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大薮新平 異世界にふしぎな踊り子として召喚され  作者: BAWさん
3章 邪神王国ドーマ 使徒大戦編
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21.大薮新平 神獣勧誘

 大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎなスキルを得て異世界に召喚された。家族を守る為に、母神セラルーベの復活を進めることになった新平は、本来の使徒オーシャブッチ軍との戦いを決意する。しかし、アンジェリカ王女達との交渉は失敗。彼女達迄同行させることになってしまった。新平は頭を抱えながらも残った仲間達と話し合いを進める。


 アンジェリカ王女達との話は終わった。今度は他の連中への報告と要請である。

 俺とリーダは別宿に滞在しているヴィルダズ一行と女傭兵デルタ姉弟の宿を訪ねた。

 神々との細かいやりとりは省略し、俺は母神セラルーベの使徒だったこと。大神殿と協力してオーシャブッチの軍と戦うことになったことを説明する。話が大きいので、完全に他人事と受け止めているようだ。

 テーブルの対面で、太い腕を組んだ元反乱軍団長ヴィルダズが聞いてきた。


「……それで、俺達にも何か役目を依頼するつもりなのか」

「出来ればヴィルダズには直接戦う軍の指揮を頼みたい」

「……いや、ちょっと待て」


 あまりの大任にヴィルダズが呆れた声を出す。


「俺ぁ隣国の元反乱軍の頭で、国外追放者だぞ。ここの軍なんか率いれる訳ないだろが」

「それはなんとかする。最悪偽名で名乗り、シラを切ってくれ」

「や……だからと言ってだな。こいつはそう簡単に受けられる話じゃないぞ」


 そりゃそうだ。実質この戦いの総指揮官を頼んでいるのだ。

 正直悩みはした。でも、俺としてはあの将軍達よりも、気心が知れているヴィルダズに指揮を任せたい。

 ヴィルダズはここまで旅を一緒にしてきた経験から俺の思考をよく知ってる。臨機応変に指揮をしてくれるので安心感がある。なにより今迄傭兵として雇っていたので頼み易いのだ。リーダも同意してくれている。

 子供連れの彼等を巻き込んで良いのだろうかという葛藤もあったが、オーシャブッチの複数人で行なう踊りに対抗するには、こっちも踊りを任せられる連中を揃えないといけない。それには前回経験のあるクリオやヴェゼル達にも協力を頼みたいという理由もあった。


「連中は複数の踊りを行使してた。こっちも対抗しないといけない。実はクリオ達にも、また協力して欲しいんだ」

「えーっ!?」「はいっ?」


 父親に引っ付いていた娘のクリオと、お目行け役のヴェゼルが目を丸くする。まさか自分達も頼まれるとは思ってもいなかったのだろう。


「頼めそうな奴を捜して、練習してる時間が惜しいんだよ。危険だとは思うけど、成功の実績がある二人に頼みたい。俺から引き継いで、例のあの踊りをやって欲しいんだ」


 頼むのはあの踏み台昇降、【踏みしめる戦軍の行進】の予定だ。効果はヘイスト(反射速度と思考速度の劇的な向上)効果の高いあの技は是非活用したい。踊り自体も簡単だし、後ろで数人で交代しながらやってくれれば助かる。


「はいっ! やるやるっ! 絶対やる! 父上の応援するんだ!」


 身を乗り出して手を挙げて叫ぶ娘の頭を、ヴィルダズは苦笑いしながら撫でる。リーダが俺に代わってヴィルダズへの説得を続ける。


「先方の軍は総数四万ですが、楽団員や雇用奴隷も多いので実質戦闘員は三万に及びません。此方の軍は一万八千程になると想定しています。ヴィルダズ様には全軍の指揮を統括して頂き、敵使徒捕縛への道を開いて欲しいのです」

「捕縛、か」

「はい。目的は殲滅でも戦勝でもなく敵使徒の捕縛です。使徒さえ押さえられれば、大神殿の権限で戦闘の停止を呼びかけられます。向こうにも大神殿の軍がおりますので即時応じさせることが出来ます。先方の士気は低く、内々での事前交渉も進めています。おそらく問題はないでしょう」

