27.大薮新平 ドーマ神竜戦役(後編)
すいません。もう少しだけ三人称別視点入ります。ついでに裏の状況説明も補足したくて…。
ドーマ王国軍二万の軍勢が、怒号を上げながらワウル共和国軍へと迫る。
「好機であるぞ! 急げ、急げ! 己が力で武勲を立ててみせろ!」
ドーマ王国軍にて兵五千を預かる黒将軍ギジェ・ハスターは己の愛馬を駆り立てながら、野太い声で周囲の兵達を煽りたてた。兵達は目を血走せ己の武器を抱えたまま全力で駆ける。隊列が少し崩れ始めているが、咎める者はもういない。先駆けて戦端を開こうと、兵達は競い合いながら地を駆ける。
彼等の目的は何か。
「狙うはビュイックとパービュリー指揮官の首! レセプティナ女王だ! 女王を無傷で捕えた者は、金貨二千を褒美とするぞ!」
将軍ギジェの宣言に、追随する兵達が狂った様な歓声を上げる。
彼等の目的は一点集中。最速での敵首脳部の制圧であった。現在敵軍は混乱し隊列もままならない状況。今が最大の好機なのだ。部隊最大速度で突撃、敵将の首と女王の身柄を抑えるため、電撃作戦が決行された。
通常の戦場でならば起き得ない判断だろう。しかし、いくつもの要因が将軍ギジェ達を突撃に走らせた。
全ては三日前、皇子ライムーアが神竜ドムドーマの制御に失敗。ドムドーマが地上に落下して本陣が壊滅したことに端を発する。
残された部隊と生き残った高官達は侵攻計画が無に帰したことに茫然自失となった。なにせ神竜ドムドーマが圧し潰した被害は、国王ダイムンドを筆頭に、両皇子と軍監、指揮官達を含めた本陣一万にも及んだのだ。実質ドーマ王国首脳部が壊滅したといえよう。
残されたのは離れて部隊指揮をしていた前線指揮官三名と、後続の輜重隊をまとめていた老将軍のみであった。
これからどうすべきか、話し合いは紛糾した。
行軍を中止、王都へ帰還すべしという当然の意見に全員が躊躇した。なにせ国王と皇子二名が死亡してしまったのだ。次の王位継承一位に上がるのは反戦を訴え十年以上前から幽閉されている皇女ただ一人だ。このままいけば彼女を幽閉から解き、新たな国王として崇めるか否かという話が進むであろう。反戦主義の女王が即位してしまう。
この地に来た将軍達は、ここ数十年に渡る各国への侵攻戦において最前線で武勲を立て、将軍位に登り詰めた武官達である。彼女を新たな王として掲げる意思も、反戦に従う意思もない。かといって国内に王族はもういない。征服した各国王家の王配となった旧ドーマ王族達に話を持ち掛けようなら、ドーマ王国が逆併合を受ける事にもなりかねない。
これからどうすべきか。
まず神竜ドムドーマが制御できないまま、この地に留まるのは危険である。再びドムドーマがやって来て自分達を踏み潰さない保証がないからだ。最優先にすべき事は、暴走したドムドーマの制御なのは間違いない。誰がどうするのか。神獣は王家の血族としか意思の疎通ができない。ドムドーマの離宮で務める専属神官達と幽閉している女王に頼るしかないのだ。とりあえず彼等は他に方法がないかを調べる為、急ぎ王都へ急使を飛ばして協議を再開させる。
ここまで来て何もせず戻るのは噴飯ものだが、やはり帰還するしかないか。王族の国葬も取りまとめ開催しなくてはいけない。しかし、しかしだ……。
その時、事態が動いた。ここに来て神竜ドムドーマが、ワウル共和国軍へ向かって勝手に進み始めたのである。ドーマ王国軍の基本戦術は「神竜ドムドーマの突撃によって、崩壊した敵前線の中央突破による首脳部の制圧」である。その好機が遂に来たのだ。
将軍達は迷った。彼等はここへ武勲を挙げに来たのである。そしてその機会が今やって来た。武官として見逃せない事態だ。
王家が不在の状況下で、将軍の独断で戦端を開くのは問題だ。しかし、それで良いのか。我等は何をしに来たのか。
