23.大薮新平 封印石捜索
大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎなスキルを得て異世界に召喚された。家族を守る為に母神セラルーベの復活に協力することになった新平は、使徒オーシャブッチ軍との戦いを決意する。神竜ドムドーマ対策として各地を巡って神獣を仲間にする新平達は、神獣飛龍ルドラに対して自分達の真の計画を明かす。それは第三の神、父神オーヴィスタの復活というものだった。そこへ至った経緯とは
単に母神セラルーベを復活させただけでは、母神セラルーベと娘神アウヴィスタが争いを始めてしまう。その間は大陸を維持する力がなくなり、レンテマリオ皇国始め多くの国が崩壊する。
未来予知の踊りでこの事実を知った俺達は、母娘神を抑えるべき存在。二柱以外の神。この世界の創造神である父神、オーヴィスタの復活を思いついた。
まず本当に父神オーヴィスタは生きているのか。封印されているのかを確認しないといけない。その為には母神セラルーベが封印されている封印石を確認し、同様の封印石が捜す必要がある。この世界に神は三柱しか存在しない。セラルーベ以外の封印石があれば、それが父神オーヴィスタの生存確認になるのだ。
どうやってそれを捜すか。今回の旅で同行した司祭キュビスターだ。彼女はこの大神殿で歴史研究を専攻していたという。彼女を頼ろう。
捜したり、人に頼んで呼んで貰っている余裕は無い。俺達は徹夜明けのテンションのまま【半熟英雄の護摩壇招き】で強引に彼女を召喚して召び寄せた。あられもない下着姿で寝ていた彼女が現れ、リーダに目潰しをくらう一幕はあったが、なんとかキュビスターを叩き起こし事情を説明した。
当然の様にキュビスターは大興奮。協力を快諾し父神オーヴィスタの封印石の調査を直ぐに始めると叫んで、下着姿に毛布を被ったまま部屋から飛び出して行った。外から衛兵達の悲鳴が聞こえた気がするが、それは聞かなかったことにしよう。
一安心して爆睡。起きたのは昼過ぎだった。
俺達は新たに知った事実を相談すべく、大司祭達との打ち合わせを求めようとした。しかし、待機していた兵士によって夕刻の打ち合せが予定されていることを伝えられる。丁度良かった。なんでも向こうは現在石化封印されていた大司祭が復活したばかりで各部門が大騒ぎ中らしい。それでもこちらとの打ち合わせを連日入れてくれているということは、俺達との話し合いを重要視しているということだろう。
俺達は食事を取りながら話す内容を詰め、刻の打ち合わせに乗り込んだ。
◇
「…………」
「…………」
「……使徒殿、これは一体……」
「いや、すみません。勝手に付いて来ちまいまして……」
案内された広い会議室。
其処には大司祭ソゴスと金司祭ソルスティス、赤司祭ハインケル。新しい参加者として赤司祭ソヴリン、赤司祭リヴォルタ他二名という人達が加わっていたのだが、皆一様に顔を強張らせている。
それもその筈、俺とリーダの横には
『フォーッ、オッオッオホホホ! この様な狭隘なる場、我が羽を休ませるには相応しからぬのヨ!』
「そうですね。高貴なる光の神獣たるレンテ様には手狭過ぎましょう。申し訳無い事でございます。ですが此度の一局、是非とも英知溢れるレンテ様の御知恵を御貸し頂きたいと存じております。何卒私共に御協力頂けますでしょうか」
『ホォーッ、オッオッオホホホ! 火急為る事態故仕方無かろう事、宜しくてヨ!』
……この皇国の神獣、火鳥レンテがリーダの隣で騒いでいた。羽ばたきする度に火の燐粉がばっさばっさと舞うので火事にならないか心配になる。屋内で暴れないで欲しい。
