19.大薮新平 魔王降臨
大薮新平は踊ると魔法が掛かるという、ふしぎなスキルを得て異世界に召喚された。神セラルーベに対峙し召喚した経緯を知るも、改めて使徒の命を拒否する新平。しかし、神セラルーベは拒否すれば新平の家族を害すると昂然と迫った。新平はその脅迫に屈服。再び召喚された世界へと戻るのであった。
ここはウラリュス大神殿の最奥、神臨の間から少し戻ったところにある儀典用の待合室だ。
興奮状態にあった俺と金司祭ソルスティスは、赤司祭ハインケルに促されリーダと共にこの部屋で気分を落ち着かせていた。
いち早く気を取り直した金司祭ソルスティスと二人に、俺は苛立たしげにセラルーベに会い何が起きたのかを説明する。
自分が神アウヴィスタに間違って召喚されたこと。日本に戻されようとした際、封印されている母神セラルーベに再召喚されたこと。セラルーベからアウヴィスタが召喚した使徒、オーシャブッチを殺すように命じられたこと。引き受けずに揉めたまま記憶を失い地上に放り出されたこと。今回改めて対峙、断るも脅迫されて使徒の命を引き受けたことを。
話している途中から身体の震えが止まらない。怒りと興奮と恐怖で俺は震えている。
とんでもないことになった。とんでもないことを引き受けてしまった。でも、どうしようもなかった。あの問いなら、百回聞かれても俺は百回同じ答えを返した。この世界か家族かと言われたら、俺は迷わず家族を取る。この世界の連中には悪いが、一部の人達を除いてろくな目に合わなかったこの世界と肉親とでは比べるまでもない。たとえ何億死のうが、なんと言われようが迷いはしない。
そう決めたのに。覚悟した筈なのに。それでもこれから自分が起こす結果を想像して怯えている。
俺があのオーシャブッチを殺す……いや、実際には止めるだけで大丈夫か。そしてセラルーベを復活させるとどうなる。この世界に対立する二柱の神が現れることになる。
何が起きるのか分からない。しかし、どう考えてもろくなことは起きないだろう。セラルーベは自分を騙して封印した娘神を憎んでいる筈。絶対に争いになる。アウヴィスタがオーシャブッチに『世界を破滅から救え』と言って復活を阻止しようしているくらいなんだ。逆に言えば、セラルーベが復活してアウヴィスタと争えば『世界が破滅する』ような事態が起きるってことだ。
あの連中は俺達人間を虫ケラ程度にしか思ってない。地上への被害そっちのけで大喧嘩を始めるに違いない。どれ程の災害が世界中に起きるのか想像もつかない。
……俺がその原因を引き起こすんだ。
『世界の破滅』を防ぐ為に召喚されたオーシャブッチを倒し、地上を災厄に陥れる男、大薮新平の登場か。
それってもう使徒じゃねえよ。完全に悪役だよ。もう魔王じゃん。俺、魔王として戻って来ちまったよ。見た目も中身も変わってないのに、肩書きとやることが魔王にすり替わっているよ。人類の裏切り者、使徒襲来だったよ。
「は、はは……」
呆れた話だ。使徒様だなんだと煽て褒めそやされて、大勢引き連れ歩き回って善行して良い気になってた報いか。最後に引き起こすのは神様大戦争の引き金だってよ。
最悪だ。最悪、最悪だ、畜生。
ぺちんと両頬を叩かれた。
ゆるゆると顔を上げる。眼前に膝をついたリーダが真剣な表情で俺を見つめていた。
……随分と久しぶりに、この娘の顔を見た気がする。
「一人で抱え込んではいけません」
「リー……ダ……」
いや、だって。俺はこの世界より、向こうの家族を選んでセラルーベの手下になったのだ。
俺はもう善人じゃない。この世界の敵になった。破滅に導く悪人に成り下がった。もうお前に手伝いを頼めるような人間じゃない。そうだ、もうお前とも一緒にいられない。誰とも一緒にいられない。これから一人でオーシャブッチを殺しに行かないと……。
