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大薮新平 異世界にふしぎな踊り子として召喚され  作者: BAWさん
3章 邪神王国ドーマ 使徒大戦編
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26.大薮新平 神獣乱舞

 大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎなスキルを得て異世界に召喚された。ついにドーマ王国軍と神竜ドムドーマがワウル共和国へ侵攻した。新平達は戦争を回避させる為、そして神竜ドムドーマを抑える為に、大神殿の軍を率いて戦場へ向かったのだった。


「なんだ、ありゃあ……」


 集団瞬間移動【天翔集団豚走あまかけるしゅうだんとんそう】にて、戦場から二キロ程離れた場所に転移した俺達は、空に浮かぶソレを見て唖然としていた。


 空に巨大な玉が浮いているのだ。馬鹿でかいなんてもんじゃない。優に二、三キロ以上はありそうな玉だ。横から見上げているのにてっぺんが霞んで見えない。

 まるで特撮映画の世界だ。違和感があり過ぎて現実味のない光景である。


(巨大UFO?……じゃないよな。じゃあ、あれって)

「神竜ドムドーマ……」


 横にいるリーダの呟きで、アレがドムドーマだと確信する。嘘だろ、アレがそうなんか。集めた神気が多過ぎて膨らみ、風船みたいにぱんぱんになっているのか。


(確かドムドーマって竜なんだろ)


 絵図で見せてもらった本来の姿は、俺のイメージする竜とは少し違って、ひょろ長い蛇の胴体に蜥蜴の上半身がついたなんとも恰好悪い姿だった。ドラゴ〇ボールの神龍が上半身だけ蜥蜴だったと言えば、イメージが伝わるだろうか。


『なんとな……』

『美苦しい姿よ』

『醜悪で在る』


 俺達の周囲に集う神獣達が、変わり果てた神竜ドムドーマの姿を眺め、不評を並べ立てている。


「あれ何だ、どこが竜だ。河豚(ふぐ)じゃねえか。お前らあんなのに負けたの?」


 負け惜しみっぽく聞こえたので、思わず神獣達に聞き返す。


『なんの、武威では劣っておらぬゾ!』

『あの無駄な体躯で、圧し潰されただけなんだな! 負けてないんだな!』

『我ならば、華麗に回避し打ち負かしたで在ろうゾ!』


 一斉に抗議してきたが聞き流した。やっぱり負け惜しみにしか聞こえない。


「使徒殿!」「大将!」

「お、おお。アレがドムドーマだってさ」

「なんと……」「おお……なんとまぁ……」


 馬を寄せて来た万司長ブジェルと総指揮官ヴィルダズに説明する。二人も見上げて呆気に取られている。歴戦の武将である二人も戸惑いを隠せないようだ。俺も恐怖を超えてしまい乾いた笑いしかでない。


「使徒殿、兵達の動揺が大きいようです。先に我が軍の行程を説明しても宜しいですかな」

「だな。部隊にはブジェル殿から、舞踏隊や楽団には俺から説明しよう。放っておくとアレと戦うなんて冗談じゃねえと逃げ出す奴が出かねん」

「あ、うん。アレとやりあうのは神獣達だから安心するよう伝えてくれ。俺達がやりあうのはあくまでもドーマ軍だ。それも直接やり合う予定はない」


 俺の目的は神竜ドムドーマから力を奪って捕獲。そしてドーマ軍の侵攻を止めることだ。あのドムドーマとやり合うのは神獣達。進軍を止めるには踊りで戦闘の邪魔をするだけで良い。武器を持ってやり合う必要は実は無い。


「兄様、レンテ様が様子を見に行くと申されているのですが……」

「アホか! のこのこ出向いて行って、ぱっくり喰われたらどうすんだ! 暴走始まっちゃうじゃねえか」

『何と成! 我がその様な無様を晒すと思うてるかヨ!』

 

 リーダの肩に浮かぶ火鳥レンテが、文句を言ってくる。


「思ってるよ! せっかく立てた計画をおじゃんにする気か。とにかく駄目! 行く時は神獣全員で奇襲して力を奪い返す時だ!」

「そうですね……いと麗しき偉大なるレンテ様、もし貴方様に万が一がありましたら、我等全てと大陸全土が路頭に迷うことになりましょう。集る神獣様方と我等を導き、我を逸した徒を正す。歴史に於いて例を見ないこの大いなる偉業。果たしてレンテ様以外の何者にそれが出来ましょう。どうか逸る御心を静め、来る偉業への英気を養っては頂けませんでしょうか」

『ヌ、ホ、ホーッホッホホホツ! 成程。これは我としたことが、急いたようだヨ! 然らば仕方為しかヨ!」


 リーダが甘言で黙らせた。こいつもすっかりレンテの操縦が上手くなった。子供に心無いおべっかばかりやらせて彼女の教育に悪い気がするんだが、俺が話すとすぐ喧嘩になってしまうので仕方がない。悩ましいところだ。


