31.大薮新平 事態収束へ向かう
大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎなスキルを得て異世界に召喚された。家族を守る為、本来の使徒であるオーシャブッチ率いる軍を打ち破った新平。そして復活させた神々の元へ飛んで交渉へ挑む。しかし、彼を召喚した神セラルーベとアウヴィスタは、新平を発見するや攻撃をしてきたのだった。
俺の身体は一瞬で紙屑みたいにバラバラに吹き飛んだ。
(……あ。 ………………?)
思考がうまく働かない。それもその筈、身体がない。はたらく細胞がないから頭もはたらかない。
(や、ばい……。おれ、死、んだ?)
先程迄神の威圧感に怯えていたのに、今は恐怖を感じない。身震いする身体が無いからだろうか。それは助かった。しかし、死んでしまっては意味がない。死んだ。死んだのか。俺はこのまま意識が薄れて死ぬのか。……死、ぬのか。
……死
……死にはしないようだ。
何故だろう。少しぼんやりしているが意識はしっかりある。眠くなる感じも意識が遠くなる感じもしない。
ただ、思考が異様に遅い。1234が、1、2、3…としか数えられない。やっぱり脳細胞がないから、思考が遅いのかもしれない。はたらく細胞って大事。
たぶん、神々のいるこの場所は、精神的な世界とやらなのだろう。考えた途端に相手の姿が一瞬で変わったりしたからな。俺の身体はイメージが具体化した物だったのだろう。身体がないと落ち着かないし、話もできないから。その幻の身体を壊されただけなので、俺自身は未だ死んではいないということ……なのかな。そうあって欲しいんだけけど。
『ルートブライマリー・ヤシュキン・セラルーベ!!』
『此処に!』
オーヴィスタに名を呼ばれ、セラルーベはおかしなポーズを取って返答する。
『ルートクラムウェル・モル・アウヴィスタ!!』
『ハ、此処に!』
アウヴィスタも同じポーズで返答する。
わー……酷いポーズだ。左右じゃなく前後に万歳したまま、片膝を胸まで上げている。しかも同じ顔の女性二人が一緒にだ。非常におかしな神様達である。
つうか今、俺の身体を吹き飛ばしたのってこいつ等だよな。見つけるなり殺そうとしたのかよ。こいつら……。
『現況報告を!』
『『……』』
母娘二人は押し黙った。咄嗟に説明が出来ないらしい。彼が封印されてから数千年。そりゃ母親がオーヴィスタを封印し、その後娘に母親が封印されました。そしたら力が足りなくなって世界が崩壊しそうですとは言い難いだろう。
『報告を!』
『ハ、…ラ・ルート・セラ・オーヴィスタ監理公のヴィラーベ・オー・ヴィスタとの接続途絶よりカレンダ・ラウンド、バクツゥン十四、六ウィナル、十二キンが経過! ルートブライマリー・ヤシュキン・セラルーベ!との接続不能よりカレンダ・ラウン……』
アウヴィスタがなんか難しいことを言っている。おそらく二人が去ってから何千年も経ったとか言っているのだ。自分達が親父を封印したのに。
『先程のψスリー有性体排除の説明を!』
『『……』』
再び母娘二人は黙る。そして無表情で睨み合った。これって俺のことだよな。俺を殺した理由を聞かれて黙っている。それは俺を生かしていくと都合が悪かったという証拠だ。
『回答を!』
『ハ! 彼の者、潮流補正の為、理外より招んだ補正者也!』
セラルーベが答える。
夫婦というより上司と部下みたいな会話だな。
『補正者とは!』
『ハ、ファイヴァーブの供給不足により、テッヴァにおいて不正なエレル因子が発生。直接の修正が不可能なことから、理外権限を持つ有性体をイレギュラーとして派遣。事態収拾に充てておりました!』
今度はアウヴィスタが答える。こちらも完全な上下関係があるようだ。親子とは名ばかりで実際は違うのだろうか。実は上司と部下で、創った世界には親子として伝えているとか。
『排除の説明を!』
『ハ、彼の者は我との契約外の行動を行う不確正要素と為った為、排除を行いました!』
『ハ!彼の者は我との再契約によりテッヴァに着任。同様に契約外の行動を行った為、不確正事象を引き起こす因子として排除!』