すっかりリーダに懐いているこの火鳥レンテ。俺達、というよりリーダを捜して昨日から大神殿内を飛び回っていたらしい。そして昼食を取りながら話し込んでいた俺達の部屋まで押しかけて来た。そしてこれから会議だと言って部屋を出たら、そのまま付いてくるではないか。まあこいつにも関係のある話だ。どうせなら協力してくれた方が良いかと、この場に連れて来たのである。
自分達が生まれる前から、皇国の象徴として敬意を払われている神獣の登場に、司祭達は戸惑っている。登場と同時に全員が膝をついて挨拶し、しばらく動かなかったくらいだ。次いでこちらに奇異の視線を向けた。なにせ俺達は明らかにレンテと会話をしているのだ。
「その、随分と親しげにされているようですな……」
「ええ。俺とリーダは神獣と話せるのもあって、懐かれたようでして……」
「懐……っ」
「「……」」
赤司祭達が顔を見合わせ、困惑した表情を俺に向ける。
「オーシャブッチのおっさんも、白猿の神獣を連れてませんでしたか。俺達使徒は誰が相手でも会話できるので神獣達とも話が出来るんですよ」
「ほう……」
「そうなのですか……」
どうやらオーシャブッチは白猿を連れて大神殿には来なかったようだ。煩そうだしなあいつ。
「その、では従者殿が話されているのはどのような訳で……」
俺が答えようとしたら、リーダに視線で制された。
「私は使徒様の薫陶を受け、一時的にお話に参加させていただいております」
「えー……見ての通りお……私はこの世界に疎いんで、この娘に協力して貰っているんですよ。俺とこいつだけじゃ、すぐ喧嘩になるんで」
喧嘩!?
ぎょっとした表情で司祭達が引く。リーダに笑みを浮かべたままテーブルの下で足を踏んづけられた。和やかに説明しようとしたんだが失敗したようだ。
「レンテには今回セラルーベの復活における問題について、既に協力を取付けてあります。これから打ち合わせをすると言ったところ、同行すると言ってくれたので連れて来ました」
実際はリーダが遠回しに何度も退去を促しているのに、付いて来ただけだが。
「……それは、今回の使徒討伐においても、討伐軍に参加頂けるということでしょうか」
「えー……まあそうですね」
おお、と感激の声を上げる司祭達に乾いた笑みを返す。リーダが良いのかという視線を向けてきたので、耳元へ囁く。
(ここまで懐いてんだぞ。別れても絶対分体を作って追いかけて来るって。せっかくだから、巻き込んで手伝ってもらおうぜ)
リーダが一瞬遠い目になって溜息をついた。相手をするのはこいつだからな。この娘も苦労が忍ばれる。
これって獅子神獣ラリアの時と同じパターンか。もっともあいつの場合、道々幼女と戯れたかったというふざけた欲望で付いてきたんだけど。
議題に入る前に、改めて大司祭ソゴスを石化封印から解いた事について礼を云われた。そして本日大神殿がどのような動きをしていたか軽く説明を受ける。と言っても大司祭復帰後の初日なので、各部門の代表を呼んで大司祭の無事を発表。そして滞在している俺が、神臨の間にて改めてセラルーベの使徒として任じられたこと。今後神託を受け活動すること。それは母神セラルーベ復活という偉大なもので、大神殿としてはこれを全面的に協力することになったとのみ伝えただけらしい。具体的な行動方針は、これからの話で決めていくのだ。
こうして聞くと、これから良い事が起きるかの様に聞こえる。現に新たな参加者である赤司祭達はこの場に列席できたことを誇らしそうにしているようだ。喜色に溢れて顔がつやつやしている。可哀想に。これから破滅の未来予知を見せられて地獄に叩き落とされるのに。
俺は暗い喜びでほくそ笑んだ。昨晩俺達は解決策が見つけられず散々悩んで夜を明かしたのだ。これくらい思っても良いだろう。
今日の議題はもう少し具体的な進行の立案らしい。俺の名でオーシャブッチ討伐軍を掲げることになった。軍の召集から編成、諸国への通達等やるべきことは多い。だがこの話を進めるのはちょっと待って欲しい。