 とにかく先ずは現地に行こう。ドーマ軍の位置を確認すると、既にワウル共和国軍との距離は一キロを切っており、今直ぐにも開戦しそうな雰囲気だという。俺は慌てて指示を飛ばす。万司長ブジェル達の号令が出て、部隊を整列させながらも行軍が始まった。


「使徒殿、天舞殿に乗って頂けますか!」

「わかった」


 リーダを連れて全軍の中央前にある巨大な舞台の上に乗る。これはオーシャブッチ達が用意しているのと同じ巨大舞台だ。奴と対峙する際、こっちだけが地べたに立っていたのでは格好がつかないと、大神殿が用意した。

 二百人以上の工兵達に抱えられて移動するのは、正直申し訳ないと思うがこれも仕方がない。大神殿としては使徒同士の戦いを劇的に演出したい。喧伝の為にも見栄えを良くしたいと言われれば、ある程度は付き合わざるを得ない。こちらとしても高い場所から見渡せるのはありがたいし、指示も飛ばせ易いのは助かるのだ。


「来たよ」「出番だね!」「お邪魔するね!」「さあ、皆さんもこちらに……」


 アンジェリカ王女の近衛騎士であるアリシア達四名が、踊り子数名を引き連れて舞台に上がってきた。


「ジョンペエ! 来たよ!」「失礼します」


 ヴィルダズの娘クリオ(幼女9才)と、お目付け役の少年ヴェゼルも数人引き連れて上がって来た。


「即座に動けるよう、舞台で準備しながら進軍するってことだね」「おおおっ、緊張してきたあああっ!」


 女傭兵デルタさんと弟のトッポも上がってくる。その脇にはこの戦いの監査官として同行している高司祭達。

 これが今回の主要メンバーだ。正直女子供ばかりで大丈夫なのかという意見はある。だが武骨な兵士や司祭達に踊りの上手い者が少なかったのだ。実は数人程上手いのは居たのだが、彼等はこの素っ頓狂な踊りを公衆の戦場で踊る事に耐えられなかった。大変名誉なことではありますが……と言いながらも、陰で上司経由で勘弁してくださいと訴えられては無理強いもできない。


「使徒様、使徒様。隊長達が文句言ってたよ」


 アンジェリカ王女の近衛騎士。少女アリシアが、ラディリアとイリスカがこっちに来れないことに不満を漏らしていると告げてくる。


「隊長が王女の護衛を離れてどーすんだよ」


 アンジェリカ王女達も一応一緒に来ているが、役目のない彼女達は後方にいる補給部隊、輜重隊の中だ。万が一を考えると、この舞台に上げる訳にはいかない。役目もないし。そしてあの二人はアンジェリカ王女の護衛でしかも隊長だ。こっちに来たらおかしいだろう。俺と一緒に踊るからこそ、この連中は此処にいるのだ。


「ひっどーい。少しでも想う殿方の傍にいたいという乙女心、解ってないなあー」

「言ってろ」


 全然本気に聞こえない。一応要求に応じて二人も踊れるかテストはしてみたのだ。しかしラディリアはふんふんと鼻息荒く大げさな手振りが邪魔だし、イリスカは足癖が悪くてどんどん隊列から離れていく。要は二人共踊りが下手糞だった。さすがは俺以上の脳筋である。ここにいる近衛四人は上手く踊れた連中である。


 俺は天舞殿の上で、前方を眺めながら気を揉む。


「くそ、間に合うかな。始まっちまわないだろうな」

「いえ、どうやらドーマ軍は交戦せず、手前で留まっているようです。神竜ドムドーマが体当たりを行い、共和国軍に致命傷を与えるのを待っているのではないでしょうか」

「やな戦い方だな」

「しかし、効果的な戦術でもあります」

「……そうなると、明日迄睨み合いで戦わないってことになるのか。セラルーベの奴は神獣同士がぶつかるのは明日だって言ったんだし……焦って来ることなかったか」

「どうでしょうか。既にドーマ軍は国境を越えておりますので、ワウル側が逆侵攻する可能性もあります。事前に戦地に布陣できれば、事態の急変にも対応できますので、これで良かったのかも知れません」

「そうか、そうだな……」


 リーダの言い分に安堵する。


「注意しなければならないのは、我々がここに現れたことにより、既に未来が改変されたであろうことです。こちらに多くの神獣様方がいることに気付けば、神竜ドムドーマは私共に向かってくる可能性もあります」

「そうか。俺達がワウル軍の代わりにぺしゃんこにされる可能性もあるか。気付かれる前に一気に攻撃しないと駄目だな」


 気が逸っている周りの神獣達に、勝手に飛び出さないよう注意する。ぶちぶち文句を言っているが、リーダに煽てられている火鳥レンテが抑えてくれているので助かっている。


 進軍しながらも総指揮官ヴィルダズが双方の軍に向かって使者を向かわせた。ドーマ軍には進軍停止を、ワウル軍には後退を。これは向こうが承諾しなくても良い。時間稼ぎだ。ドムドーマにこっちの神獣達が奇襲を掛けれるくらい、無事に近づけられればそれで良い。