これはたぶん俺を殺した理由を聞いて、二人は俺が勝手なことをしたから殺したとか言っているんだろう。でもその契約外な事ってオーヴィスタを復活させたことも入るんだよな。良いのかな。
『其れは彼の者が、途絶していた己への接続を復旧させた事も含めるか!』
『『……』』
ほら、突っ込まれた。
『否、あくまでも危険要素として排除』
『否、あくまでも不確正要素として排除!』
母娘だけあって言い訳が同じだ。ええい、畜生。身体があったら俺が突っ込んでやるものを。
『双方の主張を受理。己への接続が復旧した経緯について詳細の報告を受けてより判断とす』
『上申! 本件はルートクラムウェル・モル・アウヴィスタ管理官により、テッヴァへの接続を断絶されられた事に端を発する物であり、彼の者の管理規約違反の調査を申請!』
『否! 本件はルートブライマリー・ヤシュキン・セラルーベ管理官が触発した事故により、監理公のテッヴァへの接続が断絶された事に端を発する物である。事故再発により同管理官との接続も断絶された為、規約ȴƣƣヴェーテ45867ƣにより本官は緊急管理体制を維持していたものである!』
母神セラルーべが娘を訴え、娘は……あれ? 反論せずに事故の所為にしたのか。これ娘の方は母親と喧嘩する気はなく、全部事故の所為にしようとしているのかな。
顔を見合わせた母娘。母神セラウーベが再び声を挙げる。
『訂正! 確かに接続遮断の仔細究明が優先されると判断。ルートクラムウェル・モル・アウヴィスタ管理官への調査請求を一旦取り下げるものとする!』
『ただし、接続遮断事故は意図的可能性を考慮すべき案件であることを追加報告す!』
『っ!?』
セラルーベは娘への追求を取り下げたが、アウヴィスタの追加発言を聞いて露骨に形相を変えた。
……違うな。アウヴィスタは自分の保身の為に、全部事故とそれを引き起こした母親の所為にしようとしているっぽい。その証拠に母娘が睨み合い、顔色を変え合ってるもん。
いや本当。顔の色が露骨に赤青にコロコロ変わるのだ。道路工事の点滅灯みたいに。B級特撮である。これオーヴィスタにバレバレじゃないんだろうか。
あ、ヤバイ。これヤバイ。喧嘩が始まりそうだ。世界の維持が放置されて崩壊が始まる。どうする。といっても今の俺は身体さえない幽霊だ。泣こうが喚こうがどうにもならない。
どうしよう。
今迄困った時、俺は全て踊りで事態を打開してきた。だが今回は身体がないから踊ることもできない。
(おー……い……。オー…ヴィー…スタァ…… 喧嘩させるなー……大陸があー……)
駄目。叫ぼうとしたが、全然言葉が繋がらない。連中に聞こえている風にも見えない。
『静粛!』
『!!っ』
オーヴィスタが一喝して母娘を黙らせる。助かった。
彼は今迄ずっと握っていた左拳をすっと前に押し出した。なんだろう。母娘もその拳に注目する。
『双方の主張齟齬を把握。状況確認の為に履歴調査を行う。また双方以外の視整補正の為――……』
そう言いながら彼は拳を開く。そこには――
『テッヴァの代表管理官より、状況報告を受けるものとする』
膝をついて大司祭の証明たる宝石の首飾り頭上に抱えて一心に祈りを捧げる、小さな大司祭ソゴスがいた。
『『――!!っ』』
バチリーッ!!
突然巨大な火花が散った。
大小さまざまな光が飛び交って視界を覆いつくす。
(!? なんだ! 何がおきて――?)
眼前のオーヴィスタが雷に打たれたように硬直している。
『『――――!!』』
相対する母娘神が形相を変え、揃って何かを叫んでいる。
(なんだ!? こいつらが攻撃しているのか!?)
その証拠に火花は母娘神から発せられている。バリバリとばかりに母娘神の周囲が放電し、感電したようにオーヴィスタが硬直している。マズイ。マズイ。反乱だ。オーヴィスタがやられる。
どうすれば。止めなきゃ。でも俺には方法がない。踊ろうにも身体がない。
その時。オーヴィスタの掌で放電にさらされたまま、うずくまって首飾りを頭上に掲げて祈りを捧げる大司祭ソゴスが目に入った。神々に囲まれ、威圧にされ、雷に身をさらされ、必死に堪えて祈っている大司祭がいた。
(――っ!)