俺は昨夜部屋に戻ってから何をしていたかを皆に伝えた。今後の対策を計るべく新たな踊りを発現させて、未来予知を得たこと。それがとんでもなくヤバイ内容だったことを。
「未来予知……ですか」「ふうむ……」
軽く捉えてる。占いみたいなものかと受け取った様だ。ここは論より証拠、見せた方が早いだろう。丁度ここの壁にも大きな絵画が飾ってあるから映すのに使えそうだし。
俺はざっと説明した上で【預言するナマモノ未来視】を踊った。予知前提はもちろん『これから母神セラルーベを復活させたら何が起きるか』だ。
新たな参加者達は映像が出るまで、俺のどじょうすくいを見てひそひそ囁き合っていたが、その話は置いておくとして、映った映像は全員に衝撃を与えたようだ。この世界の連中は、日本みたいに撮影とか映像なんて知らないから、見せられた光景を偽物だなんて疑う発想がない。今見せられた光景が現実になるのだと簡単に信じてくれた。話が早くて助かる。
そして彼等は一様に浮き足立った。金司祭ソルスティスなんか真っ青だ。そりゃあそうだ。これから母神セラルーベを復活させる話をウキウキ進めようとして会議を設けたのに、『この未来予知できたよ、見せるね』と、破滅の未来を見せられたのだ。大司祭ソゴスも顔を渋面になっている。まあ当然か。
次々出てくる質問を制止して、今度は反対の未来。『セラルーベを復活させず、このまま使徒オーシャブッチが神竜ドムドーマを封印した場合に何が起きるか』も踊って見せた。
今度映ったのは封印された神竜ドムドーマらしき遺骸を中心にドーマ王国が大地ごと崩落。余波が周辺諸国にも広がり各国が壊滅。レンテマリオ皇国も地に呑まれていく光景だ。この大神殿も崩壊し皇都もろとも崩れ落ちていった。
こっちはもっと衝撃的だったらしく皆が腰を浮かし『そんな馬鹿な』と騒ぎ出した。俺の説明はリーダに話した時と同じだ。これが神アウヴィスタの意思。第一の神獣がいる皇都だろうと、自分を崇めるヴィスタ教の総本山だろうと奴は気にしない。人間が幾ら死のうが、国が滅びようが、母神セラルーベの復活さえ阻止できればいいと考えているのだ。
自分達が崇めている神に見捨てられようとしている。そんな未来図に司祭達の顔は強張る。一人、執拗に嘘だ信じられないと強弁した赤司祭が退席させられた。
火鳥レンテもこの映像にはショックを受けたらしくギャアギャア騒いだ。自分の居る場所が崩壊すると知った途端に慌てるのだからこいつも勝手なもんである。神獣達も基本人間が幾ら死のうが感知しないので、俺からすればこいつは神側の同類なんだが。
茶が配り直され、皆が一度落ち着く。
どちらを選んでも、待っているのは破滅だった。さあどうするか。
皆が落ち着いたのを確認し、改めて第三の案を提示する。父神オーヴィスタの復活である。
実は昼間『父神オーヴィスタ復活させた後に、セラルーベを復活させればどうなるか』という条件で踊ってみたのだ。だが踊りは発動しなかった。リーダと話し合い、これはどうも具体策が出来ていないと未来予知が発動しないのではないかと結論付けた。具体策を予知条件に含めないと、結果が見えない仕組みなのだろう。せめて封印石を実際に確かめ、それを使って具体的にどんな行動を起こすかまで想定を立てる必要があるのだろう。確かに『こんなこと出来ないかなー』で未来予知が働いたらそれはおかしい。
再び会議室は喧騒に包まれた。まさかの父神、誰もがとっくに死んだと思われていた創生神の復活だ。
今日母神セラルーベの話を聞いたばかりなのに、創生神さえも生きている可能性があると聞かされたのだ。本当なのか。可能なのかと皆は混乱している。