『未だか。未だで在るのか…』


 ドムドーマに叩きのめされて恨みがある神獣のうち、一番血の気が多い獅子神獣ラリアがせっついてくる。小さくなってろと言ってるのに全然自制ができていなく、既に四メートル以上の大きさになっている。俺はラリアの背中に乗って尻で抑え込みながら説教する。


「まだだっての。距離があり過ぎる。向こうが気付いても反撃できない距離まで近づいてからじゃねえと奇襲になんないだろうが。また喰われたいのか」

『何を云うか。今の我は威風万感。更に此れだけ我等が揃いたるに何を臆するカ』

「奇襲すると神オーヴィスタ復活が始まっちまうんだぞ。神門が開いて神様に謁見できる迄あと3日もあんだよ。こっちはタイミング合わせる為に奇襲する時期は遅らせたいんだ。向こうが気付くギリギリまで待ちたいんだよ」

『必要在らズ』


 神獣達が攻撃を加えて奴から神気を奪う。それはこの神獣達が許容量を越えた神気をその身に蓄えるということだ。なので奪った神気は全て、各地に配置した分体を通じて封印穴へ捧げるように指示をしている。その結果、オーヴィスタが神気を集め、この世界への復活するのだ。

 大神殿奥の神臨の間から神に会いに行けるのは月に一度だけ。あと3日後だ。俺と大神殿としては復活直後に面会に行き、こちらの事情説明をして協力を要請したい。その後にセラルーベを復活させて、オーヴィスタにセラルーベの相手を任せたい。


『……其れは無駄な戒めで在ったようだゾ』

 

 小脇に抱えた小型ワイバーンの飛竜ルドラが、空を見上げて忌々しそうに呟いた。瞬間、ぞわりと悪寒が走る。


「兄様?」

(なんだ、これ。いや、知っている。前にも経験したぞこれ!)


 慌ててルドラの見上げている上空を探す――釣られて一緒に空を見上げていたリーダと共に発見。


「うわあっ!?」


 そこにいたのは天馬王トリスだった。分体じゃない。本体だ。なんと女王フォーセリカが神槍イムドラを帯槍して騎乗している。彼女等が悠々とこちらに向かって飛んでいるところだった。


「うぴいっ!?」


 対神獣ドムドーマ戦の計画立案者であるリーダが、変な声を上げる。


「ちょーっ!! こっ、おっ、お馬鹿ーっ!! 何目立ってんだよ! 見つかるだろうが! 早く降りて来いーーーっ!!」


 愛しの妹アンジェリカ王女を見つけて会いに行こうとする女王様を、俺達は大声で喚いて呼び寄せた。



          ◇



「天馬王トリスの伴侶にして、トリスタ森林王国の女王、フォーセリカ・ラ・ヴェールルム。此度は慈母神セラルーベの使徒、オオヤベ様からの要請により、神竜ドムドーマ征伐に参戦致しました」

「呼んでねえよっ!」


 天舞殿に降り立ち、堂々と口上を述べるフォーセリカ女王。周囲にいる高司祭達全員が畏まる中で、俺は一人切れた。相手が女王とか気にしてる場合じゃない。

 俺の剣幕に女王は首をかしげる。


「あら、どうされましたか使徒殿。我等の協力に何か不都合でも御座いましたでしょうか」

「ちっげーっ! 何で、目立ってんだよ! あいつは神獣を襲って力を奪うの! 今、神獣ウルが襲われそうなの! 俺達はこっそり近づいて阻止する予定なの! なんで堂々とやって来ちゃうの!? 気付かれたらあんた等が喰われて暴走始まっちゃうじゃないの!」

「まあ……」

「まあじゃねええええっ!」

「承知しました。ではこの失態分は、私とこの神槍イムドラで果たさせて頂くということに」

「ちっが……っ!!」

「申し訳ありません兄様! 神竜ドムドーマに動きが!」

「!っ……?」


 慌ててドムドーマを見上げたが、ぱっと見では変化が分からない。説明を求めリーダを振り返る。


「先程からあの巨体が回転を始めたのです。何らかの意味があるのでしょうか。高智なるレンテ様、我らに御知恵を授けて頂けませんでしょうか」

『フム……。しかし未だ彼奴の意識は見えぬぞヨ。無意識に天馬の気配に反応し、周囲を探っておるのじゃろうヨ』


 レンテによると、ドムドーマの自我は既に残っていないように視えるそうだ。ここまでやっては来たものの、直下にいる神獣ウルの存在さえ認識できず、自分が何をする為にここに来たのかも判断できない状態らしい。ただし、一度神獣を察知した場合は、セラルーベに刻まれた指示により反射的に襲って力を奪い暴走に至るであろうと云う。