どうやったのか分からない。気が付けば俺は大司祭ソゴスの身体の中にいた。身体がある。動かせる。糞、重いっ。俺は必死に叫ぶ。
(大司祭さま! 踊って止めるっ!!)
(っ!?)
大司祭ソゴスが驚いている。硬直していた身体が緩んだその隙に、俺は強引に身体を動かした。
立ち上がって反転、セラルーベ母娘に向き直る。大きく手を振ってステップ! 足を踏み出し! 両指をピンと伸ばし! アヒル口の笑顔で、叫ぶ。叫べ!!
「スリープゥゥゥゥ!!」
『『『!!!』』』
たった一瞬。
ガンッと母娘が俺の【睡魔の踊り】に仰け反っただけで、周囲の放電が消え去った。
(……はっ、はっ、はっ……!?っ)
静寂の後、あのオーヴィスタの巨大な威圧感に全身を襲われて、俺は瞬時にうずくまり丸くなった。身体は手に入ったのだが、お陰でオーヴィスタの威圧感に耐えられなくなったのだ。
(あ、があぁあっ!?……)
直後、胸から頭にかけて何かが動き回った。これは知っている。あの時と同じだ。セラルーベが俺に命令させようと、俺の記憶を調べた時だ。オーヴィスタだ。神オーヴィスタが大司祭ソゴスを、その中にいる俺を調べている。
(…………)
そのまま誰も動かない状態が続いた。
俺と大司祭ソゴスは圧迫感に抑えられて動けない。母娘の反応もない。気配は感じるけど動いていないようだ。神オーヴィスタが何も発言しなので静寂だけがずっと流れている。
どうしたのか。どうなったのか。確かめたいが、俺は恐怖で動けない。同じく大司祭ソゴスも動けない。
(――っ!?)
すーっと全身を覆っていた圧迫感が無くなっていく。同時に声が降ってきた。落ちついた低い男の声だった。
『理外より召喚……、ψスリー有性体……、契約にて潮流補正する者……』
俺だ。たぶん俺のことだ。俺に言っている。話しかけている。でも動けない。
『そして己への接続を復旧した者……、姿を――』
威圧感が更に薄くなった。これなら大丈夫だ。呼ばれたように俺はゆっくりと立ち上がる。
いつの間にか俺の身体は、俺自身の姿を取り戻していた。右隣には大司祭ソゴスもいる。首飾りを頭上に掲げ、祈りを捧げたポースのまま顔を上げて呆けている。背後を振り向くと、形相を変えたまま時間が停止したみたいに硬直している母娘がいた。
俺は正面に向かい合う。
其処には同じ背丈になって、話しを聞く為に威圧感の薄めてくれた創生神オーヴィスタが立っていた。変わらず顔形に特徴がないくせに、存在感だけは凄い。
『汝ハ――……』
ようやく。ようやくまともに話すことが出来る。
「俺は――大藪新平』
『オォヤ…シ……。……オオヤブ、シンペイ』
少しの戸惑いの後、神オーヴィスタはしっかりと俺の名前を反芻した。正しい自分の名を呼ばれたのは随分と久しぶりなようだ
言葉が続く。それは俺がずっと望んでいた。ここまで長い旅をしてきた結末へと続く言葉だった。
『――汝の主張を確認スル』
俺はついに、目指す神の前に辿り着いたのだ。
◇
その後、問題なく話し合いは行われた。
と言っても俺の主張は『日本に帰して』と『大陸が崩壊するから放っぽって喧嘩しないで』の二つだけだ。神々が復活したことや今後の大陸のありかたについては現地人代表である大司祭が話す領分で、そちらにお任せである。
難しい話は全部大司祭ソゴズが肩代わりしてくれたので助かった。というか、俺の拙い説明に不安になって、大司祭が代わってくれたというのが正しい。そりゃ自分達と大陸の命運が掛かっているんだから、俺みたいな説明下手なガキに任せてはおくのは心配だろう。
ソゴスは流石巨大組織の代表。弁舌が巧みだ。アスヴィスタの力が不足して世界崩壊が進んでいることや、オーシャブッチみたいな使徒を呼んだせいで大神殿がどんな迷惑を被って対抗する羽目になったかなんて、おくびにも出さない。
自分達が如何に困窮して、神々の復活に歓喜し、これから導いてもらえることへ感謝を述べたてる。
今回の顛末については、大司祭側の視点から、どのような事態が起きて大神殿と使徒がどのような対応を行ったか。そして復活した管理者である神々とこれからどうやって過ごしていくのかという形になった。