このままドムドーマを放置して帰還すればどうなるか。神獣ウルを倒してしまえばドムドーマはワウル共和国への興味を失う。それはワウル共和国への侵攻最大の好機を失うことになる。ワウル共和国軍のレセプティナ王家、ビュイック、パービュリー両公国軍が無事帰還すれば、せっかく内通を約束させたパイーリ、スヴェルナ両公国も立場を白紙に戻すであろう。こちらの王族が壊滅したと知られればなおさらだ。
そして王都へ帰還すれば、自分達武官の出番はなくなる。次期国王を決めるべく宮廷闘争が始まるのだ。
彼等の脳裏で魔が囁く。
『このまま強襲してワウル共和国軍を下し、そのままワウル王都を制圧。レセプティナ王家を手中にいれる。そして、その武勲と立場を以ってドーマ本国の王位継承戦に名乗りを上げるのだ』
もし王位戦に失敗しても、眼前の連中さえ倒せばワウル共和国一国が手に入る。ドーマ国王達が死亡した今、逆に一将軍でしかなかかった自分達が手に入れられるであろう最高位の到達点、王の座が手に入る。
彼等将軍は全員戦場で武勲を立ててここまで登り詰めた者達だ。野心に満ちた勇将ばかり。黒将軍ギジェ・ハスターはその最たる者であった。
粗暴で声が大きく、力自慢であることから十人隊の隊長から始まった。戦地での勝利を上げると同時に上司を暗殺。戦功全てを自分の物とした上で、賄賂を以って取り入り後継者に任官。その後も同様に賄賂と暗殺を繰り返して高い地位へと登り詰めた。
目端が効き、他人に敵を押し付け、自分は器用に立ち回って戦功を挙げるのが上手かった。金が好きだった。暴力が好きだった。権力が好きだった。他人を見下し嗜虐するのが好きだった。美女を奪うのが好きだった。
地位と共に更に己が欲望は肥大し、もっと昇り詰めたいという野心は年々高まるばかりだ。
それなのにここ数トゥン(数年)、新竜ドムドーマが集めた神気を安定させる為、他国への侵攻が止まってしまっていた。それは彼等武官達が戦功を挙げる機会を失ったことを示した。彼等は焦っていた。そして今回ようやくワウル侵攻という機会が巡ってきたのだ。
その機会をここで棒に振るなど。また鬱屈とした生活に戻るなど、到底我慢できるものではなかった。
再度、魔が囁く。
『攻め込むべきだ。今が最高の機会だ。これを見逃すなど愚の骨頂でしかない』
ドムドーマを追え。制御出来ないドムドーマを追うのは危険かもしれない。こちらにも被害が出る可能性はある。いや、本当にそう。奴の目的は神獣ウルのみだ。人間等は関知しない。ならば我等の障害になるとは考えにくい。
ならば、やはりここが最高の機会だ。国王達は死んだ。現在自分達が最高位で、戦功を立てれば丸々全てが手に入る。これが絶好の機会でなくてなんだ。賭けるべき時は今ではないか。好機を逃して武人がなんとする。栄達が目の前にあるのだぞ。
楽観論と期待、欲望、願望。将軍同士の競争意識。様々な要因が後押しとなって、将軍ギジェを戦いへと走らせた。そして同じ境遇である他の将軍達もまた、同じ思考から結論へと至る。
結果、こうして競うかのように三将軍達は自軍をワウル共和国軍へと突撃させているのだった。
右手にウラリュス大神殿の軍が現れて接近してきたが、彼等は脅威とみなされなかった。
これまで近隣諸国は、幾度もウラリュス大神殿からドーマ王国へ侵攻中止を命じるよう要求した。だが、大神殿は建前だけの抗議しか出さなかった。ドーマ王国の武威に恐れ、腰砕けの対応しかしてこなかった。
ドーマ国王が最終的にはウラリュス大神殿とレンテマリオ皇国を呑み込み大陸全土制覇を果たすと公言していたこともあり、ドーマ王国内ではウラリュス大神殿を軽視する風潮が強くなった。あのような臆病者達など恐れるに足らずと、誰もが吹聴していたのである。