「ホラ。じゃあ、あの変化やっぱり女王さん原因じゃねえか! お前らも、もっと小さくなれ! 気配消して大人しくしてろ!」

『……其れも遅かりしようだゾ』


 再び飛竜ルドラが嫌な指摘をする。


「回転が……縦に変わったようですね」

『奴め! 下の狼に気付きおったゾ!』

「うそおん!」

「兄様! ドムドーマが下降を始めました!」


 確かに巨大な球体が落下を始めた。下にいるワウル共和国軍から悲鳴が上がっている。


「あぁああっ!?」

『主よ、間に合わなくなるゾ』

『あ、も、もう無理なんだナ……』

『ホッホ…… 悪転、悪転』

「兄様、今ならこちらへ注意が向くことはありません!」

「仕方ねえ! お前ら行ってこい! ウルを潰すのを止めるんだ! 噛みついて力を奪って好きなだけぶっ飛ばして良い! 下に落とすな! あと、たどり着く前に遠くにいる分体達は封印石を壊しておけよ! 作戦開始!」

『『ウオオオオオッ』』

「では、挽回と参りましょう。使徒殿、行って参ります!」


 俺はやけくそで突撃を指示する。神獣達と天馬に乗ったフォーセリカ王女が嬉々として飛び立って行った。

 俺は呆然と神獣達を見送る。


「……け、計画が」


 三日も早まってしまった。どうしよう。開戦前にいきなり登場、三すくみ状態にして戦闘を三日引き延ばす計画があっさり霧散した。背後にいる監査官の司祭達がひそひそ話し込んでいる。


「……立てた計画が崩れるのはいつものことではないですか。ここから頑張りましょう」


 頭を抱えて唸っていると、リーダに背中を叩いて慰められた。この娘はこういう展開にすっかり慣れてしまったようだ。頼もしいというべきか、不憫だというべきか。

 慌てて兵を呼ぶ。ヴィルダズ達に伝令を飛ばし、前進を早めるよう要請した。



          ◇



 神竜ドムドーマは慈母神セラルーベから神気を奪う力をその牙に付与された。セラルーベとの邂逅時にそれを見せられた俺は、新しい踊りを発現させてその能力を再現。こちらの神獣達の牙にも同じのを付与させている。これにより飛び立って行った神獣達はその牙を以って神竜ドムドーマから肥大した神気を奪う。

 光の軌跡を空に描きながら、神獣達が次々とドムドーマの巨体に突撃する。なんかアニメみたいな光景でちょっと格好いい。


(――バキンッ!)


 突然、俺の身体の内部から音がした。感触が遠い。


(?……)


 これは多分、世界各地にある創生神オーヴィスタの封印石を、傍に控えている神獣達の分体が壊した反応なのだろう。大陸の地下五か所にあったオーヴィスタの封印石。俺は昨晩、各地を巡ってその封印石に【恐慌の横綱封印】を使ってセラルーベによる封印を上書きした。その後は同行した神獣達の分体に塩を持たせて、待機させたまま帰還した。

 【恐慌の横綱封印】は対象を封印する効果がある。解除するには塩を振り掛ければいい。それによってセラルーベが施した封印ごと封印石が破壊され、封じられていた神々への道が通じるようになる。

 神獣達が神竜ドムドーマから神気を奪う。その神気はそのまま遠くにいる彼等の分体を通して封印石の向こうにいるであろう創生神オーヴィスタの元へ送られる。慈母神セラルーベの話によると送る神気が一定量に達すれば、その先にいる神が復活し、この世界への影響力を取り戻すことが出来るという。


 神獣ラリア達はドムドーマに辿り着いたようだ。牙を突き立てた余波らしき光が各所から噴き出している。しかし相手は全長数キロもありそうな巨体だ。まったく変化は見られない。落下速度も変わっていない。


「あれ……全然効いてないぞ」

「……もしかして、神気を奪うのには、それなりの時間が必要なのかもしれません」


 リーダの分析に青くなった。それはマズイ。神気を奪いきる前に地面に激突されたら、下にいる連中はぺしゃんこだ。対面で待機しているドーマ軍が、それを期待しているのか沸いている。酷い連中だ。


「使徒様、アレ間に合いませんよ」

「先に地上に落ちちゃいませんか」


 傍で控える近衛女子達もツッコんできた。焦りが募る。


「くそっ!」


 壇上で構えて手足を振り回す。ここはもう俺が新しい踊りを生み出して落下を抑えなくてはならないかもしれない。でもあんな遠くに踊りが届くだろうか。一キロ以上あるのに。つか俺の踊りって神獣にも通じるのか。間に合うか。ヤバイぞ。もう落ちるぞ。

 リーダが冷静に発言する。


「いえ、間に合ったようです」


 ドオオオオオンッ!!!


