。


 やることが無くなった。ベットに大の字で横になり、ぼーっと天井を見つめる。


「……整理は終わられましたか」

「おー……もーいいやー……」


 話すべき連中との挨拶もほぼ終わった。もう帰る準備は万端。

 後は精々リーダと最後の雑談をして寝るくらいだろう。ふと視線を感じて顔を向けると、リーダが手を止めてこちらを眺めていた。あー最後の夜だもんな。ぐしぐし泣くだろうなあこいつ。仕方ないよなぁ……。


「……では、私は今晩所用がありますので、別室にて休みます」

「はえ?」


 ……そう言ってリーダは火鳥レンテと一緒に部屋を出て行ってしまった。

 びっくりである。こんな時間から何処かで用事があるのか。

 前もって外泊の予定を聞かされていなかったことにも驚いた。しかも別れ前の最終日に。確かに明日俺が帰った後、彼女はもう新しい生き方を始めないといけない。色々付き合いもあるのだろう。

 今晩はすっかり別れを惜しんで泣くリーダを抱えて慰めるつもりでいた俺は、肩透かしをくらった気分でなんだよーと身悶えた。

 しばらくベッドの上で泳いでいたら扉がノックされた。近づいたら警備の衛兵から来客を伝えてきた。

 来客だって。こんな夜中に。


「よろしいか」「お邪魔するわね」


 其処に立っていたのはトリスタ森林王国、近衛騎士隊長の二人。ラディリアとイリスカだった。



           ◇



 リーダがいないので客が来ても茶の出し方が分からない。途方に暮れた俺を見て二人は茶は不要と言ってくれる。助かった。カップに茶葉をぶちまけて涙目になっていたところだったのだ。


 テーブルを挟んで体面で座る。


「「……」」


 なんだろう。宴席ではろくに別れの挨拶が交わせなかったので改めて来たのだろうか。アンジェリカ王女は置いてきてよかったのかな。さっき泣き出しちゃったから体裁悪いのかも。まあ、この部屋は神殿奥地の貴賓室で遠いし。もう夜中だしな。


「リーダ嬢には話を通してある……」

「最後の別れの場になるから、申し訳ないけど彼女には席を外してもらったの」


 ポンと手を叩く。リーダがいなくなった理由がこれで判明した。


「なんだよ。良いじゃないか、別に一緒に居たって」

「「……」」


 ぶちぶち文句を言う俺に苦笑いした後、二人は遠くに視線を向ける。


「……貴方には多くの恩を受けた」

「色々あったわ……」


 どうやら別れの挨拶の前に昔話を始めるつもりらしい。ならば乗るしかない。長い付き合いだ。俺も言いたいことは沢山ある。


 長い話になった。


 しかし、話が噛み合わない。俺はこれまで何度となくこいつ等と揉めて怒られ叱られ蹴り飛ばされたことを話題にするのだが、彼女達は大怪我を負った自分達を救い、そして国を救ってくれた俺に対しての恩を良い話風に盛って話すのだ。話しの方向性が欠片も重ならない。

 最初に切れたのはラディリアだった。


「おっ、お前、いい加減にしろ! 私等が最後だからと、感謝を述べているのに、その返答はなんだ!」

「いらねえよそんなの! 何、柄にもなく綺麗な話でまとめてようとしてんだよ! 俺はお前等に連続で尻穴蹴られた恨みを忘れてねえぞ! 二日はトイレ辛かったんだかんな!」


 湿っぽい話なんて冗談じゃない。なんでそんなのに付き合わねばならんのだ。俺としてはこの際腹に残ってる文句を全てさらけ出して、すっきりして帰りたい。


「だっ、だからそれはっ……!」


 俺が乗ってこないことに苛立ったのかラディリアが頭を抱える。


「ええっと……ちょっと開けるわね」

 

 同じく唸っていたイリスカが立ち上がり、横に積まれている荷物から酒瓶を取り出し、グラスを並べて注ぎだした。酒を入れて景気付けしようということらしい。


「いや俺は飲まないぞ! わかってんだろ!」

「分かってるわよ。こんなにあるのだから一本くらい良いでしょう。お互い少し落ち着きましょう」


 俺は果実水だ。互いに喉が渇いているのであっさり飲み下す。再開。そしてすぐに迷走した。



「あひゃははははっ、おかしいったらないわ! ここまで上手くいかないっておかかしいでしょ!」

「おかしいのはお前だ! 誰だ落ち着こうって言った奴は!」

「お前はどっちの味方なんだ!」

「にゃによう! 貴方が話下手なのがいけないんでしょうーっ」


 ……イリスカは酒に弱く笑い上戸だった。ラディリアが空回りする度に膝を叩いて爆笑するので、二人で掴み合いが始まった。駄目だこいつら。別れの挨拶に来て喧嘩すんな。


「やめろ馬鹿共、もう酒は止めろ」

「あーやだやだ。もー……全然、上手くいかなんだもの」


 ふらふらと千鳥足でさまよったイリスカは、テーブルを迂回して俺の横にぼすんと座り込む。ちょっ、近いぞこいつ。離れようとした俺の腕を掴んで、まっすぐ俺を目を見据えてきた。