気が付けば母娘神はその場から退場しており。俺は創生神オーヴィスタと大司祭ソゴスの話し合いを、ふんふんとうなずくだけの首振り人形と化していた。神々の喧嘩さえ止められれば、もう俺の役目はない。
最終的に、この世界は以前のように創生神オーヴィスタの管理の元、セラルーベとアウヴィスタの三柱で管理されていくことになったようだ。大司祭ソゴスは改めて感謝を述べ、大神殿はアウヴィスタを含め三柱に仕えることを宣言し認められた。今迄ヴィスタ神殿はアウヴィスタを主神としていたが、それを変更するのではなく、父母神も加え信仰していく形となるそうだ。
神臨の間での神への接見はこれからも継続するが、神々が復活したことによりしばらく大陸の過渡期になるだろうと予測された。その為、アウヴィスタではなくオーヴィスタ自身が大司祭に接見してくれるという。無事神々の再臨と移行が成立したことになった訳だ。
最後にオーヴィスタは俺との話し合いにも応じてくれた。
といっても、俺が主導してオーヴィスタ達を復活させたことに対しては『汝の行為を評価す』と鷹揚に言われただけだ。責められなかっただけでも良かったのだろうか。
あんたの娘に勝手に召喚されたことや、嫁さんに脅迫されて使徒同士で戦う羽目になったことへ『親父として一言、謝罪があってもいいんじゃないかい』と思わないでもなかったが、下手なことを言って怒られては堪らない。威圧されるだけで這いつくばってしまう以上、そんな恐ろしい発言はいくらなんでも出来なかった。
俺の要求はただ一つ。たった一つだけだ。
「全部、無事に日本に帰る為だった。……それで、俺は帰して貰えるだろうか」
『是』
「っ!!…………」
大きく息を吐きだす。
やっと。やっとだ。やっと帰還への約束を取りつけられた。
『――汝、此度の益を求めるか』
なんだろう。報酬を望むのかってやつか。
ちょっと考えたが直ぐには思い浮かばない。もう安堵感でへたり込みそうなのだ。下手な事を口走って怒らせても困るので、一番心配していることを言ってみる。
「じゃあ、セラルーベの云ってた「俺の家族に悪いもんを送りつけて不幸にさせる」ってのは無しにして欲しいんだけど……」
『――是。成らば此度の評価として、逆の陽因子を振舞うとしよう』
「……おおー……」
それは幸運になる可能性をいっぱい送ってくれるということだろうか。それは嬉しい。良いことがたくさん起きるのなら大歓迎だ。一番ありがたいことかもしれない。
俺は素直に喜んだ。
余談だが――後日、俺はこの発言を振り返り何度も後悔する羽目になった。
何故か。
俺が日本に帰った後、速攻で二人に恋人ができてしまったのだ。相手の男達は俺が見ても文句のつけようがない程良い人達だったし、俺自身も気付いたら懐いていたから誰にも文句が言えない。そして母は再婚、姉も熱愛の末に結婚を果たした。俺達は豪邸に引っ越すことになった。
その結果どうなったかというと――俺はすっかり二人から構われなくなったのだ。
就職後の初任給で買ったお礼も二十秒で流されてしまい、非常に微妙な心境になり、以降も幾度となく首をかしげることになった。
いやまあ……二人が幸せなら、それが一番なんだけどさ。俺が望んだことなんだけどさ。あんだけ頑張ってきた末に掴んだ報酬としては……確かに文句ないことなんだろうけどさ。もうちょっと良いこと思いつけなかったかな俺っていうか。うん。うーん……ううーーん……。
とほほ……。
話し合いが無事終了し、俺と大司祭ソゴスは神々の世界から戻って来た。
神臨の広間で待機していた多くの兵と司祭達に出迎えられる。こっちの体感は数時間程だったのに、俺達が中に入ってから既に四日が経っていた。
次に俺が神オーヴィスに会いに行くのは約一ウィナル(一ヶ月)後だ。神々と交信し易くなるのが、神門の周期で一ヶ月単位なのがその理由だ。その間に後始末を済ませ、次回行った時に日本に帰して貰うことになっている。日本帰還への具体的な目途が経ったのである。