それ故に、突然ウラリュス大神殿が軍を率いて現れたことには驚いた。だが、直ぐに警戒は解かれた。彼等はまともな軍を成していなかったのだ。何故か中央前面に巨大な舞台を擁し、抱えて運んでいるのだ。何故か演奏の為の楽団員達も大勢随行させている。戦場を戯場か何かと勘違いでもしているのだろうか。
盾兵で前面を揃えたのは理解できるが、騎兵部隊が舞台後方に控えている。あれでは前面部隊が邪魔で展開もできない。その他にも非戦闘員らしき者達が大勢随行している等、信じられない軍編制であった。
『連中は戦場を知らない素人だ。ろくに兵も揃えられず、大神殿の威光を翳せば、皆がひれ伏すと勘違いしている愚か者達だ。一当てして蹴散らせば、泣きながら謝罪をしてくるだろう』
歴戦を重ねるドーマ軍は失笑し、露骨に侮蔑した。
無視して構わないと判断し、進軍中止を求める使者も笑って追い返した。自分達が突撃を開始した途端、慌てて進軍してきたのだが、小高い丘に遮られまともに降りることも出来なくなって右往左往している。戦地も調査していなかったのだ。失笑物である。
その場で指を加えてワウル共和国の命運が尽きる瞬間を見届けるが良い。いいや、せっかくだ。奴等が連れてきた楽団を呼び、ドーマ軍の勝利の演奏を奏でさせてやるとしよう。
将軍ギジェ達は喜悦の笑みを浮かべながら部下達を叱咤する。
「いけえっ! 進めええっ! 栄華は我等の目前にあるぞ!」
彼の眼には王座に座る自分の姿が見えていた。
その時、信じられない状況が起きる。
彼等ドーマ軍が進む前方上空に、巨大な美女の幻影が現れたのだ。
オオオオッ!?
どよめきながらもドーマ兵達は歩みを緩めない。
幻想的な美しい薄絹の衣装を身にまとった美女は、豊満な胸を見せつけるかのように身をよじる。なんと扇情的な仕草だろう。
美女は耳と両手足につけた貴金属を煌めかせながら、空中でくるりくるりと肉感的な身をひるがえらせた。その度に身にまとった衣が少しずつはだけ、肌をあらわにしていく。
当初は戸惑った兵達もその光景に一気に沸き立った。ただでさえ興奮状態にいた彼等は、舌なめずりし奇声を上げながら、更にその足を加速させた。
それは将軍ギジェも同様だった。奇異な光景だとは頭の端に思いながらも、興奮状態にあった彼はかまわず兵達を煽ったのだ。
「おおっ! 貴様ら! あれは勝利の戦女神だ! 戦女神が俺達の前途を祝福しているぞ! 勝利は約束されたのだ! 駆けろ! 駆けろおっ!!」
「「オオオオオオオッ!!!!」」
競う他の突撃隊からも同類の掛け声を上がり、兵達は目を血走せながら疾駆する。上空の美女が大きな白布に包まれる。その衣が少しずつ引き抜かれると共に、彼女の一糸まとわぬ裸身があらわになっていった。
「「ウヒヒヒイヒィィィ!!!」「ヒャアハアアアアアッ!!!」」「「ハアアアアッ!!!」」
兵達の興奮が最高潮に達したその時――――――――
「天罰!」
カッ!!!
ウラリュス大神殿軍の舞台から声が上がると同時に、美女が光となって弾け飛んだ。その光量は凄まじく、周囲全てが強烈な光に包まれる。強力な閃光は暴力と同じ。直視していた兵達の視界が焼き尽くされた。
「「うぎゃあああああああっ!」」
閃光の中、絶叫と轟音が響き渡った。
「があああああっ!」「うえわああああっ!」
先頭にいた騎馬部隊は馬も含めて全てが転倒、落馬した。立ち止った者、転んだ者、後続がぶつかり合い相次いで横転。部隊は大混乱へ。
「うおおおああっ!?」
それは将軍ギジェも同様だ。なんとか馬をいなして着地には成功したが、焼かれた視界の痛みに目を覆って転げ回る。同時に彼は一早く状況を理解した。この目眩ましは、寸前で発せられた掛け声からもウラリュス大神殿の計略に違いない。何という魔術なのかは不明だが、ヴィスタ教総本山のウラリュス大神殿である。どのような妖術奇術が行われようと不思議ではない。
(おのれ、ふざけおって! 目つぶしだと! ウラリュス卑神殿めが! 糞信徒共が!)