 巨体の底に潜り込んだ亀神獣ホウが、なんと落下してくる巨体をその身で受け止めた。たった数メートルの大きさの亀がだ。ドムドーマの天底がぐわんとたわみ、衝撃破で地上の兵達が吹き飛ばされている。しかし直撃は防ぐことは出来たようだ。


「やりました!」

「おお! やるじゃねえか、あの亀!」

「「おおおおっ!!」「やった!」「間に合ったぞ!」


 急ぎ行軍しながらも俺達と一緒に情勢を眺めていた周囲の者達が一斉に歓声を上げる。しかし。


『ぬおおおおっ! 至福有有有有有有有有!』

「「……?」」


 亀が何か叫んでいる。大声で叫んでいる。一キロ以上離れたこっちにまで聞こえてきた。


『重責! 過重! 苦行! 苦難! 辛苦! 喜悦! 恍惚! 最良! 最! 良! ヌボオオオオオッ!』

「「……」」


 亀はおかしな台詞を大声で叫んでいた。

 俺とリーダは固まる。

 神獣の言葉を理解できるのは、自動翻訳される俺と、杖に翻訳の力を付与されたリーダだけである。


「おおぅ……」

「えぇ……」


 実はあの亀、上から甲羅を踏まれるのが大好きという、おかしな性癖を持っていた。どMな亀さんなのであった。

 他の神獣達が飛びついて神気を奪うのに躍起になっている中、奴だけが地上への被害を避けるべく落下地点に向かって防いだことには感動した。が、奴は単に己の欲望を優先しただけのようだった。


 タイダイホウ共和国の離宮にて【癒す女神のムスタッシュダンス】を用いて神獣ウルを復活させた際、奴が言った第一声が『ホッホ……まず回帰祝いに踏んでくれる可の』だったのを思い出す。

 好々爺のような雰囲気で明後日な要求をする神獣に、当時俺は耳を疑って聞き返した。聞けば聞く程耳を疑った。神獣達は色々な性癖を持っている変態達ばかりだが、穏やかな物腰で変態行為を要求する老神獣は、また新しい喜色悪さがあった。異常な性癖を理解出来ないリーダはひたすら困った顔をしていた。


「おおっ」「凄いぞ!」「さすが神獣様だ!」


 周囲の連中は小さな亀が輝きながら巨大なドムドーマの落下を防ぎ耐えている様子に感激し、奴の叫びの意味も分からず歓声を上げている。知らないということは実に幸せである。


 天馬王トリスと女王フォーセリカがその傍に身を寄せた。と思ったら、いきなりドムドーマの天底がドカンと下から凹む。俺の背筋にぞわりと怖気が走った。


「「おおおっ!?」」

「なんだあっ!」


 おそらく天馬王トリスが何らかの攻撃をして、ドムドーマの底が凹んだのだ。なにをしたのかは知らないが、あんな力を持ってたのかあいつは。


「すげえな、あの天馬、あんな力あったんかよ。つか怖え、怖えぞ」

「ええ、驚きました」

「あ、違うよ使徒様。アレは多分、女王様の神槍イムドラの力だよ」


 関心の声を上げる俺達を、傍に立っていた近衛騎士の少女ラヴィアンが訂正してきた。


「え? ……あ、そうか。あれ神槍かよ」

「神アウヴィスタが眷属の神獣に与えたという神器、あれがその神槍の力なのですか……」


 以前アンジェリカ王女が捕えられていた砦に、当時王女であったフォーセリカ達が攻め込み、神槍の一撃で砦を吹き飛ばしたと聞いたのを思い出す。あの威力なら納得である。

 神槍ってあんな凄かったのか。なんかドカンとされる度にめっちゃ怖気が走るんだが。

 俺は珍しくぶるりと震えて両腕を抱える。


「兄様?」

「いや、なんかあの光景めっちゃ怖い。なんでだろ」


 一瞬だけ考え込んだリーダは、何故か声をひそめて話し掛けてきた。


(もしかすると神槍は使徒にも効果があるのかもしれません。本能的に脅えが出ているのかも。女王はもとより、背後の近衛達にも気付かれないように留意ください)

(あ……っ!)


 前に女王が夜中にやって来た時、やばい気配で飛び起きたのはそういうことか。あの槍を見るとなんかぞわぞわする理由が分かった。


 二度、三度とドムドーマの底が凹む。女王が何度も神槍を振るって攻撃しているのだろう。


 グオラアアアアアッ


 その度に亀神獣ホウが、凄い怒声と勢いで上昇して天底に張り付く。傍目には神獣二匹が協力し、巨体を持ち上げているように見える。事実落下は止まり、少しずつだが目に見えてドムドーマの巨体は上昇していた。


「おおっ、凄い!」「抑えるどころか押し返しているぞ!」「なんという神獣の力か!」「神亀ホウ万歳!」「万歳!」「「万歳!!!」」


 周囲の皆からも歓声が上がる。よく聞けばドムドーマの直下にいるワウル共和国軍からもその声は上がっていた。亀さん大人気。


「「……」」


 しかし俺とリーダだけは眉をひそめて黙ったままだ。俺達には亀神獣ホウの言葉が分かるから。奴はこう叫んでいる。


『無体! 横暴! 何故、我ノ恍惚ヲ阻止するカノ!』『否! 邪魔! 憤怒!』『要求! 過重! 大痛!』


 叫びながらドムドーマの下に飛びついて過重を受けようとしている亀。それを無視するかのように、女王は何度も神槍を振るって下面を吹き飛ばして持ち上げる。その度に亀は激高して上昇する。それが繰り返されることによって、ドムドーマの巨体が上昇しているのが眼前の真相だった。