「ふむ……どっちにも大神殿の兵がいるので、内通工作はもう進めているって話か。まあ、大層評価してくれたのはありがたいが、問題はそこじゃないぞ。こんな反乱軍上がりの傭兵を指揮官にして、大神殿の兵達が従うと思うか」

「そこは既に大司祭ソゴス様の了承を得ています。我等の戦いは舞踏を使い合う独特の物となるでしょう。その戦いを一番熟知して采配を奮えるのは、皇都までの旅で実戦を指揮してきたヴィルダズ様をおいて他におりません」

「……言うじゃないか」

「大司祭ソゴス様並びに、金司祭ソルスティス様の名において各部隊長に命令を徹底していただくことになっています。その点は御安心下さい」

「根回しの良い事だな嬢ちゃん……しかしだな、俺は千に満たない兵しか指揮したことのない男だぞ。言いたかないが、器量が足りるかはやってみなくちゃ分からんぞ」

「父上なら絶対大丈夫だよ!」

「ええ、問題ないでしょう!」


 娘クリオどころかアルルカさんまで鼻息荒い。想像してびびっているのはヴェゼルだけだ。


「大神殿から副官を一名。また、これまで同行して来たユエル司祭配下の軍。リッジライン千人長と副長も補佐に付けさせます。千人長故に今少し経験は少ないでしょうが、助けにはなる筈です。また、彼の配下千は連絡員として動員させます。既知であるヴィルダズ一様の手足となっていただけるでしょう」


 実は郊外に待機していたユエル司祭とそのジャンダルメーア兵士一行。俺が大神殿や姫さんと話をしたのを聞きつけるや、自分達から大神殿へ交渉しに行き編成軍への無償参加を決めていた。大神殿軍のいたオーシャブッチ軍と戦った責はそれで相殺という条件だ。今日大神殿と話していて確認させられて驚いた。流石やり手の代表、ユエル司祭である。


「おう……いや、しかしな」


 断る理由が減ったようだ。ヴィルダズの後ろの控える元反乱軍副団長アルルカさんが、好きな人の晴れ舞台だと口元をひくひくさせている。いや、必然あなたも大軍指揮官補佐になるんだけど分かってるんだろうか。

 俺も説得に加わる。


「正直言うと紹介して貰った将軍達がさ、全員怖いおっさんばかりで、打ち解けるの難しいんだよ。あんなのに怒鳴り付けて命令するなんて無理だ。でも時間が全然無いし、事前に連携の練習なんかしてる暇も無い。ほぼぶっつけ本番になるんだ。そんな状態で上手く俺と連携出来るか心配なんだよ。なら、経験があって気心の知れたヴィルダズに頼みたいってのが本音なんだ」


 俺はただの高校生だ。特別リーダーシップがある訳でもないので、軍の指揮なんか自信がない。俺の動きを見て勝手に指示を飛ばしてくれるヴィルダズが頼りなのだ。


「時間がないってのは、なんだ?」

「軍編制には二十キン(二十日)以上は掛かる見込みなのです。神竜ドムドーマを要するドーマ軍が隣国ワウル共和国と交戦に入るのが約一ウィナル(一ヶ月)以内と云われています。兄様はこれを止めようとされています」

「おまっ……」


 ヴィルダズとアルルカさんが、驚いて表情を改める。


「神セラルーベの奴はワウル共和国の軍三万が、壊滅すると言いやがった。知っている以上、見過ごす訳にはいかないだろ」

「ドーマとワウルの戦争に介入するってのか! 俺達にゃ関係ない話だろが」

「あるさ。今の俺には止める力があって、大神殿なら名目も出せる。戦うって決めた以上は、ワウルが負けると知ってて放っておけない。ドムドーマの目的は神獣ウルだけだ。巻き添えを食らってワウルの人達が大量に死ぬと聞いて放っておけないだろ。オラリア王国みたいな敗戦国をもう出す訳にはいかないんだ」