俺達は既に司祭キュビスターを召び、封印石を捜すべく指示を出したとことを伝えた。次いでリーダが断りもなくキュビスターに真相を明かし協力させた勝手を詫びる。幸い彼等は俺達を責めるどころではない。振って沸いた事態に頭を抱えている。
「それで……使徒殿はその偉大なる父神オーヴィスタの封印、石とやらの捜索を今後優先されると」
「そうですね。資料が見つかれば【縦横無尽な招き猫】という『引寄せの踊り』が使えます。それで多分俺は現地に飛ばされると思うんです。以前、台座に打ち付けられている像の宝石を召喚しようとしたら、引寄せ出来ずに自分が其処に飛ばされた過去があったので」
皇都に来る迄の話だ。ある領地で宝石の捜索依頼を受けた。物体引き寄せの踊り【縦横無尽な招き猫】で召喚しようとしたところ、なんと自分の方が現地に瞬間移動したのだ。原因はその宝石が巨大な石像に埋め込まれ、厳重に地盤に埋められていたかららしい。引き寄せようとした体積が自分より大きいと自分の方が逆に引き寄せられるという理屈が判明している。
「そこで本当に封印石が見つかれば、オーヴィスタが生きている証拠になります。どっちに味方しても破滅しかなかった未来で解決策を捜すより、オーヴィスタを復活させて彼に協力を頼む方が良いでしょう」
「ふうむ……」
「それは…確かにそうですが……」
結局、今回の争いは母子喧嘩なのだ。ならば父親を呼んで解決を任せるのが一番だ。下々の世界の俺達がどうこうできる話じゃない。漫画じゃあるまいし、俺達人間が神と戦うなんて考えちゃいけない。どうやれば戦えるかも分からないのに。
「今考えているのは、俺が封印石に上書きの封印を踊ってから解除する方法ですね。そうすれば大司祭様が石化から解けた様に、封印石が壊れるでしょう。後はドムドーマの集めた神力を捧げて復活してもらうんです。セラルーベがその方法で復活しようとしているんですから、オーヴィスタだって復活できるでしょう」
父神を説得して味方にできれば、そこで事態は解決だ。喧嘩は始まらず、破滅はおこらず、神様が更に増えて大陸は安泰。全部丸く納まる。
正直賭けではあるのだが、母娘が共に信用できない以上、父神に縋るしかない。どうかまともな性格でありますようにと祈るだけだ。でないと俺も日本に帰れるか怪しくなる。
安泰への道筋を示した俺達に対し、司祭達から感嘆の声が漏れる。封印石の捜索を優先することには一定の理解が得られたようだ。
踊りでオーヴィスタの封印石も見つけられれば早かったんだが。『あれに似た封印石~』じゃ踊りが発動しなかったのだ。なので召喚の触媒と成り得る詳しい情報は手探りで見つけないといけない。
とにかく、今は急いでその封印石を探し出さなくては。
「レンテ、心当たりないか?」
火鳥レンテは無視しやがったが、リーダが聞くと返事をする。知らないらしい。まあセラルーベの封印さえ知らなかったんだから仕方ないか。
「封印の神殿シ・ペン、そして封印石ですか……」
「そのようなものが……」
「残念ながら初耳ばかりですな……」
ここで初めて大司祭ソゴスが発言する。
「……ふむ、しかし事態は火急を要する様だ。キュビスター司祭に一任するというのも心許ないものかな」
「そうですな。人員を増員すべきかと」
「いえ、ここは至急、各国の神殿において管理している神殿リストを編纂し提出させるべきかと」
「ええ、多角的に進行し解決を図るべきですな」
直ぐに司祭達から追従した意見が出る。協力して手を増やしてくれる訳だ。それは助かる。
だがリーダは難しい表情をしている。一従者であるリーダには発言権がないので、顔を寄せて聞きだす。
(どした?)
(……対象が漠然としている為、声を広げると逆にまとめるのに時間が掛かるようになってしまうと思います)
(そうか?)