「うおおぅ……」

「ええっと……結果として無事落下を阻止できているので、良かったのではないでしょうか」


 リーダが俺の苦悩に気付いて苦しいフォローをする。しかし奴が『辛苦! 激重! 熱望! 更過! 更禍! 喜悦! 至福! フホホホアアアアアアアアーーーッ!』と奇声を上げて点滅し始めると、しゃがみ込んで耳を塞いでしまった。あの亀爺、子供の教育に悪過ぎる。


 一方、周囲から飛び掛かっていた神獣達は、問題なく神気を吸っているようだ。十数メートルもの巨体になった神獣達が遠目にも確認できる。

 危なっかしいのが獅子神獣ラリアと飛竜ルドラだ。あいつら何度も数百メートルもの巨体に膨れ上がったかと思うと、慌てたように萎むを繰り返している。おそらく勢いに乗って一気に神気を吸収した途端、自分の許容量を超えて身体が膨れ上がり、慌てて遠方に存在する自分の分体に力を送って難を逃れているのだろう。

 火鳥レンテはどうも天頂にまで昇ったようで雲に隠れて姿が見えない。天底にいる亀も力を吸ったのか数百メートルクラスに巨大化して巨体の落下を支えている。……牛は何をしてんだ。巨大化したまま球体の側面を駆けているのは分かるが何の意味があるんだろう。牛のくせに垂直面を駆けないで欲しい。重力を無視した動きは見てて不安になる。


 ワウル軍から、ひと際大きな歓声が上がった。

 ドムドーマの巨体をかなり押し戻した空間で、天馬の乗った女王が槍を振り回してワウル軍にアピールしていた。彼女を英雄視するかのように軍兵達が歓声を上げている。


「……女王に上手く戦功を稼がれたようです」


 復活したリーダが不機嫌そうにその姿を眺めている。


「あー、なるほど。連中にとっては女王が助けたように見えるからな」


 相変わらずあの女王さん汚い。上手いことやるもんだ。


「よろしいのですか兄様。そもさ現在の危機を呼んだ原因は、彼の女王の軽挙に一因があるのですが」


 リーダはかなりご不満なようだ。


「まあ、被害さえ抑えられれば、どうでも良いんだけどさ」

「そうですか……女王は今の光景を見越して、私達の旅の後援をしていたのかもしれませんね」


 確かに大神殿迄の護衛と後援が無償の善意であった筈がない。このような機会をずっとトリスタ王国は探っていて、功績を得られるこの日、この場所に女王と神槍を送り込んだのであろう。言われればしてやられた感がある。しかし、この戦いが終われば日本に帰る予定の俺にとっては、誰が功績を得ようが正直どうでも良い話だ。


「おおっ! どうだ! ドムドーマが縮んだぞ!」「やった!」「勝てるぞ!」


 周囲の兵達の言葉を聞きつけて見直すと、確かにドムドーマは小さくなっている。といってもまだ直径一キロ以上はあるだろう。縮んで天頂まで見えたおかげで姿の全景が見えるようにもなった。やっぱり姿は河豚(ふぐ)だ。ほぼ球形の巨体に枝葉の様に手足が伸びている。右斜め上に蜥蜴に似た上半身が見えた。正気を失なっているというドムドーマは、ぐったりと頭をもたげており、意識がないようだ。


(チャンスだな。今のうちに皆で余計な神気を全部吸い取って、危害にならない状態まで弱らせてしまえよ。そうすれば奴が正気を取り戻して暴れても取り押さえるのは容易いからな)


 近くを駆けていた牛神獣ミルネがドムドーマの頭部を見つけたようだ。奴はドカドカと膨らんだ腹を駆けて頭部に向かって行き――なんとその頭部を、踏みつけて駆け抜けた。


「ちぃおっ!? 何してくれてんだお前!」

「はっ!?」


 ドカンと頭を踏み抜かれて、巨大な球体がビクリと震えた。巨体の反応をいぶかしんだ他の神獣達が顔を上げ、状況を理解。そして獅子神獣ラリアと飛竜ルドラが我先にと頭部に飛んで行く。


「ちょっ、あっ、馬鹿っ!?」


 そして思った通り、連中は相次いでドムドーマの頭部をどつき回す。


 ガ、……ア?……ガ……ガ、アアアアアアッ!!!


「馬鹿ーーーーっ!!」

「ああーーーっ!?」


 俺とリーダは蒼白なる。周囲の兵達も悲鳴を上げた。ドムドーマが叫んでいる。奴が意識を取り戻したのだ。


 



 ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!