おそらく自軍の戦力が乏しいからこそ、このような小細工を弄したのだろう。なんと小賢しいことをするか。ギジェは両目を押さえながら部下達に向かって叫ぶ。
「落ち着くがよいっ!! これはただの目眩ましだ! 右手にいるウラリュス大神殿の卑俗な奸計であるっ!」
若くして将軍位に登り詰めたギジェの声は、大きく周囲に響き渡る。
「こんなのものは一時的な時間稼ぎに過ぎん! 落ち着いてその場で目を慣らすのだ! 直ぐに元に戻る! 慌てて動き、転倒させようとする小細工に引っ掛かるな!」
少し遅れて同様の叫びが方々で上がり、混乱が徐々に納まっていく。それと同時にウラリュス大神殿への怒りが高まった。
「さあ立て! いつ迄膝を付いている。それでも大陸制覇を唱えるドーマ王国兵か!」
「「オ、オオッ、オオオッ!!」」
将軍達の怒声に応え、兵達は次々と起き上がった。奇声と共に武器を掲げ己の存在を示す。馬は大半が役に立たないようだが、兵の過半数以上は無事のようだ。
「立て! 立って武器を取れ! これは計略だ! 右にいるウラリュス大神殿軍の拙い計略である。貴様らはこのようなくだらぬ策略に臆したのか! 膝を付かされ黙っているのか!」
「「ウオオオオッ!!!」」
そう叫びながらも将軍ギジェは躊躇した。自分達の目的は前方のワウル共和国軍である。ここで自分達だけがウラリュス大神殿軍へ向かえば、他の将軍達に戦功を奪われてしまう。
折よく別部隊から伝令が飛んでくる。その将軍達からであった。自分達がワウル共和国軍へ向かうので、連中が再び邪魔をしてこないよう、一番近くにいるギジェ軍に掣肘して欲しいというものだ。
確かにワウル軍との交戦時に、再度似たような邪魔をされては適わない。位置的にも自分達が対応するのが道理だ。しかし、あのような連中にかまけ、首級を挙げる機会を逸するのはあまりにも痛かった。
見ればウラリュス大神殿軍は、行き止まった丘の最前列に舞台を掲げたまま、左右から盾部隊が降りて来ている。前面に盾部隊を揃えて守勢で攻め込むつもりなのだろう。放置して時間が経てば、叩くのに手間が掛かるようになってしまうのは間違いない。迷っている時間はなかった。
(致し方なしかっ!)
「全軍隊列を整えよ! 先に右方の弱兵、ウラリュス大神殿を叩く!」
決断した将軍ギジェは、号令を掛けて急ぎ隊列を整えさせる。
そこで、おかしなことに気付く。旋律が聞こえて来たのだ。何処かで楽器が奏でられている。気のせいではない。旋律はどんどん大きくなっているし周囲の兵達も気付いている。見回す必要もない。連中だ。ウラリュス大神殿軍の後方にいる楽団が演奏を始めている。しかも楽曲は殺伐とした戦場に似つかわしくない軽快な旋律であった。まるで祭りで火を囲んで騒ぐ際に流れる様な、明るい曲調である。
彼等は数瞬呆気にとられた。これから戦おうとしていた相手が呑気にも音楽を奏で始めたのだ。
……もしかしたら自分達は襲われないとでも考えているのだろうか。大神殿はそんなに自分達が偉いとでも思っているのか。阿呆にも程があるだろう。
「戦場をなんだと思っているか! こんな時に舞踏会でも開くつもりか!」
なんと、その通りだった。
丘の前面に設けられた巨大な舞台の上で、数人が並んで軽快に踊りだしたのだ。数人単位で列を作り、愉快そうに足を振って前後に飛んで踊っている。なんとものどかな連中であった。
「ふっ……ざけおってえ!! 容赦せぬぞおっ!」
「「ヌウアアアアアアッ!!」」
ドーマ軍は当然、これを小馬鹿にされたと受け取った。将軍ギジェも青筋を立てていきり立っている。
「武器を取れ! 天に掲げろ! さあ、我等の戦斧で、連中のイカレタ頭を勝ち割ってやれええいっ!!」
「「ウオオオオオッッ!!」」