(捜すべき神殿名も姿も分かっていないのです。せめてどのようなものを捜すのか、細かい指示がなくては……現在その封印石の姿を見知るのは兄様だけですし)
うーん……。
よし、と掛け声と共に立ち上がり、皆に提案する。
「じゃあ、これからその神殿を見に行きましょう」
俺はセラルーベから封印を解く方法を教えてもらった際、その神殿シ・ベンの姿や祠、壊すべき封印石を見せられている。見た以上はイメージできる。【天翔集団豚走】を使えば現地に瞬間移動が出来るのだ。今直ぐここにいる全員を連れて行くことも出きる。どんな物を捜すか指示を出す前に、現物を見てもらった方が良い。そうすればもう少し具体的な調査指示が出せるだろう。リーダに視線を向けると呆気に取られた顔をしていたが、苦笑いしながら頷く。
戸惑う司祭達には「ちょっと行って直ぐ帰ってくるだけですよ」と説得。
「それに見たくないですか。セラルーベが封印されているって云う封印石」
「「……」」
決まりである。
俺は皆に集まってもらい【天翔集団豚走】を発動。母神セラルーベの封印されているドーマ王国北の神殿。シ・ペンへ全員で瞬間移動した。
◇
「っとお!」
現地に着いた瞬間、少しだけ足元が滑った。俺とリーダは大丈夫だったが、年寄り連中である司祭達はもつれあって転んでいる。むさいおっさん達に巻き込まれないで助かった。
「ん? なんだここ」
「暗いですね……」
現地には着いたらしいが、周囲は真っ暗だった。俺達は闇の中に佇む。しまったぞ。何も準備してない。一度戻るべきか。
幸いにも身体が燃え盛っている火の神獣レンテが光源になるので、少し身体を大きくして上空に舞い上がってもらった。……どうもここは洞窟の中のようだ。巨大な半円上の空間みたい。空気が埃りっぽくて辛い。レンテが『其処に在るのヨ』というから付いて歩くと、地面が石畳に変わり構造物の影が見えてきた。しかし暗いのでよく分からない。
リーダと困りましたねと話していると、レンテが笑いながら上空に舞い上がって行き――天井の壁をぶち抜き始めた。俺達は大慌てで落盤から逃げ惑う。この糞神獣、殺す気か! 後で泣くほど毛を毟ってやるぞ。
どうやら天井は薄い岩盤だったようで、程なくして日が差し洞窟内全体が見えるようになった。
「おお……」「これが」「なんという……」
眼前に古びた神殿が建っていた。
いや、これ神殿と言っていいのだろうか。今迄見たどの建物とも違う。見たこともない様式の建物だ。なんというか……エジプトとかマヤ文明の古代遺跡という感じだろうか。そう、遺跡。かなり古い。
司祭二人が駆け寄り、石柱等を触って解析を始めた。彼等も知らない建築様式らしい。じゃあ関わっても時間の無駄だな。俺はリーダとすったか先に進み神殿内へ。光源になってくれるレンテがリーダの傍にいる以上、置いて行かれた連中は視界が悪くなる。自然集まって奥へ進んだ。
途中幾つかの巨大な扉に先を阻まれた。しかし真っ先に駆け寄るリーダが押しても動かない姿を見ると、嬉々としてレンテがぶち壊し道を開けてくれる。こいつを連れてきたのは正解だったようだ。ロリコン神獣ラリアより遥かに役に立つ。
(レンテ様があのような)
(なんということだろうか……)
(あの従者殿をかばわれておるぞ……)
どう見ても俺よりリーダに懐いていて、良いように働かされているレンテ。司祭達のリーダを見る目が変わっているのが少し心配である。まあこの際仕方がないだが。
地下三階分くらいを降りた石棺室の更に地下に、その空間はあった。
「あ、あれだな……」
『……為るほど。此れなるは確かに印場ヨの』
リーダが呟いたレンテの言葉を翻訳すると、司祭達が瞠目してレンテに礼を示す。見つけたのは俺なんだが。
「しかし、これが……」「なんと……」「封印、石ですと?」
百メートル四方もありそうなすり鉢状の空間の底に、おかしな物が鎮座している。
それは赤黒い巨大な球石。
一見すると生物の目玉にも見える。
嫌な気配を発してる。
俺はセラルーベに一度見せられているが、こうして実物を見ても気持ち悪い。今直ぐ逃げ出したい。背筋がざわざわするような気分になる。人間が近づかない様に何か細工でもされているのだろうか。