 巨大な怒号が衝撃破となって、辺り一面に襲い掛かる。直下でワウル兵達が何十人と吹き飛んでいる。

 ドムドーマはぐるりと巨体を回し、周囲にいる神獣に噛み付こうとした。しかし機動性は他の神獣達の方が高い。あざ笑うかのように交わして、死角回り込んでどつき返す獅子と飛竜。そして背後から頭を踏んでいく牛。大陸を恐怖に陥れた神竜ドムドーマがタコ殴りにあっていた。いやそんな場合じゃない。あいつら完全に主旨を忘れて、恨みを晴らすことに夢中になっている。危険だ。このままじゃ計画が崩れる。


「レンテさまーっ! レンテさまーっ! 他の方々が暴走されてますーっ! 御助力をーーっ! 御助力をーーっ!!」


 横でリーダがぴょんぴょん飛び跳ね、杖を振って火鳥レンテに助けを求める。流石に遠過ぎるので聞こえないだろう。しかし、奴の愛の力だろうか。巨大化した火鳥レンテが猛スピードで飛んできてラリア達を跳ね飛ばした。


「おおおっ!?」


 なんだ奴は。地獄耳か。いや、もしかして神獣の言葉同様、俺達の声も遠くても奴らに届くのか。俺の場合は無視されてただけ、というオチなのか。ちょっと待って。

 ラリア達は邪魔されて怒ったようだが、流石に神気を奪って巨大化した火鳥レンテは迫力が違う。あっさり追い立てられ神獣達が散っていく。

 助かった。

 これで再開できると思ったのもつかの間。そこへ何度も弾かれて攻撃の機会を失っていた狼神獣ウルが飛んで来た。奴は勝機とばかりにドムドーマの首根っこに噛み付いた。


 グギャアアアアアアアアアッ!!


 ドムドーマが叫び声をあげる。


「あああ、あいつ! 余計なことを!」「あああ!?」


 火鳥レンテが慌てて引き剥がそうとするのだが、怒りに我を忘れているか、それとも根性があるのかウルはまったく離れない。まるで闘犬だ。


 くそ、あいつの事を忘れてた。奴は俺達の計画を知らない。こっちに呼んで事情を説明、協力してもらわないといけないんだった。


「ウルーッ ウルウルーッ! ちょっと待てー! こっち、こっち来てーっ!」

「神狼ウルさまーっ! お待ちくださーい。事情を説明しまーす。こっちですーっ!」


 二人揃って両手上げて飛び跳ねるが、まったくウルの眼中に入っていないようだ。ウルは何度レンテに弾き飛ばされても、ドムドーマの喉元へ喰らいついていく。完全に戦闘モードだ。


 ぐらりとドムドーマの巨体が動く。

 一時的に力を失ったドムドーマがが体制を崩し、横に転がったのだ。御蔭で真下で抑えていた亀神獣ホウの支えから抜け出した。

 つまり、亀神獣ホウを交わして真下へ落ちた。


「うわああああああっ!!!?」「あゃあああああっ!?」


 縮んだといってもまだその巨体は一キロ近くある。落下すればワウル軍の被害は甚大だ。下は阿鼻叫喚。蜘蛛の子を散らすように、直下にいたワウル兵達が逃げ散って行く。

 天馬王と女王さんが慌てて駆け上がり、斜め下から攻撃を叩きつける。




 ぺこん




 ちょっとしか凹まなかった。神槍の力はガス欠になったらしい。

 あかん。


「うわああああああっ!!!」「そんなああああっ!?」


 オオオオオッ!!!

 クアアアアッ!!


 怒号と共に斜め下から亀神獣ホウが突っ込む。更に掻い潜って舞い降りてきた火鳥レンテが体当たりを喰らわせた。

 ホウの体当たりは凹んだだけだが、レンテの体当たりは凄かった。激突面から光のエフェクトが飛び散って、巨体の色が変わった程だ。よほど痛かったのかドムドーマが叫び声を上げる。


 ガアアアアアアアッ!?、アアアアアッ!?


 ドムドーマが暴れだした。レンテが更に体当たりをかまし、それを見た獅子神獣ラリアと飛竜ルドラ、牛神獣ルミネまでが追随して体当たりを始めた。


 ゴアアアアアア--------ッ!!!


 ドムドーマは攻撃から逃れるように、怒声と共に急上昇。その巨体からは信じられない速度で、絡んだ神獣達を引き連れながら消え去っていった。


「……………………は?」


 いや、本当にいなくなった。


 あっという間の事だった。

 もの凄い速さでドムドーマが逃げ去り、他の神獣達も一緒にいなくなったのだ。もうその上空には何も存在しない。フォーセリカ王女も天馬王に乗ったまま一緒に消えている。

 あまりの急展開に思考が追い付かない。


「やりました! まずは神獣の落下を阻止できたのです!」

「お……おお、おおっ! やったな! やったぞ!」


 リーダに言われてやっと実感。俺の叫びが電波して、周囲の皆からも歓声が上がりだす。俺もおもわず舞台の上で飛び上がって小躍りした。後方に見える総指揮官ヴィルダズに大きく手を振って周囲の歓声を煽る。

 やった。ワウル軍壊滅回避だ。戦争回避だ。ワウルは救われたぞ。


「やった!」「やったぞ!」「神獣様万歳!」「レンテ様万歳!」「「万歳!!!」」



 しかし――――そこへありえない号令が、ドーマ軍の方から聞こえてきた。


「好機である! 全軍突撃!!」

 