「それを決めるのは貴方ではありません!」
俺の頭を掴む小さな両手に力が篭る。
「私は貴方に御仕えする従者です。ですから、貴方の望むことのお手伝いを全力で行います。大陸を救うなら一緒に救いましょう。大罪を犯すなら一緒に犯しましょう。裁かれる場所へ参られるというなら、共に参ります!」
何言ってんだ。そんな馬鹿な真似を子供のお前にさせる訳にはいかない。これは俺の勝手な都合だ。俺の勝手でバカ神を蘇らせ、世界に災害を引き起こすんだ。
「災害が起きるなどと、未だ決った訳ではありません。本来、御神が御復活されるとなれば、信徒にも人々にも歓迎すべき事態です。もし二柱の方々が争われるというならば、全神殿と信徒に拠ってそれを止めるべきことでしょう。兄様が一人で背負う必要等ないのです」
……え。……そうか。神様だもんな。何をしでかすかは別にして、神が復活すると聞いたら普通の人は喜ぶのか。なら、大丈夫な、のか? 何も被害が起きないことも…ありえるのか。
俺は自分が脅されて人殺しを受ける破目になったから、あいつを悪者と決め付けた。だけどこの世界の連中にとっては違う捉え方になるのかもしれない。
「一緒に考えましょう。お手伝い致します」
自然とリーダが握っていた俺の手を握り返す。
ここで俺は、自分の手が大きく震えていたことに初めて気がつく。引かれる様にリーダの薄い胸に頭を寄せる。
(う……あ、あぁ……)
温かい。
人の温かみを感じて強張った身体が少しずつ溶けていくのが分かる。一人じゃないと言ってくれ、寄り添ってくれる存在があることが、涙が出るほどありがたい。自分がかなり精神的に弱っていたことに気付く。
ぎゅっと頭を抱かれる。ああ、温かい。他人の体温を感じるのが、こんなにありがたい。駄目だ。すがってしまう。情けない。巻き込んでしまう。ちくしょう。
「リーダ……頼む。手伝ってくれ」
「はいっ」
◇
俺とリーダは金司祭ソルスティスと赤司祭ハインケルに率いられ、一室に向かっていた。
これまた長い階段を何度も上り、五階分以上を上がった尖塔の奥にその部屋はあった。大司祭ソゴスの居室である。セラルーベの件で四人で話す事は山程あるのだが、その前にしなくてはならないことがあったからだ。
「こちらです……」
厳重な鍵を幾つも使用して(魔術具みたいのまで使ってた)居室奥の寝室に入る。
「おぉ……」「大司祭様……」
其処に立っていたのは、大司祭ソゴスの石像であった。
漫画の石化された人間と同じく、驚いた表情のまま全身が灰色になって硬くなっている。これが本物の大司祭ソゴスだ。今迄俺達が会っていた人物、俺と一緒に神臨の間から神セラルーベに会いに行った人物は、眼前にいる金司祭ソルスティスが魔道具で変装した姿だったのだ。
使徒は神殿内の序列では大司祭の次、金司祭と並ぶ高位聖職者に当たる。ソゴスがこんな状態でいる時に、自分達より序列で上になる奴がやって来た。どうする。前回のオーシャブッチの様に好き勝手されては叶わないぞ。そこで大司祭に変装し、俺達を騙して迎えたというのが今回の大神殿の動向だった。通りで俺達が何度面会を頼んでも、会ってくれなかった訳だ。警戒されていたのだ。
彼等の目的は俺と一緒に神アウヴィスタへの謁見を果たし、今回の事態の把握と、大司祭の復活を請うというものであった。そして後者を今、俺がセラルーベに変わって果たしに来ている。
何故、大司祭がこうして石化状態になっているのか。