俺はガッツポーズで帰還。出迎えたリーダを掴んで振り回し、成功の喜びを分かち合った。
「念願が叶い良かったですね」
少し寂しそうにリーダが喜ぶ。俺は両手でガッツポーズしながら歓喜を表現。
「コ〇ンビア! コ〇ンビア!」
「なんですかソレ?」
俺もよく分かってない。学校で先生がやってたから覚えてしまった。小学校時代、クラスで流行ったのだ。訳が分からないまま真似しようとするリーダを止める。いや、覚えようとしなくていいからな。
帰還した俺とソゴスはまず状況把握に追われた。予想していた通り、大陸中から起きた変異について山程問い合わせが来ていたそうだ。もしかしてあの母娘神がオーヴィスタを攻撃したので、こっちの管理が疎かになり、災害が起きたかと身構えた。そしてやはり災害は起きていた。
いくつかの山脈が消失し、地形が変わり湖が現れたとか。
ただ、幸いにして都市部は避けられており、人的被害は少なかったようだ。大司祭ソゴスがオーヴィスタに色々願い出ていたから回避できたのだろう。
しかし突然大陸中を襲った異変に各国は怯え、人心は乱れているようだ。帰還した大司祭ソゴスは、各国のヴィスタ神殿を通じて大陸中に布告を発した。
それは吉報。創生神オーヴィスタと慈母神セラルーベの復活である。今回の変異はその影響であり、既に大司祭が接見も済ませ、事態は収束しているので今後新たな災厄は発生しないというものだ。
多くの反応が返って来たらしい。悪いことの前兆かと構えたら逆だったのだから当然だ。しかも遥か昔に消えたと思われていた神々が復活したのだから、どれ程の騒ぎになったのかは想像に難くない。詳細の説明を求める連絡が、幾度もやってきた。皇都自体も凄く沸き立った。俺は他人事みたいに眺めていたが、大陸辺境の神殿から「崩れ落ちた半島が数百年前の姿を一夜にして取り戻した」なんて聞かされると流石に驚いた。……なんだろう。この世界ってあのオーヴィスタが作った模型みたいな世界なんだろうか。
ただし、俺達使徒同士の対決と、ドーマ王国関連のことは未だ伏せられている。情報量が多過ぎたからだ。各国は未だ神々の復活を受け取めるだけで精一杯。ここで半端に情報を開示すると、流言飛語が飛び交い混乱が予想されると大神殿は判断したのだ。
続いて俺が帰る三日前に合わせ、各国の代表を呼び説明会を催すと各国に布告された。
これにはたくさんの抗議が来たらしい。航空移動手段が存在しないこの世界では、一ヶ月内に皇都に辿り着けるのは近隣諸国だけだからだ。一応駐在外交官を置いている国もあるが多くはない。遠方の諸国は彼等から郵便で連絡を受けるか、国内に駐在するヴィスタ神殿からしか、詳細を知る術がないのだ。
大神殿としても説明会の日程を伸ばしたい気持ちはある。だが使徒の活躍を説明し俺を紹介するのはこの機会しか残っていない。『俺が帰ってから説明すればいいじゃないか』と言ってはみたのだが、神々を復活させた張本人である俺を一度も公に紹介せず帰還させたとあっては、諸国からの反発が大きいと固辞された。かと云って俺もやっと取り付けた帰還を伸ばす気はない。下手に延ばしてまた不測の事態が起きて帰れなくなっては適わない。大神殿も本音は俺が心変わりして残留を決意されては権力図が面倒なことになるので、近隣諸国だけをギリギリのタイミングで呼び、お披露目をするつもりなのだ。そして説明後に復活祭を催し、連日騒いだ最後に俺を見送って祭りを締め括るというイベントを掲げたのである。
そんな訳で、各国の代表や外務官がこちらに向かっている中、皇都は復活祭の準備一色に移行している。公式の発表はなされていないが、皇都民の耳は敏くかなり真実が知れ渡っている様子。なにせ祭りの名は「復活祭」。大神殿もあまり隠す気がない。みんな揃って浮足立っている。
俺自身は大神殿が連絡用の宝珠でやりとりし、何度となく戦地に飛んでは【天翔集団豚走】で人員を皇都に移送していた。完全に便利な道具扱いだが、徒歩では数ヶ月掛かる距離なのだから仕方がない。部隊毎に帰還させたので、軍の帰還式みたいなのは行われていない。復活祭にまとめて祝うことになっている。