「……ねえ。……返事、聞きたいわ」

「!!」


 ドキリとして硬直する。いくら俺が鈍くても分かる。これはいつぞやの告白の返事を言えということだろう。


(…………)


 ここに来て、こんな夜に二人で部屋に来た理由をやっと俺は理解した。二人は告白の返事を聞きに来たのだ。今更変わらないだろう俺の返事を聞いて、ケリをつけに来たのだ。


「……」

(……)


 騒いでいたラディリアも、イリスカと反対の俺の隣に座る。

 二人の美女に問い詰められて俺は唸る。

 これ俺が悪い。忙しさにかまけて返事を伸ばしていたのは俺だ。こいつらからすれば俺は逃げたんだ。腹をくくるしかない。リーダにも言ったように後味が悪くなろうとも言わなちゃならない。


「悪かった。なんつうか…正直言えば……俺がお前らというか……この世界の連中とそういう関係になる姿が想像できねえんだ」


 差別的な言い方かもしれないが、これが本心だ。

 こいつらは俺にとっては外人なのだ。国が違う人というのじゃなく文字通り外の人なのだ。告白を受ける。恋人になる。その光景に違和感しか感じない。この世界のどっかの家に、落ち着く自分の姿が全然想像できない。正直告白なんかされても、全力疾走してる最中に別のことを聞かれてうるせえとしか返せない感じだ。


「俺はここに居着く気は欠片もない」


 ここは異世界で、俺の世界じゃないという違和感を常に感じている。西洋人しか出ない映画に、学生服姿のまま放りこまれた気分なのだ。何処にいても、自分だけぽっかりと姿が浮いている。いつまで経っても周囲に馴染めない。


 顎をつかまれてラディリアに向き合わされる。


「答えになっておらんぞ」


 更に顎をつかまれて、反対にイリスカに向き合わされる。


「貴方の私達への気持ちを聞いているのよ」


「……だから、この世界にいるお前等を、俺は受けられないと言ってんだ」

「女としてどう思っているかを聞いているのよ」


 そう言われても難しい。俺は頭を掻く。


「そう言われてもな…恋愛感情っていうの、正直よく分かんねえんだよ」


 クラスの男女がしていたような、異性に夢中になった経験が俺にはない。想像もつかない。漫画で見るような相手に夢中になる気分が分からない。護衛騎士とか男達がラディリア達に迫ってるのを見てムッとしたことは確かにある。でもそれは子供が仲の良い奴に感じる独占欲だと言われても反論できない感じだ。どこから恋愛感情になるのか違いが俺には分からないのだ。要はガキなんだろう。


「経験がないんで、どう感じたら恋愛になるのか分かんないんだ。はっきり答えられるのは、お前達が止めても絶対俺は日本に帰るってことだ」

「「……」」

「えと……言い方が悪いのかも分かんないけど。お前らが嫌いな訳じゃない。好きかって聞かれたら好きだって言う。でも、ここに残ってとお前らが言っても俺には受けられねえ……そんな風にしか言えない」