原因は想像通りオーシャブッチの奴である。奴は大神殿に来た際、様々な要求をした。金、兵士、女、権力。しかし神殿には自分より上位者にあたる大司祭ソゴスが居て、命令も出来ず交渉も上手く進まない。自分は世界を救う救世主だ。邪魔する奴は神に敵対する反逆者だぞ。単純な理屈で奴は大神殿と対立。暴れている神竜ドムドーマを封印する方法を見せるという名目で騙し、大司祭ソゴスを石化封印してしまったのだ。なんとあのおっさん、ドムドーマにする封印技を一番偉い大司祭に試しやがった。
「呆れた話だ……」
それだけじゃなかった。オーシャブッチは召喚されたハヌマール王国で反国王派と結託しクーデターに参加、なんと国王殺害に加担していた。彼等は王妃を幽閉、小さい長男を確保して王権を奪っているという。王女なんか脅迫されて奴隷扱いの仕打ちを受けているとか。
俺の呆れ声に皆は黙ったまま。金司祭ソルスティスがそっとため息をついたのは、俺がオーシャブッチと違って、自分達と同じ常識を持っていることに安心したのだろう。
この金司祭ソルスティスは、俺と一緒に扉に入り神セラルーベに謁見したのだが、大司祭しか謁見を許されない場に金司祭が変装してやってきたことにセラルーベからたいそう怒られたらしい。平身低頭して謝り、なんとか事情を説明して懇願、俺に大司祭を助ける術を授ける許可を取り付けたそうだ。初めて謁見できた神にボロクソに叱られた所為か、先日まで感じた覇気がなくなり大人しくなってしまっている。
石化像の正面に立った。これから石化を解くと伝えて皆を下がらせた。
「……では使徒殿、お頼み出来ますかな」
「はい」
さて、奴が石化した対象を俺が治せるのか。
セラルーベは金司祭ソルスティスにこう伝えたそうだ。
『我が使徒の封印を以って解けるよう為しておく』
俺の封印の踊りで上書きすれば、解除できるようにしておくということらしい。
『封印解除』そんな御大層な物を俺は持っていただろうか。しばし考えて思い出した。確かに覚えている。対象を封印をする踊りも、それを解除する方法も。
「ふー……おうっ! ふん、ふんっ、はあっ!」
お相撲さんよろしく四股を踏んで、いきなり石化した大司祭ソゴスに張り手をくらわせる。
ドカンという音と共に石化像が少し浮き上がり、両司祭とリーダがぎょっと顔を向けてくる。
「はあっ、ふんっ、はあっ!」
俺は両手で張り手をかます。連打、連打、連打ぁ!
唖然とする両司祭に、慌ててリーダがこれが石化解除する舞いだと説明している。
「これが、使徒殿の神の舞いなのですか?」
「舞い? これが舞い? なんと! 舞い?」
俺の踊りを始めて見る二人が、なんか失礼なことをリーダに問い掛けている。そりゃオーシャブッチのとは全然違う。踊りと見るのに抵抗感があるのも分かるけどさ。
「そいや、そいや、そいや!」
これは女騎士ラディリアとイリスカに迫られた際、偶然生み出された封印の踊りだ。まさか、あんな状況で生まれた踊りが、こんな超重要な場面で活躍するとは誰が想像しただろうか。
驚きの表情を浮かべて石化した大司祭の頬をひねりをつけ叩く。続けて技の乱舞。諸手がり。よりきり。突き落とし。おおし、ノってきた!
「はい、はい、はい、はいいっ!」
グラグラ揺れる石像に、気が気でない司祭二人が慌てまくっている。蘇らせようとしている頼みの上司が、ばんばん平手で叩かれて、相撲技を掛けられているのだ。壊れないか心配なのだろう。
「あーっ! あーっ! 大司祭様が! 大司祭様が!」
「本当に、本当に大丈夫なのでしょうな!?」
「はいいっ、大丈夫。大丈夫ですから、落ち着いてくださいましっ!」
引き攣ったリーダが、声を裏返らせ必死に二人を引き止めている。先に説明しとけば良かったな。すまんリーダ。
さぁ、終盤だ。一気に行くぞ! どすこい、どすこい。どすこいいいいっ!!