なのでひっそり仲間内で慰労会。俺は集まった腰ミノ勇者隊の皆とお別れ会を催す。連中はうわばみだ。俺は下戸なのに、呑んで潰され、呑んで潰され、呑んで…三日目にリーダに怒られ解散となった。
次にリーダに指摘されてセラルーベが封印されていた神殿シ・ベンに飛ぶ。そこで神気を吸いつくされて玉に戻ってしまった神獣達を発見した。どいつも戻って来ないと思ったらまだ玉のままだった。事情を説明したから神様が回収して復活させているかと思ったらそんなことはなかったようだ。神を復活させた功労者である神獣達、実に雑な扱いを受けている。
「いずれ各地の離宮で復活されたと思いますが、神々は数カトゥン(数十年)単位で物事を見られておりますので……」
リーダの苦しいフォロー。そんなもんか。それじゃ大司祭がこれから毎月面会の約束を取り付けたのは快挙なんだな。
仕方なく【癒す女神のムスタッシュダンス】で全員復活させてやる。
だが神獣達は誰も感謝を述べない。腹が立つ。天馬王トリスなんかは、最後に俺が奴の分体を邪険に扱ったのが許せないと蹴りかかって来た始末だ。それを取り抑えてくれた火鳥レンテ自身も、俺ではなくリーダにだけ感謝を述べて引っ付いている。
そしてセラルーベに騙されて各国の神獣の力を喰らい暴れ回った神竜ドムドーマ君。襲った神獣達全員に責め立てられ、五メートル以上の体躯を蛇みたいにとぐろを巻き、その中に頭を埋めて引き籠ってしまった。何故か俺が仲裁に入る羽目になった。とても疲れた。
はて。まだ何か忘れてないかと考えて気が付く。トリスタ森林王国の女王フォーセリカが居ない。あの人、一体何処いった。天馬王トリスに聞いてみたが、神殿へ激突寸前に飛び降りたのでその後は知らないと云われてしまった。えー……まさか何処かに埋もれて死んでる?
慌ててラリアに乗って周辺を探索。砂漠のど真ん中で、神槍を杖代わりにヘロヘロでさまよっているところを発見した。何故直ぐに救援に来ないのかと静かにキレられた。勝手な女王さんだと思ったが、神槍を構えて凄むのでめっちゃ怖かった。日頃横柄な神獣ラリアが、びびって俺を盾にしたくらいだ。
フォーセリカ女王は『覚えておきますので』と怖い台詞を残し、天馬王の背に乗って自国へ戻って行った。復活祭に来たら絶対に顔を合わせないようにしようと決意する。
皇都に戻ったアンジェリカ王女と護衛団一行、ついでなので【天翔集団豚走】でトリスタ王国へ帰るか聞いてみた。しかし、彼女達も復活祭に参加するとのことで、ここまま宿に逗留するそうだ。自分達の手で恨みを晴らせたラディリアとイリスカはご満悦状態。彼女達の活躍は大神殿の監査官達が残す使徒大戦録や、講談師の歌に登場するのは確実だ。どこから情報が漏れたのか、噂を聞きつけた市政の有力者達から面会依頼が殺到しているという。アンジェリカ王女は鼻が高くご機嫌らしい。一方、ラストダンスで俺と一緒に裸踊りをさせられた近衛女子達。よっぽど堪えたのか、俺を見かける度に逃げていき、遠くから恨み言を飛ばしてくる。これまで散々俺の踊りを笑った罰である。『ヤッホーッ!』と叫びながら腰ミノ隊のポーズで挨拶するのが凄く楽しい。
ヴィルダズ達は大変だ。総指揮官として成果を出した為、大神殿内の貴賓室をあてがわれ侍女まで付けられて歓待されている。娘のクリオだけが『父上凄い。一緒に戦ったあたしも凄い』と、堂々と歓待を受けている。大物である。お供のヴェゼル少年なんか居心地が悪いらしく、いつ外に出られるのかと俺に会う度に聞いてくるのに。
一方、爆乳傭兵デルタさんと弟のトッポ。デルタさんが別の意味で顔が売れてしまい、それ以上に裸体が有名になってしまった。一度皇都の歓楽街に出たところ、戦場にいた兵士達に見つかり囲まれてしまったそうな。最初は歓待を受け大盛り上がりになったそうだが目立った理由が理由だ。すぐに揉めて乱闘騒ぎになり、現在市街に出るなと外出禁止を命じられている。今は毎日高い酒を浴びるように呑んでくだを巻いていた。下着と見紛う際どい格好で呑んだくれているので目に毒である。ヴィルダズは目の保養だと喜んでいるが、元副官アルルカさんの目が会う度に怖くなっているのに気づいているのだろうか。