皆も同じ様に感じているようだ。遠巻きに眺めるに留まって、誰も先に進もうとしない。レンテが鷹揚に飛んで行き、コツコツと球石を突つきだした。そんなことで壊れる筈がないと知っているのに『やめろ』と叫びたくなる。
しばらく突つき、眺めていたレンテだったが、満足したのか戻ってきてリーダの横に滞空し始めた。いや、お前説明しろよ。皆待っているだろ。何自分だけ納得して終わってんだよ。
「全治なる麗しのレンテ様、如何でしたでしょうか」
『ホウ、此れ為るは確かに印場で在る。向こうに母神セラルーベ様らしき、神の気配が御在りに為るヨ』
俺は司祭達に通訳。
「……と、言ってます。レンテが認めたので、これでセラルーベが封印されているのが確認できたと思います。後はこれを壊し、ドムドーマを連れて来てぶつけると力が吸い込まれて、セラルーベがこの世界に力を行使できるようになります。復活ですね」
「今、壊してしまっては、いけないのですかな」
「今壊してもセラルーベへの道が繋がるだけです。下手に壊してアウヴィスタに気付かれ、奴に何か対策を打たれても困ります。ですので、直前までこのままにしておいた方がいいと思います」
「そうですか……」
セラルーベに見せられた復活の手順は、先にこの封印石を壊しておき、暴走を始めたドムドーマを上空からこの神殿にぶつけると、膨らんだ風船が萎むみたいに力が吸い取られてセラルーベが復活するという恐ろしく乱暴なものだった。俺が協力しなかった場合は、封印石破壊も神獣の突撃で壊すつもりだったらしいからえらい力技である。
その時、せっかく見つけたこの古い神殿は粉々に吹き飛ぶだろう。俺がもしここにいたら巻き込まれて粉々になる。気をつけておかなくては。
「では、これと同じ物が大陸の何処かに……」
「ええ……それが創生神オーヴィスタの封印石です。今、現物を見てもらったので、これと同じのを探すよう指示をして欲しいんです」
そこまで言ったところで、大司祭ソゴスが難しい表情をしているのに気付いた。
「えっと……?」
「大司祭ソゴス様、如何されましたか」
「これは……おそらく『神眼』でありましょうな」
「「神眼……」」
「創生神オーヴィスタに拠って創生されたこの地には、当初は邪なる小神共が居ったそうです。其れ等を封じ、二度とこの地に現れぬよう監視する為に眼を敷いたと記録にあります。それが此れではないかと……」
「なるほど……む」
「いや、そうでありますか……はて」
「畏れながら、ここに封じられておられるのは、大いなる慈母神セラルーベ様でありましょう。そのような……」
「ん?」
俺には首をひねる司祭達の方が不思議に見えた。
「いや、話は合うじゃないですか。コレは娘アウヴィスタが母親セラルーベを封じた封印石でしょ。そんなのを誰から教わったのか。母神が父神を封じたのを見て覚えたんでしょう。その母神は父神が小神とやらを封じたのを見て覚えたんじゃないんですか。みんな同じ方法。だからコレが言い伝えの『眼』に似てるんでしょう」
俺の指摘に皆が唸った。なんで嫌そうな顔をするんだろう。合ってるだろ。
リーダに視線を向けると(その御考えは、神々に対する不敬が前提にないとできない発想です)と指摘された。いや、でもこれが事実だろ、たぶん。
さて確認ができたので戻ろう。名残惜しそうに、でも近づきがたく封印石を見ていた司祭達を集めて【天翔集団豚走】を発動。あっさり会議室に戻る。小一時間に満たない旅だった。
会議室に戻ると、皆一様に席で息を吐く。やはり向こうは空気が悪かったようだ。狭苦しいところに飽きたのか火鳥レンテが壁を抜けて消えていった。外に出ていったのだろう。気まぐれな奴だ。
一旦休憩となった。赤司祭の一人が手配して良い匂いのする茶が各席に配られる。しばしの休憩の後に、会議が再開された。
さあこれからどうするか。
随分と横道に逸れたが、本日予定していた話し合いは予定通りに進めることになった。何せ時間がない。オーシャブッチ軍が一ウィナル(一ヶ月)以内に神竜ドムドーマに追い付いてしまうのだ。
未来予知で奴が神竜ドムドーマを封じると皇都が崩落すると知った以上、あのオーシャブッチ軍は絶対に止めなくてはならなくなった。自分達の命が惜しいという司祭達の焦りが見える。