「おおおおっ! はいちゃああっ!」
脳裏に踊りの名が響く。
【恐慌の横綱封印】
パキンッと大きな音がして、大司祭ソゴスの石像が薄い白胴色に変わった。成功。これで俺の封印になった。
「……ふー……終了!」
「え……え……?」「あまり変わった様には見えないのですが……これで成功したのですかな」
「ええ。自分の封印で上書きしました。この状態からなら、誰でも簡単に石化解除ができます」
「はあ……」「そう、ですか……」
安堵しながらも納得がいかないという表情の司祭達。もっともだ。普通は信じられない。俺だって石化した知人に相撲技を掛け始める変態が現れたら、まず紙ハリセンでぶったたく。
リーダから塩を貰う。これが封印解除のアイテムだ。まんま土俵の塩まきである。この踊り適当にも程がある。
心配そうな司祭達に微笑みかけて石化像の正面に立つ。大丈夫だって、絶対治るから。
俺はあえて大げさに両手を広げ、手足をくるくる回して格好つけてポージング。握った塩を華麗に石化像に振りかける。ドカンという大きな音と共に、大司祭ソゴスの纏っていた石の皮膜が弾け飛んだ。……そしてその下には、健康そのものの肌をした大司祭様が。
「「おおっ!」」
「成功だ!」「大司祭様! ようございました!」
「…………な? これ、は?」
突然元の状態に戻って記憶が繋がらず戸惑っている大司祭。彼自身は時間停止していたような状態だったらしく、すぐに正気を取り戻せているようだ。
歓喜の声で向かえる両司祭。金司祭ソルスティスは緊張が解けたのか、膝をついて神への感謝を唱えている。
それを俺は――
(くっ……おぉう~っ!)
……飛び散った石の破片に股間を直撃され、床に這いつくばって身悶えしながら見上げていた。
「兄様、兄様。大丈夫ですか?」
慌てて背中を叩いて俺を介抱するリーダ。
馬鹿だった……格好をつけて正面に立って解除なんてするんじゃなかった。
大司祭ソゴスはなんだコイツ、という視線で俺を見下ろしていた。
◇
「なる程……そのようなことが……」
厳しい表情で頷く大司祭ソゴス。両司祭が石化を解いた経緯を手早く説明し、俺達は大司祭室の応接間に戻り卓を囲んでいる。赤司祭ハインケルが大司祭の体調を考慮し、話し合いは明日にしたいと提案してきたが、俺が待てないと拒否したからだ。悪いが面会調整に数日掛かる連中に付き合う気は無い。
「先ず、礼を申しましょう。慈愛なる母神セラルーベに導かれし使徒、オーヤブッチ殿。我が身を治癒していただきました事、誠に感謝いたしますぞ」
「……はい」
酷い目に合わされた所為か、大司祭ソゴスは不機嫌そうだ。顔は微笑んでいるのに、迫力満点でびびりそうになる。纏っている雰囲気がまんま強面のヤクザなのだ。よっぽどオーシャブッチに石化させられたことが、腹に据えかねているのだろう。
気を取り直すようにして視線を外して深呼吸。改めてこちらも自己紹介をする。リーダを紹介すると、ソゴスはちらりと赤司祭ハインケルに視線を向けた。
リーダが気を利かせて席を外すと言ってきたので、制止して座らせる。そうか、今のやりとりは従者風情には同席の資格が無いという話か。
「この娘は俺のブレインなんです。お…僕はこの世界の常識に詳しくないから、この娘のフォローがないと理解が追い付かない。話が噛み合わなくなって、何度も同じ話をやり直すことになります。だから外されては困るんです」
「……」
大司祭は黙った。リーダは見た目が幼い小学生だ。いくら優秀だと云われても簡単には信用するのは難しいだろう。しかし、結局詮議の視線を受けた両司祭が頷いたので彼女の同席は許可された。では話を進めよう。
存在感的にも場の主役は大司祭ソゴスだ。自然話は彼への説明という形になった。
大司祭が石化した後の状況を両司祭が説明し、新たな来訪者として俺が来た経緯と対応について話す。神の扉に入った後のことについては、俺が引き継いで説明した。