「「……」」


 二人が黙って俺の顔を凝視したまま時間が過ぎる。

 しばらくしてイリスカが長い溜息をついて俺の肩に顔を埋める。次いでラディリアも息を吐いた。


「あーあ、いやね。やっぱりこうなったわ……」


 そう言いながら、何故かイリスカは俺の首に腕を回してきた。おい、近っ。言葉を手が合ってない。


「まあ……お前ではこれが精一杯か。仕方ないな……」


 ラディリアも偉そうに息を吐いた。いや、たぶん逆の立場なら脳筋のお前等もたいして変わらない反応すんじゃないか。国を家を捨てられないとかなんとか。違うかよ。

 ぴったり首に巻き付いているイリスカに文句を言って離れさせようと振り返る。近い。そして


「!!!っ」


 思い切りキスされた。


「!!!!っ、!?、!!!!っ」


 がっちりと頭を掴まれているので動けない。逃げれない。

 前回の時みたいに歯が当たったレベルの話じゃない。がっつり、思い切りキスだった。練習でもしたのか、完璧なキスだ。触れ合った唇からどくんと頭の天辺に何かが走る。

 やばい、気持ちいい。これマズイっ。


 気が付いたら抱きしめていた。本能って恐ろしい。そうすると思った以上に腰が細いのに気付いて更に頭が混乱する。

 ぐるぐる回る頭でなんとかイリスカの肩を掴んで引き剥がす。その腕を取られた。


「ふ、おっ!!?」


 素敵な感触に奇声をあげる。見ればイリスカの反対側に立ったラディリアがいる。彼女が上半身の衣類をはだけ、俺の手はその中に導かれていた。


「!!っ」


 めっちゃ大きくて柔らかかった。ずくんと身体の芯に衝撃が走る。元気百倍。思わず両膝を立てて隠す。我ながら中学生みたいな反応だ。


「!?っ」


 そのまま頭を掴まれラディリアにもキスされた。やばい。こいつも本気だ。前回と全然違う。


「確かに私達はもう止めはしないわ……」


 後ろからイリスカが囁く。耳元で甘い息と共に吐かれてぞわりとした。


「……だが、きちんと別れはさせて欲しい」


 男前な台詞と共にラディリアは何度もキスをしてくる。俺は完全に翻弄されている。なにより握った掌を剥がすことができない。


「……嫌か」

「どうしても嫌なら……諦めるわ」


 突然キスを止め、真顔になってラディリアが聞いてきた。その瞳は潤み、紅潮した頬で真剣に見つめている。いつも強気な奴が不安そうに聞いてくる。そのギャップにドキドキする。


「あ、え……」


 なんと言い返せばいいのか分からない。浮かぶ言葉は否定ばかりなのに、目の前の表情に魅入られている。こいつらが可愛くて愛しくて抱きしめてしまいたい。


「イリスカ」「ええ……」


 部屋の明かりが一つずつ消えていく。


「ああもうっ……くそっ……!!」


 俺は思わず抱き返して、唇を奪い返した。





 …………とんでもない夜になった。



          ◇




 翌朝、閉会式。やってることは開会式と同じなので特に語ることはない。

 俺が新たな衣装装置と合身して晒し物になったくらいだ。二体目作ってたんかい。火鳥レンテが出てきても負けないようにと考えたのか、定期的に背中から花火が発射される。もう完全に色物である。小さい子達が指を差して笑っていた。悲しい。

 控室にリーダを下がらせていたので今回火鳥レンテの出番はない。すると集まった観衆のあちこちからレンテを呼ぶ声が沸く。催促されまくっている。既に都民の興味は俺ではなくレンテのようだ。司会から俺がこれから帰還すると宣言すると、拍手と音楽と歓声が一斉に沸いたが、観衆の視線はレンテどこかなと上空を探している。空しかった。

 とにかく、閉会式は式次第通りに進行して終わった。これで俺は本当にお役御免となった。



 その後、大神殿の入口大扉前で俺の壮行会が行われた。集まったのは身内のような連中だけだ。

 有志で参加してくれた楽団が楽曲を奏で始める。俺の送別という事で、ジェンガとマイムマイムだった。皆は盛り上がったようだが、こうして聞かされると場違いな曲なので苦笑いするしかない。変な名でこの世界に残りそうで、名曲に申し訳ない。


 司会が感謝の言葉を述べている中。ふとラディリア、イリスカ達と目が合った。気まずそうに顔を赤らめて視線を逸らす仕草にドキリとした。いや、正直に言うと『ムラッ』とした。

 昨晩の記憶が一瞬で蘇り、興奮を抑えるが大変だ。凄かった。あれってそういうことなんだ。お互い完全に興奮状態になってしまった。体力馬鹿のあの二人相手に負けなかったんだから、俺もそうとうお猿さんだったんだろう。

 その二人が赤面してもじもじしている。

 やばいよ。めちゃくちゃ二人が可愛く見えるよ。正直、今すぐ襲い掛かりたい。飛び出して二人を何処か部屋に連れ込んで再開したいという欲望が沸き上がる。だがこの状況でそんなことをする訳にはいかない。第一これから日本に帰るのだ。

 危なかったな。

 もし数ヶ月前にあんな経験をしていたら、俺は絶対に性欲に溺れて、この世界に長居した。欲に負けてだらけまくった生活をしていただろう。もしかしたら日本に帰るのを諦め、この世界に居ついちゃうとか言い出したかもしれない。全然オーシャブッチを責められない。昨夜『お前達が止めても絶対俺は日本に帰る』とか抜かしていた自分がとても恥ずかしかった。