兵達は各々を武器を掲げて雄叫びをあげる。顔面を真っ赤に染め、憤怒の表情で武器を空に掲げた。その瞬間、舞台上で踊る者達の身体が鈍く輝く。
「「「!?っ」」」
兵達は己が目を疑った。掲げ挙げた掌から武器がするりと抜け出すと、宙に浮き上がったのだ。
慌てて武器を掴もうと手を伸ばす。しかしその手もするりと交わされ武器は更に上空に逃げる。その現象は全軍に渡って起きていた。各部隊から兵達の驚きと焦りの声があがる。
「おわっ?」「なんだ!?」「待てっ!」「そんなっ?」
将軍ギジェも愛用の巨大な戦斧に手を伸ばす。しかし掴めない。戦斧が手を摺り抜け上空に逃げていく。
「馬鹿な! あり得ぬ! 何故だ!」
誰もが狼狽して武器を掴もうと手を伸ばす。飛び跳ねる。しかしどうしたことか。誰一人として、武器は己の手に戻らない。全兵達の手から次々と武器が抜け出し、上空へと昇っていく。
彼等の持つ全ての武器が、空へと飛んでいくのだった。
◇
【ざまを見ろよビーナス】
俺の脳裏に踊りの名が響くと共に、閃光が周囲を光に包む。同時にドーマ軍から轟音と絶叫が響き渡った。閃光に目を焼かれ、兵士達が転倒して大混乱に陥ったのだ。
(やった!!)
完璧に引っ掛かった。戦意で興奮しきった連中は、性欲どころじゃなく引っ掛からないかと心配したが、そんなことはなかった。いつどんな時も男は常に男だった。見事に馬鹿ばっかりだ。ドーマ軍の先頭部隊は総崩れ。連中の進軍は完全に止まった。
「ふ、ふ。ふふふっ」
自分が引き起こした惨劇を、恍惚とした表情で爆乳傭兵デルタさんが見入っている。万の観衆の前で裸に剥かれたというのに、彼女は舞台の先端で、全裸でポーズしたまま悦に浸っていた。
峰不〇子かあんたは。
慌てて弟のトッポが外套を被せて舞台後ろに引っ張って行く。デルタさん、まだ笑ってる。怖い。絶対変な性癖に目覚めている。この戦いが終わった後、まともな生活に戻ってくれるだろうか。
「兄様?」
「お? おお! 回復する前に叩くぞ! 第二段用意、楽曲2番!」
「はい、楽曲2番、開始を!」
リーダの号令によって舞台後ろに配置された楽団員が演奏を始めだす。
~チャッ、チャッ、チャララララ!
これから使うのは今回の為に開発した新しい踊りだ。
それは単調な管楽器の調べだった。軽快な一小節を次々と楽団員達が演奏していき、数十、数百人での演奏へ広がっていく。
コレも戦場には似合わない踊りだ。でも、もう恥ずかしがっている場合じゃない。躊躇している余裕もない。俺は舞台最前で直立し、腰に両手を当てる。両踵をリズムに沿って上下、上下。人数が揃うまで前奏で待機する。
「ラディアン」「はいよ!」
近衛騎士の女子二人が俺の後ろに直列に並んで、両手を目の前の肩に掛ける。一緒に彼女達もリズムに乗って身体を上下させ始めた。
チャッ、チャッ、チャララララ!
「皆さん並んでください。隊列を作って」「急いで。並んだら前に人の肩に手を掛けて」
指導役の近衛騎士他二人の誘導で、集まった踊り子達がどんどん左右に列を作っていく。校庭に集まった生徒達のように数人単位で縦に整列だ。皆の顔は不安と期待が入り混じっている。本当にやるのか、大丈夫なのかという表情だ。武装した眼前の兵達にびびって震えている者達には下がってもらい、度胸のある連中達が前列に並ぶ。
「始めるぞ!」「おう!」「うん!」
俺の号令に肩に両手を掛けた近衛騎士女子、アリシアとラヴィアンが元気よく応える。
チャッ、チャッ、チャラララ、ラ! チャッ、チャッ、チャラララ、ラ!
リズムに乗って左右の足を交互に前に蹴りだす。そして一緒にジャンプ、ジャンプ。小さく前に飛ぶ。
チャララララッラララ、チャッ、チャッ、チャラララ、ジャンジャンジャン!!