「それは……とても簡単には受け入れ難い事ですが。……なんとも驚きましたな」
深い溜息と共に、大司祭ソゴスが重々しく息を吐く。
「ええ、誠に」「由々しき事態ですな」
金司祭ソルスティスと赤司祭ハインケルが追従するように頷く。怖いのか腰が引けてる。どうも大司祭ソゴスは絶対的な権力者のようだ。偉い司祭の中から大司祭が選出されると聞いていたから議会の長みたいなのかと思っていたんだけど違うようだ。まあトップを説得できれば話が済むと考えれば良いか。
ソゴスは顎に手を当てて、自問するように唸っている。
「慈母神セラルーベ様が御復活されようとしていると……そして……」
自分達が信奉していた神アウヴィスタが実は母神を騙して封印していたってだけでも普通は仰天ものだ。更にその母神が復活しようとして、娘神と使徒を挟んで闘争をしているなんて聞けばもう大騒ぎだろう。
「ええ。ただ、ドーマ王国の真相が掴めたことは、僥倖とすべきでしょう」
赤司祭ハインケルが気を取り成す様に発言する。
彼等がオーシャブッチから聞いた使徒の使命とは『神獣ドムドーマが暴走し、他国の神獣を襲っている。その神獣ドムドーマは既に限界にきており、このままでは神獣の姿も維持できず黒い嵐と化し、天変地異の災害を引き起こす。自分はそのドムドーマを封印する為に召喚された』というものだった。
しかし真相は違った。
神獣ドムドーマは狂った訳ではなく、母神セラルーベの指示で各国の神獣を襲い、神力を奪って集めていた。その力を以ってセラルーベは封印を破り、大陸に復活しようとしている。ドーマ王国はその勝ち馬に乗って相手国を侵略していたのである。
「そうではあるが、これは……むう……」
「……」
考え込む大司祭ソゴスの顔をじっと眺める。
俺が心配するのは、まずこの連中が事態をそのまま受け止められるかだ。自分達がずっと信じていた神々の本性が、想像していたのと違っていた。宗教者としてこれを受け止めるのは時間が掛かるだろう。
自分達が奉じている神が母神を騙して封印していたなんて、そんなことはある筈ない。信じられない。お前は嘘を言ってる、と言い出す可能性は高い。そうなった場合、俺はこれからの行動を邪魔されないよう、大神殿とは縁を切り、単独でオーシャブッチと対峙しなくてはならない。
仮に現状を受け止めたとしても、大神殿がアウヴィスタとセラルーベのどっち側に付くかも問題だ。この大神殿は娘神アウヴィスタを信奉する総本山。皇都を守護する神獣、火鳥レンテもアウヴィスタが作ったらしい。であればアウヴィスタ側に付き、セラルーベの手下となった俺と敵対する可能性もある。
そっと腰を浅く掛け直す。いざ話が決裂した場合、速攻【睡魔の踊り】を発動させてみんなを眠らせ、【天翔地走】で大神殿外に瞬間移動で逃げ出すつもりである。
逸らないでと云うように、リーダがそっと手を重ねてきた。流石こいつは俺の思考を読むのが早い。
「残された時はあまり無いようです。……できましたら、大きな方針だけでも、この場でお決めいただきたいというのが我々の考えです」
「うん」
リーダが上手く言葉にしてくれたので即座にうなずく。口下手な俺の代わりに言ってくれたのだ。一従者の発言云々等と、口を挟ませてはいけない。
じっと俺を見返した大司祭ソゴスが、鷹揚に呟いた。
「そうですな……まず、現状を今少し詳しく把握したいところですが」
「……」
こっちが意気込んでいるのに気付かれて、軽くいなされた感じだ。
大司祭の視線を受けて、赤司祭ハインケルが現状を説明を始めた。彼は各地の神殿から情報を収集し、最新の状況を把握しているらしい。
まず、ドーマ王国が兵五万を以って神竜ドムドーマと共に隣国ワウル共和国へ攻め込もうとしていた。ワウル共和国は国境上に兵三万を集め迎え撃つ準備を進めているという。おそらく衝突は一ウィナル(一ヶ月)以内。