 こうして考えるとミモザ婆ちゃんの考えた篭絡計画はとても有効だった訳だ。なんて恐ろしい計画だったのか。つくづくあの二人が脳筋で迫るのが下手で助かった。……最後の最後であの二人の脳筋具合に感謝するとは驚きだ。



 最後に依頼された自分の挨拶を適当に済まし(本当に適当に挨拶したら、みんなにがっかりした顔で笑われた)壮行会もこれで無事終了となる。




 これが最後のお別れだ。横一列になったみんなと順に握手していく。


 まずヴィルダズ達、娘のクリオは親父さんに抱きついて泣いているので助かった、アルルカさんとデルタさんに抱きしめられ恥ずかしながらドキリとした。頭にまだピンク成分が残っている。自重しろ自分。


 今度は我慢できずに抱き着いて泣きじゃくるアンジェリカ王女をあやす。泣いてくれる嬉しさと共に、幼女にムラッとしない自分に内心ほっとする。酷いな俺。

 後ろに立つラディリア、イリスカと目が合った。


「「……」」


 今度は不思議とピンク脳は動かなかった。ニヤリと笑って拳を突き出したら、向こうもニヤリと笑って無言で拳をぶつけてきた。


「「……」」


 これで良い。こんなとこだろう。

 と思ったら後ろから近衛の女子一団が出てきて胴上げをされる。

 この世界にも胴上げがあったのだ。掛け声は違うが確かに胴上げだ。こんなこと中学生以来で気恥かしい。


「……って。引っ掛かからねえよ!」


 そして終わりに地面に放り落とすのも同じだった。しっかり受け身をとって着地。

 やはり近衛女子達は最後に恨みを晴らそうとしていたようだ。中学時代に部活で散々やりあった俺は引っ掛からない。


 残念がる連中に手を振って離れる。最後にリーダと火鳥レンテが前に出て来た。

 彼女は当面大神殿預かりで役職を務めることになっている。心配はあるが、レンテが傍についている限りリーダの身の安全は保障されていると言っていい。


『我に任せるがよいヨ!』


 身の安全は保障されても、心労の方が心配である。

 リーダと向き合う。


「……」「……」


 なんとも良い台詞が浮かばない。この娘に会えたから今俺はここまでこれた。そう断言して間違いない。この娘がいたから俺は死なずに帰ることができる。彼女には感謝してもしきれない。


「あー……、あー……っと」


 上手い台詞を探したが、やっぱり格好良い台詞は出てこない。少し顔を見合わせて肩をすくめて互いに笑う。止めた。もういいや。散々感謝も礼も言ったのだ。


「……世話になったな」

「はい。こちらこそ。ここまで御一緒できて幸せでした」

「幸せかぁ……うーん……」

「私にとっては全てが、かけがえのない幸せな時間です」

「そうか……まあ、そういうことにしておくか」

「……ですから」

「え?」


 びくりと身構える。まさかここでまた、向こうへ連れてってと云うつもりなんじゃないだろうか。


「……わかっております。もう一緒に連れて行って欲しいとは望みません」


 思わずほっとしてしまった。視線が合い体裁が悪くなって頭を掻く。リーダはまっすぐ俺を見上げている。


「私は自分自身の力で、其方の世界に行ってみようと思います。……それなら問題ない、ですよね」

「……?」


 考えもしなかった発想だ。


「……そんなことできんの?」

「分かりません。神の行いを倣するは不敬なことかもしれません。ですが、兄様がここに居られます以上、方法は存在するのです。ならば可能性は無ではありません。幸い火鳥レンテ様も私に御助力頂けると仰ってくれています。賭ける見込みはあります」


 そう言いながら傍らのレンテの首を撫でると、火鳥レンテ嬉しそうに頬ずりを返す、すっかりペットみたいに懐いてしまって、遠くから眺めている司祭達が複雑そうだ。

 いやしかし、それってもの凄く時間を掛けて研究することになるんじゃないだろうか。もし来るんなら嬉しいが、そこまでして賭ける様なことなんだろうか。なんか役職もあってこれから忙しいんだろうに。そんな研究家みたいなことを始めなくてもいいんじゃないか。


「私は貴方にこの杖を授かりました。財貨を預かりました。力と機会が与えられ、胸には希望があります。レンテ様の御助力を得て大陸を廻り、そのすべを探します。大陸中全ての神獣様方の御力を借りてでも、この願い、叶えてみせるつもりです」