一方トッポがぼやく。
「俺、家に帰れるんだろか」
「なんだ。帰りたいなら俺が瞬間移動で家まで送ってやるぞ」
「あ、いや……せっかく手柄立てたんだ。この名声を使って今なら皇都の綺麗なお姉ちゃんと……」
なんとかこの都会で彼女をつくれないかという望みを捨てられないらしい。
手柄ってお前、俺の影武者やるの死ぬほど拒否したじゃん。暴れる姉を抑えてただけじゃなかったっけ。最後吊られて一緒に踊ったくらいか。素養が認められたから司祭見習いになるかもとかいう話はどうなったんだと聞いたら「今はそれどころじゃないだろ」と真顔で言い返されて何故か謝った。
いつの間にかグループが結成されているこの集団、復活祭が終わり次第、一緒に別の国に逃げようとしているらしいが、果たして成功するのだろうか。俺がいなくなった後のことだからなんとも言えない。
捕らえられていた使徒オーシャブッチがいなくなった。金司祭キャバリエの監督のもと、厳重な拘束を受けていたらしかったが、いつの間にか拘置場から消えていたという。その場には拘束具のみが転がっていたらしい。奴は脱出が出来るようなスキルは持っていない筈である。内通者らしき影も見当たらない。司祭達から行方を知らないか問われたが当然俺も知らない。俺が未だに踊りの能力を保持しているのと同様、野に逃げた奴がまた何か悪さをするかもと大神殿は警戒している。だが俺と大司祭は『神オーヴィスタが把握した以上、奴が暴れるようなことはないだろう』という意見で一致していた。
奴には多くの嫌疑が掛けられ、自業自得以上の罪を着せられて裁かれることが決まっていた。この際だから都合の悪い話は全て奴の所為にしてしまおうというのが大神殿の意向だ。俺は奴がした悪事の幾つかを許せないとは思っていたが、あまり関係ない罪まで着せるのには抵抗があったので、少しだけ安堵してしまった。おそらく創生神オーヴィスタがなんらかの手を回したのだろう。何をしたのかは知らない。俺が帰還する時に、覚えていたら聞いてみようと思う。
オーシャブッチを失ったハヌマール王国の軍は、現在自国に帰還中らしい。道中オーシャブッチに娼婦に堕とされていた王女が一団を率いて脱走に成功したとか。彼の国ではこれから内戦が起きる可能性が高いと憂慮されている。
ワウル共和国には金司祭キャバリエから状況説明がなされた。侵略してきたドーマ王国軍の将軍達を引き渡し、ドーマ王国との交渉は両国同士の話になる。尤もドーマ王国が落ち着いた後になるので、かなり時間が掛かるだろうと云われている。ワウル代表の指揮官が妙にトリスタ王国女王に熱を上げていたと聞く。落下する神竜ドムドーマを、亀とあの女王が救った形に見えたからだろう。吊り橋効果ってやつだろうか。なんとも上手く騙されてしまったようで不憫に思う。
ドーマ王国軍残党も王都に撤退したようだ。主戦派の国王一派が壊滅し、ワウル共和国へ侵攻した将軍達も全て虜囚となっている。彼の国が今後どうなるのか誰も分からない。それどころか占領下にある各国で内乱の発生が懸念されている。鍵はドーマ王国内に残っている首脳部と、牢獄から解放されるだろう最後の王族。非戦派だという王女が握ってるという。
俺達が出てきたオラリア王国でも内乱が起きるのだろうか。せっかくドーマ王国の侵攻を止めたのに、簡単には平和が訪れないようで陰鬱な気分だ。リーダやヴィルダズに『それでも自分達の戦いは大きな意義があった』と云われ慰められる。確かに全てを救うことなんて不可能か。俺はもう帰るんだし、気にしても仕方がない。少しでも穏やかに皆が良い状況になってくれるよう祈るだけだ。
集まっていた神獣達もそれぞれの国に帰還した。彼等は神竜ドムドーマの暴走を止め、神々の復活も果たしたので、皇都に残っている理由がない。人間達の祭りにも関心がない。