 聞けばワウル共和国側は国内の主要な将軍達が大勢参戦しているという。それが全滅すれば、国内が荒れるのは必至。第二のオラリアとなる。俺がオラリア王国に辿り着いた時は、既に国は敗戦で国中荒廃していた。酷い状態だった。俺とリーダは村々を渡り歩いたので良く知っている。このままではワウル共和国が同じ目に合う。

 今なら間に合う。止められる。オラリアみたいに村が滅び、入り口に頭蓋骨が山と積まれている状況を出さずに済むのだ。


「……じゃあお前、あの使徒とやる前に」

「ああ、神竜ドムドーマをとっ捕まえて、ドーマとワウルの戦いを止めさせる。その上でやって来たオーシャブッチを叩く」


 セラルーベに予知された戦地の場所は聞いている。時間も知っている。そして今の俺には集団瞬間移動がある。軍編制が出来て打ち合わせが済み次第、戦地近くに飛んで先回りして戦いに介入するのだ。


「ほぇえ……」


 後ろで同席していた傭兵弟トッポが呆けた声を漏らす。


「あんた達あのドーマとも殺り合うつもりなのかい。こりゃ、本当に大戦(おおいくさ)だね……」


 姉のデルダさんも声を漏らした。


「いや、ドーマと戦うつもりはないぞ。神竜ドムドーマを捕まえたら大神殿から使いを出して停戦してもらうつもりなんだ。主戦力たるドムドーマを止めて、大神殿の名を出せば一時的でも開戦を止められる筈だ」

「あの暴虐なるドーマ王国の侵攻を止め、神竜ドムドーマを捕縛。使徒軍も押し止め敵使徒を捕らえます。しかる後、慈愛なる母神セラルーベを復活させる。それが我が軍の目標です。ヴィルダズ様にはその総指揮官への就任を要請致します」


 改めて要求したリーダを見て、ヴィルダズが無言になった。周囲も話の規模の大きさに呆けている。一人、話を理解していない幼女クリオだけが、興奮状態で父親の服を引っ張っている。


「父上、どうしたの。引き受けないの?」


 あっさりと聞く娘に苦笑いを深めたヴィルダズ。ガリガリと頭を掻いて天井を仰ぎ見た。


「あー……本当かよ。世紀の使徒対決における軍の指揮だってよ。俺も随分と出世したもんじゃねえか」

「俺に関わって付いてきたのが運の尽きだよ。諦めてくれ」

「……わかった。こうまで買ってもらっちゃ、武人として引き下がる訳にはいかねえな。何としてもお前さんの期待に応えてやろうじゃないか」


 俺が差し出した手をヴィルダズが握る。クリオが歓声をあげて親父に抱きつくと、わっと場が華やいだ。自動的にここにいる連中、全員の参戦が決った。傭兵弟トッポが興奮気味に話し出す。


「おおお、ドーマを。あのドーマ王国の侵攻を俺達が止めるのかよ! こ、これ絶対歴史に残る戦いだぜ。目立っちゃうかな。俺の名前も歴史に残っちゃうかな! ウヒィーっ! 照れちまうぜ!」


 わかったトッポ。お前は俺の囮役として、変装して最前列で踊ってもらおう。俺より目立つこと請け合いだ。


「一番死ぬ可能性高いじゃねえかよ! 姉ちゃん、もう国に帰ろうぜ!」

「……また、あたしの出番はあるのかい」


 悲鳴をあげる愚弟を尻目に、女傭兵デルタさんが探るような視線で俺をねめつける。

 前回、俺は彼女を戦場で裸にひん剥いて敵の隙を作るという超外道なことをしてしまった。あの目はソレを警戒しているんだろう。


「まあ、アレは凄い有効だったからね。もし許してくれるんなら、一手に含めたいとは思ってるんだけど……どうかな」


 恐る恐る俺は伺いをたてる。


「……しょうがないねぇ。高くつくよ」


 何故かデルタさんは舌舐めずりしてぶるりと身を震わせている。なんか恍惚とした表情してるんだが大丈夫だろうか。よく見れば、この前より更に露出のきわどい格好をしてる。これ警戒じゃなくって期待してんのか……変な性癖に目覚めたんじゃないよな。どうしようリーダ、俺こんなの責任取れないぞ。いや、我関せずとそっぽを向くなよ。