一小節。たったこれだけで踊りは完成。脳裏に踊りの名が響き渡った。
【天高く飛び去れジェンガ】
そう。ジェンガだ。小学校で誰もが一度は経験するフォークダンスのジェンガ。数人で縦一列に並び肩を掴んで、一緒に前後にジャンプするアレだ。
なんでこんなのを選んだとか聞かないで欲しい。神セラルーベから踊りの原理を知った俺だったが、新しい踊りを顕現させるにあたり、自分が最後まで踊れる曲のレパートリーが全然無いことに気が付いた。このままではまた適当な踊りの継ぎ接ぎになってしまう。それは嫌だ。また、今度の踊りは俺だけじゃなく他人にも踊ってもらう必要がある。難しい内容では説明に困る。悩んだ末に俺は自分が知っていて、他の人達も覚え易い一番簡単な踊りを選んだ。それがコレだ。
そして
「いくぞ!」
俺は左右に並んだ踊り子達の、先頭女性の肩を叩く。タッチだ。
「!!っ」
俺に肩を叩かれた踊り子達が、同じように踊りを開始する。そして更に外に並ぶ前列の肩にタッチする。タッチする。どんどん踊る人数が増えていく。神気が見えるリーダによれば、俺から光が皆に伝染しているそうだ。
踊りの最中でタッチすることで、その踊りを他者に伝播させることが出来る。広域に渡って踊りの効果を影響させることが出来る。使徒オーシャブッチ軍との戦いで学んだことだ。
そしてこの踊りの効果は。
「確認。成功です!」
相手の武装強制排除だ。ドーマ兵達の持つ武器が次々と中空に飛んでいく。
わっと周囲から歓声が上がった。
「連中慌ててます!」「すごいです!」「どんどん浮かんでいきます!」
武器を交わさずとも出来る戦い。遠隔からの敵の武装を強制排除。戦い慣れない踊り子達も自分達の成果に浮足立った。
ジャンジャンジャン!!「ハイッ!」
近衛女子アリシアが敵陣一部を指差す。同時にぶわりと兵士の手から武器が飛び上がった。会心の歓声をあげるアリシアを見て、直ぐに皆が真似を始めた。
ジャンジャンジャンッ!!「ハイッ!」
ジャンジャンジャンッ!!「ハイッ!」
大きな武器が飛び上がったり、いくつもの武器が一緒に飛び上がれば一際大きな歓声が上がる。
「ヴェゼ!」「うん」ジャンジャンジャン!!「あいっ!」
踊りと共に相手を指差すだけで、そこに居る兵士の武器がなくなり戦えなくなる。慣れればこんな楽しい遊びはない。
「楽しーっ!」
幼女クリオ9才はもう夢中だ。めっちゃ歓声を上げて騒いでる。
俺も――楽しかった。初めて楽しかった。こんな恥ずかしい踊りなのに。子供がする踊りなのに。
今迄俺が踊ると皆が笑った。滑稽な踊りに唖然として噴き出し、恥ずかしい思いをした。だけど今は違う。皆でやれば恥ずかしくない。そして本来踊りは楽しい。皆で一緒に踊ることは楽しいのだ。それを実感する。
「さあ皆、全部だ! 武器を全部吹っ飛ばして連中を丸裸にするぞ!」
「「ハイッッ」」「あいっ!」
チャッ、チャッ、チャラララ、ラ! 「ハイッ!」
踊るだけで目的が果たされる。敵にダメージを与えられるとなれば皆も盛り上がる。
「ホラ、あそこだ! まだ残っているぞ! 全員ぶっとばせ!」
ハイッ! ハイッ! ハイハイハイッ!
「あっち、逃げようとしてるぞ! 逃すな! ぶっとばせ!」
ハイッ! ハイッ! ハイハイハイッ!
俺はここに至り、始めて踊って戦えることを喜んだ。
チャッ、チャッ、チャラララ、ジャンジャンジャンッ!!