その神竜ドムドーマを背後から襲おうと、オーシャブッチ率いるハヌマール王国と神殿の混成軍四万が進んでいる。彼等はドーマ王国北部のオラリア王国を縦断し、戦い消耗したところを狙って一気に国境を越えて後背から突く計画だ。これは大神殿の兵達も同行しているので間違いない情報である。
「我等の軍精鋭も参加している以上、使徒殿の軍がドムドーマを封じるのは間違いないでしょう」
そう予想するハインケルに、ソルスティスが水を差す。
「しかし、ことは戦ぞ。そう簡単にいくものかな」
「いえ、確かにそうですが。今回は……」
「……」
ここで何故か大司祭ソゴスが、俺に視線を向けて発言を促してくる。
「いや、お……僕は戦争のことはよく分かりません。だけどオーシャブッチは、兵達を盾と呼んで自分が危険を冒すことを凄く嫌ってました。神アウヴィスタにも、そう交渉して十分な準備をした筈です。自分の成功に自信を持ってましたしね。簡単に失敗するようには思えないです」
それに奴にはダンスのスキルがある。どんだけ敵が強くて劣勢になろうと、理不尽な踊りの効果で戦況がひっくり返せるのだ。俺達を蹴散らした様にドムドーマへの道を切り開くことは容易いだろう。
「なにより、オーシャブッチが失敗する可能性があるなら、セラルーベが焦って俺を召喚して当てようなんてしないでしょう」
「ふむ……」「尤もですな」
珍しく論理立ってた俺の言葉に皆がうなずいた。神々の名を呼び捨てにしていることにリーダはハラハラしているようだが、司祭達はあまり気にしてないようだ。寛容で助かる。
ま、神竜ドムドーマを封印した後は、ドーマの兵とワウルの兵相手に連中がどうなるかは知らないけどな。あの神獣ハヌマが暴れて時間稼ぎでもしているうちに逃げるつもりなのかな。
「貴方は此れより彼等と対立しようとされてる。慈母神セラルーベ様の使徒であるオーヤブッチ殿には、彼の使徒殿と戦っても勝算はあるということですかな」
大司祭ソゴスが嫌なことを聞いてきた。うつむいた俺を心配そうな表情でリーダが見上げている。
「……」
頭を掻きながら唸る。俺達は一度奴と戦って惨敗している。持っている踊りもこっちは珍妙なものばかり。一方、奴のダンスは戦争を見越してアウヴィスタから授けられた物だ。普通に考えれば俺達に勝ち目は薄いのだが……。
大きく溜息を吐いて、気を沈めながら答える。
「……今度は間違いなく勝てます」
断言する俺に少し驚いた表情を向ける司祭達。リーダも驚いている。俺がこう断言するのは珍しい。だけど俺だってそこまで馬鹿じゃない。
「俺は神セラルーベと別れる際に、奴との対峙を見越して対抗策を講じてきました。もう負けることはないです」
俺は使徒の能力を熟知している。当然弱点も知っている。ここで話すと自分が狙われた時に困るので話はしないが、汚い手も使って良いなら幾らでも奴を倒す方法なんかある。罪悪感さえ無視すれば、俺が負ける要素はないと言っても良い。
「セラルーベは今話された戦いの状況を、予測した上で俺にこう命じました」
こうなったらアピールしておこう。彼等が話に乗って俺に協力してくれるなら、事態はより有利に進む。
「まず俺がオーシャブッチの奴を倒す」
倒すと言い切った際、リーダが少し痛ましそうに俺を見る。
「ドムドーマ自身の自我は既に壊れているけど、限界まで力が溢れている。ワウル共和国の神獣、ウルなんか絶対に敵わない。簡単に倒され取り込まれるそうです。周囲に万の兵達がいるが、これも障害にならない。双方の兵は神獣同士の対決に巻き込まれて大勢死ぬそうです」
セラルーベは俺にそう明言した。平然と話されたので唖然としたくらいだ。奴は双方の兵達がたくさん死ぬことを気にもかけなかった。それでも神かと怒鳴ったが、平然としていた。俺が怒った意味をまったく理解できない様子だった。
「そして、ウルの力を取り込んだ段階で、ドムドーマは許容限界を越えて暴走が始まるそうです。俺は奴を捕らえドーマ王国北にあるシ・ベンという神殿に連れて行かなきゃなりません」