 とにかく話はまとまった。揃って明日朝に大神殿に移動してもらうように頼んで宿を出る。軍編制は大神殿とヴィルダズ達に任せ、これから俺とリーダは急いで別の準備に入ならきゃならない。

 玄関先迄追って来たヴィルダズ達が尋ねてくる。


「準備って何すんだ」

「……この大陸で最も美しい最高位の神獣、火鳥レンテ様。大変お待たせして申し訳ありませんでした。その麗しき御姿を私共に御見せ頂けますでしょうか」


 リーダが懐より杖を取り出して呼びかけると、上空が赤く染まって巨大な気配が現れた。


『フッ、ホーーッホホホッ!』


 高飛車お嬢様笑いと共に皇国の神獣、火鳥レンテが上空から舞い降りて来る。当然周囲は騒然となった。皇都の守り神でもある神獣レンテの存在感は強烈だ。通行人や見かけた者達が次々と威に打たれ平伏していく。それはヴィルダズ達も同様。立っているのは俺とリーダだけだ。俺はヴィルダズに答える。


「神竜ドムドーマへの対策をするんだよ。これから各国の神獣達を訪ねて協力を求めて回る」

『遂に亜の駄馬達を見つけましたわヨ。此れより我が直々彼の地へ導きましょうヨ』

「流石レンテ様。その森羅万象を見渡す喜徳、このうえなく尊き功徳と存じます。是非我等にその美しき末尾に御すがりさせていただけますでしょうか」


 すっかりレンテの操り方を覚えたリーダの言葉に、レンテは嬉々として羽ばたいて首をそらす。


『よろしくてヨ。フホーーッホホホッ!』


 そう。まずは旅の途中で消えた馬鹿神獣達、獅子神獣ラリアと天馬王トリスを掴まえなくてはならない。

 俺は火鳥レンテより振り撒かれる火の粉を振り払いながら、ヴィルダズ達に声を掛けた。


「軍の方は――任したからな」



          ◇



 渓谷の吹きすさぶ風が辿り着く盆地。

 連なる山脈の奥深く、高い峰が聳え立つ中央にその王都はあった。

 レンテマリオ皇国から遥か西。アンジェリカ王女の祖国、トリスタ森林王国の北に存在し、現在も交戦状態にあるゲルドラ帝国。その王都ギルドラで今、大規模な騒乱が起こっていた。

 何重にも渡るワイバーン部隊の防衛線を突破し、飛行する一団が王都に現れたのだ。


 ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!


「うわあああっ!」「逃げろ! 逃げろ!」「避難だ。避難しろ!」

「警戒、警戒! 南勢部隊はどうした。ワイバーン部隊を居るだけ上げろ!」

「なんということだ! 王都浸入を許したのか。前代未聞の失態だぞ!」

「大隊長! 視認! 南十二、アレです! 自身が光源となって存在を放っています!」

「なんだと! ふざけた奴め! ……!?っ、馬鹿な。アレは……!」

「見ろ! アレは!?」

「なんだ。なんだアレは! まさか!?」

「そんな馬鹿な。なんで、どうしてだ!」


 ドンガッ! ドンガッ! ドンガッ! ドンガッ!


 警戒の大銅鑼が王都中で鳴っている。慌てて家を飛び出してきた都民達が、右往左往している。家族達と避難しようとしている者達、注意を呼びかける者達、荷物を持ちだそうとしている者達。

 そして彼等の多くが上空の異変に気付き、指を差して叫んでいる。中には見つけたその姿の威に打たれ、平伏して拝みだす者達までがいる。

 彼等は見ている。上空に浮かび白く輝く巨大な獅子の神獣と、その背に腕を組んで仁王立ちで自分達を見下ろしている男を。その横で煌びやかに輝く火の鳥と、その背に乗る小さな娘を。その他にも神獣が二体控えている。四体だ。計四体の巨大な神獣が王都上空に浮かんでいた。


 ドンガッ! ドンガッ! ドンガッ! ドンガッ! ドンガッ!