          ◇




 ドーマ全軍が走り出した。武器を抜いて戦闘態勢で駆けて行く。その数二万以上。怒涛の行進。まるで競い合うかのように3部隊が突出して駆けていく。騎馬隊がいるのだ。早い。


「ドーマ軍、ワウル軍へ進軍!」

「程なく交戦に入る模様!」

「な……なんで。なんで、こんな状況で……」


 俺は唖然として口を開けたままだ。


 馬鹿か。馬鹿なのか。この期に及んで未だ攻めようっていうのか。ドムドーマはいなくなったんだぞ。先制攻撃が出来なくなったんだぞ。なんでそれでも戦おうとするんだ。おかしいじゃないか。


「兄様、ワウル共和国軍を御覧ください」


 言われて向かって右手のワウル共和国軍に視線を巡らす。

 ドーマ軍接近を察知して、ワウル軍は慌ててて迎え撃つべく隊列を整えていた。だが神竜ドムドーマ落下に見合わせて兵達が四散したので、隊列なんか完全になくなっている。連中の焦りと怒号がこちらにまで聞こえているくらいだ。


「神竜ドムドーマの被害は防げましたが、現在ワウル軍は混乱状態にあります。彼等にすれば絶好の勝機と見たのでしょう」

「いや、嘘だろ。俺達だってもう目の前に迫っているんだぞ。すぐ横やりが入るって判るだろ。それでも戦うってのか!?」

「……ドーマ軍の様子からの推測ですが。我々ヴィスタ大神殿の軍を脅威としていない様に見受けられます。一見して我等の軍は軍兵も少なく、戦力は乏しいです。単純に言えば我々は彼等に侮られている可能性が……」

「ふっ……ざけやがって! みんな急げ! 戦いを止めるぞ!」


 俺は振り返って総指揮官ヴィルダズに急ぎ前進するように指示を飛ばす。ここまで来て戦端を開かせてたまるものか。


 全軍が慌てて前進速度を上げる。ヴィルダズからの伝令兵が『接近してどうするか。布告なしにこちらから仕掛けるつもりなのか』と聞いてきた。


「とにかく近づくんだ! 踊りで戦いを止めさせる。準備するように踊り子部隊を寄せといてくれ。2番で行く。戦えなくするんだ!」


 俺の脇からリーダが顔を出し、追加指示を出す。

 

「こちらからの攻撃は無用です。交戦に備えて盾部隊を全面に揃えてください! 舞踏効果でドーマ軍突撃部隊を鎮圧。即時ドーマ軍首謀者を捕えに向かわせます。捕縛用の騎馬部隊を舞台後方に配置願います!」


 大丈夫か。間に合うか。


「すまない! 頼む。急いでくれ!」


 舞台の端まで走った俺は、見下ろしてこの巨大な天舞殿を抱えて走っている工兵達に叫んで頼み込む。姿は見えないが、舞台下から男達の野太い掛け声が返ってきた。


 頼むぞ。大丈夫だ。ワウル軍はこちらの参入に気付いて後退している。時間は稼げる。間に合うはずだ!


 しかし、急に先頭を進む部隊が止まりだした。続く部隊の行進がどんどん詰まって行く。前方から戸惑いとざわめきの声が聞こえてきた。

 

「なんだ? どうしたんだ!?」


 どんどん進軍が止まっていく。舞台の進行速度も遅くなった。どうなっているんだ。

 伝令らしき兵が、馬でこちらに駆けてくる。


「崖です! 崖があります! 降りられません!」

「はあっ!?」


 そんな。どこに崖なんてある。見えないぞ。

 二人目の伝令がやって来て説明を始めた。

 この先が数百メートールに渡って断崖になっている。五メートル以上の落差があるので、兵達は下せず左右どちらかに迂回するしかないというのだ。砂漠じみたなだらかの平原だったので、遠目には違いが分からず誰も気付かなかったという。事前に地形を把握していなかったミスである。


「くそっ!」


 二百人で抱えているこの巨大な舞台を、五メートル崖下に降ろすのは大変だ。今から迂回するか。そんな時間はない。もうドーマ軍が届こうとしている。こんな目の前にいるのに止められない。戦いが始まってしまう!


「兄様、右手から迂回を!」

「駄目だ! 間に合わない!」


 ドーマ軍は今にも届きそうなのだ。右のワウル軍は傍目にも隊列が整っておらず、素人目にもこのまま攻められたらやばいのが分かる。絶対接触させてはならない。


「道を開けろ! 舞台を崖ギリギリまで全面に出んだ!」


 俺は伝令兵に叫んで、前方の兵達をどかせるよう伝える。崖から前方で突撃するドーマ軍までおよそ二百メートル強。絶対に止めて見せる。


「皆集まれ! 踊り子隊も舞台に上げろ! ここから戦いを止めるぞ!」


 神獣達の空中戦が遠ざかり、俺達の地上戦が始まった。


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