これは記憶にない神殿名だったらしく、司祭達は全員が眉をひそめた。互いに目配せをし合って首を振っている。
「セラルーベが封印されている場所らしいです。そこに奉じられている封印石を壊してドムドーマを捧げる。すると向こう側にいるセラルーベが力を吸って、この世界に力を行使できるようになる。そういう段取りになっています」
ここまで話した段階で、セラルーベの計画全て話して良かったのかよと気付いた。大神殿は未だ俺達の味方ではなかったが時既に遅しだ。まあ、仕方ないか。
「……それで、慈母神セラルーベ様が再臨されると」
「ええ」
「その後のことについては、何か聞いておられますかな」
「……いえ、何も言われていません。俺の役目は復活させるところ迄なので。だけど人間が大勢死ぬ事に、表情を変えなかったのに、娘神に騙されて封印されたと言った時にはヤバイくらいの寒気を感じました。アレは絶対怒り狂ってます。おそらく母娘で争いが始まると俺は思ってます」
俺の脅しに皆が渋い表情をする。そりゃ自分達の信奉している神々が喧嘩を始めると云われれば気分も悪くなるだろう。
「オーシャブッチが召ばれた際、このままでは世界に災厄が起きると言われたそうです。連中は神獣達と同じで、無視したり、言葉をはしょったりはするけど明らかな嘘は言いません。俺は『神獣が暴走して世界に災厄がおきる』の意味が、本当は『神獣が暴走してセラルーベを復活させると、自分との争いが始まる。結果として世界中が余波を受けて災厄がおきる』という意味じゃないかと考えました」
「ふぅむ…………」
考え込む大司祭を俺とリーダは黙って見守る。
神々は直接地上に顕現できない。先程俺達が入った神の間から、奴等の居場所へ迎えられ面会ができるだけの筈だ。物理的な力もそんなに行使出来ないのだろう。その代わりとして使徒が居るんだしな。
ならば蘇ったセラルーベは俺達の行けない神の世界で娘神と喧嘩するだけで、地上には直接影響がないのではないかとも考えられる。俺が想像できる災害といえば火山噴火とか地震、津波等の天変地異だ。そんな災害が地上でおきないのなら、俺は不満ながらもセラルーベの復活に手を貸しても罪悪感は少なくて済む。
しかし、アウヴィスタは『世界に災厄が』『破滅を』という言葉を使った。それがどうにも引っ掛かる。俺が知らないだけで何か地上で起きる要素があるのかもしれない。ここにいる大司祭達ならそれが分かるのだろうか。
「……実はここだけの話なのですが……ここ一カトゥン(二十年)あまりの間に、大陸の最北と最東にあたる国々が6つも滅んでしまったのですよ」
「……?」
なに急に関係ないこと言い出すんだと首をかしげたら、横でリーダが息を呑んでいた。高司祭達もそれを話してしまうのかという感じで驚いている。どうも重要な話らしい。
はて、どっかで聞いた話だな。道中の世間話だっけ。この皇国のずっと東で国が滅んだとかなんとか。俺達は西からここまで旅をして来たので、どうでも良いやと聞き流してたんだけど。
「しかも滅んだ原因は政争ではなく、大地が病み、国ごと地に呑まれるという恐ろしいものでした。地が裂け、片端から海中に没していったというのですよ」
「はあ……」
妙な話だ。つまり何か。大陸の端が次々と欠け落ちていっているってことか。
俺の頭に浮かんだのは浮遊している大きな島が、端からポロポロ欠けていく風景だ。え、もしかしてこの異世界って丸くないの。大きな島なのか。
「なんと恐ろしい……」
赤司祭ハインケルが声を震わせながら呟き、他の司祭達の顔色も悪い。リーダも真っ青になっている。どうしたのかと説明を促せば、リーダが口篭りながら答える。
「御神アウヴィスタの御力が……」
「うむ。おそらくはそうであろうと我々は考えております。神アウヴィスタ様の御力が近年急速に弱まり、大陸の端が地に呑まれ始めておると……」