 大都中が大混乱だ。その喧騒を――元凶である俺達は、上空から見下ろしていた。


「……大規模な警戒態勢を、王都中に発令されてしまったようですね」

「仕方ない。トリスタと戦争している国に乗り込むのに、手続きを踏んで相手の許可を待っている暇なんてないんだ」


 火鳥レンテの背に腰を下ろしたまま呟くリーダに、俺は巨大化した獅子神獣ラリアの背に立ったまま答える。


「しかし兄様……私共の所業で、王都中が混乱に陥ってます。これではもはや、話をするという雰囲気にはなり得ませんが……。神獣ルドラと話をつけた後、彼の王国への弁明は如何するおつもりですか」

「…………」

 

 ラリアの上で格好をつけて仁王立ちしていた俺は、一転して言葉に詰まった。

 どうも調子に乗り過ぎたようだ。

 何度も迫り来るワイバーン部隊を、火鳥レンテと獅子神獣ラリアの一括で道を開けさせて突破するのは正直凄い気持ちが良かった。めっちゃ興奮した。つい調子に乗って『大行進だ! 突入だ!』と焚き付けながらここまで来てしまったのだ。


 ……正直ここまでの騒ぎになるとは思っていなかったんだよな。改めて見下ろすと王都中が混乱している。走って逃げている親子連れを見てけてしまい、非常に申し訳ない気分だ。


『ウモ、モウ……遅いんだナ』

『フホホホ……善哉、善哉』


 背後に浮かぶ牛の神獣ミルネと、亀の神獣ホウがおっとり会話に加わる。リーダが溜息をつく。


「……考えておられなかったのですね」

『オーホッ、ホッホッ! 斯様な小事。我が威の元に、如何様にも沈めてみせましょうぞヨ』

「……流石、神アウヴィスタの第一の徒、麗しき光の神獣、火鳥レンテ様です。その節は何卒御協力をお願い致します」

『オーホッ、ホッホッホッホッホッ! 愛しき稚児の頼みとあれば仕方なし。我が手を煩わせましょうぞヨ!』


 輝く背を撫でながらレンテを煽てるリーダ。もう困ったときのレンテ様だ。便利だから良いんだけど。


『ふムン、ふムン。奴め未だ現れぬか。少し我が威を放ってみるか』


 俺が乗っている獅子神獣ラリアまで、巨体をくねらせて居丈高に唸る。こいつも興奮して昂ぶっているようだ。俺が『突破だ突破だ、限界突破だ! 凄えぞラリア!』って煽っちゃった所為だな。反省。


「あー、お前も少し落ち着け。浮き足立って余計なことすんな」

『ふムムン……。彼の若輩は水辺で怠けておると云うに』


 トリスタ森林王国の神獣、天馬王トリスはここにはいない。大神殿で俺達の帰りを待っている。


「戦争してる国の神獣を連れてくる訳にいかねえだろ。無駄に争い始まっちまうよ。時間がないんだから仕方ないの。何ヶ月も猿に遊ばれてた奴が文句言ってんじゃねえよ」

『ぬウ……』


 文句を言う獅子神獣ラリアを黙らせる。猿神獣ハヌマの件を持ち出して、時間がないと文句を言えば簡単に操縦できるようになったので助かる。あれ程嫌がっていたのに、今ではこうして背中に乗せて飛んでくれたりもするのだ。こいつ等を罠に嵌めてくれたハヌマ様々だ。



 俺達が使徒オーシャブッチの軍と出会った時のことだ。神獣ラリアと天馬王トリスは、ハヌマール王国の神獣ハヌマに出会い、神アウヴィスタの意図及び使徒軍の動性について問い詰めようとした。そしてそのまま帰って来なかった。

 この二匹、神獣ハヌマと一緒に消えた後、一体何処で何をしていたのかというと――実はずーっとハヌマの罠に嵌まっていたのだった。


 火鳥レンテに導かれ、迎えに行った先で俺達は呆れ返った。こいつ等なんとオーシャブッチが現れたハヌマール王国の王宮、その離宮にいた。

 其処ではオーシャブッチ専用のハレムが備えられており、見目美しい少女達や将来性のある幼女達までもが山程集められていた。

 神獣ハヌマに迫ったラリアとトリスは、話は別の地で――と、ここに誘われた。処女厨の天馬王トリスと真性ロリコンのラリアである。こいつ等は楽園はここにあったかとばかりに目の色を変えて離宮にダイブ。俺達が迎えに行った時には神獣とは思えない程に顔を蕩かせて美少女や幼女達と戯れていた。