逃げ惑うドーマ兵達の手から次々と武器が飛び去って行く。逃げ出した兵達も、こっちに襲い掛かろうと向かってくる兵達の手からも武器がなくなっていく。舞い上がった武器はどこまでも飛んでいき、やがて小さくなって見えなくなる。残された彼等は茫然と立ちすくみ、膝をついて喚きだす。
およそ二万にも及ぶ兵達の武器が全て消えるのに一時間とかからなかった。
まだだ。これで終わりじゃない。
「次だ! 楽曲3番!」
「見落としや伏兵がいるかもしれません、2番は交代しながら続けてください! 3番はこちらから合図した人だけ参加するように! 騎兵部隊、準備を!」」
俺の新たな指示を、速攻でリーダが補足する。伝令が走り、遠くでヴィルダズの号令が聞こえてくる。
舞台後部の一団から、また新しい演奏が始まった。
テッテテレレ、テッテテレレ、テッテテレレーッ テッテッテッ!
今度は軽快な弦楽器だ。即座に管楽器も加わって華やかな調べが始まる。
ジェンガを踊る連中を数列分残し、舞台中央を広げて皆を並ばせる。今度は横並びだ。俺の左右は近衛騎士のアリシア、反対はクリオ。まさに女子供の集団。十人程で横並びで手をつなぐ。息が荒い。交代しながらでも一時間近く踊ったのだ。みんな汗だくだ。
「よし皆、もう一息だ。頑張れ!」
素直に出た俺の励ましに、皆が声を上げて応える。
「出撃どうぞ!」
「出撃!」「突撃!!」「突撃!!」
断崖から無事降りて待機していた騎馬部隊が、号令と共に敵陣へ駆け出す。数百人単位で六部隊だ。
ドーマ兵達は戸惑っている。対抗しようにも己の武器が手にないのだ。右往左往しながらも集団でまとまって防御陣形を取り始めた。人数的には向こうの方が遥かにに多い。人海戦術で対抗するつもりなのだろう。そうはいかない。
「兄様!」
「始めるぞ! 3番開始!」
チャララ~ タラララ~タッタッタッ!
並んだまま数歩右へ歩いて左足でステップ、手を叩く。今度は左だ。同じくステップ。パンッ。
チャッ、チャッ、チャッ、チャッ。
「マー〇ム、マー〇ム、マーイ〇!」掛け声と共に、皆と手をつないだまま前へ躍り出て足を蹴り上げる。
チャララ、タッタッタ!
「……れっセッセイッ!」
一小節の区切りで踊りの効果が発動。俺の脳裏に踊りの名が響く。
【愛と怒りと悲しみのマイムマイム】
(ほんと名前の意味わかんねえよな!)
これは俺がオラリア王国で反乱軍狩りにあった際、敵の足を止めさせた踊りだ。踊りはなんとマイムマイムである。
効果は選んだ相手の強制行動停止、STOPだ。
遠目で見る限り、密集したドーマ兵達に変化は見られない。しかし俺は発動したのを確信していた。
結果は直ぐに現れる。突撃していった騎馬部隊に、ドーマ兵達が抵抗できないまま蹴散らされたのだ。
わっと周囲が沸く。
彼等は俺達が踊っている間、身体が固まったかのように動けない。構えたポーズのままボーリングのピンみたいに弾かれ、なぎ倒されていく。コミカルであり、滑稽な姿であった。上がる歓声に笑いが混じった。各国で暴虐の限りを尽くして恐れられたというドーマ兵達も、これでは形無しである。可哀そうに。
騎馬隊が蹴散らしたドーマ兵の中から敵将を見つけて捕縛していく。そう、この作戦は「敵の武装を強制排除」して「敵指揮官を全員取っ捕まえる」という、問答無用な無敵戦法である。しかも俺達は遠隔地から踊るだけで被害はゼロ。これで味方が沸き立たない筈がない。自軍の攻勢に俺のテンションも一緒に上がる。
「さあ、続け! 後ろにもどんどん列を作れ! 敵将を全部とっ捕まえるぞ!」
「「おうっ!!」」
やってることはマイムマイムだけどな。
参加者が増え、どんどん列が追加され、何人もの列で連なって踊っていく。
チャララ、タッタッタ!