詳しく聞くと、元ネタはこの世界の終末神話らしい。この世界から神々が全て去ると大陸の端から大地が割れ、次々と地中に没していって、最後には全てが海中に呑まれて滅びるという。救いのない話だ。
つまりなんだ。現在この世界を維持している神アウヴィスタの力が弱まっていて、世界が崩壊に向かっているってことなのか。…………え、ヤバくね。
「この大陸は現在、火急の事態に陥っているのです。……なんとか打開する方法はないものかと、我々は常々心を痛めておりました」
「はあ……」
「そこで今回の御話です。慈母神セラルーベ様が再臨されるとなれば、これは僥倖というべきもの。神々の信徒としては真摯に御迎えし、後事を示していただく必要が在ると考えるべきかと」
……要は世界の状況がヤバイので、セラルーベが復活できそうなら自分達を助けてもらおうってことか。お、おー……。これは俺にとっては好都合なの、かな。
「えっと。良いの、ですか。アウ……」
大神殿がアウヴィスタを裏切ることになるんじゃないの。と聞こうとしたら、リーダが慌てて腿をつねってきた。これは『ちょっとお前黙れ』の合図だ。顔を向けると視線を逸らしたのでなんとなく察する。
(そうか。言質を取ろうとする質問はマズイか。立場的にはアウヴィスタを切って、セラルーベに付きまーすなんて言う筈がないしな)
金司祭ソルスティスがもっともらしく頷く。
「……そうですな。我等は神々の忠実なる信徒。使徒殿が御復活の道しるべを示されたなら、微力ながら御助力を申し出るのがこれも筋というもの」
リーダが無表情になった。あ、今の台詞って大神殿の行動理由を俺の所為にしたのか。
つまりこうか『使徒から母神復活するから手伝えって言われたよ。もちろん信徒としては手伝うよ。我等が創造主の一柱が蘇えるって言われれば当然だよね。え、アウヴィスタに楯突く? そんな気は欠片もないよ。敵対なんて考えてないよ。使徒オオヤベに言われて協力しただけですよお』
アウヴィスタに対し、神殿がどうするかなんて意図的に話さない。あくまでも使徒の要求に応えたという形式で協力しセラルーベを復活させる。仮に俺とセラルーベが負けたら、責任をおっ被してアウヴィスタとオーシャブッチには『俺に言われて断れなかったんです』と抗弁するって腹だと。汚ったねえな。
調子のいい話にイラっとしたが、気持ちは分からないでもない。為政者としては当然の考えなのだろう。被害に会うのが俺じゃなければ理解もできる。
面の皮の厚い笑み達に、苦い顔を向けているとリーダに背中を撫でられた。『落ち着いて』の合図だ。わかってるよ。こっちへの協力を申し出てくれた以上、受けるしかないんだろう。
「……そうですか。こちらとしても皆様にご協力頂けるなら助かります」
「……おお、そうですな。我等大神殿は全面的に慈愛なる神セラルーベに導かれし使徒、オーヤブッチ殿の導きにご協力致しましょうぞ」
「そうです。微力ながらお手伝い申し上げます」
「ええ、使徒殿の要請には前向きに対応させていただきましょう」
耳触りの良い言葉に聞こえるが、よく聞くとお前の要請に仕方なく応えるんだからなという風にも聞こえる。ちょっと白々しい。いや、あの神達の信徒らしいとも云える。親がアレなら子もコレである。横でリーダが小さく溜息をついている。
「……では。よろしくお願いします」
まあ、彼らにとってもセラルーベの方を取るのは、将来を考えれば避けれない選択肢である訳だ。同じ賭けるなら、より世界が安定する方に賭けるのは当然だろう。
ふー……
とにかく方針は決まった。これで大神殿は俺の味方に付いた。
彼等は必要とあれば兵を貸すと言い出し、詳細はまた明日以降の話となった。
次はどうするか。俺一人で動くのじゃなく、大神殿の軍と一緒に動くと決ったなら、アンジェリカ姫さん達にも説明しておかないといけないよな。連中の宿に向かおう。