 他国の王宮内で放蕩に溺れ腰砕けになっているエロ神獣達。

 呆れて言葉を失うリーダと、汚らわしそうに見下す火鳥レンテ。俺がドロップキックを放っても意に解せず少女達に鼻の下を伸ばし続けた神獣達。……連れ出すのに、もの凄く時間が掛かった。

 長い説得の末、オーシャブッチが戻ってきたら、ここにいる処女もロリも全部アイツが散らしちまうぞと説得。勝手な義憤に燃え出した二匹を煽って、やっと外に連れ出すことが出来たのだ。


 今は一応俺とセラルーベの一件を伝え、協力してもらえる同意は得ている。自分達を生んだ神々の一柱が復活するとなれば、協力もやぶさかではないというのが主な理由だ。しかし、こいつ等の本音はどうみても別だった。


『阿の愛しき娘達を守らなければ成らぬな』

『ウム、奴を懲らしめ、彼の地の娘達を我が花園にて守護しなくては為らぬ』


 事ある度に罵り合っていたくせに、こんな事で意気投合しているこいつ等が非常に情けない。


『彼の国の娘達は、意に添わぬまま集められたと聞きます。敵使徒を懲らしめた際は、必ずや御二方に万感の感謝を表すでしょう』


 リーダの軽い言葉に、二匹はだらしなく顔を弛めて協力を誓い、こうして乗騎さえも許して同行してくれている。意気は高い。非常に高い。高過ぎてイラつくくらいだ。


『ウモ、モウ……気負ってるんだナ』

『フホホホ……精力旺盛、意気軒昂。善哉、善哉』


 後ろに控える牛の神獣ミルネと、亀の神獣ホウはおっとりしたまま。

 こいつ等はドーマ王国に滅ぼされた南と南東の国、ザンデミルネ王国とタイダイホウ共和国の神獣である。

 仲間を集めるにあたって、俺が真っ先に目を付けたのが神竜ドムドーマに倒された神獣達だ。大神殿の回廊に飾られている各王国のヴィスタ神殿の絵画を使って【天翔集団豚走(あまかけるしゅうだんとんそう)】を発動。火鳥レンテを肩に捕まらせたリーダと一緒に現地へ瞬間移動。宝玉となり眠りについていた神獣達を【癒す女神のムスタッシュダンス】で全快させ仲間に引き入れたのだ。


 神獣は管轄している土地を離れることは出来ない。しかし分身を作り俺達に同行することはできる。体力を全快した神獣達は、以前よりも強い存在を保ったまま俺達に同行している。

 鳳凰、獅子、牛、亀、そして天馬。近隣の神獣達の分体がここに揃っている。まるで動物博物館だ。この連中が編隊を組んで空を飛ぶ様は異様である。獅子ラリアは慣れた。亀もまだいい。だが牛はおかしい。なんで牛が空を走れるんだ。絵面に違和感があり過ぎるだろうが。姿を獣に模しているだけで、実体は違うと分かっていても何度も見返してしまう。

 しかもこの動物達はその姿のまま流暢に日本語を話すのだ。もう一様に気持ち悪い。牛に喋られるのは本当にもやもやする。日本に帰って牛肉が食えなくなったらどうしよう。


『来たようで在るぞ』


 王宮付近から一際巨大な飛龍が上がって来た。

 でかいな。さすがワイバーン。翼を広げれば俺が乗っているラリアより大きいだろう。

 しかし威容はそれ程でもない。生まれて数千年が過ぎてるらしいから、結構カを落としているようだ。あちこち神獣を見てきたので、いい加減俺にも分かってきた。


 グオオオオオオオッ!!!