「「……れっセッセイッ!」」
ジェンガと違って、マイムマイムは声を出して踊る。それが良い。何度も声を合わせて叫ぶうちに、どんどん気分が盛り上がっていく。
なんせ踊るだけで敵を封じて、捕まえられるのだ。常識で考えればあり得ない光景なのだが、一緒に笑って声を掛け合いながら踊っているので戸惑う者もいない。身体は疲れているのに満たされる達成感に皆は笑顔で舞い踊る。
「「……れっセッセイッ!」」
程なくして敵指揮官全員捕縛の報告が入り、みんなと一緒に歓声を上げた。直後に疲れ果てて舞台上にひっくり返る。みんな全身汗だくだ。しかし、その笑顔は達成感に溢れている。
「……兄様、お疲れ様でした。申し訳ありませんが……」
「おう……そうだな」
二時間近く踊り続けて、正直へたり込んだまま休みたい。水浴びして寝たい。でも俺は代表として皆に声を掛ける義務がある。
リーダの手を借りながら、なんとか立ち上がり舞台前に進む。一番衆目されやすい先頭で振り返り、全軍の皆に向かって声を張りあげた。
「みんな、ありがとおおっ!! 見たな!! 俺達の勝利だああっ!!!」
ウオオオオオオオオッッ!!!
俺の勝利宣言を受けて、怒涛の様な歓声が沸き上がる。後方で演奏していた奏者達も派手に楽器を弾き鳴らすので騒然となった。でも良い。これで良い。目的は達した。戦争は回避できた。今度の踊りは俺一人じゃ無理だった。相手が多過ぎた。皆が協力してくれたから出来たのだ。
監査官として同行している高司祭達は、珍妙な踊りによる一方的な戦果に、引き攣った顔のまま微笑んでいる。
舞台に座り込みリーダから水差しを受け取って喉を潤す。
気持ちの良い疲労感だ。
踊りで戦ってこんなに良い気分になったのは初めてじゃないだろうか。散々笑われて恥を掻いてきた。その度に腹立たしくて、悔しくて仕方なかったのだ。
それが今回はない。
踊り自体は相変わらず情けないもので、小学生レベルの踊りだが今回は違う。何故だろう。
答えにはもう気付いている。皆と一緒にやったからだ。皆が一緒に踊ってくれたからだ。そして、皆が笑っているからだ。
一人じゃないということは、こんなにも違っている。今の俺は充実感で一杯だ。
(あー……よかった。よかったなぁ……)
もしオーシャブッチが踊りじゃなく武器を振り回して戦う設定をしていたら、こうはならなかっただろう。あのドーマ軍に皆を引き連れて突撃しないといけなかったかもしれない。そう考えればこの踊りも悪いものじゃなかったかもしれない。
俺はおそらく、今日始めて与えられた踊りのスキルに感謝した。
視線を前方に向けると捕虜としたドーマ軍指揮官達を囲んで、うちの両指揮官、大神殿の高司祭達とワウル共和国軍から来た将官達が話し合っていた。
総指揮官のヴィルダズが視線を寄こすので手を振って挨拶。向こうは俺にも来て欲しいようだがこっちは踊り疲れて動けない。しばらく待ってもらおう。簀巻きにされている敵指揮官達が叫んでいて怖いしな。小学校で習うフォークダンス二曲で負かされたと知ればもっと暴れるだろうか。
「やりましたね。兄様」
「おう」
しゃがんで笑みを浮かべるリーダに答える。こいつはこいつで、あっちこっちに目を配り俺に代わって伝令を飛ばしたりと大活躍だった。同じくらい汗だくで疲れている。身体が小さくてスタミナがない分大変だったろう。一緒に座らせて休ませようとしたら、断わってまだ連絡がーと司祭達の方へ駆けて行った。俺より働いている。偉いもんだ。
さあ、一休みしたらワウル公国軍に挨拶にいかないとな。事情説明は司祭達がしてるけど代表は俺なんだし。それから神獣達を追って神獣ドムドーマとの戦いがどうなったかを確認しなくちゃいけない。早く創生神オーヴィスタを復活させないと。
「使徒殿! 使徒殿はおられますか!」
「あいよーっ!」
そう簡単にはいかなかった。伝令が駆けてきて舞台下から声を張り上げている。
「後方に敵影確認! 神アウヴィスタの使徒軍です!!」
使徒オーシャブッチ率いる使徒軍襲来。
ざわりと周囲の空気が一変した。皆が一斉に黙り込んで俺に注目する。リーダが厳しい表情で駆け戻って来る。
俺はやれやれと立ち上がりながら、奴等がやって来るであろう方向を眺める。早いな。
「……来たか」
休む間もなく、第二戦が始まろうとしている。