戦う予定なのはオーシャブッチ軍だけだ。しかし戦争となると何が起きるか分からない。下手すればドーマ王国軍やワウル共和国とも対峙する可能性もある。その際こっちが数百人では話し合いにならない。同規模程度の軍勢で対峙して初めて要求ができるのが常識。故に軍編制を進めることは急務ということらしい。
何時までにどの程度の規模を用意するか。出立は何時か。俺が伝えたドーマ軍とワウル共和国軍の開戦日から逆算して話し合いが進む。
大きな問題は俺と大神殿で、優先している点が違っていた。
大神殿側が『オーシャブッチ軍を倒す』を主眼に据えているのに対し、俺は『ドーマ軍とワウル共和国の戦いに介入する』ことを優先しているので、なかなか話が進まない。
大神殿としては自分達の身を守る為には、オーシャブッチを倒すのを優先して欲しい。しかしドーマ軍とワウル共和国の戦いが始まると、大勢ワウル側に死者がでると知った俺は、なんとしてもそっちを先に止めたい。正直オーシャブッチはなんとかなると思っている。
時間を掛ければそれだけ軍の規模は大きく出来る。編成や準備も行なえる。
どの順番にどこへ介入し、片付けていくべきか。参考にするのは俺の未来予知の踊りだ。色々な想定をだしては、どんな展開になるか何度も踊って確かめる。時間は掛かるが確実な対策が立てられた。昨夜は俺とリーダだけだったが、大勢いると流石に色々な案が出る。何度も【預言するナマモノ未来視】を踊り、俺の両手は痺れっぱなしになった。
数時間を掛けていくつかの話がまとまった。今日最後に出た話は、今回の軍を率いる総指揮官だった。代表はもちろん俺だが、軍自体を率いる指揮官は別に必要になる。
困った。会議室に現れて、紹介された将軍らしきおっさんが恐ろしく迫力のある人物だったからだ。
「万司長ブジェル・ギージェであります」
「……ど、どうも」
でかかった。黒かった。怖い。威圧感が半端ない。大司祭ソゴスやオラリアの狂王ギブスン・ジラードみたいな為政者とは違う。神様達みたいな存在感の圧力とも違う。単純に暴力の塊という雰囲気のおっさんだった。これが司祭なんて嘘もいいとこだ。戦場なら先頭で駆けて平然と何十人と切り殺す奴だ。古代中国武将がいたら、こんな奴だろう。たぶん俺なんか一瞬で切り殺せる。ソゴスや神様とも普通に話すようになったのに、何を今更びびるかと言うかもしれないが、暴力的な雰囲気が強過ぎて、足が近寄るのを拒否するのだ。
改めて赤司祭から彼に今回の遠征軍及び総指揮官を任せたいと云われ泣きそうになった。
ちょっと待って。俺がこのおっさんに命令すんの。無理だよ。怖いよ。指示飛ばして睨み返されたら謝っちゃうよ。あのオーシャブッチと戦っている時に、そんなことしてたら負けるぞ。
思わず「ちょっと考えさせてくらさい」と逃げた。浮かんだのはオラリアから付いて来ている元反乱軍団長ヴィルダズの顔である……そうだ。なんとかあのおっさんに任せられないだろうか。俺は必死に思い悩んだ。
会議終了後、また司祭キュビスターを呼んで、神殿シ・ペンへ瞬間移動。封印石を彼女にも見せる。キュビスターはまたしても大興奮。俺達や赤司祭達が躊躇して触れなかった巨眼石を、ぺたぺた触りまくって何やらずっと奇声を上げていた。改めて好事家って凄いと思った。リーダが今迄にないくらいどん引きしていた。
その後、大司祭ソゴスの言葉を伝え、応援数人と資料館に篭ったキュビさん。なんとたった四日で手掛かりをまとめてきた。俺はその資料を触媒に引寄せの踊り【縦横無尽な招き猫】を使用。アンジェリカ王女達やヴィルダズ達と連夜話を進めながらも、何度も失敗を重ねた末に発動に成功。現地を確認してから、一度戻ってリーダと火鳥レンテを連れて【天翔集団豚走】で再び集団瞬間移動。火鳥レンテにソレを見せて確認をさせるを作業を繰り返した。
そして――
『なんという………なんとうことかヨ。此れ為るは我が神アウヴィスタとも、慈愛為るセラルーベ様とも異為る神気……大いなる神気』
呆然と呟く火鳥レンテ。
疲れ切ってへたり込む俺と、自分の予想が裏付けられて胸を撫で下ろしたリーダ。
大陸の南端地中奥深くで、俺達はついに父神オーヴィスタの封印石を見つけ出したのだった。