ただ、随分と酷い別れになった。牛はまだ良かった。神狼ウルと飛龍ルドラが何故か大乱闘を始めた。亀はもっと大勢で踏んでくれないと帰らないと駄々をこねた。ロリコン神獣ラリアに至っては、皇都内の幼女の家に上がり込み、居座られたので助けてくれという陳情がアンジェリカ王女経由でやってきた。俺が乗り込んで何度も蹴り飛ばして無理矢理帰らせた。最後まで迷惑な連中だった。
『愉快な旅で在った! 機会が在れば、再訪するが良し!』
「糞神獣! お前俺の話、全然聞いてねえだろ! 帰るんだよ! もう来ないんだよっ!」
色々助けては貰ったが、本当に困った連中だった。獣の姿で日本語を喋られて、俺はかなりトラウマを負った気がする。
そして一番役に立ったくせに、一番困った事態を引き起こした神獣がいる。復活した火鳥レンテだ。
こいつ玉から復活させた際の説明がまずかったのか、自分が復活したのはリーダのお陰だと思い込んでしまった。初めて力を奪われ仮死状態になってから復活。その際、一番最初に声を掛けたリーダに親の刷り込みみたいな現象が起きたらしい。
結果として以前よりさらにリーダに懐いた。どこに行くのにも付いてきて、彼女を自分の背に乗せたがる。今迄威圧感を振り撒いて道行く民衆を平伏させていた高飛車な奴が、うって変わってゆるキャラみたいな気安さを辺りに振り撒きながら大神殿内を飛び回るのだ。
畏れ多いことでございますとリーダも拒否するが、もうまったく聞く耳をもたない。それどころか行き交う人々がレンテと一緒にリ-ダにも敬意を表して挨拶する姿を見て満足感を得る様にさえなった。忠臣根性が目覚めてしまったのだ。
これには俺達も大神殿も頭を抱えた。この皇都で大司祭以上に敬意を持たれている何千年も生きる神獣が、小娘の犬コロになってしまったのだ。あちこち飛び回っては自分の背に乗せたリーダを見せびらかし、リーダが敬われるのを見てはしゃぎ回る。最悪である。説得しようにも聞きやしない。こいつからすれば、子供が大好きな母親を自慢して回っているのと同じなのだ。
結局リーダには『赤貴神宮巫女』というよく分からない新しい官職が与えらた。神獣第一位火鳥レンテと共に大陸の神獣達との協和を図っていくという意味不明な官職だ。やっていることはレンテのお守りである。大神殿としてはリーダを放置しておく訳にはいかなくなったのだ。
こうして俺が日本に帰った後の、リーダの行く末は強制的に決まった。なんとも申し訳ないと思ったが
「大丈夫です。いざとなったらレンテ様の分体と一緒に、どこか田舎でのんびり生活します」
意外にもリーダが前向きに捕えていたので驚いた。こいつも逞しくなった。
その他、俺自身にも面会依頼が山と来た。神々を復活させただけではなく、ドーマ王国を叩いて止めたのが俺だと大神殿が漏らしたからだ。大神殿内だけでなく、皇都市街でも毎晩宴席が設けられ連日呼ばれた。兵を出してくれた有力者達の宴席は断るわけにいかずに出席する。そしてむず痒い煽て文句を延々と聞かされ、飲めない酒を勧められる。ヴィルダズ一行を見つけお互いに有力者達との相手を押し付け合う。難しいことは片っ端に「私はもう帰るから知りません。全部大神殿に言って」と連呼する。何を言われても壊れたロボットみたいに同じ台詞で返した。
今迄は今後の対人交渉を踏まえて苦手な社交辞令も受け答えしていたが、もう帰ると決まった以上、嫌な話にいつまでも付き合う義理はなかった。こっちの立場が上である以上、へり下る必要も気を使う必要もない。ヴィルダズに『子供かよ』と笑われたが、開き直って『子供の対応で悪いか』と押し切った。
だが、この方法は気は晴れるが、横にいるリーダに辛いフォローをさせてしまうのに気付いて反省。宴席に出れば出る程ストレスが溜まるので、結局宴席の誘いからは逃げ回っている。
そうこうしている間に時は過ぎ、復活祭が始まろうとしている。
そう。俺が日本に帰る時がとうとうやって来たのだ。
ダイジェスト感満載ですいません。じっくりやるとコレだけで4話くらいいきそうで・・・。
次回タイトル:大薮新平 帰還