 ビリビリと空気が震える。

 怒っている。そりゃあ自分の国の懐に、勝手に乗り込んでこられたら怒るも当然か。


『汝ら!! 何用にて我が領を侵すカ!!』


 俺達の正面に現れるや、神獣飛龍ルドラが怒声を放った。その威容は空が震えるようだ。暴風が一瞬吹き荒れた様だが、神獣に乗っている俺達には影響が無い。風音だけが周囲を過ぎてゆく。


『静!!』

『!!っ』


 神アウヴィスタ第一の神獣、火鳥レンテがルドラ以上の威圧でルドラを一括した。

 怒り狂っていたルドラが、その威容に呑まれて黙り込む。……凄いな第一位って。貫禄が違う。脇にいるのに俺も少しちびった。


『其れをこれから説く為り。説くと聞くが宜しいことヨ!』


 ルドラが口惜しそうにガリガリと歯軋りする。怖え。あの牙、俺の身体より太い。


『さあ、我が愛しき稚児よ。此の短慮を沈めたであるのヨ。説く語るが良ろしヨ』

「ありがとうございます。流石神々しき第一位たる光の神獣レンテ様。其の美しくも気高き威容、我等も打たれこの身が清まる思いでございます」

『フホホホホッ!!』

「大いなる空の覇者、ゲルドラ帝国の誇る神獣、大飛龍ルドラ様。突然領域を超え訪れた非礼をお詫びいたします。此度我等は火急の用件にて此方に参りました。私は慈愛なる母神セラルーベ様が迎えた使徒様の従者であります。まずはこちらにおわします我が主の言葉をお聞きくださいますでしょうか」

「……」


 レンテが抑えてリーダに振り、そのリーダが俺に振って話を始める。楽ではあるが正直情けない俺であった。


「ゲルドラ帝国の神獣、飛龍ルドラだな。協力を頼みたい!」


 虚勢を張って声高に叫ぶと、ルドラはいぶかしそうに俺を見て首をかしげる。人間っぽい仕草が気持ち悪い。ハリウッド映画の怪獣みたいな仕草だ。


『主は…何だ? 使徒……カ?』

「そうだ。俺は母神セラルーベに召喚された使徒、大薮新平だ」


 迫力はないが、使徒である俺は神気をまとっているらしく、神獣達はそれを見て一目で使徒だと理解する。見間違えられたことはない。


『何故……否、我が母神セラルーベだと……!?』


 飛龍ルドラはセラルーベが地上に産み落とした神獣だ。自身の親たる神に関する話。無視は出来まい。俺は順を追って事情の説明を始める。牛の神獣ミルネと、亀の神獣ホウにもしたので、大分説明も慣れてきた。





 話を聞き終えて、飛龍ルドラは大きな顔を振って不満そうに唸る。


『ナンと……竜の奇行に、其の様な真が在るものトハ……』

「そうだ。そこで対抗する為に、お前の力も借りたいんだ」

『解せヌナ……何ユエ神獣を集めるカ。彼の使徒を抑えるだけで、竜が狼から力を奪い、復活は成し得ようゾ』


 やはりルドラは気付くか。恩を感じて話も聞かずに頷いた後ろの神獣達とは違う。


「そうだな。確かに復活自体は成功するだろう。神獣ウルが潰されて、ドーマ王国兵が雪崩れ込んでワウル共和国に攻め込んだってお前等神獣達には関係ないもんな。……でもそれじゃあ足りないんだ」

『足りぬ……ト?』

「復活したセラルーベと、阻止しようとしたアウヴィスタで争いが起きる。地上は大混乱になる。俺もお前等も巻き込まれる。その戦いがいつまで、どこまで続くか誰も予想できない。だからそれを起こさないように対抗策を打ちたいんだ」

『……タイコウ策』


 ちらりとリーダを見る。リーダうなずいたのを確認して深呼吸。ルドラに向き直る。


「そうだ。俺達の本当の目的は――父神オーヴィスタの復活なんだ」




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― 新着の感想 ―
[良い点] まさに使徒大戦!! 今回とてもワクワクする引きでした。 帰還が第一目的なれどオラリオのような惨状になるのは見過ごせないという新平も良い男ですよ。
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