 なんか壮大なことを言いだした。彼女の中には既に見通しがあるのだ。


「その際は、また御仕え……いえ」


 俺の表情を見て言い換える。


「……その際はまた、私がお傍にいることをお許しくださいますか」

「そりゃあもちろん。……お前には返しきれない程恩があるんだ。もし来れたら絶対会いにいくし。来たなら、できることなら何でもするさ。でもそんなの…建設的じゃないっていうか。時間の無駄使いっぽくないか。も一度言うけどあっちでの俺はほんっとうにただの子供なんだぞ。何の能力もないし学校での成績も悪いし……」


 リーダは再びゆっくりと首を振る。


「その言葉を聞かせて頂ければ十分です」


 迷いのない真っ直ぐな瞳で俺を見上げ、彼女は告げる。


「……たとえ何トゥン(何年)、何十カトゥン掛かろうとも、辿り着いてみせます……」


 さあっと風が吹き、彼女の髪をなびかせた。





「――――貴方の下へ」





 胸に当てた手を握り締め、俺の目をまっすぐ見据えながらリーダは宣言した。


「あ…………」


 俺は――――

 自分を見上げるリーダの目を見て、表情を見て、ここに来て初めてピンと来た。来てしまった。

 何故なら昨晩のラディリアとイリスカ達の目と印象が被ったからだ。同じだったからだ。それは子供が家族を見る目ではなく――


「あ、え。え、ええええーーーっ?」


 俺は思わず叫んだ。


「お、おまえ。おまえっ。そうだったの!?」

「!!っ」


 俺が驚いた意味を察したのか、リーダは顔が真っ赤になった。俺は頭を抱える。


「あれ、なに。いつから。え、なんで?」


 俺はずっとコイツを妹みたいに思ってた。めっちゃ頭の良い頼りになる美人の妹。仲間みたいに。自慢の家族みたいに思ってた。なんとか姉に会わせて自慢したかった。でもこいつの方は違ったのだ。こいつは。こいつ、本当は俺のこと。俺なんかを。え、うそ。だってガキだぞ。ガキだろ。こっちの世界でいくらもうすぐ成人になるからってそんな。え。


(ふっ)(くっ)(ククク……)


 くすくす声が聞こえたので見渡せば他の連中が揃って笑っている。ヴィルダズが腹を抱えている。ラディリアとイリスカどころかアンジェリカ王女始め近衛騎士連中全員が笑っていた。え、なに。皆気付いていたの。気付いていなかったの俺だけ。

 ……なんてこった。


「大将ー……」「この馬鹿」「ここでかよ」「なんで今頃」「女の敵にも程がある」


 俺への罵声が飛び交う。最後の最後に仲間達から掛けられた言葉は罵声だった。


「うるせえよ! 仕方ないだろが!」


 とはいえ、これは恥ずかしい。おお、ちょっと鈍いにも程があったぞ俺。いやでも仕方なくね。相手小学生よ、いや中学生なのか。


 改めて向き合う。


「あー……っと。……無理、はすんなよ」

「っ……兄様がそれを言うのですか」


 最後に掛けた言葉は吹き出された。挙句言い返された。もうぎゃふんだ、ちくしょうめ。


 後ろを振り向くと、まだかまだかと司祭達が俺を待っていた。仕方ない。行くか。


 大きく手を上げて叫ぶ。


「じゃあな!」


 俺は大神殿の正面扉に向かって駆け出す。

 最初、少しだけ重かった足は、途中から自然と早くなった。



           ◇



 こうして異国より召喚された慈母神セラルーベの使徒。オヤヤベエ・シッバイこと大薮新平は故国へ帰還した。


 彼には大神殿から多くの称号が送られた。また、残留を望む多くの声を辞し、使命を終えると共に帰還した彼を無欲の徒と人々は称えた。

 後年ウラリュス大神殿から彼の辿った足跡が発表される。暴走した神獣と侵略国を阻み、大陸の危機を救い、太古に眠った古の神々を復活させたその武勇伝は大陸中の話題となった。

 大陸各地でその行動が称えられ、英雄として詩に詠われ、講演が組まれ、長年に渡って人々の耳にその名を伝えられることとなる。



 一方、覚悟を見せる為、腰ミノ姿になり相手に挑む。そんな謎の習慣が後世に残り、多くの歴史学者達が起源を突き止められず頭を悩ませることとなる。


次週エピローグで完結です。その後、後日談を一話だけ追加する予定。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これもうどうなるんだ!?とハラハラしながらストレス展開からの、ものすんごく納得いった終わり方。いやほんと踊り大戦てどうすんだと思ってました(そっち) 本当に最後の展開は素晴らしかった。…
[一言] おおお!! ステキな小説をありがとうございます! 最後も楽しみにしていますー!
[一言] 覚悟を見せる為、腰ミノ姿になり相手に挑む。 ↑ここ読んで生まれて初めて鼻水噴いた。
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